上 下
79 / 150
槇島城の戦い~高屋城の戦い

武の必殺弐式

しおりを挟む
 よくわからない一日だったけど、浅井家をどうするかについて考える時間が出来たことは良かった。その晩、俺はいつものように帰蝶の布団に入れてもらって帰蝶の寝顔を眺め、いっしっしと下卑た笑いを心の中で浮かべながらあれこれと考えてみたけど、当然のように全く集中出来なかった。
 気が付けば朝陽が目に染みる。俺はぼんやりとした頭で、もうこうするしかないか……と自分なりに結論を出し、瞼に蓋をして遅めの睡眠を取った。

「浅井家家臣は発見次第捕らえ、出家させる。従わなければ島流しにする! と仰っておられます!」

 翌日、いつもの大広間にて。俺の意志を代弁したソフィアの声が高らかに響き渡ると共に家臣団からはおお、という控えめな歓声があがった。

「やはりそうせざるをえないか……」
「常日頃からお市様と接し、かついと尊き心をお持ちのプニ長様には当然の選択と言えよう」

 そんな会話があちこちから聞こえてくる。家臣団にとっても想定済みな展開、といったところだろう。
 お市のことを考えれば命を取るような真似はしたくないけど、六助の言う通りただ生かしておくというのも問題がある。となればもうこうすることしか俺には思いつかなかった。

「プニ長様の仰せのままに」

 柴田と並んで家臣団の先頭にいる六助が神妙な顔でつぶやく。

「これでお市様も安心なされるでござろう」

 柴田はそう言って、喜びを噛みしめるように何度も首肯した。

「なお、子供や関係のない老人は生かして逃がすが、女は全て俺のモンだ! 捕らえて連れてこいぐっへっへ! と」
「何と……さすがはプニ長様」
「あのような素敵な奥方がありながらもまだ満足していらっしゃらないとは」
「これぞ真の漢の姿なり」
「キュンキュキュン(言ってない言ってない)」

 ソフィアの妄言に家臣団がざわめている。段々ソフィアの暴挙にも慣れてきたけど、俺が風評被害? を受けるのでやっぱりやめて欲しい。
 そこでふと、六助が何かを思い出したような顔をした。

「念の為言っておくが、お市様の娘たちは逃がさず丁重にお連れするように。そう部下たちにも伝えてくれ」
「名は確か、茶々、初、江様でござったか」
「おや柴田殿、よくご存じですね?」
「あれれ~? 柴田さんおやおやぁ~?」

 六助がからかい気味に言えば、ソフィアがそれに悪ノリをする。
 柴田は少し赤面しながらも、慌てて一つ咳ばらいをした。

「と、とにかく、そういうことで軍議はお終いでござる! では解散!」
「いやいや柴田殿、まだ私には色々と聞きたいことがあるのでもうちょっとやりましょう」
「そうしましょうそうしましょう!」
「キュキュンキュウン(いい加減やめてやれ)」

 その後、ぐだぐだと談笑してからのお開きとなった。



「では行ってまいります」
「キュキュン(行ってきます)」
「ご武運をお祈りしております」

 六助と一緒に挨拶をすれば、帰蝶もお決まりの言葉を返してくれた。それを聞いてから、何とも言えない表情をしたお市を尻目に駕籠に乗り込んでいく。
 自然と俺が戦に帯同する流れになっているのは、兵たちの士気があがるらしいからだ。俺としても、別に戦うわけでもなし、それくらいなら協力してやろうという気持ちにもなる。

 空にはまばらに雲が漂っていて、時折陽光を遮っていた。すでに蝉がしきりになく季節とはいえ、太陽が雲の向こうに隠れた時には、雨が降ったりしないかなと少しだけ心配にもなる。
 俺は駕籠の中にいるからいいけど、皆は大変だろうからだ。

 心なしか織田軍の足取りは重く、のんびりというよりはのろのろしているように見えた。この暑さの中だから仕方ないのかもしれない。
 休憩中に六助や柴田がやって来たくらいで、特に他には誰と話すこともなく時は静かに過ぎて行く。気が付けば織田軍は目的地の小谷城付近にまで進軍し、そこで一度陣を敷くこととなった。

「プニ長様。近江までの御足労、真にありがとうございます」
「別にお前の為ではないでござる」
「わかっていますよ、織田家の為でしょう。それでもです」

 横山城を拠点に対浅井家の戦線を張っていた秀吉が合流した。憎まれ口を叩きながらも、柴田がどこか嬉しそうなのは俺の気のせいじゃないはずだ。
 それから秀吉はいくつかの土産をくれた。もらっといてなんだけど、こういうところは相も変わらず抜け目のないやつだ。それともう一点、木下から羽柴に改姓したとの報告を受けた。うっかり忘れてしまいそうになるけど、今までは木下と名乗っていたらしい。豊臣にはいつなるんだろうか。
 そして秀吉を加えての軍議が始まる。

「して、小谷城はどう攻略するのがよろしいか」

 六助が切り出すと、柴田が頬をかきながら答えた。

「どうも何も……戦力差があるのでござるから、普通に挨拶をしながら正門から入って攻撃でよろしいのでは」
「いやいや、別に挨拶をする必要はないでしょう」
「まあ丁寧に『おはよう』ということもないが、『よろしくお願いします』くらいの挨拶はした方がいいでござろう」

 秀吉がやれやれ、と呆れた表情でため息をつく。
 この世界の合戦というのは何と言うか、礼儀正しい。大体が日時と場所を決めてよーいドンで行われるからだ。だから柴田の律義さも理解できないことはないけどやはり挨拶というのは何を言っているのか全然意味がわからないレベルだ。

「言葉の問題ですか? 全く柴田殿は……。それでも小谷城は堅城なのですから、正面から行けば無駄な被害が出るでしょう」
「むう。しかし正面以外から攻め込むにしても、朝倉からの増援などで側面や背後を突かれる可能性もあるでござろうし、さっさと正面から、というのも悪くはないように思えるのでござるがなぁ」
「いっひっひ……そこですよ。柴田殿」
「む?」

 家臣団の視線が一斉に秀吉に集まる。

「先に朝倉を潰してしまいましょう。それから小谷城を包囲して浅井をじっくり攻める方が被害も少ないと思いませんか?」
「確かに、秀吉殿の言うことも正しい。では小谷城を包囲してあえて攻めず、朝倉軍の増援が来るまで待ちますか?」

 六助がそう提案すると、秀吉は満足げにうなずいた。

「それがよろしいかと。浅井が打って出て来たならそれもまたよし、砦や戦陣を築いてのんびりと朝倉を待ちましょう」
「うむ。秀吉殿の作戦がより良いかと。異議のある者は」

 挙手はなく、松明に使われている木が燃えて弾ける音が響いた。

「よし、では準備が出来次第小谷城の包囲と砦の構築を開始する。各隊は部下たちにそのように伝えてくれ。それでは解散」

 どうでもいいけど、俺今回も全く参加してねえな。ソフィアがいないから当然といえば当然なんだけど。終始天幕の中に作られたお座敷のようなところに寝転んでいるだけで何もしていない。
 そこにもう一度秀吉がやってきた。へらへらしながら両手を重ねてモミモミしている。時代劇とかで汚い商人がやるあれだ。

「プニ長様、大変恐縮ではあるのですがその……プニプニを賜ってもよろしいでしょうか?」

 正直嫌だなと思った。俺に好きなだけ触れていいのはこの世で帰蝶だけだ。どうやればうまく断れるかな、と考えた時にあることを思い出す。
 そしてある一つの新技を試してみることにした。

「キュウ~ン(きゅるりんビ~ム)」

 最大限に可愛いと思える顔を作って首を傾げ、じっと秀吉を見つめる。もし俺が人間のままだったなら、鼻血を噴いて即死するだろう。すると。

「ぐわああああぁぁぁぁっ!」

 秀吉は予想通りに、目を押さえてのけ反った。やはり、このきゅるりんビ~ムは心の汚れた人間の目を一瞬だけ潰す効果があるらしい。自分でも何を言っているのかわからないけど、とにかくそういうことみたいだ。

「秀吉様!?」「秀吉殿!?」

 家臣や足軽を問わず、近くにいた者が慌てて秀吉に駆け寄る。
 顔に似合わず純心な柴田辺りには通用しないだろうけど、大体の人間は心が薄汚れているからいけるだろう。どういう真理だよ。とにかく今度から困ったらこれを使おうと、俺は心の中でほくそ笑んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~

m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。 書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。 【第七部開始】 召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。 一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。 だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった! 突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか! 魔物に襲われた主人公の運命やいかに! ※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。 ※カクヨムにて先行公開中

転生者の取り巻き令嬢は無自覚に無双する

山本いとう
ファンタジー
異世界へと転生してきた悪役令嬢の取り巻き令嬢マリアは、辺境にある伯爵領で、世界を支配しているのは武力だと気付き、生き残るためのトレーニングの開発を始める。 やがて人智を超え始めるマリア式トレーニング。 人外の力を手に入れるモールド伯爵領の面々。 当然、武力だけが全てではない貴族世界とはギャップがある訳で…。 脳筋猫かぶり取り巻き令嬢に、王国中が振り回される時は近い。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

黄金蒐覇のグリード 〜力と財貨を欲しても、理性と対価は忘れずに〜

黒城白爵
ファンタジー
 とある異世界を救い、元の世界へと帰還した玄鐘理音は、その後の人生を平凡に送った末に病でこの世を去った。  死後、不可思議な空間にいた謎の神性存在から、異世界を救った報酬として全盛期の肉体と変質したかつての力である〈強欲〉を受け取り、以前とは別の異世界にて第二の人生をはじめる。  自由気儘に人を救い、スキルやアイテムを集め、敵を滅する日々は、リオンの空虚だった心を満たしていく。  黄金と力を蒐集し目指すは世界最高ランクの冒険者。  使命も宿命も無き救世の勇者は、今日も欲望と理性を秤にかけて我が道を往く。 ※ 更新予定日は【月曜日】と【金曜日】です。 ※第301話から更新時間を朝5時からに変更します。

処理中です...