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槇島城の戦い~高屋城の戦い

京都へ

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 ぽかぽか、というにはちょっとばかり激しい熱線に身を晒し、馬廻衆たちは汗水をたらしながらの移動を続ける。まだ本格的ではないながらも、次の季節の気配がもうそこまでやってきていた。
 京都への道中、気分転換に六助の馬の頭に乗せてもらっていると、後ろから今後についての説明が聞こえる。

「もうすでにご説明を差し上げたとおりではございますが、これから京都に向かいます。本日中には到着し、明日の夜には本能寺にて近衛前久を主賓とした茶会を開く予定です」
「キュン(了解です)」

 てことは、その近衛前久さんを巻き込む形になる? まあ、これは追い返すことも出来ないからどうしようもないな。
 問題はどのタイミングで明智が来るのか、だ。その茶会を開いている間に襲撃してくるのか、それともその後寝ている間なのか。
 明智的に考えれば、襲撃するなら俺たちが寝ている間だろうな。織田家が主賓として招くってことは、近衛とかいうやつも家格の高い人物だろうし、余計な敵を増やす恐れがある。
 俺たちを倒した後のことを考えれば、無闇矢鱈に大名や有力者を倒すのは、得策とは言えないはずだ。それにそもそもの話、寝込みを襲う方が成功しやすい。

「その後は一旦淡路へ、四国方面軍の閲兵に向かいます。秀吉殿と明智殿の元へ行くのはそれからですね」
「キュン(うっす)」
「と言っても、その頃にはもう毛利との決戦が終わった後かもしれませんが。何せ秀吉殿と明智殿ですからな! わっはっは!」
「キュウン(わっはっは)」

 ふむ。明智が裏切るとなると、備中高松城に向かう予定だった軍を率いて本能寺を襲撃する、ってことになるのか。有り得ない話ではない……のかな。
 ちなみに閲兵というのは、軍隊をお偉いさん……今回で言えば俺や六助に見せることで、ちょっと違うけど軍事パレードみたいなものだ。

 気分良さげな六助は、そこで急に声を潜めた。顔を俺の背中に近付けてきたらしく、少し息がかかってゾっとする。

「それでですね、本能寺での茶会のことなのですが」
「キュン(何だよ)」

 振り向くと、悪だくみをするお代官様的な笑みが待ち構えていた。

「ご用意してますよ」
「キュン(何を?)」
「ぐあああ! ……ぐっふっふ、その尊いお顔、どうやらおとぼけになられているご様子ですな?」

 首を傾げたので、微妙にきゅるりんビ~ムを発動してしまったらしい。六助は一瞬だけ苦痛に顔を歪ませながらのけ反ったものの、すぐに持ち直した。
 もちろん俺は何も知らないのでとぼけるもくそもない。本当にこいつ何言ってんだって感じだ。

「おんなですよ。お・ん・な」
「!?」
「プニ長様のためにご用意致しました。帰蝶殿一筋で全く女遊びをなさらないあなた様のこと。かねてから『たまには他の女の子とも遊んでみたいワン!』とお思いだったことでしょう」
「キュキュンキュン(思ってねえし語尾にワンとかつけねえよ)」

 ていうか、それお前が遊びたいだけなのでは。
 帰蝶という素敵なお嫁さんがいるのに、俺が浮気というか、前の世界でいうキャバクラに行ったり、コンパニオンを呼んだりなんてする必要がないし、したいとも思わない。これは本当だ。
 まあぼくも男の子だし? 正直ちょっとくらい遊んでみたいなとか? 全く思わないこともなくはないけど? 本当にちょっとくらいならね?

 …………。
 いやいや、何生唾呑み込んでんだ。あれだけ俺を心配してくれている様子を見せながらも、信頼と決意を以って送り出してくれた帰蝶に失礼だろうが! 俺のばか! ばかばかばか!
 首をぶんぶんと振って一度邪念を振り払う。

 ……でも、ちょっとだけなら……。

 いやいやだめだって! しっかりしろ俺!

「どうなされたのですか? あ、もしかしてちゃんと好みの女子がいるかどうか心配しておいでですな? 大丈夫! 茶会の直前に一度プニ長様に謁見する手はずになっておりますので、その際に気に入らなければお申し出ください」

 なら、その時に全員追い返せばいいな。せっかく来てくれた人をそうするのはちょっと気が引けるけどしょうがない。
 尻尾を振って了承の意を示した。

「おっ、ノリ気ですな~? やはりプニ長様も男の子。隅に置けませんな~このこのぉ!」
「キュウン(やめんかい)」

 肘で軽く突かれた。全然ノリ気ちゃうわ。ていうかこのテンション、ノリ気なのはどう考えてもお前の方だろうが。

「ちなみに、私もプニ長様の側近として、あくまで側近としてではございますが……茶会に同席させていただきます。側近ですからね。ですがその際、女子衆と雑談程度の会話をすることがあるかもしれませんが、側近ですからご了承ください」
「キュン(勝手にせい)」
 
 無駄に「側近」を強調し過ぎだろ。ツッコミ待ちか?
 別に自分の為に女の子たちを呼んだからと言って誰が怒るわけでもあるまいし、やりたいようにやったらいいのに。それとも、女の子と遊びたい! と声を大にして言うのが恥ずかしいのだろうか。
 そう考えると、追い返しづらい。かといって遊ぶというのも帰蝶に悪いしどうするかなあ。

 結局、京都への道中ではずっとそのことで頭を悩ませるはめになった。

 すっかり夜の帳も下りた頃、俺たちは京都に到着した。
 今日は別の宿で、明日からは数日間本能寺に泊まる予定らしい。俺としても本能寺にいる時間は少しでも短い方がいいから助かる。
 俺と六助他数名が同じ宿で、他は別だ。
 
 部屋に入って荷物を置き、一旦は腰を落ち着けたものの、何だかゆっくり出来る心持ちではないので散歩にでも行くことにした。玄関手前で六助に見つかり、「お散歩ならばお供します」と言われたので二人で街に繰り出す。

 灯りの少ないこの世界では、京の都と言えどさすがに夜は静かだ。
 六助が手に持つ提灯の灯りを頼りに街路を歩く。本当は灯りなんてなくても大丈夫なんだけどね。
 犬の目というのは、人間に比べて色を識別する能力が低い分、明暗を識別する能力がとても高い。その分、目に見えるものがぼんやりとするなどデメリットはあるものの、犬にとっては暗闇の中でも獲物を捕らえるための力の方が重要なのだ。
 なのに、俺の目は割と人間に近いうえ、暗い所でもそこそこに物が見えるのでとても便利になっている。専門家じゃないのでわからないけど、生物学? 的にはありえない話だと思うので、ソフィアが魔法で目の能力を上げてくれたとかそういうものなのかもしれない。

 何故か心躍る様子の六助が話しかけてきた。

「久々に夜の街を歩いておりますが。何と言うかこう、悪党にでもなった気分ですなぁ!」
「キュン(悪党て)」

 俺が元いた世界でいうところの不良的な感じだろうか。この宵闇じゃ悪党とやらだって思ったように活動は出来ないと思うけどな。
 一歩一歩地を踏みしめる度に、六助の草履がじゃり、という音を鳴らす。あちこちから聞こえる似たようなそれが、たまに俺たち以外の人の存在を教えてくれていた。
 建物の影で何やら密談に勤しむ者たち。いそいそとどこかへ向かう、恐らくは夜這いに行くのであろう男。そして。
 塀に寄りかかるようにして寝ているそいつを見て、六助が言う。

「酔っ払い、というやつですな」
「んごぉ~」

 やはりこの世界にもいるんだな、酔っ払い。もちろん酔っている人間はいくらでも見てきたけど、こんな風に街中で潰れている、「いかにも」なやつは見たことがなかった。そもそも戦以外で夜に出歩くことがそんなにないからな。
 少しの間その光景を眺めて、踵を返し立ち去ろうとした時のことだった。

「んご……んが?」

 酔っ払いが不意に目を覚ました。
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