上 下
64 / 150
野田福島~比叡山

打倒義昭へ?

しおりを挟む
「織田家として講和に利用しておいて何でござるが、今の室町幕府などというものは、昔ほどの権威は持っていないでござる。彼らをこのまま野放しにしておくよりは倒してしまった方が織田家への利益は大きいと思うのでござるよ」

 たしかに、最近織田家と敵対している本願寺、浅井朝倉を中心とした勢力の現在のまとめ役が義昭となれば、このまま放置しておけばまた以前のように危機的な状況に陥ってしまう可能性が高い。
 各勢力の撃破の前にまず義昭を、というのは自然な流れかもしれない。

「そうでございましたか。であるならば、六助殿に真っ先に伝えるべきではない、という心配をする必要はなかったのですね」
「いえ、それはそれで素晴らしき配慮に。六助殿に伝えれば、打倒するにしても比叡山の時のように必要以上に暴れようとすると思うので」

 必要以上に騒いで比叡山を燃やした男が何か言っている。

「では、義昭様を攻めるのですか?」
「う~む。なるべく早期にそうした方がいいのは事実なのでござるが、そのまま家臣たちにそれを伝えれば六助殿が何をするかわからぬ」

 帰蝶は目を伏せ柴田は顎に手を当てて、二人して考え込んでいる。お市は興味がないのか、いつの間にやらモフ政の両前足を掴む形で抱っこして遊んでいた。
 ややあって、帰蝶が顔を上げる。

「攻めるにしても、理由を偽る……というのは?」
「おお、それはいいでござるな」
「私ではいい理由を思いつくことは能いませんが」

 柴田がまた、少しの間考え込でから口を開いた。

「義昭殿が『居城を攻めて欲しい』と申している、というのは?」
「それでは義昭様がただの変態になってしまわれるのでは」

 嘘つくの下手かよ。
 ツッコミを入れた帰蝶の困り顔がシュールな雰囲気を醸し出している。

「だったら、六助をどこか旅行にでも行かせて、その間に義昭を討伐してしまえばいいんじゃないの?」

 と言い出したのは、モフ政と遊んでいたはずのお市だ。興味がない風に見えて話は聞いていたらしい。

「そそ、それは妙案でごじゃるな」

 賛同した柴田の顔は赤いし噛み噛みだ。

「六助には嘘をつく形になるけど、まあ一人だけ休んで遊べるんだから問題ないでしょ」
「でも、行き先に困らない? 大体が美濃か尾張か、三河辺りになると思うけど」

 帰蝶の問いに、お市は俺を顎で示しながら答える。

「六助なら、そこの犬でもつけて適当に温泉でもいかせときゃ、行き先がどこだって満足するわよ」
「キュンキュン(勝手に俺を巻き込むな)」

 ていうか六助の扱い酷いなおい。あいつはたまにおバカなことしてるけど、真面目に頑張ってるしいいやつだぞ。むしろそれを知ってるから、家臣団があいつを悲しませないように色々と気を揉んでるんだぞ。
 俺がそう考えている一方で、帰蝶と柴田は意外な反応を見せる。

「そうか、それもいいでござるな」
「ですね。プニ長様もここしばらくはずっと戦に帯同していただいていますから、六助殿とゆっくりお休みいただくのがよろしいかと」
「うむ」
「戦でなければ、私も御一緒出来ますし」
「うむ。たまには夫婦水入らずで……というやつでござるな」

 柴田が腕を組み、満足気な表情で首をうんうんと縦に振っている。

「飼い犬と飼い主の間違いでしょ」
「もう。お市ちゃんたらまたそんなこと言って」
「キュン。キュンキュンキュ(そうだぞ。妹に甘い俺でもいい加減怒るぞ)」
「あ。ほら、プニ長様もお怒りになられてるわよ?」

 そう言いながら笑みをこぼす帰蝶。
 凄みを出したつもりでお市に近寄ったにも関わらず、控えめに頬をプニプニと突つかれてしまう。

「あんた、そんな顔したって全然迫力ないわよ」
「キュン(うるさい)」
「…………」

 あの、ちょっとプニプニし過ぎじゃないですかね……。きっと、二人きりなら存分にプニモフしたいシチュエーションなんだろうなあ。
 兄どころか母の様な心境になり、帰蝶や柴田と一緒に微笑ましい気分で見守っていると、やがてそれに気付いたお市が我に返って一つ咳払いをした。

「そっ、そうと決まれば六助には早く温泉行きを伝えた方がいいんじゃない」
「そうだね」
「とりあえずは使いの者を出すでござるか」

 そう言って部屋を出た柴田は、適当にその辺のやつに声をかけた。

 数分後。呼ばれて飛び出た六助は、何故か肩で息をしていた。

「お、お呼びでしょうか……」
「何故、そのように息を切らしているのでござるか?」
「同じ日の内に、何回か、ここと、屋敷を、往復致しましたので……」

 そう言えば、家康との食事から日付が変わっていない。外を見れば、彼方にそびえる山の稜線が茜色を帯び始め、夜の到来を今か今かと待ちわびている。
 つまり六助は鷹狩りに行って急にこの城まで引き返し、屋敷に一度帰ったかと思えばまたここ(最上階)に呼び出されたというわけだ。

 息を整えた六助は、部屋に入って柴田と向かい合うようにして座る。帰蝶とお市は少し離れたところにいて、俺は帰蝶の膝の上にいた。

「それで、こんな時間でしかも突然に私を呼び出すとは、一体どのような用件なのでしょうか」
「実は、六助殿に温泉に行って欲しいのでござる」
「何故!?」

 話すの下手くそかよ。そりゃ誰だってそうなるわ。

「比叡山延暦寺を撃破し、これから織田家に仇なす勢力をさあ潰していこうというところではありませんか。私だけ休んでいる暇などありませんよ」
「それはもちろん承知の上でござる。それでもあえてここは一つ、何も聞かず温泉に行ってはくれぬでござろうか?」
「だからどんな状況!?」

 座りながら腰を折る柴田に、六助が腕を広げて愕然としている。
 織田家中随一の口下手な柴田は、比叡山の時のような状況を除けば、基本的に頼み事は言い訳や嘘は無しでのごり押しスタイルだ。どういう風に六助を説得するかきちんと話し合わずに呼び出したのは失敗だった。
 これはまずいと言わんばかりに、帰蝶が慌てて割って入る。

「急な話で申し訳ございませぬ。ですが、プニ長様がどうしても温泉に行きたいと仰いまして」

 しゃあねえ、愛しの妻の為にここは一肌脱ぐか。
 帰蝶の膝の上から旅立って六助の元まで行き、最大限に可愛いと思える顔を作って見上げる。

「キュウ~ン(温泉行きたいな~)」
「うおおっ……」
「ご覧の通りです。私も御一緒致しますし、重臣であり信頼の置ける六助様に護衛をお願いしたいのです」

 もちろん言葉は通じていないけど、その辺りはソフィアが来て通訳をしてくれたとか思い込んでくれているはずだ。

「その間に、プニ長包囲網を形成している勢力の撃破は進めておくから安心して欲しいでござるよ」
「六助様も最近は働きづめでお疲れのご様子。ここは一つ、私やプニ長様と湯治をされては如何でしょう?」

 帰蝶のナイスな機転によって、ようやく六助は考える素振りを見せた。
 やがて顔を上げた六助は、ゆっくりと首肯する。

「わかりました。二人がそうまで仰るのであれば、この司寿六助、プニ長様と帰蝶殿の護衛を務めさせていただきます」
「ありがとうございます」

 やっとのことで事態が収束し、帰蝶と柴田がほっと胸を撫でおろした。

「あっ、ちなみに私とモフ政も行くから」
「そうなの?」

 全くの想定外な事態に、帰蝶が勢いよくお市の方を振り返る。

「そりゃそうでしょ。暇だし」

 身も蓋もない理由を聞かされた帰蝶は優しく微笑んだ。

「そっか。ふふ、楽しくなるね」

 というわけで、温泉に行ってきま~す!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...