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風神龍と炎の薔薇
変態忍者、急襲
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最終の馬車でグリーンバレーから帰ってくる頃には、もう深夜って言ってもいい時間帯になってた。
街では危険動物からたまに採取される魔力を秘めた石、魔石を利用した街灯が延々と道を行き交う人々を照らし続けてる。そのおかげかはわからないけど、この時間になっても街はまだまだ眠る気配を見せず、サントとは比べ物にならないくらい賑やかだ。
魔石は採れる頻度から言ってお店に出回る数は結構少ないから貴重で、リオクライドみたいに街中に魔石を使った街灯があるだけでも、その国が栄えてるってことが良くわかる。
サントはリオクライドとマダラシティを繋ぐ中継地点だけど、ここリオクライドは大陸の東端にあるハルバニア諸国連合とラマ王国を繋ぐ交易都市の一面があるから、出入りする人の数は桁が違うのです、ってライラが言ってた。
ルドラちゃんのところですっかり遊び疲れていた私は、早く宿に帰って、思う存分に寝ることしか考えてない。思わずあくびが漏れてしまう。そんな私を見下ろして微笑みながら、お兄ちゃんが私の頭を撫でてきた。
「魔法の練習、付き合ってくれてありがとな。おかげで大体の感覚は掴めてきた気がするよ」
「どういたしまして」
それからお兄ちゃんはライラとボブにもお礼を言う。この旅ももうすぐ終わりかあ……。
そう思うと、何だかやるせない気持ちが胸の内側からあふれてきた。
壁の外の世界は、不便だけどたくさんの刺激がある。
私はお姉ちゃんよりは自由に暮らせているけど、それでもどこに行くにしたっていちいち護衛を連れていかなければいけないし、何かと小言を言われる王家の一員としての壁の中の生活は窮屈だ。
その点この旅の間は、護衛がいてもライラは兵士と違って話しやすいし、ボブは小うるさいことは何も言ってこないから楽しい。何より、普段はあまり会うことのできないお兄ちゃんとずっと一緒にいられる。
寂しいな……。終わって欲しくないな、とそんな感傷に浸っていたときだった。
視界の外、斜め上方向から、たしかクナイ?とかいうあれが降ってきた。
クナイは、私たちの頭上を通り越して私たちの影に突き刺さる。
びっくりして一瞬だけ身体が動かなくなったのかと思ったんだけど、そうじゃない。ずっと動かなかった。
これは魔法だ。光魔法とは逆で、呪いや状態異常を引き起こすネガティブな方向の奇跡を起こす性質を持つ魔法、闇魔法。それで動きを止められている。
私はこの魔法を知っていた。これは……。そこまで一瞬で考えたとき、クナイが降ってきた方向から声が聞こえてきた。
「こんにちは」
今は夜なんだけど、そんなことがどうでもよくなっちゃうような光景が目に飛び込んでくる。
肘を張り、片方の握りこぶしをもう片方の手で握るポーズで挨拶をしてきたその男は、上半身だけをいわゆる忍び装束に包まれている。身長はそこまで高くないんだけど、忍び装束が破れてそ、その……ぱ、ぱんつ一枚になってる足は筋肉がすごく……もう!何でこんなこと説明しなきゃいけないのよ!変態さんじゃない!
「変態!!!!誰か兵士呼んできて!!!!」
周りの人たちが、何事かと私たちに興味を持ち始めたみたい。でも、屋根の上にいる相手を見て、やれやれ……という表情で去っていく。
忍者っぽい変態さんは、未だにすまし顔で腕を組んだ直立の姿勢でこちらを見下ろしている。もしかしたらコスプレが趣味の露出狂かもしれない。
とりあえず、全員動けずに変態さんを見上げなければいけないこの状況を何とかするために、私は光魔法を使ってこの闇魔法を打ち消すイメージで「抵抗」した。
途端に動けるようになる。魔力量はそんなに高くないらしい。
それと同時に、変態さんの左からとんがり帽子に黒い外套を纏った女の子と、右からずんぐりむっくりな体型の男の人が出てきた。とんがり帽子の女の子が、覇気のない声で喋る。
「たしかに……どうみても、変態……。何やってるの……」
ずんぐりむっくりな男の人もしゃがれた声で言った。
「とりあえずどこかで着替えてきた方がいいんじゃないかのう」
それを見て、ライラが私を庇うように前に出てくる。
「申し訳ありませんが、どちら様でしょうか?こちらにいらっしゃる方をどなたかご存知の上での狼藉ですか?」
私は、この人たちを知っていた。だから聞いてみる。
「どうしてこんなことをするの?あなたたちのご主人様は、このことを知っているの?」
すると、警戒する私たちを一蹴するかのような笑い声が、高らかに夜の街に響き渡った。
「フフ……もちろん知ってるわよぉ。ね?フィーナちゃん!!」
変態さんの更に後ろから現れた赤髪の女の人が左手を私たちに向けてかざすと、巨大な火の玉が飛び掛かってきた。私は光魔法でそれを防ぐ。
「『光の防壁』」
火の玉が私たちの前で霧散する。それと同時に、私の視界の端から勢いよく何かの影が赤髪の女の人に飛び掛かっていく。女の人は、その攻撃を左手につけた鉄製の小手で受け止める。
「お前ら黙ってりゃ好き勝手にやりやがって……何なんだよ!!」
それはお兄ちゃんだった。クロちゃんに刻まれた文字が緑色に光り輝いて、刀身も薄く緑色のオーラを帯びている。ルドラちゃんの力で魔法を横に避けてそのまま反撃に出たらしい。この反応はさすがお兄ちゃんって感じ。
女の人は、不敵な笑みを浮かべたまま誘うように言った。
「話が早くて助かるわあ。こちらにいらっしゃい!!」
そのまま屋根の上の伝って逃げていく女の人を追いかけるお兄ちゃん。
二人は、宵闇の中に溶けていってしまった。
「お兄ちゃん!」
「おっと、あなた方はここで私たちの相手をしていただくでござるよ」
変態さんが何か言ってる。ござる?
できれば私は戦いたくない。どうにか避けられないかな……。
「あなたたち、一応これでも私たちは王家の一員だってことはわかってるでしょ?それでも喧嘩をするつもりなの?」
「失礼ながら、今はただのシンボルであるヴァレンティア王家に逆らうことを怖がる国はそこまでいないでござろう。元より国家間での戦争は禁じられているでござるし……個人間の、ましてや『七か国戦争』がらみの喧嘩なら神はお目こぼしをくださるでござる」
「フィーナ様、向こうは聞く耳を持たない様子です。お下がりください。ここは私とボブが」
ライラは既に投げナイフを取り出している。ボブもライラと同じように、私を庇うようにして前に出ていた。
そのとき、正直忘れかけていた左のとんがり帽子の女の子がぼそぼそと喋る。
「二人で、私たちを止めようとは……舐められてますね……マダラシティのコンビニで、お弁当を買ったときに……箸の入っていなかった、あの、地味な絶望感を……あなた方に味あわせて、あげましょう……」
あれ、すごくがっかりするよね。それはわかる。
それはともかく、どうやっても喧嘩は避けられないみたい。
私もお気に入りの杖を取り出して戦闘態勢に入った。
◇ ◇ ◇
俺の魔力ではそこまで速度が出せないらしい。
同じく風魔法を使って屋根の上をとんとんと飛んでいく女を追いかけているんだけど、どう考えても女の方が速い。たまにこちらを振り返りながらわざと移動を遅らせているし、俺を誘いこんでるみたいだ。
女を追いかけながら、俺はあることを考えていた。
足場にしている建物に住んでるみなさんマジすいません。
漫画でも現実でもこういう建物の屋根の上を伝って人が走るのってよく見てたけど、思いのほか下に響いてる。絶対うるさくてキレてると思う。
踏んだところがたまにかけたりしてるけど、弁償を求められたら土魔法が使えるっぽいボブに助けてもらおう。それかあの女に弁償させよう。
さっき恐らくは闇の魔法で動けなくなったときに、クロスは切っ先を切れないように変形させておいた。変形っていうのか?相手の出方次第では戦闘になるっぽいけど、殺したくはないしなるべくなら怪我もさせたくないからな。
やがてある建物の上で、そろそろいいかと言わんばかりに女は動きを止め、俺の方に振り向いた。俺たちはお互いに武器を構えたまま対峙する形になる。
建物がそこまで高くないおかげで、街灯の明かりに照らされた相手の姿を見ることができる。
燃えるような赤髪が腰の辺りまで伸びていた。瞳は情熱を宿しているのかのような視線でこちらを射抜き、口元には蠱惑的な笑みが浮かんでいる。
何だかかなり色っぽいお姉さんだな……。あんまり見つめられるとドキドキしてしまう。
「あなたがラスナ=アレスターね?」
「……違います」
「私、正直な男の人が好きなの」
「ラスナ=アレスターです。よろしくお願いします」
「あなたみたいな人、嫌いじゃないわ」
はっ。つい正直に名乗ってしまった。クロスがこちらをじろりと睨んでいる。
「突然ガイア様に選ばれた八人目の候補者……ヴァレンティア王国の代表。もっとも、他の七人はまだ決まっていないんだけどね」
「そうなんですか?」
「何で敬語なの?いいわよ、そんなの。私はあなたのことをラスナと呼べばいいのかしら?」
「卑しい豚とお呼びください」
「ふふ……面白い人ね」
くそっ、思いもよらないことを言ってしまうな……。この色香に騙されちゃいかん。俺は頭を振り、気を取り直して聞いた。
「お前は誰だ?何で街中でいきなりこんなことを?」
「私はメアリー=フォン=デ=ガルド。この国の第三王女よ。メアリーと呼んでくれていいわ。ちなみにさっきの三人は私の部下で通称三バカ。よろしくね」
正直女王様とお呼びしたい気分だけど……今はそれは置いておこう。
質問に全部は答えてもらっていない。俺は視線だけで続きを促す。
「どうして……?どうしてかしら。そうね、一番は情報収集。あなたがどんな人か知るためよ。後は……面白そうだから」
「俺の仲間まで巻き込むなよ」
「ちょっと手荒だったけど、なるべく他の人を巻き込まないようにこうして二人っきりになったんじゃない」
メアリーとやらの言っていることはある程度筋が通っているようにも思える。
街中で仕掛けてくるあたり、どうやってもおかしいとは思うけど。
「質問はそれだけかしら?もう待ちきれないわ。早く始めましょう!」
特に外の世界では、こういう戦いをするときはなぜか二つ名を含めたフルネームを、お互いに名乗り合う風習がある。
女王さ……メアリーは、蠱惑的な笑みはそのままに、男心をくすぐるような艶やかな声で名乗りをあげた。
「『炎の薔薇』メアリー=フォン=デ=ガルド」
かっけえな。女王さ……女王様にぴったりだ。
俺もクロスを構え、この上なくかっこいいポーズで高らかに名乗りを上げた。
「『フルーツ畑のわんちゃん』ラスナ=アレスターだ」
「何て?」
魔法を使った俺の、初めての戦いが始まる。
街では危険動物からたまに採取される魔力を秘めた石、魔石を利用した街灯が延々と道を行き交う人々を照らし続けてる。そのおかげかはわからないけど、この時間になっても街はまだまだ眠る気配を見せず、サントとは比べ物にならないくらい賑やかだ。
魔石は採れる頻度から言ってお店に出回る数は結構少ないから貴重で、リオクライドみたいに街中に魔石を使った街灯があるだけでも、その国が栄えてるってことが良くわかる。
サントはリオクライドとマダラシティを繋ぐ中継地点だけど、ここリオクライドは大陸の東端にあるハルバニア諸国連合とラマ王国を繋ぐ交易都市の一面があるから、出入りする人の数は桁が違うのです、ってライラが言ってた。
ルドラちゃんのところですっかり遊び疲れていた私は、早く宿に帰って、思う存分に寝ることしか考えてない。思わずあくびが漏れてしまう。そんな私を見下ろして微笑みながら、お兄ちゃんが私の頭を撫でてきた。
「魔法の練習、付き合ってくれてありがとな。おかげで大体の感覚は掴めてきた気がするよ」
「どういたしまして」
それからお兄ちゃんはライラとボブにもお礼を言う。この旅ももうすぐ終わりかあ……。
そう思うと、何だかやるせない気持ちが胸の内側からあふれてきた。
壁の外の世界は、不便だけどたくさんの刺激がある。
私はお姉ちゃんよりは自由に暮らせているけど、それでもどこに行くにしたっていちいち護衛を連れていかなければいけないし、何かと小言を言われる王家の一員としての壁の中の生活は窮屈だ。
その点この旅の間は、護衛がいてもライラは兵士と違って話しやすいし、ボブは小うるさいことは何も言ってこないから楽しい。何より、普段はあまり会うことのできないお兄ちゃんとずっと一緒にいられる。
寂しいな……。終わって欲しくないな、とそんな感傷に浸っていたときだった。
視界の外、斜め上方向から、たしかクナイ?とかいうあれが降ってきた。
クナイは、私たちの頭上を通り越して私たちの影に突き刺さる。
びっくりして一瞬だけ身体が動かなくなったのかと思ったんだけど、そうじゃない。ずっと動かなかった。
これは魔法だ。光魔法とは逆で、呪いや状態異常を引き起こすネガティブな方向の奇跡を起こす性質を持つ魔法、闇魔法。それで動きを止められている。
私はこの魔法を知っていた。これは……。そこまで一瞬で考えたとき、クナイが降ってきた方向から声が聞こえてきた。
「こんにちは」
今は夜なんだけど、そんなことがどうでもよくなっちゃうような光景が目に飛び込んでくる。
肘を張り、片方の握りこぶしをもう片方の手で握るポーズで挨拶をしてきたその男は、上半身だけをいわゆる忍び装束に包まれている。身長はそこまで高くないんだけど、忍び装束が破れてそ、その……ぱ、ぱんつ一枚になってる足は筋肉がすごく……もう!何でこんなこと説明しなきゃいけないのよ!変態さんじゃない!
「変態!!!!誰か兵士呼んできて!!!!」
周りの人たちが、何事かと私たちに興味を持ち始めたみたい。でも、屋根の上にいる相手を見て、やれやれ……という表情で去っていく。
忍者っぽい変態さんは、未だにすまし顔で腕を組んだ直立の姿勢でこちらを見下ろしている。もしかしたらコスプレが趣味の露出狂かもしれない。
とりあえず、全員動けずに変態さんを見上げなければいけないこの状況を何とかするために、私は光魔法を使ってこの闇魔法を打ち消すイメージで「抵抗」した。
途端に動けるようになる。魔力量はそんなに高くないらしい。
それと同時に、変態さんの左からとんがり帽子に黒い外套を纏った女の子と、右からずんぐりむっくりな体型の男の人が出てきた。とんがり帽子の女の子が、覇気のない声で喋る。
「たしかに……どうみても、変態……。何やってるの……」
ずんぐりむっくりな男の人もしゃがれた声で言った。
「とりあえずどこかで着替えてきた方がいいんじゃないかのう」
それを見て、ライラが私を庇うように前に出てくる。
「申し訳ありませんが、どちら様でしょうか?こちらにいらっしゃる方をどなたかご存知の上での狼藉ですか?」
私は、この人たちを知っていた。だから聞いてみる。
「どうしてこんなことをするの?あなたたちのご主人様は、このことを知っているの?」
すると、警戒する私たちを一蹴するかのような笑い声が、高らかに夜の街に響き渡った。
「フフ……もちろん知ってるわよぉ。ね?フィーナちゃん!!」
変態さんの更に後ろから現れた赤髪の女の人が左手を私たちに向けてかざすと、巨大な火の玉が飛び掛かってきた。私は光魔法でそれを防ぐ。
「『光の防壁』」
火の玉が私たちの前で霧散する。それと同時に、私の視界の端から勢いよく何かの影が赤髪の女の人に飛び掛かっていく。女の人は、その攻撃を左手につけた鉄製の小手で受け止める。
「お前ら黙ってりゃ好き勝手にやりやがって……何なんだよ!!」
それはお兄ちゃんだった。クロちゃんに刻まれた文字が緑色に光り輝いて、刀身も薄く緑色のオーラを帯びている。ルドラちゃんの力で魔法を横に避けてそのまま反撃に出たらしい。この反応はさすがお兄ちゃんって感じ。
女の人は、不敵な笑みを浮かべたまま誘うように言った。
「話が早くて助かるわあ。こちらにいらっしゃい!!」
そのまま屋根の上の伝って逃げていく女の人を追いかけるお兄ちゃん。
二人は、宵闇の中に溶けていってしまった。
「お兄ちゃん!」
「おっと、あなた方はここで私たちの相手をしていただくでござるよ」
変態さんが何か言ってる。ござる?
できれば私は戦いたくない。どうにか避けられないかな……。
「あなたたち、一応これでも私たちは王家の一員だってことはわかってるでしょ?それでも喧嘩をするつもりなの?」
「失礼ながら、今はただのシンボルであるヴァレンティア王家に逆らうことを怖がる国はそこまでいないでござろう。元より国家間での戦争は禁じられているでござるし……個人間の、ましてや『七か国戦争』がらみの喧嘩なら神はお目こぼしをくださるでござる」
「フィーナ様、向こうは聞く耳を持たない様子です。お下がりください。ここは私とボブが」
ライラは既に投げナイフを取り出している。ボブもライラと同じように、私を庇うようにして前に出ていた。
そのとき、正直忘れかけていた左のとんがり帽子の女の子がぼそぼそと喋る。
「二人で、私たちを止めようとは……舐められてますね……マダラシティのコンビニで、お弁当を買ったときに……箸の入っていなかった、あの、地味な絶望感を……あなた方に味あわせて、あげましょう……」
あれ、すごくがっかりするよね。それはわかる。
それはともかく、どうやっても喧嘩は避けられないみたい。
私もお気に入りの杖を取り出して戦闘態勢に入った。
◇ ◇ ◇
俺の魔力ではそこまで速度が出せないらしい。
同じく風魔法を使って屋根の上をとんとんと飛んでいく女を追いかけているんだけど、どう考えても女の方が速い。たまにこちらを振り返りながらわざと移動を遅らせているし、俺を誘いこんでるみたいだ。
女を追いかけながら、俺はあることを考えていた。
足場にしている建物に住んでるみなさんマジすいません。
漫画でも現実でもこういう建物の屋根の上を伝って人が走るのってよく見てたけど、思いのほか下に響いてる。絶対うるさくてキレてると思う。
踏んだところがたまにかけたりしてるけど、弁償を求められたら土魔法が使えるっぽいボブに助けてもらおう。それかあの女に弁償させよう。
さっき恐らくは闇の魔法で動けなくなったときに、クロスは切っ先を切れないように変形させておいた。変形っていうのか?相手の出方次第では戦闘になるっぽいけど、殺したくはないしなるべくなら怪我もさせたくないからな。
やがてある建物の上で、そろそろいいかと言わんばかりに女は動きを止め、俺の方に振り向いた。俺たちはお互いに武器を構えたまま対峙する形になる。
建物がそこまで高くないおかげで、街灯の明かりに照らされた相手の姿を見ることができる。
燃えるような赤髪が腰の辺りまで伸びていた。瞳は情熱を宿しているのかのような視線でこちらを射抜き、口元には蠱惑的な笑みが浮かんでいる。
何だかかなり色っぽいお姉さんだな……。あんまり見つめられるとドキドキしてしまう。
「あなたがラスナ=アレスターね?」
「……違います」
「私、正直な男の人が好きなの」
「ラスナ=アレスターです。よろしくお願いします」
「あなたみたいな人、嫌いじゃないわ」
はっ。つい正直に名乗ってしまった。クロスがこちらをじろりと睨んでいる。
「突然ガイア様に選ばれた八人目の候補者……ヴァレンティア王国の代表。もっとも、他の七人はまだ決まっていないんだけどね」
「そうなんですか?」
「何で敬語なの?いいわよ、そんなの。私はあなたのことをラスナと呼べばいいのかしら?」
「卑しい豚とお呼びください」
「ふふ……面白い人ね」
くそっ、思いもよらないことを言ってしまうな……。この色香に騙されちゃいかん。俺は頭を振り、気を取り直して聞いた。
「お前は誰だ?何で街中でいきなりこんなことを?」
「私はメアリー=フォン=デ=ガルド。この国の第三王女よ。メアリーと呼んでくれていいわ。ちなみにさっきの三人は私の部下で通称三バカ。よろしくね」
正直女王様とお呼びしたい気分だけど……今はそれは置いておこう。
質問に全部は答えてもらっていない。俺は視線だけで続きを促す。
「どうして……?どうしてかしら。そうね、一番は情報収集。あなたがどんな人か知るためよ。後は……面白そうだから」
「俺の仲間まで巻き込むなよ」
「ちょっと手荒だったけど、なるべく他の人を巻き込まないようにこうして二人っきりになったんじゃない」
メアリーとやらの言っていることはある程度筋が通っているようにも思える。
街中で仕掛けてくるあたり、どうやってもおかしいとは思うけど。
「質問はそれだけかしら?もう待ちきれないわ。早く始めましょう!」
特に外の世界では、こういう戦いをするときはなぜか二つ名を含めたフルネームを、お互いに名乗り合う風習がある。
女王さ……メアリーは、蠱惑的な笑みはそのままに、男心をくすぐるような艶やかな声で名乗りをあげた。
「『炎の薔薇』メアリー=フォン=デ=ガルド」
かっけえな。女王さ……女王様にぴったりだ。
俺もクロスを構え、この上なくかっこいいポーズで高らかに名乗りを上げた。
「『フルーツ畑のわんちゃん』ラスナ=アレスターだ」
「何て?」
魔法を使った俺の、初めての戦いが始まる。
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