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野田福島~比叡山
凶報
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結論から言えば、のんびりしている暇など全くなかった。
あれから数日後に、三人衆によって戦いの火蓋は切られ、間もなくして織田側の対三人衆における前線基地的な役割を果たしていた、古橋城がほぼ全滅に近い損害を出して落城してしまう。
この報せが入るなり、六助は近場に居る家臣団を岐阜城に集めた。
「三好三人衆を蹴散らすため、我らも出陣するぞおおおおぉぉぉぉ!!!!」
「ウオオオオオオォォォォォォ!!!!!!」
拳を突き上げながら叫ぶおっさんたちを前に、俺もぴょんぴょんと飛び跳ねながら激励の言葉を飛ばした。
「キャワン! ワンワン! キャワンワンワンワオオオオォォォォン!!!! (そうだお前ら! やれ、やっちまえ! そして俺はここで帰蝶と休むぞおおおおぉぉぉぉ!!!!)」
「おお、その尊くも勇ましいお姿、今回も出陣していただけるのですね!?」
「キャワ~ン! (何でそうなるんじゃ~い!)」
六助にがっつりと担がれ、その勢いで大広間から連れ出されてしまった。こうして、またしても俺の出陣が決定してしまう。ていうかもう、出陣がデフォになりつつあるよな……。
「ご武運をお祈りしております」
すっかり俺を戦へ送り出すことに慣れてしまった帰蝶が、そんな言葉を送りながら駕籠の扉を閉めてくれる。その際に見せてくれた微笑は、優しくて温かい、今までよりも少し大人びたものだった。
出会った当初と違って、あの子が動揺したり慌てふためくところを見る機会はかなり減ったし、佇まいにも品が出て来た。ただ、それは今までは品がなかったという意味ではなくて、可愛い帰蝶が美しさや気品を兼ね備えて来たみたいな、上手く説明出来ないけどそんなところだ。
岐阜の城下町を出て、街道を西に向けて進軍していく。
元いた世界と比べて随分と豊かな自然は、眺めているだけでも心身を癒してくれそうな気さえしてくる。最初はゲームも漫画もないのにどうやって時間を潰すんだなんて思っていたけど、こうして緑を眺めるのも案外いいものだ。
この世界の人通りはいつだって少ない。日本のあの喧騒や空気の汚れ方は、もう頭の片隅からも消えそうになっている。
梢から漏れる陽光、憩う小鳥たちの美しいさえずり、そこに混ざる人々の足音と馬の蹄の音……。
「ふっ、俺、まじ風流だぜ」
「キュンキュンキュン(感覚が研ぎ澄まされ過ぎて怖い)」
「かっこよすぎて、もし人間の身体なら女をたくさん侍らせたいところなんだがな……」
「キュ、キュンキュキュキュン(いや、そこは帰蝶が一人いれば十分だ)」
「帰ったらあの身体をまた存分に堪能するとするか」
「キュキュキュウン(あの子で変な妄想を膨らませるのはやめなさい)」
「そんなこと言って、案外夜は激しいタイプの子かもしれませんよ?」
「キュンキュン、キュ、キュキュン(激しいって、ど、どんな感じなんだよ)」
「おっと、やはり年頃の男の子。興味がおありですね?」
唐突に現れて夜のトークに華を咲かせ始めたのは、もちろんソフィア。姉川の戦いが終わってからは初めての登場となる。
最初は飛びながら腕を組んでハードボイルドを決めていたソフィアは、夜の話に移った辺りでいつもの感じに戻っていた。
「キュ、キュキュン。キュキュンキュン(ま、それはそれとしてだ。久しぶりだなソフィア)」
「ご無沙汰してます!」
びしっとお決まりの敬礼ポーズ。
「移動ということは、また戦ですか?」
「キュキュンキュン(三好三人衆とだってよ)」
「ということは、野田・福島の戦い……ですかね」
知識があやふやなのか、ソフィアは頬に人差し指を当てながら首を傾げている。
「キュキュン、キュウンキュキュン(良く知ってんな、さすがは女神)」
「大河ドラマで観ましたので!」
「キュウンキュウンキュウン(お前の情報源はテレビしかないのかよ)」
「他にもインターネットや雑誌も見たり読んだりしますよ?」
「キュンキュン(そうじゃなくてだな)」
少し考える為の間を置いてから語り出した。
「キュウキュウン、キュキュンキュウンキュン……キュキュキュン(神なんだから全てお見通しとか、この前の鏡みたいに全てを知ることの出来る魔法とか……そういうものがあるのかなってさ)」
「ないない。そんなのあるわけないじゃないですか」
苦笑しながら、手を横に振って否定されてしまう。
「理論的には出来ないこともないですが、少なくとも現在の世代の神々では全てを知る魔法なんてものは使えませんし、そもそも、知る必要のないことをわざわざ知ろうとはしませんから」
「キュウンキュン? (知る必要ないのか?)」
「例えば日本という国があるあの世界……地球は、複数の神による共同統治の形をとっていて、なおかつほぼ放置の管理形態が取られていますので、正直歴史を知る必要はありません。知ったところで何をすることもありませんから」
「キュ~ン(ふ~ん)」
だから興味のあるテレビがソフィアの情報源になっていると。
つまり神が何かの情報を知っているのは大抵の場合は偶然であり、しかもその手段は人間とほとんど変わりがない、ということか。
「キュンキュキュン、キュウンキュウンキュン(じゃあ何でテレビなんだよ、もっと文明の発達した世界に行けばすごい便利な機械とかありそうじゃん)」
「実はですね、そのような世界はないんです」
ソフィアは何故か得意げな顔で、人差し指をちっちと振っている。
「キュン(そうなの?)」
「はい、地球ほど著しく文明の発達した世界というのは他にありません。正確に言えば魔法工学など、違う方向で発達しているところもありますが、機械のようなものは基本的には存在していません」
「キュン、キュキュンキュン(じゃあ、何でそんな著しく文明の発達した世界が放置されてんだよ)」
「中々鋭い質問ですね……」
腕を組み、真剣な表情で何度か首肯してから、ソフィアは語り始めた。
「むしろ文明が発達しているからこそ、ですよ。そもそも最初は、地球はモンスターもいなければ魔法もない、あまり波の起きそうにない世界だということで、あまり注目されていなかったのです」
「キュン(ほうほう)」
「このままいけば、何らかの形で私たちも介入することになるかも……ということで様子を見ていたのですが、するとあら不思議、数百年の間にメキメキと文明が発達し、平行世界群の中でもトップクラスの便利さになってしまったのです」
ああ、なるほど。何となくその原因は察しがつくような気がする。
「武さんももうおわかりですね?」
ソフィアは妖しい笑みを浮かべ、眼光をぎらりと輝かせてから、普段の表情に戻って答え合わせをした。
「そうです。モンスターがいないからこそ人類同士で争いが起き、魔法がないからこそ武器や移動手段として機械が発達していったのです」
漫画や小説、ドキュメンタリー番組……。様々な媒体で、幾度となく描かれて来た題材だ。争いこそが文明を発達させる。人類にとってはこれ以上にない皮肉なことだと思う。
でも、正直な話今の俺にとってはどうでもいい話だった。いずれにせよこの世界で生きていかなければならないわけだし、他がどうであろうと関係がない。
しかも真面目な話を長々としたせいで眠い。ていうか何でこんな話題になったんだっけ……と思い出そうとするうちに、まぶたが徐々に重たくなっていく。
「もっとも、他の世界でも人類同士の争いというのは起きますが、それは大体魔王が封印されていたりで不在の間の一時的なものであって……あら?」
講義の途中でそんな俺の様子に気付いたソフィアが、顔を覗き込んで来た。
「あら、もしかして武さんおねむですか?」
「キュンキュキュキュン(お前が真面目な話をするからだよ)」
「ふふ、その顔、皆さんが見たらまたいと尊し、なんて仰いそうですね」
俺の表情はとろん、みたいな感じになっているに違いない。犬のあの顔はチワワでなくても尊く、見る者の心の波動を一瞬にして増幅させる力を持つ。
眠すぎて何を言っているのかわからなくなって来たので、ソフィアには何も言わずに伏せて寝る体勢を取り、そのまま目を閉じた。
「私もお仕事中とはいえゆっくり出来るのは久々ですから、武さんと一緒に惰眠をむさぼらせていただきます!」
「キュウンキュキュ……(惰眠をむさぼるとか言うなや……)」
抗議の声も、静かに夏のざわめきの中へと溶け込んでいく。
俺の横でどこからか持って来た布団を敷いて寝始めたソフィアを視界に収めながら、ゆっくりと意識を手放していった。
あれから数日後に、三人衆によって戦いの火蓋は切られ、間もなくして織田側の対三人衆における前線基地的な役割を果たしていた、古橋城がほぼ全滅に近い損害を出して落城してしまう。
この報せが入るなり、六助は近場に居る家臣団を岐阜城に集めた。
「三好三人衆を蹴散らすため、我らも出陣するぞおおおおぉぉぉぉ!!!!」
「ウオオオオオオォォォォォォ!!!!!!」
拳を突き上げながら叫ぶおっさんたちを前に、俺もぴょんぴょんと飛び跳ねながら激励の言葉を飛ばした。
「キャワン! ワンワン! キャワンワンワンワオオオオォォォォン!!!! (そうだお前ら! やれ、やっちまえ! そして俺はここで帰蝶と休むぞおおおおぉぉぉぉ!!!!)」
「おお、その尊くも勇ましいお姿、今回も出陣していただけるのですね!?」
「キャワ~ン! (何でそうなるんじゃ~い!)」
六助にがっつりと担がれ、その勢いで大広間から連れ出されてしまった。こうして、またしても俺の出陣が決定してしまう。ていうかもう、出陣がデフォになりつつあるよな……。
「ご武運をお祈りしております」
すっかり俺を戦へ送り出すことに慣れてしまった帰蝶が、そんな言葉を送りながら駕籠の扉を閉めてくれる。その際に見せてくれた微笑は、優しくて温かい、今までよりも少し大人びたものだった。
出会った当初と違って、あの子が動揺したり慌てふためくところを見る機会はかなり減ったし、佇まいにも品が出て来た。ただ、それは今までは品がなかったという意味ではなくて、可愛い帰蝶が美しさや気品を兼ね備えて来たみたいな、上手く説明出来ないけどそんなところだ。
岐阜の城下町を出て、街道を西に向けて進軍していく。
元いた世界と比べて随分と豊かな自然は、眺めているだけでも心身を癒してくれそうな気さえしてくる。最初はゲームも漫画もないのにどうやって時間を潰すんだなんて思っていたけど、こうして緑を眺めるのも案外いいものだ。
この世界の人通りはいつだって少ない。日本のあの喧騒や空気の汚れ方は、もう頭の片隅からも消えそうになっている。
梢から漏れる陽光、憩う小鳥たちの美しいさえずり、そこに混ざる人々の足音と馬の蹄の音……。
「ふっ、俺、まじ風流だぜ」
「キュンキュンキュン(感覚が研ぎ澄まされ過ぎて怖い)」
「かっこよすぎて、もし人間の身体なら女をたくさん侍らせたいところなんだがな……」
「キュ、キュンキュキュキュン(いや、そこは帰蝶が一人いれば十分だ)」
「帰ったらあの身体をまた存分に堪能するとするか」
「キュキュキュウン(あの子で変な妄想を膨らませるのはやめなさい)」
「そんなこと言って、案外夜は激しいタイプの子かもしれませんよ?」
「キュンキュン、キュ、キュキュン(激しいって、ど、どんな感じなんだよ)」
「おっと、やはり年頃の男の子。興味がおありですね?」
唐突に現れて夜のトークに華を咲かせ始めたのは、もちろんソフィア。姉川の戦いが終わってからは初めての登場となる。
最初は飛びながら腕を組んでハードボイルドを決めていたソフィアは、夜の話に移った辺りでいつもの感じに戻っていた。
「キュ、キュキュン。キュキュンキュン(ま、それはそれとしてだ。久しぶりだなソフィア)」
「ご無沙汰してます!」
びしっとお決まりの敬礼ポーズ。
「移動ということは、また戦ですか?」
「キュキュンキュン(三好三人衆とだってよ)」
「ということは、野田・福島の戦い……ですかね」
知識があやふやなのか、ソフィアは頬に人差し指を当てながら首を傾げている。
「キュキュン、キュウンキュキュン(良く知ってんな、さすがは女神)」
「大河ドラマで観ましたので!」
「キュウンキュウンキュウン(お前の情報源はテレビしかないのかよ)」
「他にもインターネットや雑誌も見たり読んだりしますよ?」
「キュンキュン(そうじゃなくてだな)」
少し考える為の間を置いてから語り出した。
「キュウキュウン、キュキュンキュウンキュン……キュキュキュン(神なんだから全てお見通しとか、この前の鏡みたいに全てを知ることの出来る魔法とか……そういうものがあるのかなってさ)」
「ないない。そんなのあるわけないじゃないですか」
苦笑しながら、手を横に振って否定されてしまう。
「理論的には出来ないこともないですが、少なくとも現在の世代の神々では全てを知る魔法なんてものは使えませんし、そもそも、知る必要のないことをわざわざ知ろうとはしませんから」
「キュウンキュン? (知る必要ないのか?)」
「例えば日本という国があるあの世界……地球は、複数の神による共同統治の形をとっていて、なおかつほぼ放置の管理形態が取られていますので、正直歴史を知る必要はありません。知ったところで何をすることもありませんから」
「キュ~ン(ふ~ん)」
だから興味のあるテレビがソフィアの情報源になっていると。
つまり神が何かの情報を知っているのは大抵の場合は偶然であり、しかもその手段は人間とほとんど変わりがない、ということか。
「キュンキュキュン、キュウンキュウンキュン(じゃあ何でテレビなんだよ、もっと文明の発達した世界に行けばすごい便利な機械とかありそうじゃん)」
「実はですね、そのような世界はないんです」
ソフィアは何故か得意げな顔で、人差し指をちっちと振っている。
「キュン(そうなの?)」
「はい、地球ほど著しく文明の発達した世界というのは他にありません。正確に言えば魔法工学など、違う方向で発達しているところもありますが、機械のようなものは基本的には存在していません」
「キュン、キュキュンキュン(じゃあ、何でそんな著しく文明の発達した世界が放置されてんだよ)」
「中々鋭い質問ですね……」
腕を組み、真剣な表情で何度か首肯してから、ソフィアは語り始めた。
「むしろ文明が発達しているからこそ、ですよ。そもそも最初は、地球はモンスターもいなければ魔法もない、あまり波の起きそうにない世界だということで、あまり注目されていなかったのです」
「キュン(ほうほう)」
「このままいけば、何らかの形で私たちも介入することになるかも……ということで様子を見ていたのですが、するとあら不思議、数百年の間にメキメキと文明が発達し、平行世界群の中でもトップクラスの便利さになってしまったのです」
ああ、なるほど。何となくその原因は察しがつくような気がする。
「武さんももうおわかりですね?」
ソフィアは妖しい笑みを浮かべ、眼光をぎらりと輝かせてから、普段の表情に戻って答え合わせをした。
「そうです。モンスターがいないからこそ人類同士で争いが起き、魔法がないからこそ武器や移動手段として機械が発達していったのです」
漫画や小説、ドキュメンタリー番組……。様々な媒体で、幾度となく描かれて来た題材だ。争いこそが文明を発達させる。人類にとってはこれ以上にない皮肉なことだと思う。
でも、正直な話今の俺にとってはどうでもいい話だった。いずれにせよこの世界で生きていかなければならないわけだし、他がどうであろうと関係がない。
しかも真面目な話を長々としたせいで眠い。ていうか何でこんな話題になったんだっけ……と思い出そうとするうちに、まぶたが徐々に重たくなっていく。
「もっとも、他の世界でも人類同士の争いというのは起きますが、それは大体魔王が封印されていたりで不在の間の一時的なものであって……あら?」
講義の途中でそんな俺の様子に気付いたソフィアが、顔を覗き込んで来た。
「あら、もしかして武さんおねむですか?」
「キュンキュキュキュン(お前が真面目な話をするからだよ)」
「ふふ、その顔、皆さんが見たらまたいと尊し、なんて仰いそうですね」
俺の表情はとろん、みたいな感じになっているに違いない。犬のあの顔はチワワでなくても尊く、見る者の心の波動を一瞬にして増幅させる力を持つ。
眠すぎて何を言っているのかわからなくなって来たので、ソフィアには何も言わずに伏せて寝る体勢を取り、そのまま目を閉じた。
「私もお仕事中とはいえゆっくり出来るのは久々ですから、武さんと一緒に惰眠をむさぼらせていただきます!」
「キュウンキュキュ……(惰眠をむさぼるとか言うなや……)」
抗議の声も、静かに夏のざわめきの中へと溶け込んでいく。
俺の横でどこからか持って来た布団を敷いて寝始めたソフィアを視界に収めながら、ゆっくりと意識を手放していった。
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