上 下
201 / 207
英雄たちの選択 後編 そして、世界の行く末は

ミカエルという天使

しおりを挟む
「さっぱりわからねえんだけど」
「天使というのは神に仕えるもの、ということですよ」
「う~ん、ていうかそれ以前にまずおばさんが天使ってのが気持ちわる」
「『ホーリー・アイシクルスピア』」

 突如ミカエルの指先から放たれた氷槍が水平に滑空する。ジンはそれを横っ飛びに回避してすぐさま身体を起こし、怒声をあげた。

「さっきからいきなり攻撃すんじゃねえよ!」
「失礼なことばかり口走るからです」
「で、天使は何で神に仕えてるんだ?」

 問われ、ミカエルは簡単に天使が神に仕える理由について説明する。
 天使の神の卵としての存在意義と、神へ昇格するには時間がかかること。そしてすぐに昇格するにはいずれかの神に仕えて実績を残し、推薦をしてもらうしかないこと。

「だから私はゼウス様に忠誠を誓い、どんなことも必死でやってきました。ある程度はあなたも知っているでしょう」
「ああ、何でこんなジジイの為に一生懸命働いてんだろうなっていつも思ってた」

 いつも通りの老神に対する侮辱に触れることはせず、ミカエルは続ける。

「知られざる第四の精霊部隊の存在は知っていますか?」
「何じゃそりゃ」

 聞き慣れない単語に、ジンは露骨に眉をひそめた。

「モンスターテイマーズ、ワールドオブザーバーズ、ダンサーズに続く第四の精霊部隊。私はそこの唯一の部隊員兼隊長として、天使ながらにシナリオに関わるような仕事をやっていました」
「名前は?」
「『オペレーターズ』……私はそこの部隊長兼唯一の部隊員、『傲慢』のミカエルとしてゼウス様と魔王との間に入り、連絡係としての役割を果たしていました」

 ジンはそれを聞いて、今まで何となく無視をしていたが言われてみれば不自然な出来事を次々に想起した。
 魔王軍幹部たちがいつも都合よく自分たちの前に現れていたこと。ティナの顔や名前を初めとして、勇者に関する情報がモンスター側に洩れていたこと。なるほどミカエルがゼウスと魔王の間に居たとなれば説明がつくことばかりだ。
 だがどれも所詮は過去の話であるし、正直に言えばどうでもいい、というのがジンの正直な感想だった。

「ほ~ん、それで?」

 どこかぼけっとしたような表情で反応をしたジンに、ミカエルが少しばかり呆れたように言う。

「どうしてそんなに興味がなさそうなのですか……一応あなたも被害にあっているのですよ?」
「被害って。ティナの敵になりそうなサキュバスたちは余裕で撃退出来たし、ムガルはそもそも敵にならなかったし。後から聞いた話だけど、幹部たちが一斉にムコウノ山に来た時には知らない内にリッジが追い返してたみたいだしな」
「まあ、そうですね。リッジ隊長に関しては我々も想定外でしたが」
「お前ら何やってんだよ。どうせおやつ絡みなんだろ、リッジは昔っからああなんだし全然予想出来ないなんてこともないと思うけど」

 痛いところを突かれたミカエルは「ぐっ」とうめき声をあげてから、半ば強引に話を戻すことにした。

「とにかく。私はゼウス様に神に推薦していただくため、どんな仕事でもこなしてきたということです」
「なるほど。まあわかった」
「といっても、それらも全て今回の事件で水泡に帰すかもしれませんがね」

 ジンは肩をすくめてから口を開く。

「だったら俺を黙ってティナのところに行かせてくれよ」
「それとこれとは話が別です。仕事は仕事としてきっちりこなしておけば別の神が私を評価してくださるかもしれませんから」
「ったく、そんなに神になりてえのか」
「当然です。神への昇格が天使の存在意義なのですから」

 その言葉にジンは再び大剣を構えてミカエルを睨み据えた。

「どうしても俺とやる気なんだな」
「それがゼウス様の望みへとつながるのならば」

 これ以上話しても無駄だと悟り、時間もあまりないことを思い出したジンは地を蹴り駆け出した。ミカエルもまた戦闘の再会と共に翼をはためかせてわずかに砂埃を巻き上げながら空中へと浮かび上がる。
 ジンはいきなり立ち止まると、その場で武器を横なぎに払った。

「『爆裂剣』!」
「『ホーリー・ウォール』!」

 ミカエルが爆炎に包まれたかと思うと、次第に収まり消えゆくその中から健在な彼女の姿が現れる。
 ジンはその様子を見上げながら舌打ちをした。

「物理と魔法どっちにも対応してんのかよ。便利だなおい」
「極大魔法専用魔法ですからね」
「なるほど。俺とは相性が悪いわけだな」

 魔王城での会議の際に一応ながらティナがミカエルと、ジンがリッジと戦うという話になっていたのは、当然ながら雑に決定されたわけではない。
 ミカエルには足りない戦闘経験を補って余りあるだけのステータスと何より、極大魔法という強力な武器がある。逆に、リッジにはミカエルほどに強力なステータスや極大魔法はないが、豊富な戦闘経験から来る技術がある。
 ティナは、最大出力の「ティナスラッシュ」を放てばどんなものであろうと一刀両断出来るが、ジンほどの戦闘技術はない。ジンは、戦闘技術は高いがティナのような一撃必殺の武器はない。ない、とは言ってもこれらは相当に高い次元での話ではあるが。
 これらの事実を並べて端的に結論を述べるなら、ジンはリッジと、ティナはミカエルと相性がよく、逆の組み合わせなら相性は最悪ということだ。
 ミカエルはジンを見下ろしながら口角をわずかに吊り上げた。

「そういう割には少し楽しそうですね」
「久々に強いやつと戦えるって思ってな!」

 笑顔でそう言いながら、ジンは脚に力を込めて勢いよく大地から飛び立った。

「『ホーリー・ウォール!』」

 早くも防御態勢をとったミカエルに対し、ジンの猛攻が始まる。
 上から下へ。右から左へ。まるで「ガトリングブロー」といった高速連打系のスキルを発動していると錯覚してしまいそうな程の、雨嵐のような斬撃が天使に襲いかかっていった。
 ミカエルはこれを防ぎながらも、どこかに違和感を覚えている。
 どうしてだろうか。少しずつ「ホーリー・ウォール」という魔法の詳細を知りつつあるのにも関わらず、ジンの行動は戦闘を開始した当初と変わりがない。さすがに通常攻撃の連打が無駄だとわからない彼ではないはずだが……まさか。

 違和感の正体に気付いたミカエルは、ジンの滞空時間が終わる頃合いを見計らって後方に飛翔し、近くの屋根の上に降り立った。
 ミカエルはお得意の無表情ながら、わずか一滴ほど頬を伝う冷や汗を拭うこともせずに口を開く。

「まさか、あなた……壊す気ですか? 『ホーリー・ウォール』を」
「まさか、とか言われてもな。そうするしかなくね?」

 さも当たり前のように言うジンに、ミカエルは呆れたようにため息をついた。

「たしかにそれはそうですが……本当に、あなたという人は昔からめちゃくちゃなことばかりをしますね」

 防壁魔法というのは、耐久値分のダメージを肩代わりしてくれる魔法だ。無制限になんでもかんでも防げるというわけではない。
 例えばある防壁魔法の耐久値を千としよう。その場合、受けたダメージの合計が千に達すると消失してしまうのであって、千未満のダメージの攻撃を遮断しているのではない、ということだ。
 とはいえ、発動しなおせば防壁魔法の耐久値は復活する。だから通常は一つの攻撃につき一枚の防壁で対応することになるので、先述した違いを気にする者はあまりいない。一度だけ防ぐことが出来ればそれでいいのである。
 しかしジンが今しようとしているのは、正にそういった話だ。つまりは一枚の防壁魔法を発動しなおされる前に破壊し、そのままミカエルに攻撃を加えようとしているということ。

「あなた、わかっているのですか? 私が扱うものとはいえ、『ホーリー・ウォール』はれっきとした極大魔法なのですよ? 耐久値はあなたたちの防壁魔法とはまるで比べ物になら」
「うるせえ!」

 吠えるようにミカエルの言葉を遮ったジンは、再び彼女を目掛けて矢のように飛んで屋根に着地する。
 ミカエルは攻撃から逃れようと前を向いたまま後ろに向けて移動するが、意味はない。次の低空飛行のような走行で、ジンは彼女の元に到達した。
 屋根の上で、再三に渡る剣と盾による攻防が始まる。

 大剣を鋭く振り回しながら、ジンが叫ぶ。

「めちゃくちゃだろうがなんだろうが、他に手段がないならやるしかねえだろ!お前らが邪魔しようとしてるティナとの、みんなとの未来のためにな!」
「っ……!」

 ミカエルにもミカエルなりの事情があるとはいえ、幼い頃から知る少年の言葉に彼女は心をうたれた。
 戦うことに夢中で、まるでおもちゃを扱うように剣を振り回してばかりいたあの子にも、今やそこまでして欲しいものがあるということか。しかし、冷静に考えれば意外というわけでもない。
 あの子が強くなりたいと思った理由は、たしか「強い男はモテるから」だったはず。ゼウス様と一緒になって「そんな単純な話ではない」と説得はしたものの、彼はその忠告をまるで耳に入れることなく鍛錬に励んでいた。
 大切な人が出来た今、その人の為に剣を振るうというのはむしろ当然のことのようにすら思える。
 思い出に浸っている最中も、少年は必死に諦めることなく攻撃をしかけ続けていた。防御以外の行動を許されない剣筋の檻に囚われながら。ミカエルはこの戦いの中で初めて笑顔と言える笑顔を浮かべた。

「いいでしょう、ジン君。私はあなたの前に立ちはだかる壁です。そこまでして欲しいものがあるというのなら、私を乗り越えて見せなさい!」
「言われなくても、やってやるよ!」

 受けて立つと言わんばかりに、無邪気に笑うジン。

 だが、言っている側から防壁魔法は塵と化した。

「「!?」」

 いやちょっと待って、魔法壊れるの早くないですか? そこは死闘の果てに……みたいなものだと思うのですが。と、内心でミカエルはつぶやく。
 とはいえ何が起きたのかわからず、身体の方は両者共に目を見開いたまま固まっている。だが絶好な機会を見逃すはずもなく、先に動いたのはジンだ。

「おらっ!」

 「ホーリー・ウォール」を打ち消した勢いのまま、無防備になっているミカエルを大剣で横なぎに払う。

「ぐあっ!」

 ミカエルの身体は放物線を描きながら近くの建物の壁にぶつかり、無様に落下していった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女殿下は家出を計画中

ゆうゆう
ファンタジー
出来損ないと言われる第3王女様は家出して、自由を謳歌するために奮闘する 家出の計画を進めようとするうちに、過去に起きた様々な事の真実があきらかになったり、距離を置いていた家族との繋がりを再確認したりするうちに、自分の気持ちの変化にも気付いていく…

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

異世界転生!ハイハイからの倍人生

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。 まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。 ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。 転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。 それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

石しか生成出来ないと追放されましたが、それでOKです!

udonlevel2
ファンタジー
夏祭り中に異世界召喚に巻き込まれた、ただの一般人の桜木ユリ。 皆がそれぞれ素晴らしいスキルを持っている中、桜木の持つスキルは【石を出す程度の力】しかなく、余りにも貧相なそれは皆に笑われて城から金だけ受け取り追い出される。 この国ではもう直ぐ戦争が始まるらしい……。 召喚された3人は戦うスキルを持っていて、桜木だけが【石を出す程度の能力】……。 確かに貧相だけれど――と思っていたが、意外と強いスキルだったようで!? 「こうなったらこの国を抜け出して平和な国で就職よ!」 気合いを入れ直した桜木は、商業ギルド相手に提案し、国を出て違う場所で新生活を送る事になるのだが、辿り着いた国にて、とある家族と出会う事となる――。 ★暫く書き溜めが結構あるので、一日三回更新していきます! 応援よろしくお願いします! ★カクヨム・小説家になろう・アルファポリスで連載中です。 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

処理中です...