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終章
世界の崩壊と再構築
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白い闇の中で、少女は愛する人の名前を叫んだ。
「ジン君! ジン君! お願い、返事をして!」
視界は正体不明の白い光に覆われ、地面がわずかに鳴動している。一体何が起きているのかはわからないが、今のティナにはそれを考える余裕などない。
光に遮られて何も見えない今は、アカシックレコードを破壊した瞬間に駆け寄って取った手の感触だけがジンの存在を確認する唯一の手段だ。しかし、時間が経つごとに少しずつ少しずつ、だが確実に冷えていくそれは、ティナの焦燥を駆り立てるばかりであった。
彼女の脳裏には、自分を何度も救い支え続けてくれたあの笑顔と、光の攻撃魔法に撃ち抜かれる瞬間のジンが繰り返し浮かぶ。どうして、どうしたらよかったの――――そんな思いが、彼女の心を圧迫し続けていた。
「…………」
やがて光は晴れる。アカシックレコードの消失した創世の神殿地下室に、へたり込むティナとジンの身体だけが残されていた。
もはや叫ぶ気力もなくなってしまったのか、ティナは無言でジンの手を握り、青ざめていく顔を見つめている。
「ジン君……」
静寂だけが全ての消えた空間を漂う。未だにとめどなく溢れ続ける涙を拭うこともせず、ティナはただ、愛する人の名前を呼び続けることしか出来なかった。
☆ ☆ ☆
少し時は戻って世界が白い光に包まれ始めた頃。天界の中央都市ゼロ、創世の神殿フォークロアー支部前にて。
白い世界の中で周囲を見渡しながら、ソフィアがつぶやく。
「これは……」
「むう。あの二人、やりおったか」
光の壁の向こうから、少し残念そうな老神の声が聞こえてきた。
「ということは」
「アカシックレコードが破壊されてしまったのじゃろう。そして今は世界が崩壊しつつも同時に再構築もされているといったところかの」
「世界に干渉していたがゆえの反動、ということですか」
「うむ。つまりはフォークロアーがアカシックレコードの干渉の及ばない世界へと作り替えられている、ということじゃ。植物が枯れたから根っこを引っこ抜く、みたいな感じかの。ただ、あの装置が作ったものがどうなるかまではわしにはわからんが……」
他の世界でも似たような現象を目にしたことがあるのだろう。ゼウスの言葉に、ソフィアは一つうなずく。
「なるほど。そういうことですか……」
同時に心配ごとを思い出したらしい。物憂げな表情で、女神はそれを口にする。
「あの二人が無事だといいのですが」
「そう言えばソフィアよ、お主ようアカシックレコードが攻撃してくる可能性に気付いたのう」
「以前、あなたがえっちな本をアカシックレコードの引き出しに隠そうとした時に光線で攻撃された、という話を聞かされたでしょう」
「おお、そうじゃったの」
老神の元気よく、笑顔で何度もうなずいていそうな声が響く。それを耳に入れたソフィアは呆れ顔で口を開いた。
「何でちょっと嬉しそうなんですか……」
「いや、嬉しいというより、忘れた頃に自分の隠したえっちな本の話をされてちょっと恥ずかしいと思うての」
「それならまず神の身でありながらティナちゃんのお尻を狙うことを恥ずかしがるべきだと思いますが」
「それは仕方のないことじゃ。男なら誰でもわしの気持ちをわかってくれると確信しておる。というか、お主もティナちゃんのお尻は欲しいのではないか?」
「たしかにちょっとだけ欲しいですが……って、今はその話はいいでしょう」
二柱が話を大きく脱線させていると不意に白い光が収まり、創世の神殿入り口周辺の風景が戻って来た。
ジンとティナが神殿に突入した直後に戦闘を始めたと思われた彼らだが、不思議と周囲の建物にそこまで損傷は見られない。どうやら互いに威嚇行動をする程度で終わっていたようだ。
周囲を一通り見渡したソフィアが口を開く。
「とりあえず、二人の様子を確認しにいきましょう」
「わしも行くのかの?」
幼少の頃より可愛がっていたジンを敵に回したこと、自分が狙ったお尻の持ち主がいることなど、ゼウスが地下室に行きづらい背景は多分にあった。
悩み渋っている老神の様子からそれを察したソフィアは、ため息をついてから諭すように言う。
「もしあの二人に何かあったらあなたが原因なのですから、敵対する意味もなくなった今は様子だけでも見に行くべきでしょう。それに、あなたはしばらくジン君とも会えなくなるかもしれないのですから、話くらいはしておいた方がいいのではないですか?」
「まあ、それもそうじゃな……」
どうにか腹を決めたゼウスはソフィアと共に地下室へと、ゆっくりと足を運ぶのであった。
そういった経由からとりあえず様子見、といった感じで地下室へと踏み入った二柱は、すぐさまただならぬ雰囲気を察知した。
アカシックレコードがあった位置からやや距離を開けてティナが座りこみ、膝枕をしてもらったジンが横たわっている。だがジンの身体は動かないし、ティナの背中からはすすり泣く声が聞こえてきた。
ソフィアはゼウスと顔を見合わせると小走りでティナの元へと駆け寄っていく。
「ティナちゃん、何があったのですか?」
「ソフィア様……」
振り返ったティナの頬は涙に濡れていた。おっさん女神は美少女の泣き顔に思わず胸を高鳴らせつつも、さすがにそれどころではないと空気を読んだ。
「ジン君が」
「まさか、アカシックレコードに?」
ティナが静かに首肯する。言葉はなくとも、その動作と悲哀に満ちた表情が全てを雄弁に物語っていた。
ゼウスがソフィアの傍らを通り過ぎてジンの側まで歩いていくと、片膝をついて顔を覗き込む。
「…………」
そして何も言わぬまま立ち上がり、顎に手を当てて何事かを思案し始めた。ソフィアはそんな老神を細めた横目で見つめている。
どうしたことか、気付けばゼウスの頬には冷や汗が伝っていた。
「のう、ソフィア」
「……何でしょう?」
「ええかの?」
「何がですか?」
「?」
やり取りの意図が掴めず、ティナは首を傾げながら二柱を見上げている。
「わかっておるのじゃろう」
そこでソフィアは冷たい眼差しを取り下げて、聞き分けのない子供を諭す時の母親のような笑みを浮かべた。
「しょうがありませんね。私もこのままというのは嫌ですし、そもそもの原因はあなたと、あなたを止められなかった私たち神にあるのですから」
「すまんのう」
「では私は範囲外に移動しますので……よろしくお願いします」
「うむ」
未だに涙を流し続けるティナに向けて、ソフィアは唇に人差し指を当てて片目を瞑り、悪戯っぽく微笑んだ。
「ティナちゃん、今から起きることは内緒にしておいてくださいね」
「…………?」
そして恐らくは極大魔法による転移でどこかへ消え去った。
きょとんとしているティナを置き去りにして、ゼウスはジンに手のひらを向けて何かを念じ始めた。暗い場所でなければ気付かないかもしれない、儚くも美しい、淡い光がジンを包み込んでいく。そして。
「……ん、あれ。ティナ……って!」
ジンの瞳が今一度開かれた。
そして同時に視線を巡らせると、膝枕をしてもらっていることに気付き動揺して顔を赤らめてしまう。
「……ジン君? ジン君!」
ティナはそのままジンに抱きついて泣きじゃくり始めた。
「わあああああああ!!!!!!!!」
「そうか、俺、あの時……」
現在自らが置かれている状況に至るまでを思い出したジンはそうつぶやくと、傍らにいるゼウスを見上げて尋ねる。
「ゼウスお前、もしかして」
「うむ。本来なら禁じられておる、神聖魔法による蘇生をお主に施した」
「…………」
ジンは身体を起こすと自らが生きているということを確認するかのように、手を握っては開いてを繰り返していた。
ゼウスの言う通り、神聖魔法によって一度死んだ命を復活させるというのは神々の間で定められた「生命の身体や精神に直接干渉する神聖魔法の使用を禁ずる」という決まりに抵触する。
そういったこともあり平時ならば使用した場合、他の神々にばれた瞬間に裁かれることになるのだが、ゼウスとソフィアは共犯となり、こっそりとジンを復活させだようだ。
フォークロアーの非常事態であり他の神々の目もない今なら、ここにいる者達が口を割らない限りはばれるということはないだろう。もっとも、どちらにしろゼウスはアカシックレコード関連で罰を受けることにはなるが。
ジンは再びゼウスを見上げて静かにゆっくりと口を開いた。
「ゼウス、ありがとな。俺……ティナを裏切っちまうところだった」
ティナはそこで、勢いよくジンから身体を離して頬を膨らませる。その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「そうだよもう。俺を信じてくれとか言っといて。さいてー」
「ごめんな」
「でも、本当によかった」
二人は、互いの存在をしっかりと確認するかのように優しく抱き合った。
しばしの間フェニックスと共にその光景を静かに眺めていたゼウスが、やがて申し訳なさそうな表情で謝罪の言葉を口にする。
「ジン、すまんかったの」
「もう終わったんだからいいよ。蘇生もしてもらったし……それより、ちゃんと自分のしたことを反省しろよな」
「うむ」
ゼウスは天井を見上げて遠くを見通すように目を細めた。
ティナはジンから身体を離して一緒にゼウスを見上げている。
「今じゃから言えることじゃがの、わしはお主のことを本当の孫のように思うておった。わんぱくで聞き分けが悪くて生意気で、本当にどうしようもないやつじゃったが……よく笑う明るいお主に疲れを癒されたものじゃ」
「ゼウス……」
「本当に、こんな形での別れになることだけが心残りじゃ」
「それはこっちの台詞なんだけど」
女の子のお尻を狙った罪でしばらく、下手をすれば一生会えなくなるなどという別れの仕方は予想出来るはずもなかった。正直本当に何やってんだこいつといった感想しか浮かんでこないジンである。
と、そこに今までゼウスが神聖魔法を使えるように一時的に転移魔法によって離れていたソフィアが階段通路から現れ、二人と一柱の元に歩いて来た。
ジンが動いている様子を確認すると微笑しながら言う。
「無事に蘇生出来たようですね」
「うむ」
振り返り、短く首を縦に振ったゼウスに対して、女神は淡々と宣告する。
「それでは参りましょうか、神界へ」
「そうじゃの」
悪あがきをするようなこともなく、ゼウスは踵を返して階段通路に向けて歩き出した。次にソフィアはジンとティナに視線を向ける。
「ジン君、ティナちゃん。私はこれからゼウスを神界まで連れていってきます。共に戦った皆さんは現在世界の最果てに集まっているようですから、先に合流をしておいてください」
「「わかりました」」
「まだお礼も言っていませんし、積もる話もあります。また後でたくさんお話ししましょうね」
美しい笑みに二人が見惚れているうちに、ソフィアは踵を返して歩き去ってしまう。その背中を見送った後、ジンとティナは顔を見合わせて笑った。
「それじゃ、帰るか」
「うん」
『いいぞ……』
二人は立ち上がり、手を繋いで照れくさそうに笑いながら、新しくなった世界へと向けて歩き出すのであった。
「ジン君! ジン君! お願い、返事をして!」
視界は正体不明の白い光に覆われ、地面がわずかに鳴動している。一体何が起きているのかはわからないが、今のティナにはそれを考える余裕などない。
光に遮られて何も見えない今は、アカシックレコードを破壊した瞬間に駆け寄って取った手の感触だけがジンの存在を確認する唯一の手段だ。しかし、時間が経つごとに少しずつ少しずつ、だが確実に冷えていくそれは、ティナの焦燥を駆り立てるばかりであった。
彼女の脳裏には、自分を何度も救い支え続けてくれたあの笑顔と、光の攻撃魔法に撃ち抜かれる瞬間のジンが繰り返し浮かぶ。どうして、どうしたらよかったの――――そんな思いが、彼女の心を圧迫し続けていた。
「…………」
やがて光は晴れる。アカシックレコードの消失した創世の神殿地下室に、へたり込むティナとジンの身体だけが残されていた。
もはや叫ぶ気力もなくなってしまったのか、ティナは無言でジンの手を握り、青ざめていく顔を見つめている。
「ジン君……」
静寂だけが全ての消えた空間を漂う。未だにとめどなく溢れ続ける涙を拭うこともせず、ティナはただ、愛する人の名前を呼び続けることしか出来なかった。
☆ ☆ ☆
少し時は戻って世界が白い光に包まれ始めた頃。天界の中央都市ゼロ、創世の神殿フォークロアー支部前にて。
白い世界の中で周囲を見渡しながら、ソフィアがつぶやく。
「これは……」
「むう。あの二人、やりおったか」
光の壁の向こうから、少し残念そうな老神の声が聞こえてきた。
「ということは」
「アカシックレコードが破壊されてしまったのじゃろう。そして今は世界が崩壊しつつも同時に再構築もされているといったところかの」
「世界に干渉していたがゆえの反動、ということですか」
「うむ。つまりはフォークロアーがアカシックレコードの干渉の及ばない世界へと作り替えられている、ということじゃ。植物が枯れたから根っこを引っこ抜く、みたいな感じかの。ただ、あの装置が作ったものがどうなるかまではわしにはわからんが……」
他の世界でも似たような現象を目にしたことがあるのだろう。ゼウスの言葉に、ソフィアは一つうなずく。
「なるほど。そういうことですか……」
同時に心配ごとを思い出したらしい。物憂げな表情で、女神はそれを口にする。
「あの二人が無事だといいのですが」
「そう言えばソフィアよ、お主ようアカシックレコードが攻撃してくる可能性に気付いたのう」
「以前、あなたがえっちな本をアカシックレコードの引き出しに隠そうとした時に光線で攻撃された、という話を聞かされたでしょう」
「おお、そうじゃったの」
老神の元気よく、笑顔で何度もうなずいていそうな声が響く。それを耳に入れたソフィアは呆れ顔で口を開いた。
「何でちょっと嬉しそうなんですか……」
「いや、嬉しいというより、忘れた頃に自分の隠したえっちな本の話をされてちょっと恥ずかしいと思うての」
「それならまず神の身でありながらティナちゃんのお尻を狙うことを恥ずかしがるべきだと思いますが」
「それは仕方のないことじゃ。男なら誰でもわしの気持ちをわかってくれると確信しておる。というか、お主もティナちゃんのお尻は欲しいのではないか?」
「たしかにちょっとだけ欲しいですが……って、今はその話はいいでしょう」
二柱が話を大きく脱線させていると不意に白い光が収まり、創世の神殿入り口周辺の風景が戻って来た。
ジンとティナが神殿に突入した直後に戦闘を始めたと思われた彼らだが、不思議と周囲の建物にそこまで損傷は見られない。どうやら互いに威嚇行動をする程度で終わっていたようだ。
周囲を一通り見渡したソフィアが口を開く。
「とりあえず、二人の様子を確認しにいきましょう」
「わしも行くのかの?」
幼少の頃より可愛がっていたジンを敵に回したこと、自分が狙ったお尻の持ち主がいることなど、ゼウスが地下室に行きづらい背景は多分にあった。
悩み渋っている老神の様子からそれを察したソフィアは、ため息をついてから諭すように言う。
「もしあの二人に何かあったらあなたが原因なのですから、敵対する意味もなくなった今は様子だけでも見に行くべきでしょう。それに、あなたはしばらくジン君とも会えなくなるかもしれないのですから、話くらいはしておいた方がいいのではないですか?」
「まあ、それもそうじゃな……」
どうにか腹を決めたゼウスはソフィアと共に地下室へと、ゆっくりと足を運ぶのであった。
そういった経由からとりあえず様子見、といった感じで地下室へと踏み入った二柱は、すぐさまただならぬ雰囲気を察知した。
アカシックレコードがあった位置からやや距離を開けてティナが座りこみ、膝枕をしてもらったジンが横たわっている。だがジンの身体は動かないし、ティナの背中からはすすり泣く声が聞こえてきた。
ソフィアはゼウスと顔を見合わせると小走りでティナの元へと駆け寄っていく。
「ティナちゃん、何があったのですか?」
「ソフィア様……」
振り返ったティナの頬は涙に濡れていた。おっさん女神は美少女の泣き顔に思わず胸を高鳴らせつつも、さすがにそれどころではないと空気を読んだ。
「ジン君が」
「まさか、アカシックレコードに?」
ティナが静かに首肯する。言葉はなくとも、その動作と悲哀に満ちた表情が全てを雄弁に物語っていた。
ゼウスがソフィアの傍らを通り過ぎてジンの側まで歩いていくと、片膝をついて顔を覗き込む。
「…………」
そして何も言わぬまま立ち上がり、顎に手を当てて何事かを思案し始めた。ソフィアはそんな老神を細めた横目で見つめている。
どうしたことか、気付けばゼウスの頬には冷や汗が伝っていた。
「のう、ソフィア」
「……何でしょう?」
「ええかの?」
「何がですか?」
「?」
やり取りの意図が掴めず、ティナは首を傾げながら二柱を見上げている。
「わかっておるのじゃろう」
そこでソフィアは冷たい眼差しを取り下げて、聞き分けのない子供を諭す時の母親のような笑みを浮かべた。
「しょうがありませんね。私もこのままというのは嫌ですし、そもそもの原因はあなたと、あなたを止められなかった私たち神にあるのですから」
「すまんのう」
「では私は範囲外に移動しますので……よろしくお願いします」
「うむ」
未だに涙を流し続けるティナに向けて、ソフィアは唇に人差し指を当てて片目を瞑り、悪戯っぽく微笑んだ。
「ティナちゃん、今から起きることは内緒にしておいてくださいね」
「…………?」
そして恐らくは極大魔法による転移でどこかへ消え去った。
きょとんとしているティナを置き去りにして、ゼウスはジンに手のひらを向けて何かを念じ始めた。暗い場所でなければ気付かないかもしれない、儚くも美しい、淡い光がジンを包み込んでいく。そして。
「……ん、あれ。ティナ……って!」
ジンの瞳が今一度開かれた。
そして同時に視線を巡らせると、膝枕をしてもらっていることに気付き動揺して顔を赤らめてしまう。
「……ジン君? ジン君!」
ティナはそのままジンに抱きついて泣きじゃくり始めた。
「わあああああああ!!!!!!!!」
「そうか、俺、あの時……」
現在自らが置かれている状況に至るまでを思い出したジンはそうつぶやくと、傍らにいるゼウスを見上げて尋ねる。
「ゼウスお前、もしかして」
「うむ。本来なら禁じられておる、神聖魔法による蘇生をお主に施した」
「…………」
ジンは身体を起こすと自らが生きているということを確認するかのように、手を握っては開いてを繰り返していた。
ゼウスの言う通り、神聖魔法によって一度死んだ命を復活させるというのは神々の間で定められた「生命の身体や精神に直接干渉する神聖魔法の使用を禁ずる」という決まりに抵触する。
そういったこともあり平時ならば使用した場合、他の神々にばれた瞬間に裁かれることになるのだが、ゼウスとソフィアは共犯となり、こっそりとジンを復活させだようだ。
フォークロアーの非常事態であり他の神々の目もない今なら、ここにいる者達が口を割らない限りはばれるということはないだろう。もっとも、どちらにしろゼウスはアカシックレコード関連で罰を受けることにはなるが。
ジンは再びゼウスを見上げて静かにゆっくりと口を開いた。
「ゼウス、ありがとな。俺……ティナを裏切っちまうところだった」
ティナはそこで、勢いよくジンから身体を離して頬を膨らませる。その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「そうだよもう。俺を信じてくれとか言っといて。さいてー」
「ごめんな」
「でも、本当によかった」
二人は、互いの存在をしっかりと確認するかのように優しく抱き合った。
しばしの間フェニックスと共にその光景を静かに眺めていたゼウスが、やがて申し訳なさそうな表情で謝罪の言葉を口にする。
「ジン、すまんかったの」
「もう終わったんだからいいよ。蘇生もしてもらったし……それより、ちゃんと自分のしたことを反省しろよな」
「うむ」
ゼウスは天井を見上げて遠くを見通すように目を細めた。
ティナはジンから身体を離して一緒にゼウスを見上げている。
「今じゃから言えることじゃがの、わしはお主のことを本当の孫のように思うておった。わんぱくで聞き分けが悪くて生意気で、本当にどうしようもないやつじゃったが……よく笑う明るいお主に疲れを癒されたものじゃ」
「ゼウス……」
「本当に、こんな形での別れになることだけが心残りじゃ」
「それはこっちの台詞なんだけど」
女の子のお尻を狙った罪でしばらく、下手をすれば一生会えなくなるなどという別れの仕方は予想出来るはずもなかった。正直本当に何やってんだこいつといった感想しか浮かんでこないジンである。
と、そこに今までゼウスが神聖魔法を使えるように一時的に転移魔法によって離れていたソフィアが階段通路から現れ、二人と一柱の元に歩いて来た。
ジンが動いている様子を確認すると微笑しながら言う。
「無事に蘇生出来たようですね」
「うむ」
振り返り、短く首を縦に振ったゼウスに対して、女神は淡々と宣告する。
「それでは参りましょうか、神界へ」
「そうじゃの」
悪あがきをするようなこともなく、ゼウスは踵を返して階段通路に向けて歩き出した。次にソフィアはジンとティナに視線を向ける。
「ジン君、ティナちゃん。私はこれからゼウスを神界まで連れていってきます。共に戦った皆さんは現在世界の最果てに集まっているようですから、先に合流をしておいてください」
「「わかりました」」
「まだお礼も言っていませんし、積もる話もあります。また後でたくさんお話ししましょうね」
美しい笑みに二人が見惚れているうちに、ソフィアは踵を返して歩き去ってしまう。その背中を見送った後、ジンとティナは顔を見合わせて笑った。
「それじゃ、帰るか」
「うん」
『いいぞ……』
二人は立ち上がり、手を繋いで照れくさそうに笑いながら、新しくなった世界へと向けて歩き出すのであった。
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