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Ⅰ 武術大会
1 冒険者ギルドの食堂にて・・・人生には常にリスクが存在する
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ペペロ・・・魔術師の卵、十三歳、男だが少女に見える。
トートス・・・ペペロの師匠、二百三歳の高齢なので惚けが入っている。
1メノト=100セチ=1メートル=100センチ
1日=24鐘
1鐘=60琴
1琴=60鈴
ーーーーー
朝から大通りや公園を転々と移動し、手品と踊りを演じて日銭を稼いでいたので足が棒の様だ。
幸いな事にこの一週間、観光客が急に増えたので順調に投げ銭も増えている。
芸人組合に稼ぎの一割を上納して許可を貰い、先生が十本弦のガムラを演奏して、その曲に合わせて僕が女装して踊りながら辻で手品を見せている。
僕の名前はペペロ、今年十三歳になったばかりの魔術師の卵だ。
性別は男、白銀緑の髪と青紫の瞳、体毛の無い滑々の白い肌に細い手足、美人の母さんに良く似た顔付きなので良く女性に間違われるが正真正銘の男だ。
僕達は、毎日冒険者ギルドで魔術師の仕事を捜しているのだが、ほとんどが門前払いで雇って貰えず、仕方なく手品と踊りで日銭を稼いでいる。
芸人組合から冒険者ギルドに向かい、掲示板で新規の募集を確認してから冒険者ギルドの食堂で夕食を食べるのが、この数か月の僕達の日課になっている。
「ペペロ、この武術大会に出場しろ」
残飯粥にかぶり付いていた時だったので、僕は先生が何を言っているのか理解できなかった。
僕は銅貨五枚で食べられるこの貧者救済メニューが大好きだ。
暖かいし、運が良ければ小さな肉片が入っていることもある。
この時も、久々に少し大きな肉片と遭遇した喜びに浸っていたので、左耳から入った先生の言葉はそのまま右耳に抜けていた。
粥の入った丼から目を上げて先生を見る。
窓を指差していた。
窓の外は異界の様に茜色に染まっており、道行く人々が長く黒い影法師を分身の様に曳いて歩いている。
通りを綺麗な女の人が通ったのだろうか。興味は無いけど相槌だけは打っておこう。
「ええ、綺麗な人ですね。先生」
先生は混合酒をジョッキで飲みながら、ご機嫌で窓の外を眺めていたはずだ。
これも銅貨五枚で飲める貧者救済メニューで、混合酒と名前は付いているのだが、昨晩の客の飲み残しを混ぜたものらしく、中身は限りなく正体不明な飲み物だ。
「馬鹿者、わしはこのポスターの話をしておるんじゃ」
先生の指差した窓にポスターが張ってあった。
第百九十七回メリルローテ武術大会、開催日は兎の月の一日から、うん、明日だ。
人間を放棄したような、魔人猿に分類した方が良さそうな人達の絵が一杯描いてある。
通行人の綺麗な女の人よりも更に興味は無い。
「この大会に出場しろ」
先生の指差す先を更に良く見ると、参加者募集中、当ギルドで申し込み可と書いてある。
先生の指がポスターの上部に移動する、果樹園で微笑む白いドレスを着た少女の絵が書いてある。
そしてその上には魅力的な事が書かれていた。
優勝賞金金貨十万枚、副賞トロノ地方荘園二百畑(小作人付)及びメリルローテ国メリッサ王女からのキス。
一生遊んで暮らせるお金と広大な荘園、僕の実家の所有地が十畑だからこれは貴族並の領地だ。
王女のキスなんて興味が無いからこれはどうでも良い、ぺっ。
確かに夢を見たい先生の気持ちは良く解る、惚けて現実と妄想の境目を行き来しているから尚更だろう。
僕だってこの蟻地獄の様な貧乏生活から抜け出す方法を日々考えている。
でもこれは夢以前の問題だ、身長が一メノト五十セチ足らずで体重が小鹿程度の僕が、このポスターに描かれている身長二メノト、体重が熊を優に越えているであろう男達と戦う姿なんて想像すらできない。
うん、串刺しの丸焼きにされてバリバリ食われている姿は想像できるからちょっと悲しい。
「先生、無茶言わないで下さい。オーガやオークの群の中に迷い込んだ野兎と一緒で、きっと骨だって残りませんよ。僕のこの栄養の足りてない細い腕と足を見て下さい。野兎にすら勝てるかどうか怪しいです」
うん、男としてちょっと悲しい説明だが現実は現実だ。僕は常に現実主義者だ。
「大丈夫じゃ、人間、気合いと根性が有れば道は開ける」
「先生、気合いと根性じゃ野兎はオーガに勝てないんです。いくら頑張っても生態系ピラミッドの底辺からは抜け出せないんです」
なんか自分の事のようで悲しくなってくる。
そーなんだ、僕はいくら頑張ってもこの王都の底辺から、この貧者救済メニューから抜け出せないのかも知れない。
先生の名前はトートス、昔は一世を風靡した魔法使いだったそうだが、二百三歳になる今は単なる記憶力の怪しい迷惑な頑固者の不良惚け老人だ。
先生はオリオールの森の中にある魔術師コミニュティーに実験房を構え、魔法の基礎研究をしてた。
僕が先生の下に弟子入りしたのは七歳の時だ。
実家は地方の領主なのでそれなりの生活を送っていたのだが、親は十人兄弟の末っ子である僕を心配して、手に職を付けさせようという迷惑な配慮で、不幸な事に、先生の下に弟子入りさせたらしい。
兄弟子になる予定だった人は、僕が到着する前日に逃亡して居なくなり、以来六年間、僕は廃屋の様な実験房でこの不良惚け老人の寝食の世話をしていた。
すべての学問においてそうで有る様に、魔術においても研究の頭に基礎の名称が付いた途端、実験房は商人ギルドからの補助が見込めない貧乏神の心地の良い住家に変る。
実験房に到着した日、幼かった僕は先生と倒壊寸前の実験房を見て、廃屋に巣食う山賊に弟子入りしたと本気で心配したのを鮮明に覚えている。
先生の実験房は、細々と内職で辛うじて食繋ぐ、そんな貧乏実験房だった。
そんな僕らが、実験房を離れて王都の冒険者ギルドの食堂に居る。
理由は昨年末、騙し騙し使っていた実験房の魔法窯が遂に火を噴いて崩れてしまったからだ。
魔法窯が無いと実験は愚か、内職、つまり生活すら出来ないのだ。
そしてもっと大きな理由は、元お弟子さん達で寄付を持ち寄るとの話が持ち上がったのに、プライドだけ高い頑固爺が“俺を舐めるな、修繕費くらい俺が自分で稼ぐ”と啖呵を切って拒否してしまったからだ。
そして二人でノコノコと王都に出稼ぎに行く羽目になり、当然の事ながら、王都には惚け老人と子供の僕が安易に稼げるような仕事なんて転がっていなかった。
「わしに良い考えがある」
この先生の“良い考え”ほど当てにならない物は無い。
先週は先生の“良い考え”のおかげで僕は裏路地に立つ羽目になった。
酔っ払いを誘って宿の部屋に連れ込み、そこで先生がスリープの魔法で相手を眠らせ夜伽料を騙し取る作戦だった。
ところが、酔っ払いを連れ込んだら部屋に先生は居なかったし、床にスリープの魔法陣すら描かれて居なかった。
後から聞いたら先生は下の食堂で酒を飲んで眠り呆けていたそうなのだ。
素直に謝って男であること打ち明けたのだが、相手がさらに興奮して僕は一晩中逃げ回るという酷い目を見た。
全ての経験が後から魔道に活かされるなんて馬鹿な言い訳を先生はしていたが、絶対に嘘だろうと思う。
しかしあの男は僕を裸に剥いて何をする積もりだったのだろうか、不思議だ。
なんかやけに僕の背後に回ろうとしていた。
「嫌です」
「つべこべ言うな、馬鹿者」
「嫌です先生、勘弁して下さい」
結局、先生に引きずられてギルドに設営されている申し込み窓口に連れて行かれてしまった。
先生の方が力は強いし喧嘩も強い。
酔うと時々酒場で暴れて冒険者を殴り倒している。
どう考えても先生が出場した方が勝てる可能性が高いと思う。
「年寄りに馬鹿な事を言うな。わしは今年で二百三歳じゃぞ。骨折でもしたら治療に二年は掛かってしまうわい」
二百三歳になっても二年で骨折が治るんだ。
でもこれってやっぱり、山賊みたいな先生ですら骨折するほど危ないと認識していると言うことで、きっと凄く危なくて痛いんだ。
「先生、手を離して下さい。僕怖いですし、暴力は嫌いです」
「大丈夫だ、わしに良い考えが有ると言っただろ」
いやいや、それが一番信用ならないし一番危ない。
王都に来る時も先生は“ペペロ、王都では魔術師は重宝されるぞ、金貨ザクザクで女も抱き放題じゃ。王都に着いたら女の抱き方を教えてやるからな”とか言っていた。
抱き方なんて丸太だろうが枕だろうが手を回すだけだ、変な事を言う先生だとその時は思った。
「命令じゃ、うだうだ言っとらんで早く申し込め馬鹿者」
命令と言われてしまった、命令じゃ仕方が無い。
確かに父親と先生が交わし契約には僕の殺生与奪の権利も含まれていた。
女装での夜伽詐欺も先生の命令で酷い目は見たが、命までは取られなかった。
だから今度も命まで取られないと諦めて前向きに考える事にした。
人生には常にリスクが存在する、山菜取りに行ってオーガの群れと遭遇したと思えば諦めも付く。
大人しく窓口の申込用紙に記入することにした。
うん、元々先生への弟子入り自体が人生最大の災厄だったのだから、どの選択肢であっても僕の人生は大して変わらないだろう。
名前ペペロ、年齢十三、性別男、うん、間違われることが多いが僕は男だ。
師匠名トートス、流派?基礎理論魔術学会、得意技?並列筆記、うん、両手を使って別の文章を同時に書ける、これは僕の自慢だ。
大会出場歴?テントス村子供相撲大会一回戦敗退っと。
うっ、遺体引受人?テントス村領主ピピス、父さんの方が良いだろうと思った。
先生だと面倒臭がって無縁墓地に投げ込まれそうだったからだ。
窓口のお姉さんが変な顔をして申込書を確認していたが、申込金として銀貨一枚を払ったら、溜息混じりで受領札を発行してくれた。
うん、僕も溜息を吐きたかった、こんな申込みに銀貨一枚払うんだったら、薄粥を二十杯食った方が空腹が満たされて幸せだと思う。
「大会は明日の朝七鐘から始まります。明朝六鐘までに闘技場の登録窓口にこの受領札を提出して本登録を済ませて下さい。本登録時に出場日時と出場闘技場が決定されます。後は大会運営事務局から指示が有りますから従って下さい。なお、登録後の棄権についてはペナルティーが発生しますから気を付けて下さいね。それではご検討をお祈りしてます」
今の時期は明け方が四鍾、夕暮れが十九鐘だ。
六鐘ならば十分に明るい時間帯だ、五鐘前に宿を出発しよう。
トートス・・・ペペロの師匠、二百三歳の高齢なので惚けが入っている。
1メノト=100セチ=1メートル=100センチ
1日=24鐘
1鐘=60琴
1琴=60鈴
ーーーーー
朝から大通りや公園を転々と移動し、手品と踊りを演じて日銭を稼いでいたので足が棒の様だ。
幸いな事にこの一週間、観光客が急に増えたので順調に投げ銭も増えている。
芸人組合に稼ぎの一割を上納して許可を貰い、先生が十本弦のガムラを演奏して、その曲に合わせて僕が女装して踊りながら辻で手品を見せている。
僕の名前はペペロ、今年十三歳になったばかりの魔術師の卵だ。
性別は男、白銀緑の髪と青紫の瞳、体毛の無い滑々の白い肌に細い手足、美人の母さんに良く似た顔付きなので良く女性に間違われるが正真正銘の男だ。
僕達は、毎日冒険者ギルドで魔術師の仕事を捜しているのだが、ほとんどが門前払いで雇って貰えず、仕方なく手品と踊りで日銭を稼いでいる。
芸人組合から冒険者ギルドに向かい、掲示板で新規の募集を確認してから冒険者ギルドの食堂で夕食を食べるのが、この数か月の僕達の日課になっている。
「ペペロ、この武術大会に出場しろ」
残飯粥にかぶり付いていた時だったので、僕は先生が何を言っているのか理解できなかった。
僕は銅貨五枚で食べられるこの貧者救済メニューが大好きだ。
暖かいし、運が良ければ小さな肉片が入っていることもある。
この時も、久々に少し大きな肉片と遭遇した喜びに浸っていたので、左耳から入った先生の言葉はそのまま右耳に抜けていた。
粥の入った丼から目を上げて先生を見る。
窓を指差していた。
窓の外は異界の様に茜色に染まっており、道行く人々が長く黒い影法師を分身の様に曳いて歩いている。
通りを綺麗な女の人が通ったのだろうか。興味は無いけど相槌だけは打っておこう。
「ええ、綺麗な人ですね。先生」
先生は混合酒をジョッキで飲みながら、ご機嫌で窓の外を眺めていたはずだ。
これも銅貨五枚で飲める貧者救済メニューで、混合酒と名前は付いているのだが、昨晩の客の飲み残しを混ぜたものらしく、中身は限りなく正体不明な飲み物だ。
「馬鹿者、わしはこのポスターの話をしておるんじゃ」
先生の指差した窓にポスターが張ってあった。
第百九十七回メリルローテ武術大会、開催日は兎の月の一日から、うん、明日だ。
人間を放棄したような、魔人猿に分類した方が良さそうな人達の絵が一杯描いてある。
通行人の綺麗な女の人よりも更に興味は無い。
「この大会に出場しろ」
先生の指差す先を更に良く見ると、参加者募集中、当ギルドで申し込み可と書いてある。
先生の指がポスターの上部に移動する、果樹園で微笑む白いドレスを着た少女の絵が書いてある。
そしてその上には魅力的な事が書かれていた。
優勝賞金金貨十万枚、副賞トロノ地方荘園二百畑(小作人付)及びメリルローテ国メリッサ王女からのキス。
一生遊んで暮らせるお金と広大な荘園、僕の実家の所有地が十畑だからこれは貴族並の領地だ。
王女のキスなんて興味が無いからこれはどうでも良い、ぺっ。
確かに夢を見たい先生の気持ちは良く解る、惚けて現実と妄想の境目を行き来しているから尚更だろう。
僕だってこの蟻地獄の様な貧乏生活から抜け出す方法を日々考えている。
でもこれは夢以前の問題だ、身長が一メノト五十セチ足らずで体重が小鹿程度の僕が、このポスターに描かれている身長二メノト、体重が熊を優に越えているであろう男達と戦う姿なんて想像すらできない。
うん、串刺しの丸焼きにされてバリバリ食われている姿は想像できるからちょっと悲しい。
「先生、無茶言わないで下さい。オーガやオークの群の中に迷い込んだ野兎と一緒で、きっと骨だって残りませんよ。僕のこの栄養の足りてない細い腕と足を見て下さい。野兎にすら勝てるかどうか怪しいです」
うん、男としてちょっと悲しい説明だが現実は現実だ。僕は常に現実主義者だ。
「大丈夫じゃ、人間、気合いと根性が有れば道は開ける」
「先生、気合いと根性じゃ野兎はオーガに勝てないんです。いくら頑張っても生態系ピラミッドの底辺からは抜け出せないんです」
なんか自分の事のようで悲しくなってくる。
そーなんだ、僕はいくら頑張ってもこの王都の底辺から、この貧者救済メニューから抜け出せないのかも知れない。
先生の名前はトートス、昔は一世を風靡した魔法使いだったそうだが、二百三歳になる今は単なる記憶力の怪しい迷惑な頑固者の不良惚け老人だ。
先生はオリオールの森の中にある魔術師コミニュティーに実験房を構え、魔法の基礎研究をしてた。
僕が先生の下に弟子入りしたのは七歳の時だ。
実家は地方の領主なのでそれなりの生活を送っていたのだが、親は十人兄弟の末っ子である僕を心配して、手に職を付けさせようという迷惑な配慮で、不幸な事に、先生の下に弟子入りさせたらしい。
兄弟子になる予定だった人は、僕が到着する前日に逃亡して居なくなり、以来六年間、僕は廃屋の様な実験房でこの不良惚け老人の寝食の世話をしていた。
すべての学問においてそうで有る様に、魔術においても研究の頭に基礎の名称が付いた途端、実験房は商人ギルドからの補助が見込めない貧乏神の心地の良い住家に変る。
実験房に到着した日、幼かった僕は先生と倒壊寸前の実験房を見て、廃屋に巣食う山賊に弟子入りしたと本気で心配したのを鮮明に覚えている。
先生の実験房は、細々と内職で辛うじて食繋ぐ、そんな貧乏実験房だった。
そんな僕らが、実験房を離れて王都の冒険者ギルドの食堂に居る。
理由は昨年末、騙し騙し使っていた実験房の魔法窯が遂に火を噴いて崩れてしまったからだ。
魔法窯が無いと実験は愚か、内職、つまり生活すら出来ないのだ。
そしてもっと大きな理由は、元お弟子さん達で寄付を持ち寄るとの話が持ち上がったのに、プライドだけ高い頑固爺が“俺を舐めるな、修繕費くらい俺が自分で稼ぐ”と啖呵を切って拒否してしまったからだ。
そして二人でノコノコと王都に出稼ぎに行く羽目になり、当然の事ながら、王都には惚け老人と子供の僕が安易に稼げるような仕事なんて転がっていなかった。
「わしに良い考えがある」
この先生の“良い考え”ほど当てにならない物は無い。
先週は先生の“良い考え”のおかげで僕は裏路地に立つ羽目になった。
酔っ払いを誘って宿の部屋に連れ込み、そこで先生がスリープの魔法で相手を眠らせ夜伽料を騙し取る作戦だった。
ところが、酔っ払いを連れ込んだら部屋に先生は居なかったし、床にスリープの魔法陣すら描かれて居なかった。
後から聞いたら先生は下の食堂で酒を飲んで眠り呆けていたそうなのだ。
素直に謝って男であること打ち明けたのだが、相手がさらに興奮して僕は一晩中逃げ回るという酷い目を見た。
全ての経験が後から魔道に活かされるなんて馬鹿な言い訳を先生はしていたが、絶対に嘘だろうと思う。
しかしあの男は僕を裸に剥いて何をする積もりだったのだろうか、不思議だ。
なんかやけに僕の背後に回ろうとしていた。
「嫌です」
「つべこべ言うな、馬鹿者」
「嫌です先生、勘弁して下さい」
結局、先生に引きずられてギルドに設営されている申し込み窓口に連れて行かれてしまった。
先生の方が力は強いし喧嘩も強い。
酔うと時々酒場で暴れて冒険者を殴り倒している。
どう考えても先生が出場した方が勝てる可能性が高いと思う。
「年寄りに馬鹿な事を言うな。わしは今年で二百三歳じゃぞ。骨折でもしたら治療に二年は掛かってしまうわい」
二百三歳になっても二年で骨折が治るんだ。
でもこれってやっぱり、山賊みたいな先生ですら骨折するほど危ないと認識していると言うことで、きっと凄く危なくて痛いんだ。
「先生、手を離して下さい。僕怖いですし、暴力は嫌いです」
「大丈夫だ、わしに良い考えが有ると言っただろ」
いやいや、それが一番信用ならないし一番危ない。
王都に来る時も先生は“ペペロ、王都では魔術師は重宝されるぞ、金貨ザクザクで女も抱き放題じゃ。王都に着いたら女の抱き方を教えてやるからな”とか言っていた。
抱き方なんて丸太だろうが枕だろうが手を回すだけだ、変な事を言う先生だとその時は思った。
「命令じゃ、うだうだ言っとらんで早く申し込め馬鹿者」
命令と言われてしまった、命令じゃ仕方が無い。
確かに父親と先生が交わし契約には僕の殺生与奪の権利も含まれていた。
女装での夜伽詐欺も先生の命令で酷い目は見たが、命までは取られなかった。
だから今度も命まで取られないと諦めて前向きに考える事にした。
人生には常にリスクが存在する、山菜取りに行ってオーガの群れと遭遇したと思えば諦めも付く。
大人しく窓口の申込用紙に記入することにした。
うん、元々先生への弟子入り自体が人生最大の災厄だったのだから、どの選択肢であっても僕の人生は大して変わらないだろう。
名前ペペロ、年齢十三、性別男、うん、間違われることが多いが僕は男だ。
師匠名トートス、流派?基礎理論魔術学会、得意技?並列筆記、うん、両手を使って別の文章を同時に書ける、これは僕の自慢だ。
大会出場歴?テントス村子供相撲大会一回戦敗退っと。
うっ、遺体引受人?テントス村領主ピピス、父さんの方が良いだろうと思った。
先生だと面倒臭がって無縁墓地に投げ込まれそうだったからだ。
窓口のお姉さんが変な顔をして申込書を確認していたが、申込金として銀貨一枚を払ったら、溜息混じりで受領札を発行してくれた。
うん、僕も溜息を吐きたかった、こんな申込みに銀貨一枚払うんだったら、薄粥を二十杯食った方が空腹が満たされて幸せだと思う。
「大会は明日の朝七鐘から始まります。明朝六鐘までに闘技場の登録窓口にこの受領札を提出して本登録を済ませて下さい。本登録時に出場日時と出場闘技場が決定されます。後は大会運営事務局から指示が有りますから従って下さい。なお、登録後の棄権についてはペナルティーが発生しますから気を付けて下さいね。それではご検討をお祈りしてます」
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