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槇島城の戦い~高屋城の戦い

志摩国へ

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 茶々は、部屋の前できちんと一礼をする。

「しつれいいたします」
「どうしたの?」
「ろくすけさまがまいられました」
「わかった。ありがとう」

 よく見れば、茶々の頬は上気していて息遣いも荒い。信ガルと散歩でもしているところに六助と出くわし、急いで戻ってきたのだろう。
 すると、その後ろから六助が顔を出した。

「かたじけない。茶々殿は偉いな」
「いえ」

 早々に茶々と信ガルは去っていった。その後ろ姿を見送りながら、六助がぽつりとつぶやく。

「信ガル殿もすっかり茶々殿の護衛役ですな」

 信ガルは、美濃にいる間は基本的に茶々と一緒にいる。お市たちがいる時は俺のところに来ることもあるけど……すっかり茶々と仲良しになったみたいだ。
 まだ小さいのにあれだけ気を使ったり我慢したりしてるところとか、たしかに心配になるもんなー。信ガルは頭いいみたいだし、「心配だから一緒にいる」的なものは本当にあり得る、かもしれない。

 六助は一礼をしてから部屋に入り挨拶を済ませると、早速いった様子で表情を引き締めてから本題に入った。

「織田水軍は毛利水軍に大敗し、本願寺への補給を許してしまいました」
「まあ」

 ある程度わかっていたとはいた。でも、「大敗」というのは少し気にかかるな。

「やはり、毛利の水軍は一筋縄ではいきませんか」
「はい。数や統率力もさることながら……焙烙玉と火矢の前に成すすべもなく、織田軍はあっという間に崩壊してしまいました。ほぼ全滅といってよいでしょう」

 六助が悔しさに顔を歪ませる。あまりの結果に言葉を失いかけた帰蝶だけど、何とか口を動かして一つの疑問を口にした。

「その、焙烙玉とはどういったものなのでしょう?」
「焙烙に火薬を詰め込み、導火線に火を点けて敵陣へと投げ込むものです。殺傷力が高く、火矢と合わせて無類の強さを誇っていました」

 焙烙は料理に使われているから俺も知っている。一言で表現するなら、素焼きの平たく浅い土鍋という感じ。
 あれに火薬を詰め込んで放り投げるとなると、焙烙玉は前の世界で言えば、おおよそ爆弾のようなものだと思われる。これは、船体の上に大きく防壁があるこの世界の船に対しては有効な武器だろう。火矢も木造建築の船に対して非常に効き目があることは言うまでもない。

「このままでは本願寺を潰せませんし、最悪の場合、盛り返して以前の如く勢いを復活させる可能性もあります。毛利水軍を攻略しない限り、今後の織田家としては非常に厳しいものがあるかと」
「左様でございますか」

 帰蝶が俺に視線をやる。合わせて六助も身体をこちらに向けて口を開いた。

「プニ長様、どう致しましょう?」

 いや、どう致すかって聞かれても、俺ただの犬だしな……。いや人間の時と同じレベルで思考が出来てる時点でただの犬じゃないけど。
 毛利水軍に勝つために何をすればいいのか。未だに素人に毛が生えた程度の俺が思いつく手段なんてそう多くはない。

 一つは、毛利水軍に勝てる水軍を味方につける。
 とは言っても、水軍に詳しいわけじゃないけど、村上以上の水軍なんているのだろうか。だったらこれまで話題に上がっているだろうし、今から仲間にすることだってそう簡単にはいかないはずだ。

 もう一つは、焙烙玉や火矢をものともしない船を作る。
 木造で、防壁に隙間のある船だからやられてしまうのであって、例えば隙間なく鉄で覆ってしまえば焙烙玉も火矢も被害はかなり軽減されると思われる。

 でも、そうなるとどうやって鉄を調達するのかが問題になってくる。
 木が火で燃えるなんてのは子供でもわかることであって、じゃあどうして家や船を鉄で造らないのかと言えば、鋳造技術が発達していないから。鉄というのはこの世界の人たちにとって、そう易々と手に入るものではないのだ。

 結論から言えば、効果のある方法はどれも現実的ではない、ということになる。
 どうしたもんかな……と考えていると、いつの間にやら六助は顎に手を当てて眉根を寄せ、何やら思案している。
 そして次の瞬間、如何にもいいことを思いついたと言わんばかりの表情で口を開いた。



「そうか……燃えない船を造ればいいんだ!」
「キュキュン(何でやねん)」



 それが出来れば誰も苦労はしないだろ。と思ったけど、あくまでそれは俺が想像出来る範囲での話だ。色々と知識のある六助なら何かいい方法を思いついたのかもしれないと思い、黙って続きを聞いてみる。

「どれだけ費用がかかってもいいから造ってくれと頼めば、九鬼殿なら何とかしてくれるかもしれません!」

 ダメだ、完全に他力本願だった。

「確かに鉄は貴重なものですが、全く手に入らないというわけでもありませんし……よし、そうと決まれば早速九鬼殿の下へ交渉に行って参ります!」
「キュキュン(いやいや待て待て)」

 立ち上がりかけた六助を慌てて止める。

「如何致しましたか?」
「キュウン(俺も行く)」

 何だか心配だし、俺も行った方がいい気がする。戦ではないから帰蝶も連れて行けるし、旅行気分も味わえて一石二鳥だ。

「むむむ……」

 しかし、その意図は当然の如く伝わっていない。しばらく俺をまじまじと見つめた六助は、やがて帰蝶に助けを求めた。

「帰蝶殿、プニ長様は何と仰られていると思われますか?」
「えっと」

 突然話を振られて戸惑ったのか、帰蝶は一瞬だけ困惑した表情を見せて言葉に詰まるも、すぐに気を取り直してはっきりと告げた。

「『寂しいから僕も連れて行って欲しいワン』……とのことかと」

 少し違うけど大体合っている。さすがは帰蝶たんだぜ。

「何とおおおおおおおおっ!!!!」
「キュン(うおっ)」
「きゃっ」

 天井を仰ぎ見ながら突然にあがった激しい叫び声に、俺も帰蝶も思わず身体を跳ねさせる。どこかから「六助うっさい!」というお市の声が聞こえてきた。

「キャンキャンキャン! キャイン!(いきなりでかい声出すなばか! このっ……このっ、なすび!)」

 何か罵ろうとしたものの全く語彙力がなかった。こういう時は犬で本当に良かったと思います。
 俺の鳴き声で我に返った六助は、苦笑しながらこちらに視線を戻す。

「おっと、申し訳ございません。あまりの尊さについ叫んでしまいました」
「いえ、こちらこそ……」
「プニ長様がそう仰るのなら、私としては大変嬉しいといいますか、棚からぼたもちのようなものと言いますか」
「キュキュン(何言ってんのお前)」

 そこで六助は帰蝶に視線を向ける。

「であれば、帰蝶殿はどうなさいますか?」
「私でございますか?」
「今回は戦ではないので、プニ長様に同伴していただいてもよろしいかと」

 帰蝶は視線だけを宙に向け、わずかばかりの間思案してからこちらを見たので、何かを言い出す前にきゅるりんビ~ムを発射した。

「キュ~ン(来て欲しいな~)」

 すると帰蝶はふんわりとした笑みを浮かべ、俺を抱き上げる。

「プニ長様もこう仰っておりますので、ご一緒させていただきます」
「かしこまりました」

 きゅるりんビ~ムが効いたのか、帰蝶は笑顔のまま俺を見下ろしている。
 ていうか今冷静になって気付いたけど、九鬼のところまで俺がついて行ったところで何か意味があるんだろうか。都合よくソフィアでも来てくれればいいけど。
 まあ、帰蝶も来てくれるし観光で大坂まで行くとでも思っておけばいいか。
 
 用事を済ませて帰っていく六助の背中を見ながら、そんな風に考えていた。
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