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槇島城の戦い~高屋城の戦い

生きる為に

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 先手必勝。そんないつか誰かが残した言葉を信じて、俺は初手から必殺技を繰り出した。

「きゅるりんビ~ム」
「ぐわああああぁぁぁぁ!!!!」

 心の汚れた人間を抹殺する、光の魔法。尊いワンちゃんを誘拐しようなんて企てる輩だ。当然ながら効果は抜群だった。そして、敵が両目を手で覆ってのけ反った瞬間を見計らって、走り出す。
 おっさんの脇を通り抜けて、部屋の反対側へ。唯一、炎で塞がれていない出入り口を目指していった。

 宴会場だった部屋から抜け出す。一心不乱に走って正門、あるいは裏門へ。どこでもいいからまずは外を目指していく。
 しかし、しばらく走って愕然とする。ほとんどの道は炎に封鎖されていて、まともに通れる道がまるで見当たらない。とはいえ立ち止まるわけにはいかないので、また別の道を探しにいく。
 一旦引き返そうと踵を返すと、正面から男がやってきた。どうやら追いつかれてしまったらしい。でも、様子がおかしい。

「くっくっく、ようやく見つけたぜ」

 視界に移る両脚の動きは重い。よたよたと、標的である俺を見つけた狩人にしては慎重すぎる。腕も、まるで何かを求めて彷徨うゾンビのように前方へと力なく挙げられていた。

「そこで大人しくしてろよ」

 まあいい。何にせよ、もう一度きゅるりんビ~ムを喰らわせて、怯んだ隙に逃げればいいだけのことだ。そう思って視線を上げると、驚くべき光景が目に飛び込んできた。

「キュ(なっ……)」

 何と、男は目を閉じていた。慎重に歩いているように見えるのは、単純に何も見えないから。上げられた腕は壁にぶつからないようにするためのものだろう。

「また尊いお前を見ちまったら危ないからな。こうやれば何てことはねえ」

 自信満々な男が目を閉じたままのドヤ顔で語った。つまりはきゅるりんビ~ム対策ってことだ。
 こいつはアホか? 確かに、目を塞いでいればきゅるりんビ~ムを喰らうことはないだろうけど、当然何も見えなくなる。炎上している本能寺において、それは極めて危険な行為だ。
 ただ、馬鹿馬鹿しいやり方とはいえ俺の必殺技に対して有効なのは間違いない。これで怯んだ隙に逃げる、と言う手は使えなくなった。

 どうする? 一か八か普通に横を通り過ぎてみるか?
 いや……俺がおっさんに向かって走っていけば音でばれるだろうし、うまくタイミングを合わせられて、屈みこんでキャッチされてしまえばそこで終わりだ。そんなことはまず出来ないだろうけど、万が一ということもある。

 こうなれば……!

 俺はてこてことおっさんの方へ、わざと足音を立てながら歩いた。そして足下にたどり着くと、おっさんは目をつぶったままこちらを見下ろして笑顔になる。

「おお、やっと俺と帰る気に……」

 そして俺を拾い上げようと目を開いた。その瞬間を狙う。

「キュウ~ン(きゅるりんビ~ム)」
「ぐおおっ」

 うめき声をあげながら両目を覆って顔を伏せるおっさん。
 さっきより効き目が薄い? まさかとは思うけど、耐性が付いてきたのか。チワワの尊さに際限なんてないってのに全然わかってねえな。こいつは所詮、目の前にある可愛いものを愛でるだけの、にわかチワワ好き野郎に過ぎない。
 そもそも、可愛いや尊いってのはそう単純な話じゃない。その犬の生い立ちや周囲を取り巻く環境を基礎として、その上に顔や身長、手足の大きさ、肉球の柔らかさと言った要素を加味して初めて「尊い」になる。
 つまり見た目とは上っ面に過ぎず、そこだけで俺を尊いと判断するのは愚かの極みであり、全てのチワワに失礼なので土下座世界一周旅行に出た方がいい。

 なんて色々と脳内でクレームを入れている間にも、おっさんは回復し、顔を上げ
ている。しかしその笑顔には妙な違和感があった。
 こう、何て言えばいいのか。どこか爽やかというか。さっきまで浮かべていた笑みは邪悪で下卑ていたのに対し、今はどこか親しみやすさすら感じさせる。まるで憑き物でも落ちたかのように別人だ。
 男は、そんな先ほどまでとは似ても似つかない清らかな表情で口を開いた。

「何てね! 驚いたかな?」
「キュ(は?)」
「さて、ここは危ないよ。僕と一緒に早く帰ろう!」

 僕? ような、っていうか別人じゃねえか。
 爽やかな笑顔でゆっくりとこちらに歩み寄ってくるおっさん。得体の知れない感じが、逆にさっきよりも恐怖度を増している。
 何でこうなったのかわからないけど、とにかく、活路を開くには戦うしかない。もう一度きゅるりんビ~ムを発動して、目を眩ませておいて別の逃げ道を探す。幸いにも今、おっさんは目を閉じていない。充分に効き目はあるはずだ。

「キュウ~ン(きゅるりんビ~ム)」

 ちょこんと座り、微妙に首を傾げながらおっさんを見上げた。これは首を傾ける角度がまた重要で、あざとさを感じさせない、けれどあざとい絶妙な匙加減によって最高峰の尊さを演出する。
 しかし。

「おお、どうしたんだい。そんなに尊い顔をして」
「キュ……!? (なっ……!?)」

 きゅるりんビ~ムが全く効いていなかった。さっきまでは効いていたことを踏まえれば、考えられる可能性は一つしかない。
 きゅるりんビ~ムは、短時間で同じ相手に繰り返し使うと、耐性がついて効かなくなってしまうのだろう。もっとも、耐性というより心そのものを浄化している気がしなくもないけど……。今は細かいことは置いておこう。
 おっさんはビ~ムに全く怯むことなく、歩を進めてきた。このままでは捕まってしまう。何でもいいから抵抗しなければ。

 相手の胴体は位置が高すぎるし、脚に噛みついても、逆に怯ませることが出来ない気がする。噛みつくなら手だな。

「ほ~ら、怖くないでちゅよ~」

 再び赤ちゃん言葉になり、その裏に狂気を感じさせる、いわゆるサイコパスのような笑顔で迫りくるおっさん。
 屈んで俺に視線を合わせ、抱き上げようと両腕を伸ばしてきた、その時。俺はとっておきの一撃を喰らわせた。

「ガウッ! (おりゃっ!)」

 全力で手に噛みつく。よし、この隙に逃げ……。

「ふふっ、噛みつく姿もまたいと尊しだねえ~」
「キュ(えっ)」

 あまりの事態に、今度は恐怖で全身の毛が逆立つのを感じる。
 何と、おっさんは全く動じることなく、手から血を垂れ流したまま、けれど変わることなく笑顔で俺を見守っていた。

「さあ、家に帰りまちゅよ~」

 もはや万策尽きた俺は成すすべもなく抱き上げられてしまう。

「キュ、キュン(やめろ、離せ!)」
「お~、よちよち、大丈夫でちゅよ~」
「キャイン!(何がだよ!)」

 捕れたての魚の如く、おっさんの腕でびちびちと暴れ回る。けど、か弱いチワワの力ではどうすることも出来なかった。

「さあ、いきまちょうね~」
「キュウン(嫌だ~)」

 まずい、このままでは本当に連れて行かれる。
 絶望が現実のものとなって迫り、心の色が闘志と希望から、絶望と恐怖へと塗り替えられようとしていた、その時。



「そこの不届き者! プニ長様を離しなさい!」



 俺とおっさんの背後から、懐かしい、そしてとても大切な鈴の鳴るような声が、凛とした調子で響き渡った。
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