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82 ケントニクス3

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「確かに動力炉で発生している空間干渉の収支が合わないんでシュミレーションしてみたら、時間軸方向を貫く歪みが発生してたわ」
「その時間軸方向の歪みが無くなると、動力炉はどうなるんだ」
「力の逃げ場が無くなるから、干渉力が炉内で加速して暴走が発生するわね。星雲って言っても解らないでしょうけど、星の塊が十個くらい消滅するでしょうね」

 ・・・・他の星雲の人間には、なんか物凄く迷惑な話だ。

「時間軸の歪みが有る状態で、動力炉の空間干渉を抑えたらどうなる」
「干渉力が大量に時間軸方向へ逃げ出して、空間が十個くらい吹き飛ぶでしょうね。もっとも、炉の空間干渉を抑える方法なんて無いから、有り得ない話なんだけどね」

 ・・・・神様は全てお見通しということか。

「その動力炉って見学できるのか」
「なに馬鹿なこと言ってんの。危険地帯だから一般人は立ち入り禁止に決ってるでしょ」
「なんとか、見に行けないかな」
「地上人の癖に変な物に興味を持つわね。大きな黒い箱が置いてあるだけだから、見ても面白くもなんともないわよ」
「それでも一度見てみたいな」
「無理よ。あっ、こら、今日はもう、あん、いや、あん」

 コクルの身体に御願いしてみることにした。

「ふー、ふー、ふー、仕方ないわね。荷物持ちで連れて行ってあげるから、変なことして迷惑かけないでね」
「愛してるよ、コクル」

ーーーーー
ファーレ

「テオ、ファーレ、特別任務を命じます。明日、研究所職員による動力炉のサーベイランスがあってね、業務規程で主任治療師二名以上の随行が義務付けられてるの。忙しい時に本当に悪いんだけど、調査隊に同行してちょうだい。勿論割増危険手当は支給するからさ」
 
 テオと二人で治療師本部へ呼び出されたので何事かと思っていたら、本部長から調査隊への同行を命じられました。
 動力炉とは、この洞窟に魔力の様な物を供給している装置だそうです。
 勤務予定表をやっと調整して、明日は、二人でオークをとっちめに行く予定でしたが諦めましょう。

『はい、了解しました』

 翌朝、指定された停車場へ集合すると、思っていたよりも多くの人が集まっています。
 調査隊本部と表示されたテーブルがあったので、受付を済ませることにしました。

「治療師本部から派遣されましたテオとファーレです」
「あっ、治療師さんだね、ご苦労様。隊長がテントの中にいるので紹介します」

 受付の男性職員が、作戦本部と表示されたテントに案内してくれました。

「隊長、治療師の方がいらっしゃいました」

 テントの外から、男性職員が敬礼しながら声を掛けます。

「ほら、コクル。お客だぞ」
「うわー、ちょっと待ってー」

 中から、オークの声と女性の慌てた声。
 テオとアイコンタクトを取って、全身に魔力の炎を纏います。
 入り口の仕切りを一気に払ったら、思ったとおり、慌てて服を着ている見知らぬ女性とテントの裏の仕切りから出ようとしているオークがいました。

『このやろう』

ーーーーー
 研究所総務課庶務係 クルス

「治療師本部から派遣されましたテオとファーレです」

 治療師本部から派遣された主任治療師の方二名が受付に来ました。
 二人共、物凄く若く見える治療師の方なので驚きましたが、役職的には課長職に該当する筈なので、コクル部長を紹介する必要があります。

「隊長、治療師の方がいらっしゃいました」

 部長は、最近出来た若い彼氏さんをテントに引っ張り込んでいたので、念のため、声を掛けます。

「うわー、ちょっと待ってー」

 ・・・・あははは、思っていたとおりだ。
 脱力し掛っていたら、治療師の女の子達が物凄い勢いで入り口の仕切りを捲ってしまいました。

『このやろう』

 一瞬で男の前に移動し、二人で殴る蹴るの袋叩きにしています。
 一発、一発から物凄く重たい衝撃音が聞こえて来るので、守備隊に回って貰って、大土竜と戦って頂きたいくらいです。

ーーーーー
「ふーん、この二人のお子ちゃまは、要するにオークの許嫁なの。でも残念だったわね、地上と違って、ここでは十八歳未満の淫行は禁止なの。だーかーら、オークは私の物よ。子供は邪魔しないで頂戴」
「オークは私達と一緒に元の世界に戻らなければならないの。だから手出ししないで頂戴、おばさん」
「そうだぞ、泥棒猫」

 ここはトンネルの奥に向かう貨車の中、僕は本来、資材を乗せた貨車の隅に乗る筈だったのだが、クルスという研究所の職員に泣きながら頼まれたので、仕方が無いから同じ貨車に乗り込んでいる。

「あのな」
「オークは黙って頂戴」
「そうよ、オークは黙ってて」
「オークは喋る権利無し」

 一応ここは、今回の調査隊の幹部達が乗る指揮車両と言う事になっている。
 他の幹部達は、火の粉が飛んで来るのを恐れて、隅っこの方で固まっている。
 僕は三人の脇に正座させられ、さっきから火の粉が飛んで来る度に、三人から何度も殴られている。

”キキキキー”

 貨車が突然急停車した、僕は思わず三人を抱き留めてしまった。

「報告します。前方に大土竜の群が現れました」

 貨車の壁面に現れた画面から、運転手が引き攣った顔で報告する。
 線路の脇を、守備隊が銃を持って前方に走る。
 丁度良い口実が出来たので、僕はこの場を逃げ出した。

「そりゃ大変だ。様子を見て来る」

 前方では守備隊が銃撃を開始していた。
 線路の上を、トンネルと同じ大きさ、直径六メートルくらいの大土竜がこちらに向かって来ている。
 魔法の防護壁を顔の前に張って、銃撃を全て跳ね返している。

「まずい、魔獣だ。逃げろ」

 守備隊が逃げ出し、運転手は貨車を後退させ始めた。
 途中で線路に爆弾を仕掛けて、大土竜を追い返すのが常套手段なのだそうだが、復旧に半年は掛るそうだ。
 その間、時間軸方向への力の逃げ道を失った動力炉が持つかどうか、原因者としてはとても心配だ。
 なので大土竜は、僕が殴り殺すことにした。

「ふん!」

”キュー”

 直ぐに軌道工達が、トラックマスターと呼ばれる道具で、大土竜が通った線路の軌道幅を確認し始める。
 その間、僕は調理のおばさん達に手伝って貰って、大土竜を解体して肉を全員に振舞った。
 幸、線路に歪みが発生していた場所は数ヵ所しかなく、四時間後には、再び出発することが出来るようになった。

 運転手に乞われて、僕は先頭の牽引車両に乗っている。
 動力炉から供給される電力で動くモーターと魔力で動くモーターを併載しており、動力炉のトラブルに備える構造となっていた。
 周囲の壁が岩を掘り抜いた様な岩盤から、淡い光を放つ、成型された金属板に変わり、貨車は地下鉄のホームの様な場所に滑り込んだ。
 地下鉄のホームにトロッコ電車が停まっているような、なんか違和感がある光景だ。

 エスカレーターで三フロア上に上がる。

「あんた本当に地上人、普通これ怖がるんだけどなー」

 確かにテオとファーレは乗る前に躊躇していたので、脇に抱えている。
 勿論僕の役目は荷物持ちなので、背中にコクルの持って来た機材を山の様に背負っている。

 守備兵や調理のおばちゃん達はここでお役御免となり、宛がわれた居室や厨房へと向かう。
 研究員達はここからが本番で、三重の防御壁で囲まれた動力炉エリアへと向かう。

「開錠権限確認。ロックを解放します」

 コクルが生体認証と暗号入力でドアのロックを解放して行く。
 後は認識票にそれぞれの立ち入り可能エリアが登録されているので、認識票だけでドアの通過が可能になる。
 僕は荷物持ちとして、テオとファーレは救護班権限として奥までの立ち入りが認証されている。

 救護室は手前のエリアに設置されているのだが、テオとファーレはこの近代的な設備の様子に圧倒されて、僕の脇から離れようとしない。
 操作室なのだろうか、硝子窓の向こうに四角い箱が設置された部屋を見下ろす部屋に着いた。

「もう、オークは神経の回路が狂ってるんじゃない、何で平気なのよ。その子達の反応が普通の地上人よ。それじゃ機材を指定した場所に降ろして頂戴、精密機器だから慎重にね」

 コクルの後ろに付いて機器を降ろして行く。
 コクルは、僕が機器を降ろす様子を、眉を片方だけ上げて見詰めていた。
 最後の一個を降ろし終わったら、コクルがクルリと振り返った。

「オーク、あんた何者」
「なんだよ突然」
「なんで置く方向がちゃんと解るの」
「だってダイヤルが前に付いているんだから、誰だって解るだろ」

 コクルが僕の顔に穴が開くほど見詰めてから、深い溜息を吐いた。

「まあ、深い追及は町に帰ってからするわ。配線手伝って頂戴」
「あいよ」

 コネクターの形状が異なっているので解り易い。
 僕の様子を見ながら、コクルが溜息を吐いている。
 
「みんな、準備は出来た」
『はい』
「じゃ、主電源を入れるわよ」
『はい』

 空中にディスプレーが次々に浮かび上がる。
 その中の一つを見上げて、コクルが目を見開いている。

「みんな、大変。これじゃ暴走するわ。早く逃げて」

 全員が暫く固まってから、わらわらと腰を上げ始めた。
 硝子窓の向こうに見える四角い黒い箱の中に異世界の穴が開く気配がして、けたたましい警告音とアナウンスが響き渡った。

”緊急事態発生、緊急事態発生。全員速やかに退避して下さい”
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