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槇島城の戦い~高屋城の戦い

ソフィアの憂鬱

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 三好義継討伐は佐久間に一任されたので今回、家臣のうち数名は美濃でお留守番及び休暇、ということになった。俺も戦への帯同はない。特にやることもないので今日は自宅である帰蝶の屋敷でごろごろすることにした。

「はあ……」

 ソフィアのため息が色鮮やかな秋の庭園に響く。
 紅葉と過ごしやすい気候が旬なこの季節。歌人ならばいとも容易く題材にしてしまうであろう絶景を眺めることの出来る縁側で、一柱の女神が足を投げ出して物憂げな表情をしている光景はさながら一枚の絵画のようだ。

「美少女の太ももが足りない……」

 こいつが中身おっさんじゃなければな。
 珍しく元気ないなあとか、お気楽な女神様にも悩み事なんてあるんだなあとか、少しでも心配して損した。
 おっさん女神はそのままそろっとこちらを振り向いた。

「あら武さん、どうしたんですか? 少しでも心配して損した、みたいな顔して」
「キュキュンキュン(だから心を読むのはやめろ)」
「あの、今更言うのもなんですが……実際に心を読むのも出来なくはないですよ? でも武さんに関しては、そんなことしなくても考えてることが顔に出てますから」
「キュ? (えっ?)」

 ってことはこいつ、今まで魔法とか神の力みたいなので俺の心を読んでたわけじゃなかったってこと? 俺ってそんなに顔に出やすいの?

「ほら、今も『えっ、こいつ俺の心読んでなかったの? 俺ってそんなに顔に出やすい? てか今更だけどソフィアって超可愛くない?』って思ってるでしょ」
「キュ、キュキュ、キュ、キュン(え、いやうん、まあ、はい)」
「でもね、そんなことどうでもいいんですよ……」

 くっそ、こいつまじでむかつくな……。
 自分のつま先へと視線を戻したソフィアは、陰りのある表情のまま真剣に太もも成分の少ないこの世界の行く先を憂いていた。

「キュキュンキュン、キュキュン?(数日ぶりに来たと思ったらなんだよ、そんなに太ももがないとだめなのか?)」
「はい」
「キュン(あっそ)」

 もういいや。寝よ。そう思い顔を手の上に置いて目を瞑っていると、今度はソフィアが一方的に語り始めた。

「この世界って、美少女の太ももが足りなくないですか? 確かに着物の『見えない感じがいい』的なアレもわかりますけど、たまには直接太ももを拝まないと辛い部分があるんです」
「キュンキュキュン(すでに話についていけないんだけど)」

 わからなくはないけど、俺のは「着物とか浴衣を着た女の子っていいよね」であって断じてソフィアのように「見えないところが逆にそそる」とかそういう性的な感覚じゃない。
 着物は見えないから逆にえっちな感じがするとかそういうのじゃなくて、あの上品で奥ゆかしい日本美的な部分がいいのであってだな……。って脳内とはいえ何を熱く語ってるんだ俺は。

「キュン、キュンキュキュン(とりあえず、お前の大好きな浅井三姉妹にでも慰めてもらえよ)」
「そうします……でも、今日はまだ来てないですね」
「キュンキュ(そりゃ朝だからな)」

 どこの世界も朝は同じ。文明が発展途上なこの世界では、人々は太陽が昇ると同時に活動し、太陽が沈めば寝るのかと思っていた。でも、夜遊びをするやつはするみたいだし、昼間にのそりと起きるやつだっているみたいだ。
 だから早朝の今は、ぎりぎり子供たちは寝ている時間のはず。いつも暇さえあればこの部屋に来てプニプニモフモフしていく元気な子たちだけど、睡眠はとらなければいけない。逆にソフィアがこの時間に来たのが意外なくらいだ。
 そこでふと頭に浮かんだ質問をしてみることにした。

「キュンキュキュン?(あの三姉妹の中で誰がいいとかってあるのか?)」

 するとソフィアは眉根を寄せ、顎に指を当てながら真剣に考え始める。

「う~ん、三人とも可愛くて甲乙つけがたいですが……あえて言うなら、長女の茶々ちゃんでしょうか」
「キュン(ほう)」
「初ちゃんに振り回されて困ってる時の表情とか、恥ずかしがりやで引っ込み思案なところとか、もう堪りませんね。思わずいじめたくなります!」
「キュン(そっすか)」

 顔の前で両手を組み、恍惚とした表情で語るソフィアからは、先ほどまでの負の感情は一切出ていなかった。
 俺も茶々といえば、いつも初に振り回されているイメージしかない。長女だから責任を感じて色々なことに気を使って大変そう、とか。でも、成長した時に女性として一番魅力的になりそうな感じはするかな。
 俺の生返事を聞いたソフィアは不機嫌そうに頬を膨らませた。

「武さんの方から聞いてきたのに返事がつれないですね」
「キュン、キュキュキュン(誰がいい、の部分しか興味なかったからな)」
「そんなことでは女性にモテませんよ?」
「キュンキュ(帰蝶がいるからいい)」
「それもそうですね。あの張りと艶のある太ももは天下一品です!」
「キュンキュキュン(太ももから離れろ)」

 何でこいつこんなに太ももに飢えてんだよ。って、あれ?

「キュンキュキュン(お前帰蝶の太もも生で見たことあるの?)」
「温泉に行った際に何度か」
「キュキュン(まじかよ)」

 そういえば温泉に行ったな。完全に忘れてた。
 俺はと言えばお風呂に入れてくれようとした時とか、見ようと思えば見られる機会はあったものの、恥ずかしさと申し訳なさで見ないようにした。何だか先を越されたような気がしてちょっとショックだ。
 しかしそんなに張りと艶があるのか……。思わず想像してしまう辺り、自分もまだまだ健全な男の子なんだなと思いました。

「そういう武さんも、感触なら常日頃味わってるでしょ?」
「キュキュン、キュンキュン(そうだけど、着物の上からだからな)」
「それでも羨ましいです!」

 何だか男友達と交わしそうな会話だな、なんて思っていると、部屋の外から徐々にどたばたとした足音が近づいて来るのがわかった。かと思えば、襖が勢いよくばたーんと開く。

「プニながさま! おはようございます!」
「もう、ふすまはしずかにあけなきゃだめでしょ? それに、すわっていちれいをしてから……」
「初は、プニながさまになれすぎ」

 浅井三姉妹だ。彼女らを見るなりソフィアは「うっほほ~! 来た来た~」と言いながら縁側から素早く飛び立っていく。

「おはようございます! 今日も皆可愛いですねえ」
「ソフィアさま、おはようございます!」
「おはようございます」
「おはようございます……」
「あらあら、きちんと挨拶も出来て偉い偉い」

 三人の頭をなでなでして回るソフィア。その小さな身体では中々の重労働のはずなのに元気なことだ。

「これから朝のプニモフですか?」
「そうです!」

 ずばっと元気に手を挙げる初に、ソフィアは人差し指を立てて片目を瞑り、優しいお姉さん風に言った。

「それは構いませんが、三人で仲良くプニモフしないとだめですよ? 一人で独占するのはめっ、です」
「はい!」
「はい」
「はい」

 恐らくは茶々が遠慮して抱っこ出来ないことがないように、という彼女なりの配慮だろう。俺としても茶々には順番を回してあげたいのでナイスだと思った。抱っこされる本人がそんなことを心配するのも変な話だけどな。
 ソフィアは三人の返事を聞いて腕を組み、満足そうに首肯した。

「うんうん、皆いい子ですね。それでは朝ごはんまで遠慮なくどうぞ!」

 そう言ってソフィアが俺の方を手で示すと、三人ともたたたっとこちらに駆け寄って、まずは初が俺を抱き上げた。その間、茶々や江は少しずつ肉球を触ったりしている。
 毎日毎日騒がしいけど、三人共乱暴にはしないし、俺は屋敷での暮らしも悪くないと思っている。何より帰蝶の側にいられるし、お城に来る手間をかけさせずに済むというのがでかい。
 織田軍が三好義継の為に遠征している間の日常は、こんな風に過ぎていった。
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