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槇島城の戦い~高屋城の戦い
朝倉討伐へ
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「はいやっさぁ!」
「ほいやー!」
織田軍の無駄に元気な掛け声が、雨音を裂いて響き渡る。
騎兵は馬に鞭を打ちながら叫び、俺の駕籠を担いでいる足軽たちは一歩一歩、大地を踏みしめる度に声を張っている。本当に申し訳ございません。でも俺だって好きで乗ってるわけじゃないんだ……。
確かに最近、家臣たちの為には戦場に帯同することを厭わなくなったとはいえ、こんな雨嵐の中となるとさすがに話は別だ。
「どうしたぁ! 私に後れを取らずについてこんかぁ!」
「どっこいしょぉ!」
「ほいさっさぁ!」
足軽大将が檄を飛ばせば、負けじと足軽たちも気合を入れる。本当にこんな暴風雨の中、お疲れ様ですとしか言いようがない。この駕籠を担いでくれている人たちも風が吹くたびにぐらついてかなり大変そうだ。
たまに大きく揺れながらも確実に進んで行く駕籠の中で、打ち付けるような雨音をただ聞いていた。
少し時間はかかったものの、織田軍は問題なく大獄砦という、朝倉軍の対織田における前線基地にたどり着いた。先頭の司寿隊は既に奇襲をかけたらしく、砦からは怒声や銃声が聞こえて来る。
俺や馬廻衆は柴田隊と共に砦周辺で待機していた。すると、間もなく戦闘が終了したらしく、また雨音や強風に揺らぐ梢の音だけが周辺に漂っている。
誰かがこんこん、と駕籠の扉を叩いて間もなくそれが開いた。ぬっと顔を出したのはずぶ濡れになった柴田だ。
「キュン(ほい)」
「どうやら戦闘が終了したようでござる」
今までの戦と比べればかなり速い決着だ。恐らく、本格的な戦闘はほとんど行われなかったのだろう。
「敵はすでに降伏した模様。ひとまず砦の中まで移動をお願いするでござる」
「キュキュン(いいから早く閉めてくれ)」
自分でもひどい物言いだなとは思うけど、扉から入って来る雨風が冷たすぎるのだからしょうがない。
柴田が扉を閉めるなりすぐに移動が始まり、俺たちは砦の中へと入った。その奥では捕らえた兵の代表と思われる数名が縄で拘束されていて、その周りには六助を始めとした家臣団が集まっていた。
「プニ長様、お疲れ様です」
「キュン(ちょりっす)」
「やはりこの雨の中を進軍して来るとは思っていなかったらしく、完全に油断していた朝倉軍は早々に降伏してきました。今、捕らえた兵をどうするか皆と話し合っていたところです」
六助が真剣な表情で現状を説明してくれているのに、まだずぶ濡れのままなのでいまいちキマっていない。
「お、お願いします。命だけは勘弁してください。嫁と生まれたばかりの息子が越前にいるのです」
「家族……嫁は美しいのか?」
「は、はい。器量良しな上に気配りも出来るときて街でも評判です。私にはもったいないくらいで」
「羨ましすぎるな。絶対に許さん」
「ええっ……」
命乞いする兵を言葉で一刀両断した六助は、しかめっ面で語る。
「こやつら、油断しきっていたというのに、熱いお茶ではなく冷たいおにぎりを食べていました。気合が足りないにもほどがある」
「それは、嫁が作ってくれたものでして」
「やかましい!」
「ひっ」
嫁が作ってくれた、というところが火に油を注いだらしい。震える敵の足軽らしき兵に向けて、六助は腰に帯びた剣を抜き放つ。
「お主の気持ちも痛いほどわかるが、これも戦だ。すまんな」
「くうっ」
俯き、目尻に涙の浮かぶ兵に六助が一歩歩み寄った、その時だった。
「六助殿、少々お待ちください」
呼び止めたのは秀吉だ。
「何か?」
「この兵、殺さずにあえて逃がすのも一つの手かと」
「何を申されるか。美人の妻を持つ男ですぞ!?」
「そこはまあさておき」
「秀吉殿にも美人の奥方がいらっしゃいますからな。私の気持ちなどわからぬのでしょう」
「いや、だから」
これでは埒が明かないといった様子で、秀吉がちらっと柴田に視線を送る。すると柴田は呆れ混じりのため息をつき「ひとまず兵を陣の外へ」と、その辺の足軽に敵兵を退出させてから一歩前に出た。
「六助殿」
「何でしょうか。いくら友人の柴田殿と言えど、私の天誅を止めることは出来ませんよ」
「別に止める気などござらぬ。私は六助殿の気持ちがよくわかる故に」
「柴田殿……」
確かにここは独身の柴田が説得した方が良いか。
しばらく、まるで世界から隔離されたようなおっさん二人だけの時間が過ぎていく。ドラマとかなら主題歌を挿入するのにうってつけのタイミングだ。
二人で見つめ合った後、柴田殿は首を何度か横に振った。
「ただ、ここは怒りを心の内に秘めて、敢えて敵方に返すという策を取った方がいいと思うでござる」
「秀吉殿と仰っていることは同じではないですか。やはり私を止めようと」
「確かに内容そのものは同じでござる。だが、その意図するところは六助殿のお気持ちに必ずや報いることが出来るもの」
「それはどういう……」
「考えていただきたい。もし織田軍がこのまま捕らえた敵兵を逃がせば、どういったことが起こり得るのかを」
恐らく柴田も秀吉が提案した作戦の意図はわかっていないはずだけど、それを上手いこと六助の想像力に委ねやがった。柴田にしては中々うまい会話の運び方だと思う。
六助は顎に手を当てしばし黙考した。
「解放した敵兵の妻に『何て寛大な人なの!? 好き!』と思わせることで、浮気をさせてあわよくばそのまま結婚……ということでしょうか?」
「いずれの者か、六助殿に女性を紹介して差し上げるでござるよ!」
柴田が周囲を見渡しながら叫んだものの、誰も応えることはない。微妙に重苦しい雰囲気の中で次に秀吉が口を開いた。
「六助殿の着眼点も素晴らしいのですが、敵兵を解放することの最大の狙いはこの砦の陥落を朝倉側に知らしめることにあります」
「お、おお、そっちでしたか。もちろんわかっていましたとも」
そっちがどっちなのかはよく分からないけど、とにかく秀吉と柴田の献身のおかげでようやく会話になってきた。
赤面した六助は、こほんと咳ばらいをしてから尋ねる。
「して、それがどう私の気持ちに報いるというのでしょうか?」
「砦の陥落を知った朝倉軍は形勢の不利を悟り、近江からの撤退を決断するとみて間違いはないでしょう。そこをすかさず追撃すれば必ずや朝倉軍を壊滅に追いやることが出来るはずです」
「なるほど」
家臣団と共に六助もうんうんと真剣な顔でうなずいていた。でも、六助一人だけが話の続きを待っているような視線を秀吉に向けている。
「……」
「……」
「……で?」
「え?」
思わずきょとんとする秀吉。
「それで、どうしてそれが私の気持ちに報いるのですか?」
「いや、朝倉軍を殲滅出来るので気持ちが紛れるものと」
「ああ、なるほど。そういうことでしたか……」
明らかに熱のこもっていない返事だ。六助の怒りは美人の嫁を持つあの敵兵ただ一人に向けられたものであり、「朝倉軍の兵士」に向けられたものではないということなのだろう。
予想外の反応に戸惑いつつ、秀吉は話を進めて行く。
「とにかくそういうことです。捕らえた敵兵を解放し、義景めに形勢不利の判断をさせる。そして撤退したところを追撃。この作戦で一気に朝倉家を滅亡に追いやりたいのですが、プニ長様どのようにお考えですか?」
「キュン? キュキュン(え? ごめん聞いてなかった)」
「ぬわああああぁぁぁぁっ!!!!」
首を傾げただけなのに秀吉が目を押さえて転げ回り始めた。よくわからんけどきゅるりんビ~ムの威力は日々上昇しているのかもしれないな。だって何もしてないのに勝手に発動してるし。
秀吉だけでなく、周囲の家臣や足軽たちも皆悲鳴やうめき声をあげながら転げ回ったり、うずくまったりしていた。
こんなに被害が出るとかこいつら心汚れすぎだろ。それとも俺が尊すぎるのか?
「くっ、プニ長様の尊さは日々研ぎ澄まされておるな」
「このままでは我らの身が持たんぞ。だが、それはそれで本望か」
「キュン(本望なのかよ)」
「プニ長様も反対というわけではなさそうでござるし、ハゲネズミの作戦で行こうと思うでござる。六助殿もよろしいか?」
「え? あ、はい」
こうして織田家は捕らえた敵兵を逃し、同時に朝倉軍追撃の準備を始めた。
「ほいやー!」
織田軍の無駄に元気な掛け声が、雨音を裂いて響き渡る。
騎兵は馬に鞭を打ちながら叫び、俺の駕籠を担いでいる足軽たちは一歩一歩、大地を踏みしめる度に声を張っている。本当に申し訳ございません。でも俺だって好きで乗ってるわけじゃないんだ……。
確かに最近、家臣たちの為には戦場に帯同することを厭わなくなったとはいえ、こんな雨嵐の中となるとさすがに話は別だ。
「どうしたぁ! 私に後れを取らずについてこんかぁ!」
「どっこいしょぉ!」
「ほいさっさぁ!」
足軽大将が檄を飛ばせば、負けじと足軽たちも気合を入れる。本当にこんな暴風雨の中、お疲れ様ですとしか言いようがない。この駕籠を担いでくれている人たちも風が吹くたびにぐらついてかなり大変そうだ。
たまに大きく揺れながらも確実に進んで行く駕籠の中で、打ち付けるような雨音をただ聞いていた。
少し時間はかかったものの、織田軍は問題なく大獄砦という、朝倉軍の対織田における前線基地にたどり着いた。先頭の司寿隊は既に奇襲をかけたらしく、砦からは怒声や銃声が聞こえて来る。
俺や馬廻衆は柴田隊と共に砦周辺で待機していた。すると、間もなく戦闘が終了したらしく、また雨音や強風に揺らぐ梢の音だけが周辺に漂っている。
誰かがこんこん、と駕籠の扉を叩いて間もなくそれが開いた。ぬっと顔を出したのはずぶ濡れになった柴田だ。
「キュン(ほい)」
「どうやら戦闘が終了したようでござる」
今までの戦と比べればかなり速い決着だ。恐らく、本格的な戦闘はほとんど行われなかったのだろう。
「敵はすでに降伏した模様。ひとまず砦の中まで移動をお願いするでござる」
「キュキュン(いいから早く閉めてくれ)」
自分でもひどい物言いだなとは思うけど、扉から入って来る雨風が冷たすぎるのだからしょうがない。
柴田が扉を閉めるなりすぐに移動が始まり、俺たちは砦の中へと入った。その奥では捕らえた兵の代表と思われる数名が縄で拘束されていて、その周りには六助を始めとした家臣団が集まっていた。
「プニ長様、お疲れ様です」
「キュン(ちょりっす)」
「やはりこの雨の中を進軍して来るとは思っていなかったらしく、完全に油断していた朝倉軍は早々に降伏してきました。今、捕らえた兵をどうするか皆と話し合っていたところです」
六助が真剣な表情で現状を説明してくれているのに、まだずぶ濡れのままなのでいまいちキマっていない。
「お、お願いします。命だけは勘弁してください。嫁と生まれたばかりの息子が越前にいるのです」
「家族……嫁は美しいのか?」
「は、はい。器量良しな上に気配りも出来るときて街でも評判です。私にはもったいないくらいで」
「羨ましすぎるな。絶対に許さん」
「ええっ……」
命乞いする兵を言葉で一刀両断した六助は、しかめっ面で語る。
「こやつら、油断しきっていたというのに、熱いお茶ではなく冷たいおにぎりを食べていました。気合が足りないにもほどがある」
「それは、嫁が作ってくれたものでして」
「やかましい!」
「ひっ」
嫁が作ってくれた、というところが火に油を注いだらしい。震える敵の足軽らしき兵に向けて、六助は腰に帯びた剣を抜き放つ。
「お主の気持ちも痛いほどわかるが、これも戦だ。すまんな」
「くうっ」
俯き、目尻に涙の浮かぶ兵に六助が一歩歩み寄った、その時だった。
「六助殿、少々お待ちください」
呼び止めたのは秀吉だ。
「何か?」
「この兵、殺さずにあえて逃がすのも一つの手かと」
「何を申されるか。美人の妻を持つ男ですぞ!?」
「そこはまあさておき」
「秀吉殿にも美人の奥方がいらっしゃいますからな。私の気持ちなどわからぬのでしょう」
「いや、だから」
これでは埒が明かないといった様子で、秀吉がちらっと柴田に視線を送る。すると柴田は呆れ混じりのため息をつき「ひとまず兵を陣の外へ」と、その辺の足軽に敵兵を退出させてから一歩前に出た。
「六助殿」
「何でしょうか。いくら友人の柴田殿と言えど、私の天誅を止めることは出来ませんよ」
「別に止める気などござらぬ。私は六助殿の気持ちがよくわかる故に」
「柴田殿……」
確かにここは独身の柴田が説得した方が良いか。
しばらく、まるで世界から隔離されたようなおっさん二人だけの時間が過ぎていく。ドラマとかなら主題歌を挿入するのにうってつけのタイミングだ。
二人で見つめ合った後、柴田殿は首を何度か横に振った。
「ただ、ここは怒りを心の内に秘めて、敢えて敵方に返すという策を取った方がいいと思うでござる」
「秀吉殿と仰っていることは同じではないですか。やはり私を止めようと」
「確かに内容そのものは同じでござる。だが、その意図するところは六助殿のお気持ちに必ずや報いることが出来るもの」
「それはどういう……」
「考えていただきたい。もし織田軍がこのまま捕らえた敵兵を逃がせば、どういったことが起こり得るのかを」
恐らく柴田も秀吉が提案した作戦の意図はわかっていないはずだけど、それを上手いこと六助の想像力に委ねやがった。柴田にしては中々うまい会話の運び方だと思う。
六助は顎に手を当てしばし黙考した。
「解放した敵兵の妻に『何て寛大な人なの!? 好き!』と思わせることで、浮気をさせてあわよくばそのまま結婚……ということでしょうか?」
「いずれの者か、六助殿に女性を紹介して差し上げるでござるよ!」
柴田が周囲を見渡しながら叫んだものの、誰も応えることはない。微妙に重苦しい雰囲気の中で次に秀吉が口を開いた。
「六助殿の着眼点も素晴らしいのですが、敵兵を解放することの最大の狙いはこの砦の陥落を朝倉側に知らしめることにあります」
「お、おお、そっちでしたか。もちろんわかっていましたとも」
そっちがどっちなのかはよく分からないけど、とにかく秀吉と柴田の献身のおかげでようやく会話になってきた。
赤面した六助は、こほんと咳ばらいをしてから尋ねる。
「して、それがどう私の気持ちに報いるというのでしょうか?」
「砦の陥落を知った朝倉軍は形勢の不利を悟り、近江からの撤退を決断するとみて間違いはないでしょう。そこをすかさず追撃すれば必ずや朝倉軍を壊滅に追いやることが出来るはずです」
「なるほど」
家臣団と共に六助もうんうんと真剣な顔でうなずいていた。でも、六助一人だけが話の続きを待っているような視線を秀吉に向けている。
「……」
「……」
「……で?」
「え?」
思わずきょとんとする秀吉。
「それで、どうしてそれが私の気持ちに報いるのですか?」
「いや、朝倉軍を殲滅出来るので気持ちが紛れるものと」
「ああ、なるほど。そういうことでしたか……」
明らかに熱のこもっていない返事だ。六助の怒りは美人の嫁を持つあの敵兵ただ一人に向けられたものであり、「朝倉軍の兵士」に向けられたものではないということなのだろう。
予想外の反応に戸惑いつつ、秀吉は話を進めて行く。
「とにかくそういうことです。捕らえた敵兵を解放し、義景めに形勢不利の判断をさせる。そして撤退したところを追撃。この作戦で一気に朝倉家を滅亡に追いやりたいのですが、プニ長様どのようにお考えですか?」
「キュン? キュキュン(え? ごめん聞いてなかった)」
「ぬわああああぁぁぁぁっ!!!!」
首を傾げただけなのに秀吉が目を押さえて転げ回り始めた。よくわからんけどきゅるりんビ~ムの威力は日々上昇しているのかもしれないな。だって何もしてないのに勝手に発動してるし。
秀吉だけでなく、周囲の家臣や足軽たちも皆悲鳴やうめき声をあげながら転げ回ったり、うずくまったりしていた。
こんなに被害が出るとかこいつら心汚れすぎだろ。それとも俺が尊すぎるのか?
「くっ、プニ長様の尊さは日々研ぎ澄まされておるな」
「このままでは我らの身が持たんぞ。だが、それはそれで本望か」
「キュン(本望なのかよ)」
「プニ長様も反対というわけではなさそうでござるし、ハゲネズミの作戦で行こうと思うでござる。六助殿もよろしいか?」
「え? あ、はい」
こうして織田家は捕らえた敵兵を逃し、同時に朝倉軍追撃の準備を始めた。
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