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25 鵺
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「迷ったんじゃないのオーク。馬鹿だから」
「いや、合っている。絶対にここだ、テオ」
「なんかここに見えるの、オーク。何も無いでしょ、寝ながら説明聞いてたんじゃないの」
「ああ、何も無いがここだ。ミューア」
「頑固だわね、間違いを認めて私達に謝りなさいよ。土下座よ、土下座、さあ」
「いや、間違ってないぞ。ファーレ」
邪霊騒動での人々の僕への関心が薄れた頃、変わった依頼が一件入った。
こねを使って強引に神殿へ持ち込まれた依頼で、東門外の、馬車で一時間程行った場所にある倉庫に取り付いた怨霊の討伐依頼だった。
シルベニアで売る肉の熟成庫で、ミトラス商会というシルベニアで流通する肉の三割を商っている大きな商会が所有する倉庫だった。
怨霊を急いで駆除しなければ肉の値段が倍になると聞いて、神殿も断わり切れなかったらしい。
商会の職員に書いて貰った地図を頼りに東門を出発したのだが、目的地近辺で道が急に無くなり、切立った崖になっていたのだ。
周囲には森が広がっているだけで、倉庫の影も形も無い。
期限切れの肉を只で貰おうとファーレが荷車を借りて来たのだが、このままでは荷車の賃料が無駄になってしまう。
それでファーレは、八つ当たり気味に撲を責めている。
でもここに倉庫が無いのは、僕の責任じゃない。
猟師の小屋なら見逃した可能性も有るが、シルベニアに肉を供給する大倉庫だ。
眠っていても見逃す筈が無い。
仕方が無いので、東門に戻ろうと荷車を反転させたら、森からなにか大きな黒い影が飛び出して来てた。
荷車を曳かせていた馬、正確には馬に似た鹿だと思うのだが、が急に暴れ出して荷車が横転する。
空中で四人を回収して着地した。
「オーク、鵺よ」
身の丈四メートルの鋭い牙と爪を持った、黒い毛に覆われた大猿だった。
マンドリルの様な白い頬と赤い鼻を持ち、額に一本角を生やしている。
隷属の首輪をしているから、飼い鵺なのだろう。
背中に退化した小さな翼、尻には悪魔の様な尻尾を生やしている。
飼い主に心当りは有る。
あの時に殴り殺して置けば良かった。
僕を殺せと命じられているのだろうから、僕が死ななければ、この子らは喰われないだろう。
『うわー』
それでも念のため、四人を手近な木の上に放り投げて置いた。
荷から棍棒を抜出し、久々に身構える。
身の丈も肩幅も僕の倍以上、腕は僕の胴回りより太い。
爪一本、一本が山刀くらいの大きさがある。
無理、無理、無理、絶対に無理。
怪物相手に棍棒を構えている僕の姿を想像すると、滑稽で笑い出しそうになる。
膝が笑っているし、パンツに少しちびった気がする。
”ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ”
僕の頬が引き攣っているのを、笑ったいると勘違いしたのか、鵺が嬉しそうに笑っている。
”バチッ”
電撃と衝撃が右脇腹に走り、気が付いたら僕の身体が宙に舞っていた。
右脇腹を爪で引っ掻かれたらしいのだが、振った腕の動きが全然見えなかった。
電撃を纏った爪、鎖のTシャツのお蔭で腸をぶち撒けないで済んだが、肋骨は何本か行かれた。
「グファッ」
転がって衝撃を逃して身構えたら、目の前に鵺が立っていた。
”ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ”
追撃せずに嬉しそうに笑っている。
手に入れた玩具で遊びたいらしい。
くそっ、渾身の力を込めて目の前の足首に棍棒を振り下ろす。
”ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ”
僕の抵抗を喜んでいるだけで、全然効いていないようだ。
”バチッ”
今度は左脇腹に衝撃が走り、宙に舞っていた。
鵺の攻撃を喰らいながら必死に逃げ回り、時々無駄とは解っているが棍棒で攻撃する。
実際は短い時間なのだろうが、僕には永遠の時間の中を蠢いている様に感じた。
真面に呼吸が出来ないし、視界は半分血で覆われている。
左腕は肩からだらんと捻れて下がっているだけだし、左足の膝から下は変な方向を向いている。
「グワッ」
四人を放り上げた木の下に転がった時、ミューアが木から飛び降りて来て泣きながら癒してくれた。
ミューアに耳打ちし、瞳に力が籠ったことを確認して木の上に放り上げる。
再び逃げ回り、崖際に追い詰められた時に、背中に爪の衝撃を受けながら、四つん這いで股の間を潜って逃れる。
視界の隅にテオの手を挙げて合図を送る姿が入る。
「ぎゃー!!!」
渾身の力を込めて叫ぶ。
鵺が棒立ちとなって身体を硬直させている。
ミューアに頼んだ伝言は、僕の声が鵺の耳の中で聞こえる様にするテオへの指示。
視覚、聴覚、嗅覚の優れた魔獣なら、耳の中で叫べばショックを受けると思ったのだ。
硬直している鵺に突撃し、両足を抱えて足を掬う。
そう、ラグビーのタックルだ。
そしてそのまま、崖下へ鵺を抱えてダイブした。
硬直が解けた鵺が必死で爪を僕の背中に振り下ろす。
物凄い衝撃だが、必死に意識を繋いで手は離さない。
これは賭けだ、身体の大きい鵺の方が先に下の大岩に激突する、その後、鵺をクッションにして僕が生き残れるかどうかだ。
万が一僕が失敗しても、ミューアには、直ぐに逃げろと伝えてある。
この高さの崖だ、手負いの鵺なら簡単に後を終えないだろう。
宿の書斎の引き出しには、四人が僕から自分を買い戻す契約書も作って入れてある。
それで奴隷の身分からは解放してやれる。
後は僕が残した財産で、成人するまで生活はできるだろう。
三十八年なら僕は十分に生きた、それに少女とセックスするという想いは、十分にお釣りが来るくらい果したから悔いはない。
”ギャン!”
鵺が脳天から大岩に追突した衝撃が来た。
そして次の衝撃で、僕の意識が遠退いた。
”オーク、オーク、オーク”
天使が撲を覗き込んでいる、ここは天国なのだろうか。
「オーク、何寝ぼけてるのよ」
「いや、合っている。絶対にここだ、テオ」
「なんかここに見えるの、オーク。何も無いでしょ、寝ながら説明聞いてたんじゃないの」
「ああ、何も無いがここだ。ミューア」
「頑固だわね、間違いを認めて私達に謝りなさいよ。土下座よ、土下座、さあ」
「いや、間違ってないぞ。ファーレ」
邪霊騒動での人々の僕への関心が薄れた頃、変わった依頼が一件入った。
こねを使って強引に神殿へ持ち込まれた依頼で、東門外の、馬車で一時間程行った場所にある倉庫に取り付いた怨霊の討伐依頼だった。
シルベニアで売る肉の熟成庫で、ミトラス商会というシルベニアで流通する肉の三割を商っている大きな商会が所有する倉庫だった。
怨霊を急いで駆除しなければ肉の値段が倍になると聞いて、神殿も断わり切れなかったらしい。
商会の職員に書いて貰った地図を頼りに東門を出発したのだが、目的地近辺で道が急に無くなり、切立った崖になっていたのだ。
周囲には森が広がっているだけで、倉庫の影も形も無い。
期限切れの肉を只で貰おうとファーレが荷車を借りて来たのだが、このままでは荷車の賃料が無駄になってしまう。
それでファーレは、八つ当たり気味に撲を責めている。
でもここに倉庫が無いのは、僕の責任じゃない。
猟師の小屋なら見逃した可能性も有るが、シルベニアに肉を供給する大倉庫だ。
眠っていても見逃す筈が無い。
仕方が無いので、東門に戻ろうと荷車を反転させたら、森からなにか大きな黒い影が飛び出して来てた。
荷車を曳かせていた馬、正確には馬に似た鹿だと思うのだが、が急に暴れ出して荷車が横転する。
空中で四人を回収して着地した。
「オーク、鵺よ」
身の丈四メートルの鋭い牙と爪を持った、黒い毛に覆われた大猿だった。
マンドリルの様な白い頬と赤い鼻を持ち、額に一本角を生やしている。
隷属の首輪をしているから、飼い鵺なのだろう。
背中に退化した小さな翼、尻には悪魔の様な尻尾を生やしている。
飼い主に心当りは有る。
あの時に殴り殺して置けば良かった。
僕を殺せと命じられているのだろうから、僕が死ななければ、この子らは喰われないだろう。
『うわー』
それでも念のため、四人を手近な木の上に放り投げて置いた。
荷から棍棒を抜出し、久々に身構える。
身の丈も肩幅も僕の倍以上、腕は僕の胴回りより太い。
爪一本、一本が山刀くらいの大きさがある。
無理、無理、無理、絶対に無理。
怪物相手に棍棒を構えている僕の姿を想像すると、滑稽で笑い出しそうになる。
膝が笑っているし、パンツに少しちびった気がする。
”ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ”
僕の頬が引き攣っているのを、笑ったいると勘違いしたのか、鵺が嬉しそうに笑っている。
”バチッ”
電撃と衝撃が右脇腹に走り、気が付いたら僕の身体が宙に舞っていた。
右脇腹を爪で引っ掻かれたらしいのだが、振った腕の動きが全然見えなかった。
電撃を纏った爪、鎖のTシャツのお蔭で腸をぶち撒けないで済んだが、肋骨は何本か行かれた。
「グファッ」
転がって衝撃を逃して身構えたら、目の前に鵺が立っていた。
”ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ”
追撃せずに嬉しそうに笑っている。
手に入れた玩具で遊びたいらしい。
くそっ、渾身の力を込めて目の前の足首に棍棒を振り下ろす。
”ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ”
僕の抵抗を喜んでいるだけで、全然効いていないようだ。
”バチッ”
今度は左脇腹に衝撃が走り、宙に舞っていた。
鵺の攻撃を喰らいながら必死に逃げ回り、時々無駄とは解っているが棍棒で攻撃する。
実際は短い時間なのだろうが、僕には永遠の時間の中を蠢いている様に感じた。
真面に呼吸が出来ないし、視界は半分血で覆われている。
左腕は肩からだらんと捻れて下がっているだけだし、左足の膝から下は変な方向を向いている。
「グワッ」
四人を放り上げた木の下に転がった時、ミューアが木から飛び降りて来て泣きながら癒してくれた。
ミューアに耳打ちし、瞳に力が籠ったことを確認して木の上に放り上げる。
再び逃げ回り、崖際に追い詰められた時に、背中に爪の衝撃を受けながら、四つん這いで股の間を潜って逃れる。
視界の隅にテオの手を挙げて合図を送る姿が入る。
「ぎゃー!!!」
渾身の力を込めて叫ぶ。
鵺が棒立ちとなって身体を硬直させている。
ミューアに頼んだ伝言は、僕の声が鵺の耳の中で聞こえる様にするテオへの指示。
視覚、聴覚、嗅覚の優れた魔獣なら、耳の中で叫べばショックを受けると思ったのだ。
硬直している鵺に突撃し、両足を抱えて足を掬う。
そう、ラグビーのタックルだ。
そしてそのまま、崖下へ鵺を抱えてダイブした。
硬直が解けた鵺が必死で爪を僕の背中に振り下ろす。
物凄い衝撃だが、必死に意識を繋いで手は離さない。
これは賭けだ、身体の大きい鵺の方が先に下の大岩に激突する、その後、鵺をクッションにして僕が生き残れるかどうかだ。
万が一僕が失敗しても、ミューアには、直ぐに逃げろと伝えてある。
この高さの崖だ、手負いの鵺なら簡単に後を終えないだろう。
宿の書斎の引き出しには、四人が僕から自分を買い戻す契約書も作って入れてある。
それで奴隷の身分からは解放してやれる。
後は僕が残した財産で、成人するまで生活はできるだろう。
三十八年なら僕は十分に生きた、それに少女とセックスするという想いは、十分にお釣りが来るくらい果したから悔いはない。
”ギャン!”
鵺が脳天から大岩に追突した衝撃が来た。
そして次の衝撃で、僕の意識が遠退いた。
”オーク、オーク、オーク”
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