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67 北大陸へ
しおりを挟む魔素の目で見ると蔓は黒い影の様に見える。
だから当然、蔓が化けている僕の人形も真っ黒に見える筈なのだ。
今日も明け方近くまでキムノさんの相手をしてから、自分の部屋へと足音を忍ばせて戻った。
大きく一回伸びをしてから、蔓の人形と入れ替わろうと布団を捲ったのだが、そこには影の人形は無く、替りにエルフの子供がスーピーと寝息を立てていた。
影の人形と同様に、僕の身体から黒い糸が伸びているので、こいつが蔓だろうと言う事は何となく判る。
膨らみ掛けの胸を揉んでみたら手応えはちゃんとある。
念のため、片足を持ち上げて確認してみたが、やはり女だった、うん、もちろんつるつるだ。
物凄く眠かったので取敢えず一寝入りして、難しいことは、起きてから考えることにした。
「痛って!」
「兄ちゃん、この子何、何時連れ込んだの!」
エルフさん達に囲まれたウハウハの夢を見ていたら、明美に蹴り起された。
「あっ、これは蔓だ」
「・・・・・。(”ガツン”、「痛って」)違うでしょ」
明美の犬歯がスパークして来たので、慌てて説明を考えていたら、蔓が目を覚ました。
「うーん、身体が有るって気持ち良いね。お早う、父ちゃん」
「えっ!、父ちゃん・・・。あんた兄ちゃんの子供なの」
「うん、そうだよ。父ちゃんはあたいのことツルって呼んでた。宜しく、おばさん」
「・・・・・・おばさんじゃないよ。僕はお姉さんだよ。あんたのお母さんは誰」
「お母さんって何」
「あんたを生んでくれた人」
「あたいを生んだのは父ちゃんだよ。父ちゃんが母ちゃんなの?」
「・・・・・???」
「父ちゃんで良いよ。ツルは俺の身体の中に戻れるのかい」
「うーん、判らない」
明美が昔着ていた服と下着を荷物から引っ張り出してツルに着せ、朝食を食べに行った。
「俺の娘のツルです」
「おいタケ、お前まだ十八だろ。なんでそんな大きな娘が居るんだよ」
「いいえ、こう見えてもツルはまだ四歳です」
「おい、そんな大きい四歳はいないだろ」
「いいえ、四歳です。俺の娘です」
強引に宣言してツルも迷宮へ連れて行くことを了承させた。
現実的にツルが重要な戦力であることは変わりがないのだ。
事実部屋で確認したら、蔓が僕自身から伸びるのか、身体の外のツルから伸びるのかの違いしかなかった。
意思の疎通も、臍を曲げるのも一緒だった。
ただ、肉体が存在している分、抱き締めてやる等で機嫌を取り易くなった。
荷物は迷宮で見付けたアイテムボックスを確保しておいたので、すべてそこに入れて運んでいる。
無限収納と言う訳に行かなかったが、普通の倉庫並みの十分な収納力はあった。
背負子の荷が無くなったので、替りにツルを背負っている。
蔓を使う感覚が今までに一番近いのでツルを背負っているのだが、キャッキャと燥ぎながら喜んでいるツルが羨ましいのか、ツルが背負子から降りる度に、明美とキムノさんが攀じ登ってくる。
「はいはい、飯を食うんで、背負子降ろしますよ」
「ぶー、タケちゃんのケチ」
「兄ちゃん、肩車」
ーーーーー
七百階層のフロア、ほぼ大迷宮の中心の位置で不思議な部屋を発見した。
扉の中は異空間へ繋がったおらず、普通の隠し部屋だった。
だが、部屋の中央に大きな鏡があり、鏡の木枠には過去戻りの扉という文字が刻んであった。
直径三メートル程の大きな鏡で、自分の戻りたい時を念じて覗き込むと、その時の自分の姿が鏡の中に見える。
僕も覗かせて貰ったら、明美をベットに押し倒している自分が見えた。
四年もの時を隔てると、明美も僕も、物凄く子供に見える。
「皆世話になった、ありがとう。それじゃ、俺とユリエは目的を果たす為に過去へ飛ぶ。時の輪の中に閉じ込められて永遠の亡者に成り果てるか、時の異なる枝に縋り付くことができるかどうか、すべては運命の女神様しだいだ。皆、俺達の成功を祈ってくれ」
「皆ありがとな。これからあたいは妹を救いに行って来る。二十年前、あたいとハンゾーの目の前で谷底へ落ちちまったんだ。助けを求める手と顔が目に浮かんで、あたいとハンゾーは所帯を持てずにいる。でも大丈夫だ、運命の女神があたい達にタケを貸してくれた。絶対に成功すると思ってる。どこかで子連れのあたい達に会ったら、祝福してくれ」
「後の事は約束どおりタケに任せる。タケ頼むぞ」
「はい」
ハンゾーさんとユリエさんが風浮揚の魔法を纏って鏡に飛び込んだ。
”きゃっ、あぶない。姉ちゃん気を付けてよ、落ちたら危ないでしょ”
”ごめん、マリエ。なんか今風が吹かなかった”
”気の所為よ”
”ユリエ、マリエ、行くぞ”
”なによ偉そうに、生意気よハンゾー”
”そうよ、そうよ”
楽しそうな若い声が遠ざかって行き、鏡が消えた。
鏡の消えた跡には、帰還の魔法陣が浮かび上がっていた。
ーーーーー
一旦地上に戻り、今後の事を話合った。
「俺も時の鏡を潜って戻りたい場所がある。悪いが一旦北大陸へ戻って仲間を連れて来たい。だから、一旦別行動を執らせてくれ」
「ああ構わないよ。あたいらも一生遊んで暮らせる財産は手に入れたからね。一旦国へ戻るよ」
「タケには世話になったからよ、一年後にここへ集まるってのはどうだい」
「良いねー。そうしようさ」
「うん、あたいも賛成だよ」
「あたいも」
「俺も」
「それじゃ明日、迷宮の扉を使って帰るか」
「面白いね、それ」
「ねえタケちゃん、私も連れて行って」
「えー、僕達の邪魔しないで、キムノも国へ帰んなよ」
「だめ、タケちゃんはアキの自由にさせなないの」
僕は結局、キムノさんも連れて北大陸へと戻った。
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