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4 風呂と粥

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 広いお湯の川の中でゆったりと手足を伸ばす。
 呆けていたら、明美が近寄って来た。

「兄ちゃん、スキンシップ」

 明美が膝の上に乗ってきた。
 去年までは明美と一緒に風呂へ入っていた。
 明美の頭と背中を洗ってやるのが、僕の子供の頃からの仕事だったので続けていたのだが、母さんが心配し始めたので、明美が六年生になったのを機に、別々入るようにしていた。

「明美、重たいぞ」 
「へへ、いいじゃん。兄ちゃん、星が綺麗だよ」
「そーか良かったな、俺には全然見えん」

「私もお兄ちゃんって呼んでも良い」

 明美を羨ましそうに見ていた女の子の一人が突然聞いて来た。
 多分いきなり異世界に放り出されて心細く、誰かに頼りたいのだろう

「ああ、いいよ」
「私も」
「私も」

 残りの二人も勢い良く手を上げた。

「ああ、いいよ」

 三人が僕の腕にしがみ付いて来た。
 小学校の先生になった気分だ。

「お兄ちゃんは大学生?」
「いや、高校生だよ。君達は」
「小四、三人共塾で勉強してたらここへ来ちゃったの」
「僕は明美、小六、アキでいいよ」
「私は莉子、リコって呼んでね」
「私は芽依、メイでいいよ」
「私は凛奈、リンって呼ばれてる。お兄ちゃんさっきはありがとね。お兄ちゃんが運んでくれたんで鼠に食べられなかった」
「ありがとお兄ちゃん、私も命拾いしたわ」
「ありがと、お兄ちゃん、身体でお礼した方が良いかしら?」
「いやいや、大丈夫、間に合ってるから」

 改めて礼をを言われると何だか恥ずかしい。
 
「えへん、兄ちゃんは普段ダラーと眠そうにしてるんだけど、追い込まれると馬鹿力が出るんだぞ」

 明美は褒めているつもりなのだろうが、全然褒められているような気がしない。
 でも今思うと本当に火事場の馬鹿力で、四人を担いで良く走れたと思う。
 ハルさんも同様だったのだろう。

「姉ちゃん、僕も膝の上に」
「駄目に決まってるだろ!ユウ」

 ユウがまたグーで殴られている。
 でもユウの根性はたいしたものだ、余程ハルさんに甘えたいらしい。

 ハルさんの胸に引き寄せられるのか、男の子はハルさんの近くへ寄って行き、女の子は僕の近くに寄って来るという下水道を逃げ帰った時と同じ組み合わせになってしまっている。

 身体が暖まったところで、川原へと上る。
 転ばない様に気をつけながら、適当な石を選んで腰を掛けて身体を洗う。
 買い求めた韮に似た泡立ち草という草を丸め、明美とリコとメイとリンの髪の毛や背中を洗うのを手伝ってやった。
 泡立ち草は、石鹸の様な臭いがして結構泡立ちが良い、僕にとっては手慣れた作業だ。
 僕の背中を、明美と三人の女の子が一緒に洗ってくれた。

「姉ちゃん背中洗おうか」
「駄目!絶対あんたはエッチなこと考えてるんだから」

 周囲の人達は、風呂と一緒に服の洗濯もやっている。
 泡立ち草を使って洗い、洗い終わると川原にある岩の上に服を広げている。
 僕等も見習って、泡立ち草で服も洗って周囲の岩の上に広げてみる。
 岩は地熱で温まっており結構表面は熱くなっている、これならば直ぐに乾きそうだった。
 下水で濡れて臭くなっていたので、教会に戻ってから洗うつもりでいたのだが、風呂上りに汚れた服を着て帰らなくて済むので嬉しい。

 良く乾く様に服を裏返してから再び湯に入る。
 女の子三人はすっかり慣れた様で、争って僕の膝の上に乗ろうとする。
 明美は少しお姉さんなので、今回は遠慮したようだ。
 三人を抱えてゆったりと湯に浸かる。
 時々湯に混じって川の冷たい水が流れて来て身体を冷やすので、服が乾くまで長湯が出来て丁度良い。

「あんた達も駄目よ」
「えー、僕等ユウと違ってまだ子供だよ」

 孝太と隆文がハルさんの膝に乗ろうとしている。

「目がエッチだから駄目」

 孝太も隆文も小四だそうだ。
 ハルさんは少々警戒し過ぎだ、ユウと孝太と隆文を一緒に考えちゃ可愛そうだと思う。
  
 服が乾いた頃合いを見て、湯から上がってタオルで身体を拭う。
 タオルは服と一緒に手渡された物を、そのまま何となく持って来ている。
 服は良く乾いており、暖かくて気持ちが良かった。 

 さっぱりしたところで、少し遠回りをして裏通りの商店街を覗いてみた。
 魔道具なのだろうか、店頭には白く輝く石が置いて有り、蛍光灯並みに明るい。
 肉串を焼く匂いにお腹が鳴ったが、倹約倹約。

 欲しい物があった。
 今日は鼠に脛を集中的に攻撃されている。
 最初足を攻撃し、動けなくなったところを群れで一斉に襲い掛るのだろう。
 よくあの深い傷を負って走れたと思う。

 武具屋を覗いて見る。
 目当ての脛当てを捜して見たが、残念ながら中古の木の脛当てでも五シルバーもするので手が届かなかった。
 一番安い戦闘用のナイフが中古品が十シルバー、一番安い中古のレザーアーマーが三十シルバーもするので、悲しいことに、普通の冒険者用の装備は、今現在の僕等には高嶺の花であることが解った。

 途方に暮れて武具屋から出たら、隣の道具屋の店頭に真っ黒に汚れた木簡が一束十カッパで売っていた。
 長さは四十センチくらい、緑色に錆びた銅線の様なもので巻いてある。
 腕組みしてしばらく考えてから、四束を買い求めた。

 新品の木簡が一束二シルバー、少し汚れた木簡は一束五十カッパで並んでいたので、表面に書かれた文字を消して再利用するシステムなのだろう。
 僕が買い求めた物は、何度も使い回し、汚れて文字の判読が難しくなった廃棄寸前の木簡のようだ。
 小皿に入った蝋燭も十カッパで買い求めた。

 教会に帰って夕飯を食べる。
 近所の貧乏人達も食べに来ていて、行列が出来ていた。
 脇に積んであった洗面器みたいな木の器と木のスプーンを持って列に並ぶと、メアリーさんが大きな柄杓を大釜に突っ込み、ザバッと粥を木の器に注いでくれた。
 礼拝堂の木のベンチに座って粥を食べる。
 量は多い、鍋から直接食べている感じで、取敢えず満腹にはなった。
 だが美味しくない、ペットショップで売っている鳥の餌を長時間煮込んだような感じで、あまり味がしない。

「うん、ヘルシーよね」
「ええ、ダイエットと思えば良いのよ」
「そう、素材の味が良く解るわ」

 偉い!リコとメイとリンは根性で食っている。

「兄ちゃん、美味しくないよー」

 それに比べて明美はちょっと根性が足りない。

「あんたら残さず食べなよ」

 男子達も根性が足りてないようで、ハルさんに殴られながら食べている。
 食べ終わったら、信徒の義務とかなんとか言われて、メアリーさんに食器洗いを手伝わされた。

 夜、擦り切れた毛布を一人一枚貸して貰えた。
 礼拝堂は広く、木のベンチの上で寝ても良かったのだが、なんとなく祭壇の前の木の床に固まって寝た。
 明美が僕の毛布の中に潜り込んで来て、僕を敷布団替わりにする。
 リコもメイもリンも僕に身体を寄せて来た。
 寒い夜だったので、その温もりが有り難かった。

「姉ちゃん、寒い」
「我慢しなさい」

 四人の静かな安心しきった寝息が聞こえて来て少し心が休まる。
 なんとか今日を無事に生き延びられた。
 山道を必死に下った事が遥か昔の様に思える。
 一緒に山を下って来た大人達はもういない。

 僕が一番の年長者だ、この子達を護る義務がある。
 今日は運がだいぶ味方をしてくれた、明日も同じとは思えない。
 もう少し上手く、そして安全になるように考えよう。
 そして意識が闇の中に沈んで行った。

 今日の収入、三シルバーと七十二カッパ
 今日の支出、九十カッパ
 残金    二シルバーと八十二カッパ
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