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槇島城の戦い~高屋城の戦い
六助への偽装
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と、帰って来た日常の風景を生暖かい眼差しで見守っていたのも束の間、俺たちには一つ、すぐに解決しなければならない問題があるのを思い出す。
そう。六助に対して、義昭を討伐したという事実をどう隠ぺいするかだ。
これについては何か考えているのか、と帰蝶が城への道すがら柴田へと話を振ったところ、ある意味では予想通りの返事が来た。
「特には考えていなかったでござる。というか忘れていたでござる」
「キュン(ですよね)」
上京の焼き討ちに始まり、義昭が煽って来ただとか大船の建造だとか、俺たちがゆっくりしている間にこいつらには京都で色々あった。六助に内緒で来たことをところどころで忘れていたのは容易に想像が出来る。
柴田は馬から降りて手綱をひきながら、俺たちと一緒にゆっくりと歩いている。でも、織田軍の行列の中にあって馬の背に誰も乗っていないだとか、柴田の威厳のある風貌だとか、犬を抱いた女性がいるだとかで、逆に目立っていた。
柴田はわずかに俯き、唸り声をあげてからまた顔をあげる。
「帰蝶様、拙者が思うに、事が過ぎてしまった今となっては、もう六助殿に正直に話しても問題はないのではござらぬか?」
「そうでしょうか」
「ええ。怒りに震えて暴れようにも、当の義昭様は既に追放されてどこにいるともしれませんし、まさか同じ織田家の家臣団を相手に……ということも無いと思うのでござる」
「難しいところですね」
「なあに、いざとなれば友の六助殿を想ってのこと、と言えば納得してくれるでござるよ」
がっはっは、と柴田は豪快に笑った。
確かにそう言えば何とかなるかもしれないけど、やめて欲しいというのが俺の本音だし、帰蝶もそう思っているだろう。
六助には友人という友人がほとんどいない。これは数年間一緒にいてろくに見ないのだからほぼ確実だろう。だから、あいつは柴田や家康が友人だと言えば心の底から喜ぶのだ。
柴田の言う通り、友人の六助が暴れないように気を使って、とかを言い訳にすれば丸く収まるかもしれない。でも、六助の純心を利用するようなその行為を、俺も帰蝶もあまり良くは思わないということだ。
まあ、柴田も悪気があって言ってる風ではないけど。
「時に、その、お、お市様は一緒ではないのでござるか?」
「えっ、お市ちゃんですか?」
突然降って湧いた話題に帰蝶が大きな目を更に大きく見開いた。
柴田の頬は赤く、何故それを聞いてきたのかがありありとわかる。全てを察した帰蝶は柔らかく微笑み、穏やかに答えた。
「お市ちゃんは屋敷でモフ政様と遊んでいると思いますよ。よろしければ後で寄って行かれてはいかがですか?」
「いやいや、そのようなつもりで言ったのではござらん。ただ話題の一環として聞いてみただけで、特に意味はないでござるよ。ははは」
「そうですか」
それ以上深く追及するような野暮な真似はしない。ただ一言を添えるだけだ。
「でも、屋敷にはいつでも遊びにいらしてくださいね」
「これは温かいお言葉、かたじけのうござる」
相変わらずの強面で、柴田はぎこちなく笑った。
城に到着すると、既に行列の先頭になる家臣や足軽たちがずらりと並んでいた。そしてそれらの中に、武将と握手を交わして挨拶をする者が一人。
「いや~、帰りを待ちわびておりましたぞ!」
「予想外に時間がかかり、申し訳なく候」
「そんなの構いません! こうして皆が生きて帰って来てくれたことが何よりの土産です!」
もちろん六助だった。相手は明智だ。
正直めちゃくちゃ暇だったと思われる六助は、皆が帰って来てくれたことがよっぽど嬉しいらしくテンションが高い。握手したままぶんぶんと振られた手を見て、明智が顔を苦笑に歪めていた。
「それで、一体どこの勢力を撃破してくださったのですか? 柴田殿からは帰ってのお楽しみと言われておりますが」
「それは、あれで候」
「どれで候?」
「柴田殿が到着なされてからのお楽しみに」
「随分ともったいぶりますね……」
その会話を聞いてまずいと思ったのか、柴田が慌ててそれに割り込んだ。
「六助殿!」
「柴田殿! 帰還を心よりお待ちしておりましたぞ!」
「積る話は後で。ひとまず、プニ長様の部屋にてご報告を申し上げるでござる」
柴田が号令みたいなものを発して部下たちを解散させた後、家臣団と共に入城。それから家臣団は大広間に待機してもらい、俺と帰蝶、六助、柴田という面々で最上階へと上がる。
柴田はここで六助に真実を話すつもりなのだろうか。
帰蝶、柴田、六助が三角形になるように座り、俺は帰蝶の膝の上に陣取った。ここはいつでも誰にも譲れない天国への扉のようなものだ。
話を切り出したのは柴田だった。
「それでは六助殿、皆を待たせているし、早急にお伝えしたいと思うでござる」
「はい。何をでしょう」
「我々織田家が、今回撃破した勢力の話にござる」
「おお、遂に発表なのですね!?」
神妙な面持ちの柴田に対して、六助の表情はとても眩しく輝いている。いつ崩れるとも知れぬそれを見て俺は息を呑んだ。恐らくは帰蝶も同様だったと思う。
そして、遂に。
「義昭様でござる」
「えっ?」
柴田の口から真実がこぼれる。六助の時は固まり、もう一度柴田が現実を突きつけなければ動きそうにもない。
「義昭様でござる」
「えっ?」
「義昭様でござる」
「義昭って、どの義昭ですか?」
「室町幕府第十五代将軍、足利義昭様に」
「…………」
嬉しいということはないだろうけど、悲しいのか怒っているのか、六助の口を開けたまま固まった表情からは感情を読み取りにくい。力なく下がった肩がわずかに震えていた。
当事者二人以外が口を出せるような空気ではない。俺も帰蝶も、ただ静かに成り行きを見守るしかなかった。
いずれ、その魂すらも出入りしていそうな空洞から、ようやく人間の言葉が漏れ出て来た。
「どうして……」
「え?」
何を言ったのか聞き取れず、柴田が耳を寄せる。
「どうしてですか!」
「うおっ」
そして勢いよく後ろにのけ反った。
次は柴田の時が固まる番だった。帰蝶の俺を撫でる手にも微妙に力が込められ、汗もにじむのを感じる。六助の大声に驚いているところが可愛いなとか思ってしまって、身体の特定の部位が尊くなりそうなのを必死にこらえた。
「どうして義昭なのですか! よりにもよって私がいない時に……!」
「六助殿、まずは落ち着いてくだされ」
「はっ!? むしろ、義昭を討伐すると決定していたからこそ私を半ば強引に温泉旅行へと行かせた……!?」
「いえあの、六助殿。違うのでござるよ」
「何が違うと仰るのですか!」
「これは、大切な友人である六助殿のことを想ってのことなのでござる!」
おおう、柴田のやつ結局それを使いやがったか。まあ別に禁止したわけでもないしこの状況なら致し方ない部分はあるけども。
六助がぴたりと止まる。それを好機とみた柴田が畳みかけていった。
「六助殿が義昭様を嫌っているのは皆分かっていたでござる。であるからして、いつも通り討伐に行ったのでは、六助殿が勢い余って義昭様を殺害してしまう恐れがあると考えたのでござるよ」
「それは……」
自分でも否定しきることが出来ないのか、六助は拳を震えるほどに強く握り、喉までせり上がって来ている言葉を必死に抑えつけているような様子だ。
そのまま行けば何とかなりそうな可能性もあったものの、しかし、次に紡いだ柴田の文句がまずかった。
「友人が『将軍殺し』の汚名を着ることは、何としても避けたかったのでござる」
そこで不気味な間が空いた。何かが喉につっかえているような嫌な感覚と、ぬらりと湿った空気が場を覆っている。
「……家臣団のうちいずれかが『将軍殺し』の汚名を着てしまったのですか?」
「え? いや、それは別に」
「でしょう。そもそも、織田家の者であるなら誰が殺したとてそれは織田家、ひいては当主であるプニ長様が汚名を着るのであって、私がどうしようがそれは関係ないはずではありませんか」
「あ、いやそれはその……」
言葉に窮した柴田を見て、言い訳を並べ立てようとしているだけだと悟ったらしい六助は声を荒げた。
「それに! 本当に私を友人だと思ってくださっているのならば、何故仲間外れにしたのですか!」
「えっ」
「友人とはいつも一緒にいて、苦楽を共にし、嬉しいことも悲しいことも全て分かち合って思い出を築きあげていけるような関係ではないのですか!」
「いや、それは……」
あまりにも神聖化されている「友達」に対する価値観を、柴田は慌てて修正しようとしたのだろうが、六助は聞く耳を持たない。
そう。六助に対して、義昭を討伐したという事実をどう隠ぺいするかだ。
これについては何か考えているのか、と帰蝶が城への道すがら柴田へと話を振ったところ、ある意味では予想通りの返事が来た。
「特には考えていなかったでござる。というか忘れていたでござる」
「キュン(ですよね)」
上京の焼き討ちに始まり、義昭が煽って来ただとか大船の建造だとか、俺たちがゆっくりしている間にこいつらには京都で色々あった。六助に内緒で来たことをところどころで忘れていたのは容易に想像が出来る。
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「難しいところですね」
「なあに、いざとなれば友の六助殿を想ってのこと、と言えば納得してくれるでござるよ」
がっはっは、と柴田は豪快に笑った。
確かにそう言えば何とかなるかもしれないけど、やめて欲しいというのが俺の本音だし、帰蝶もそう思っているだろう。
六助には友人という友人がほとんどいない。これは数年間一緒にいてろくに見ないのだからほぼ確実だろう。だから、あいつは柴田や家康が友人だと言えば心の底から喜ぶのだ。
柴田の言う通り、友人の六助が暴れないように気を使って、とかを言い訳にすれば丸く収まるかもしれない。でも、六助の純心を利用するようなその行為を、俺も帰蝶もあまり良くは思わないということだ。
まあ、柴田も悪気があって言ってる風ではないけど。
「時に、その、お、お市様は一緒ではないのでござるか?」
「えっ、お市ちゃんですか?」
突然降って湧いた話題に帰蝶が大きな目を更に大きく見開いた。
柴田の頬は赤く、何故それを聞いてきたのかがありありとわかる。全てを察した帰蝶は柔らかく微笑み、穏やかに答えた。
「お市ちゃんは屋敷でモフ政様と遊んでいると思いますよ。よろしければ後で寄って行かれてはいかがですか?」
「いやいや、そのようなつもりで言ったのではござらん。ただ話題の一環として聞いてみただけで、特に意味はないでござるよ。ははは」
「そうですか」
それ以上深く追及するような野暮な真似はしない。ただ一言を添えるだけだ。
「でも、屋敷にはいつでも遊びにいらしてくださいね」
「これは温かいお言葉、かたじけのうござる」
相変わらずの強面で、柴田はぎこちなく笑った。
城に到着すると、既に行列の先頭になる家臣や足軽たちがずらりと並んでいた。そしてそれらの中に、武将と握手を交わして挨拶をする者が一人。
「いや~、帰りを待ちわびておりましたぞ!」
「予想外に時間がかかり、申し訳なく候」
「そんなの構いません! こうして皆が生きて帰って来てくれたことが何よりの土産です!」
もちろん六助だった。相手は明智だ。
正直めちゃくちゃ暇だったと思われる六助は、皆が帰って来てくれたことがよっぽど嬉しいらしくテンションが高い。握手したままぶんぶんと振られた手を見て、明智が顔を苦笑に歪めていた。
「それで、一体どこの勢力を撃破してくださったのですか? 柴田殿からは帰ってのお楽しみと言われておりますが」
「それは、あれで候」
「どれで候?」
「柴田殿が到着なされてからのお楽しみに」
「随分ともったいぶりますね……」
その会話を聞いてまずいと思ったのか、柴田が慌ててそれに割り込んだ。
「六助殿!」
「柴田殿! 帰還を心よりお待ちしておりましたぞ!」
「積る話は後で。ひとまず、プニ長様の部屋にてご報告を申し上げるでござる」
柴田が号令みたいなものを発して部下たちを解散させた後、家臣団と共に入城。それから家臣団は大広間に待機してもらい、俺と帰蝶、六助、柴田という面々で最上階へと上がる。
柴田はここで六助に真実を話すつもりなのだろうか。
帰蝶、柴田、六助が三角形になるように座り、俺は帰蝶の膝の上に陣取った。ここはいつでも誰にも譲れない天国への扉のようなものだ。
話を切り出したのは柴田だった。
「それでは六助殿、皆を待たせているし、早急にお伝えしたいと思うでござる」
「はい。何をでしょう」
「我々織田家が、今回撃破した勢力の話にござる」
「おお、遂に発表なのですね!?」
神妙な面持ちの柴田に対して、六助の表情はとても眩しく輝いている。いつ崩れるとも知れぬそれを見て俺は息を呑んだ。恐らくは帰蝶も同様だったと思う。
そして、遂に。
「義昭様でござる」
「えっ?」
柴田の口から真実がこぼれる。六助の時は固まり、もう一度柴田が現実を突きつけなければ動きそうにもない。
「義昭様でござる」
「えっ?」
「義昭様でござる」
「義昭って、どの義昭ですか?」
「室町幕府第十五代将軍、足利義昭様に」
「…………」
嬉しいということはないだろうけど、悲しいのか怒っているのか、六助の口を開けたまま固まった表情からは感情を読み取りにくい。力なく下がった肩がわずかに震えていた。
当事者二人以外が口を出せるような空気ではない。俺も帰蝶も、ただ静かに成り行きを見守るしかなかった。
いずれ、その魂すらも出入りしていそうな空洞から、ようやく人間の言葉が漏れ出て来た。
「どうして……」
「え?」
何を言ったのか聞き取れず、柴田が耳を寄せる。
「どうしてですか!」
「うおっ」
そして勢いよく後ろにのけ反った。
次は柴田の時が固まる番だった。帰蝶の俺を撫でる手にも微妙に力が込められ、汗もにじむのを感じる。六助の大声に驚いているところが可愛いなとか思ってしまって、身体の特定の部位が尊くなりそうなのを必死にこらえた。
「どうして義昭なのですか! よりにもよって私がいない時に……!」
「六助殿、まずは落ち着いてくだされ」
「はっ!? むしろ、義昭を討伐すると決定していたからこそ私を半ば強引に温泉旅行へと行かせた……!?」
「いえあの、六助殿。違うのでござるよ」
「何が違うと仰るのですか!」
「これは、大切な友人である六助殿のことを想ってのことなのでござる!」
おおう、柴田のやつ結局それを使いやがったか。まあ別に禁止したわけでもないしこの状況なら致し方ない部分はあるけども。
六助がぴたりと止まる。それを好機とみた柴田が畳みかけていった。
「六助殿が義昭様を嫌っているのは皆分かっていたでござる。であるからして、いつも通り討伐に行ったのでは、六助殿が勢い余って義昭様を殺害してしまう恐れがあると考えたのでござるよ」
「それは……」
自分でも否定しきることが出来ないのか、六助は拳を震えるほどに強く握り、喉までせり上がって来ている言葉を必死に抑えつけているような様子だ。
そのまま行けば何とかなりそうな可能性もあったものの、しかし、次に紡いだ柴田の文句がまずかった。
「友人が『将軍殺し』の汚名を着ることは、何としても避けたかったのでござる」
そこで不気味な間が空いた。何かが喉につっかえているような嫌な感覚と、ぬらりと湿った空気が場を覆っている。
「……家臣団のうちいずれかが『将軍殺し』の汚名を着てしまったのですか?」
「え? いや、それは別に」
「でしょう。そもそも、織田家の者であるなら誰が殺したとてそれは織田家、ひいては当主であるプニ長様が汚名を着るのであって、私がどうしようがそれは関係ないはずではありませんか」
「あ、いやそれはその……」
言葉に窮した柴田を見て、言い訳を並べ立てようとしているだけだと悟ったらしい六助は声を荒げた。
「それに! 本当に私を友人だと思ってくださっているのならば、何故仲間外れにしたのですか!」
「えっ」
「友人とはいつも一緒にいて、苦楽を共にし、嬉しいことも悲しいことも全て分かち合って思い出を築きあげていけるような関係ではないのですか!」
「いや、それは……」
あまりにも神聖化されている「友達」に対する価値観を、柴田は慌てて修正しようとしたのだろうが、六助は聞く耳を持たない。
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