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英雄たちの選択 前編 結集、そして決断

ふんぬっ

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「ふんぬっ、ですか?」

 ふんぬっに興味を持ち、最初に静寂を破ったのはティナだった。キースは首を短く縦に振ってから答える。

「うむ。『憤怒』のミザリー……ふとした時に突然『ふんぬっ』という言葉を発する為にゼウス様からそうあだ名をつけられた、ワールドオブザーバーズの隊長だ」
「とてもおじさんくさいですわね」

 苦笑しながらのロザリアの一言に、ソフィアが真剣な表情で言葉を挟む。

「そう思うでしょう? ところが、です。可愛い女の子の言う『ふんぬ』というのは想像以上に凄まじい破壊力を持っているのですよ」
「確かにオブザーバーズはあの人の人気のおかげでまとまってるところはあるな」

 ジンがこともなげにつぶやくと、ティナが頬を膨らませて言った。

「へえ~じゃあジン君もそのミザリーさんのこと可愛いって思うんだ?」
「なっ、ななな何でそうなるんだよ」

 どうしたことかあからさまに動揺するジン。

「はっ。こっ、これが美少女の嫉妬……! 怒っている感じを出しつつ、でも微妙に照れている感じ、そしてその膨らんだ頬。これは、これは」

 老舗のレストラン自慢の一品を目の前にした美食家のように驚いてから全身を震わせて語り出すソフィアに、キースが苦言を呈す。

「ソフィア様、話がどんどんずれています」
「失礼しました。話の続きをお願いします」

 頬を朱に染めたソフィアがせき払いを一つして話を戻すと、キースはどこまで話したかと確認するように宙に視線を躍らせてから再開した。

「ミザリーが『ふんぬっ』と言いながら急ぎ足で神殿から出て行ったという報告を受けたところからだったな。ちなみに『ふんぬっ』のタイミングとしては、神殿の外に出て駆け出す為に足を踏ん張るところだ。部隊の長たる者、神殿内で走るわけにはいかんからな」
「いやもうあの人の話はいいから」
「ジンがそう言うのなら仕方ないな。ともかくミザリーが神殿にいないこと、警備が他の時間と比べて薄くなってきていること、これらの要因が揃ったとみてようやく私は執務室に忍び込んだ。そして部屋を隅から隅まで注意深く観察していると、とある本棚の裏から何事か話し声が聞こえてきたので、本棚を破壊して階段通路を発見し、そのままソフィア様を救出したというわけだな」
「なるほどな」

 ジンは合点がいった、という様子でうなずく。

「薄くなったといっても警備の精霊は全くいないわけじゃなかったんですよね? どうやってソフィア様を救出したのですか?」

 ジンとソフィア以外の者たちも同様に頭に浮かべたであろうラッドの疑問を、ジンがキースを親指で示しながら答えた。

「こいつはダンサーズ隊長専用スキルの『クイックワープ』ってのを持っててな、視界に映る場所にならどこへでも転移出来るんだよ」
「へえ。そんなに便利がスキルがあるんだねえ」
「逃げ足に関しちゃこいつの右に出るやつはフォークロアーにはいないだろうな。俺もどれだけ困らされてるか」

 肩をすくめて呆れ顔でため息をつくジン。一方でキースは拳を強く握って震えながら天を仰ぎ、涙を流している。

「ジ、ジンが私を褒めてくれている……頑張った甲斐があった……」
「褒められているかは微妙なところですが、とにかくキースさんはそのようにして私を助けてくださったのですね。ありがとうございました」

 苦笑してから神妙な面持ちになって腰を折ると、ソフィアは話を戻す。

「話がとかく脱線しがちですが……えっと、アカシックレコードは容易には破壊出来ないということでしたか」

 その場に居座った者たちがばらばらにうなずく。それを確認したソフィアは、うなずきを返してから口を開いた。

「まず先ほどもお話しした通り、アカシックレコードにはあらゆる攻撃が通らない可能性があり、唯一例外になるとすればそれはティナちゃんの『しん・ゆうしゃのつるぎ』のみ、ということです」

 全員の視線が自分に集まってしまったことで、ティナは恥ずかしそうに俯く。

「それにゼウスを止められるのは私しかいませんから、作戦をかなり大雑把に言えば、私とティナちゃんとジン君が創世の神殿の地下に突入しますので、皆さんにそのサポートをしていただく形になります」
「何で俺? いや、全然いいんですけど」

 目を大きく開いて自分を指差しながら、ジンがそう言った。

「シナリオがどうあっても遂行されなくなった現在、ゼウスがどう出てくるかはわかりませんが、恐らくは『幹部会』の神々が気付いて攻め入ってくるまでは、私たちからアカシックレコードを守ろうとするのではないかと考えられます。そうなると単体で精霊側の最大戦力となるリッジさんとミカエルがゼウスと共に地下室に控えているであろうことは想像に難くありません」
「え、何でミカエルおばさんが?」
「ぶはっ!」

 ジンが思わずといった感じで割って入ると、女神二柱が盛大に吹き出した。ソフィアはくすくすと上品に、ローズはげらげらと下品に笑っている。
 呆気に取られた様子の一同が見守る中でひとしきり笑い終わると、ソフィアが涙を拭いながら尋ねた。

「ジン君はミカエルのことを知っているのですか?」
「知ってるも何もあの人昔からゼウスの側にいますから、精霊なら知ってるやつは割と多いと思いますよ。それよりどうしたんです? 何で急におばさんの話題になったり二人とも笑ったりしてるんですか」
「ごめんなさい。ジン君があまりにも平然とおばさん、と呼ぶものですから」
「ああ、そういえばおばさん、年齢のこと気にしてるからおばさんって呼ばれるのかなり嫌がりますよね」
「でしょう? だからおかしくって」

 会話が一旦落ち着いたのを見計らって、キースが横から問う。

「それで、ミカエルおばさんがどうして最大戦力になるのですか? あの人がそんなに強い、というかそもそも戦えるのを知らなかったのですが」
「極大魔法と呼ばれる魔法が存在するのはご存じですか?」
「はい。確か神の操る魔法の一種で、人間や精霊が使える魔法の完全な上位互換だったと認識しています」

 ソフィアは良く出来ました、という表情でうなずいた。

「その通りです。そしてそれは神だけではなく、神の卵である天使という存在にも扱うことが出来るのです」
「天使……ミカエルおばさんがそれだということですか?」
「そういうことです」

 精霊兄弟が顔を見合わせ、揃って首を傾げる。

「ミカエルおばさんがそんなにすごい人だったなんてな」
「しかしそれなら納得がいきますね。私もジンがゼウス様に怒られた際、何度か身代わりになって受けたことがあるのですが、手加減されたものとはいえ極大魔法というのは非常に強力でその度に死にかけました」
「そ、そうなのですね……」

 あたかも温かい思い出話を懐かしむかのような顔で語るキースに、ソフィアが苦笑しながら応えた。
 再度表情を引き締めてから「ただし」とソフィアは続ける。

「二人が仰る通り彼女は戦闘慣れしていませんし、その極大魔法はステータスの関係で神々のそれほどに威力はありません。ティナちゃんなら何の問題もなく勝てると思います」
「そうなんですか? 私、自信ないですけど……」

 おずおずと言うティナの手を両手でそっと包み込むように握り、ソフィアがどこか妙に気合の入った笑みを浮かべる。

「大丈夫です。ティナちゃんの方がかわい……強いですから、必ず勝てます。ミカエルが強いのは単純に極大魔法を使えるという一点のみで、スキルの強さも戦闘技術もティナちゃんの方が間違いなく上ですから」
「わ、わかりました。ありがとうございます、あの……」

 励まされたことは単純に嬉しかったが、不自然な笑みのまま一向に手を離す気配のない女神に困惑するティナ。一方でジンも腕を組んで何事かを思案していた。

「俺もなあ、正直リッジ相手だと必ず勝てるって自信ねえんだよな。『真・精霊剣技』さえなけりゃ話は別だけど」

 そう言い放つジンの手を両手でそっと包み込むように握り、キースが口角を吊り上げて気味の悪い笑みを浮かべる。

「大丈夫だ。ジンの方がかわい……強いから必ず勝てる。リッジは単に調子に乗っているだけでその辺の雑魚と何ら変わらん」
「わかったから触んなボケ」

 根拠のない理論で励まされて全く嬉しくないし、笑顔も微妙に気持ち悪いと思ったジンは容赦なく手を払いのけて苦々しくそう吐き捨てた。
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