時の宝珠

切粉立方体

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9 雪祭の行事

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 数刻後、二人は居住区の真ん中にある、真新しい大きな教会の前で考え込んでいた。
 町中を捜し回ったところ、教会の淘汰が進んだらしく、多くの宗派が破れて駆逐されていた。
 勝ち残ったのは目の前に在る教会のみで、毎年増築を繰り返しているらしく立派だ。

「仕方ないよな」
「ええ、背に腹は変えられないわよ、利用するだけだし」
「形だけだしな。ここにあいつが居る訳じゃ無いしな」
「でも、“時の女神”じゃね・・・」

 二人は知らないが、二人の争いで実在する神として認識された“時の女神”は、信者を爆発的に増やしているのである。
 諦めて、しぶしぶと階段を上り、入信受付に向かう。

「すいません、明日の儀式を受けて入信したいのですが」
「僕達字は書けるの、それと銀貨持って来た、四枚よ」

 親子連れが多く、親が子供に書き方を教え、子供は床に座り込んで用紙に書き込んでいる。
 入信願いを自分で書かせる慣習らしい。
 男女仲良く並んで書き入れている。
 子供同士で申し込みに来た組は。見習いの女官に教わりながら書いている。

「はい、トルラさんお預りします。こら、カムラまだ書いちゃだめでしょ。失礼しました、銀貨四枚になります」

 女官が3名、客に比べて圧倒的に少ないため、一人で3,4人に対応している。
 手続きに訪れている人の数は百人位、入信願いの記入に手間取っている。

「はい、書けます。銀貨もあります」
「一寸待っててね、紙渡すから。ニーサ、紙無いよ。あ、一枚有った。書き方解る」

 渡された紙に目を通す。
 少々紙質の良い申請用の書類が1枚、カード型の厚紙が2枚。
 カード型の厚紙は名前の記入のみ。

「解ります」
「じゃ、書いたら教えてね。筆はテーブルの上よ」

 騒がしい受付を離れて隅の静かな場所で書き入れる。
 記入するのは、名前、居住場所、出身地、親の名前、誓約文で、術式文字を書く欄もある。
 術式文字は墨に血を混ぜて魔法を込め、筆記者のみに反応する字を書き入れるものである。
 契約書などでも使われる術式であるが正確な字形も要求される。
 “随分難しい事を子供に求める”と憤慨しながら二人で書き上げて提出する。
 背中を向けて書き物をしている別の女官に声を掛ける。

「そこの箱に銀貨を重ねて入れておいて下さい。入れたら右に置いてある紙を持って帰って、お父さんに良く読んで貰って下さい。明日は5の鐘までに来て下さいね」

 振り返らずに、箱を指差す。箱に紙と銀貨を入れて早々に退散する。
 子供の中に居ると妙に疲れる。
 二人が帰った後、書類の記入が終わった女官が振り返って銀貨と書類を確認する。

「あら、子供の声かと勘違いしちゃった。綺麗な字だし大人だったのね」

 銀貨を袋へ入れ、紙を婚姻と書かれた箱へ入れ直す。
 
 翌朝、遅い朝食を摂ると着替えて出発する。
 儀式用の白い修服を選んだが、宿の職員は一寸驚く様な反応を見せる。
 教会に近づくと黒い修服を着た親子連れ集まって来る。
 昨日宿の職員が微笑んでいたのは、修服が雪祭りの衣装であるためだったらしい。
 ただし皆黒い修服、白い修服はカムとサラ以外二組。
 ただ、その二組は共に二十歳位のアベックである。
 礼拝堂の入り口に示された席次表を確認した。
 席は最後列左端である。
 着席すると隣に座るのは白い修服の二組のカップルで、怪訝そうな表情で二人を見ている。
 式が始まり神官が説教を行う。
 神官も二人を怪訝そうに見ている。

 説教の後は、子供向けの人形劇。
 邪悪な様子の男女の人形が登場し、人を模した飾りを破壊する。
 邪悪な人形は時の神殿を模した模型に襲い掛かり、神官を表す人形が踏みつぶして行く。
 銅鑼が鳴らされ女官たちが大きな青い布を広げすべてを覆う。
 布が取り払われと、人形が消え去り青いガラス玉が置かれている。
 神官の人形に翼が着せられ、時の女神の人形に抱かれて退場する。
 人形を動かしていた女官達が顔を出し拍手の中で劇が終る。
 解説は聞こえないが内容は解る。
 カムとサラは苦虫を噛み潰したような表情で見つめていた。

 劇の後が本番、名前を呼ばれた子供達が5組づつ前に出て、結婚式の真似事をする。
 同じことを10回、合計50組の儀式が終わる。
 カムとサラはまだ呼ばれない。
 違和感を感じながら待っていると、神官が再度居住まいを正して現れ、補佐役の女官が名前を読み上げる。
 白い修服のカップルと共にカムとサラの名も呼ばれる。
 神官の前に三組が並ぶと親の間からざわめき起こる。
 ざわめきが治まるのを待って、何事も無かったかの様に神官が祝詞を読み上げる。
 時の聖典、歌の書の一節である。
 祝詞を受けて、右端のカップルが続きの節を暗唱する。
 頑張って一節を終えると中央のカップルに譲る。
 中央のカップルは、切れ々に一文唱えてから、唐突にカムとサラを見つめる。
 読んできた段取りとまるで違う、書の続きを読み上げれば良いと解るが、歌の書は呪文書である。
 すでに発せられた力のある言葉が宙を舞っており、適当に扱うわけにはゆかない。

 二人の沈黙を書への不知と解釈して、神官が口を開きかけたとき、サラの口から歌声が発せられる。
 歌の書は名前のとおり歌う呪文書である、男女が声を合わせる珍しい書なので安易に結婚式で使われるが、間違うと思わぬ事態を引き起こすことがある。
 カムの口からも歌が紡がれ、二人の歌声が重なり、美しい余韻を作り出す。
 歌の書は3ページに渡る長い呪文書である。
 時の宝珠を調べた際に、内容を熟知していた。
 歌の書は別の魔道書の封印を外す呪文。
 正確に唱えれば害は無いはずである。

 時の宝珠から伸びてくる触手を思い出し、冷や汗を掻きながら必死に歌う。
 北大陸では歌の書の正しい詠唱を知る者は少なく、神官は驚いていた。
 一生懸命に歌う二人がすべての詞を歌い終わった時には、手を合わせて拍手を送っていた。

 式は次に進む。

「では誓の接吻を交わして下さい」

 カムとサラは驚いて互いの顔を見る。
 これも読んできた内容と違う。
 戸惑っていると、前の二組が接吻を終える。
 二組共、念入りで丁寧な接吻である。
 覚悟を決めて、顔を近づけ、最初の二組に習って唇を合わせる。
 後ろの子供達からの感嘆と親の当惑する気配が伝わってくる。

 式は次に進む。
 昨日記入した紙が配られ目の前の式台に置かれる。
 神官の指示で術式を発動させる。
 最初の組はすんなりと、次の組は苦労しながらも辛うじて文字を薄く光らせる。
 カムとサラが字に魔力を込めると文字が青く輝き、周囲に宝珠の気配が満ちて来た。
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