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槇島城の戦い~高屋城の戦い

茶々の理解者

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 一呼吸、間を置いてから続ける。

「何だかかっこいいな、と思いまして」
「……(……)」

 アホらしくなって帰ろうと歩き出すと、右前足を掴まれた。

「お待ちください、どこへ行かれるのですか」
「キュウンキュキュン(馬鹿馬鹿しいから帰るんだよ)」
「あっ、厠ですか? 私としたことが大変失礼を致しました。おい! プニ長様を厠にお連れして差し上げろ!」
「キャンキャン!(違うわボケ!)」

 それから、六助の部下に本当にトイレに連れて行かれた。無駄にガチムチなので抱っこから抜け出すことも出来ず、それが終わると大広間に戻される。いや待て、こいつの部下にこんなやついたの? まあいいや。
 お互い定位置に戻って向き合い、話が再開された。

「まあ、かっこいいと言ってしまうとあれですが、想像してみてください。絢爛豪華な城に住まうプニ長様……尊くないですか?」
「キュキュンキュン(自分の事を尊くないですか? と言われてもな)」

 でも確かに、城の天守に住むチワワと考えれば尊いかもしれない。ついつい屋根に登って、怖くて降りられず震えたりしてたら尊さ追加だ。
 六助は前のめりになりながら返事を催促して来た。

「どうですか?」
「キュ、キュキュン(まあ、わからなくはないな)」
「それに、多少要塞としての防御力などは低くなってしまいますが、居住性を充実させることで、ご家族の皆様にも快適な生活を送っていただけるかと」
「キュ(むむ)」

 それを言われてしまうと弱い。別に今の屋敷での生活も悪くはないんだけど、帰蝶を始めとした家族たちに、より良い生活をさせてやりたいと思うのが人の性。犬だけど。
 その点、見た目が豪華で居住性を充実させた城なんていうのは、この世界においては最高に贅沢なマイホームだと思う。どんなものなのかまだはっきりと想像は出来ないけど、帰蝶やお市なら喜んでくれるような気がする。

「あとは、天下布武の象徴として、人々にプニ長様が成そうとなされている偉業を人々に知らしめるためでのものでもあります」
「キュウンキュキュン(それを最初に言えば良かったんじゃ……)」

 俺が天下統一をしようとしている、ってのはこいつらの妄想だけど、理由としてはこれがもっともらしい。ただ豪華な家にする、というだけならわざわざ城にする意味も特にないしな。
 六助が両の手のひらを差し出した。

「もし許可を頂けるならば、こちらの手に『お手』を。頂けないのならば、こちらの手に『お手』をお願い致します」

 右手、左手を持ち上げながら言われ、俺は少し迷ったものの、「許可をする」に当たる右手に「お手」をした。迷ったのは、帰蝶たちが本当に喜んでくれるかどうかがわからなかったからだ。

「おおっ、ホホホ。いと尊し……ではなく、許可を頂きありがとうございます。必ずや日の本一の美しく、荘厳な城を築き上げてご覧にいれましょう」

 俺の「お手」に一瞬だけゴリラ化したものの、六助はすぐに神妙な面持ちで礼をしながらそう言った。
 この世界の文明レベルで城を築くなんて本当に大変なことに違いない。そこまで気負わずにゆっくり安全にやって欲しいと思う。
 そこで六助は隣にいる丹羽を手で示しながら言った。

「安土城築城に関してですが、総奉行は丹羽殿にお任せしようと考えています」

 ああ、それで丹羽がここにいたのか……。一言も喋らないし、正直こいつ何でここにいるんだろうと思ってた。

「丹羽殿、何か信長様に申し上げておかねばならぬことはありますか?」
「……」

 丹羽は特に表情を変えることもなく、考えるような間を空けてから口を開いた。

「米……」
「キュン(は?)」
「……」

 それだけで閉口されてしまい、一瞬の間を沈黙が駆け抜ける。いつもの丹羽らしからぬ行動というか言動に首を傾げていると、六助が説明してくれた。

「ああ、申し訳ありません。今丹羽殿は一つの単語しか喋ることの出来ない制限を家臣団から設けておりまして」
「応」
「キュン(なるほど)」

 丹羽は一旦喋り出すと面倒くさいし気持ちはわかる。でも、それだと今みたいに意思の疎通が全く出来なくなるのでやめた方がいいと思います。

「それで丹羽殿、米というのは一体どういったことなのでしょうか」
「城」
「ふむ。米のように、生活に欠かせない城にするということですか?」
「応」
「だ、そうです」
「キュキュン(って言われてもな)」

 どんな城がいいのかとか正直よくわからないし、そうですか頑張ってくださいくらいしか言うことがない。そもそも生活に欠かせない城ってなんだよ。住むのに快適な空間作りみたいな感じか? ビフォーアフター?
 まあ、築城について総奉行から一言、と言われて丹羽もあれこれ考えた上での発言なのだろう。一単語というよりは一文字になってるけどな。

 話が一通り終わったかと思うと、丹羽は急に顔を歪め出した。

「厠」
「キュキュン(早く行け)」



 六助や馬廻衆数名に送ってもらって屋敷へと帰る頃には、すでに陽は西へと傾いていた。季節は夏へと差し掛かっていて、夜でも外は温かい。足元から立ち上る熱気と土埃の匂いにどこか懐かしさを感じながら街中を歩く。
 すると向こうから見慣れた顔が、ここらでは見慣れない犬を連れて歩いて来るのが見えた。六助が目の上に手を当てて目を細める。

「ん? あれは茶々殿と信ガル殿か」

 茶々と信ガルはこちらに気付くと、とことこと駆け足で一直線に向かってきた。俺たちの前に立って、丁寧に腰を折る。

「プニながさま、ろくすけさま。みなさまもおかえりなさいませ」
「ガルル」
「只今帰りました。信ガル殿と二人でお散歩かな?」
「はい。ふたりでおむかえにあがりました」

 信ガルは、俺の外出時にはすっかり三姉妹のボディーガード役となっている。特に茶々は信ガルを連れてよく一人で散歩をするようになった。
 お市と合流してからは幾分かはましになったものの、それでも日々長女として色んなことに気を揉んでいるらしく、こうして一人で出歩くのがいい気分転換になるのだろう。
 お市もそれを察してか、信ガルを連れていれば、近所なら一人での外出を許可するようにしているようだ。
 茶々の返事を聞いた六助は、笑顔で首を縦に振る。

「プニ長様がお戻りになられると聞いて、この辺りを散歩していたのか。偉いな茶々殿は」
「いえ」
「でもそろそろ日も暮れて来たし、屋敷に戻った方がいいだろう。ついでに私たちを案内してくれると助かるな」
「かしこまりました」

 茶々はそう言うと、「しんガルちゃん、いこっ」と信ガルに呼び掛けてから俺たちの先頭に立つ。二人の時はしんガルちゃんと呼んでいるらしい。
 小さな案内人をおっさんたちが笑顔で見守っている。俺の元いた世界なら相当やばい光景だがここなら安心だ。ようやく屋敷に到着すると、茶々が「ただいまもどりました」と言いながら元気よく玄関の扉を開けた。

「茶々、あんた心配になるからもうちょっと早く……」

 奥から出て来たお市が足を止める。

「何よ、いい歳したおっさんが揃いも揃って」
「いえ、プニ長様の護衛をして差し上げただけなのですが」

 苦笑する六助に、お市は尚もつんけんした態度で言葉を飛ばす。

「そんなに人数必要ないでしょ。大体刀ぶら下げた男が何人もいたら物騒だしむさ苦しいでしょうが」
「ですがお市殿、万が一のことがあっては」
「それはわかるけど。もうちょっと何とかなんないの? あんたらを怖がる町民だっているでしょ」
「う~む……」
「ははうえ、ごめんなさい」

 二人の間に割って入るように、茶々が謝罪の言葉を告げる。見れば彼女は俯き、着物の裾を握って涙ぐんでいた。信ガルが心配そうに顔を覗き込んでいる。
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