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上洛~姉川の戦い

決着

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「勝者は織田軍総大将、織田プニ長殿じゃい!」

 手を高く掲げての磯野さんの宣言に織田陣営が沸き立った。どさくさに紛れて俺をプニモフした浅井陣営も、悔しがるふりをしつつもどこか満足気だ。

「中々にいいプニモフだったぜ。だがな、次はこうはいかねぇ! 必ずお市様と長政様を連れ戻すから首を洗って待ってろオラァ!」

 と、少年漫画の宿敵のような磯野さんの台詞を最後に浅井軍は去っていった。後に残されたのは織田軍と、お市と長政。
 六助が俺の前に立つお市の前に歩み寄り、声をかける。

「お市様、お帰りなさいませ」
「こんな形で戻るとは思ってなかったけどね」

 何て言いつつも不満そうには見えない。普段通りにツンな雰囲気を出してはいても、どちらかと言えば嬉しそうな雰囲気だ。
 そこに柴田が出て来て、織田本陣のある方向を手で示しながらお市に言った。

「さあ、拙者が案内します故に、ひとまずは織田本陣へ。それから岐阜城へと参りましょう」
「そうね」

 お市は柴田について行くのかと思えば、長政を抱っこしてから少し歩いたところで振り返り、俺に視線を向ける。

「ほら、あんたも」

 くいっと顎で織田本陣側を示す。ついてこいということだろう。
 お兄ちゃんなので指示に従ってあげようとしたところ、すかさず六助が飛び出して来た。

「お市様、プニ長様は私がお連れします」
「それもそうね」

 お市は腕の中の長政を見ながらそう答えた。手がふさがっているから抱っこ出来ないのと、馬に何匹も同時に犬を乗せない方がいいということだろう。普通の犬なら大人しく出来ずに落馬する可能性もあるしうなずける話だ。
 ちょっとだけお市と一緒に乗りたかったけどしょうがない、六助に乗せてもらうかな。

「お市ちゃん、私もお供します!」

 おっさん女神はちゃっかりお市についていっていた。

「キュンキュン(お前はこっちに乗れよ)」
「え? おしっこですか?」
「キュンキュキュン(てめえにかけるぞコラ)」

 どうやらお市について行きたい一心で、すっとぼける方針でいくらしい。
 前はあまりこちらの世界に自分がいられなくて通訳出来ない事を気にしていたのに、あの殊勝な態度はどこにいったのだろうか。

「え、大きい方なんですか?」
「キャン、キャンキャンキャイン! (それに、お前は俺の側にいなきゃ意味ねえだろ!)」
「そんな、こんなところで婚姻の申し出だなんて……」
「キャンキャキャン! (どういう会話の流れだよ!)」

 ソフィアは頬に両手を当てて、恥ずかしそうに身をよじらせている。たしかに言い回しはそれっぽくなってしまったけど、あくまで通訳として、という意味だ。

 周りの人間は俺の言葉がわからないので、ソフィアの台詞だけ聞いていてはどんな会話をしているのかさっぱりだ。
 でも、会話の一部だけをかいつまんで勘違いをしたらしいお市がこちらにずんずんと引き返して来た。

「ちょっと、義姉上がいるのに婚姻とかどういうことよ!」
「キャキャン! (話がややこしくなった!)」
「ちょ、ちょっと尊いからって……犬のくせに生意気! 義姉上に言いつけてやるんだから!」

 もしかしなくても義姉上というのは帰蝶のことだ。あ、あわわ……このままでは浮気者のレッテルを張られて、下手をすれば離婚なんてことになるかもしれない。犬だけど。
 かくなる上は!

「あ、ちょっと待ちなさい!」

 必殺、逃げてうやむやにするの術!
 俺は全てを投げ出して、織田本陣に向かうでもなく、何があるのかもよくわからない方角へと一目散に走り出した。

「プニ長様ぁー! お待ちください!」
「プニ長様を追うのじゃあー! かかれぇーい!」

 後から六助と柴田の声も続く。
 皆、何故か馬に乗らずに走って追いかけて来たので追いかけっこは泥沼化。結局陽が暮れるまでそれは続くのであった。



「お帰りなさいませ、プニ長様!」

 姉川の戦いから数日後。岐阜城へと帰還した俺を、いつも通りに帰蝶の温かい笑顔が迎えてくれた。
 ちなみにソフィアは移動の間に仕事があるとかでいなくなっていた。
 帰蝶は俺を駕籠から抱き上げると、きょろきょろと何かを探し始める。そしてすぐにお目当てのものを見つけて、そちらにぱたぱたと駆け寄っていった。

「お市ちゃん、久しぶり~!」
「義姉上!」

 義姉妹の感動の再会。でも、お互いに犬を抱いているので抱き合ったり「可愛くなったね~!」とか言い合う通称「聖戦」が始まったりはしなかった。
 二人はその場で積もる話を始める。お市の腕の中にいる長政を見て、帰蝶が穏やかな声音で言う。

「そちらが長政様?」
「うん」
「ふふっ、いと尊しだね」

 それを聞いて、お市は不満げな表情になる。

「義姉上、まだ変な犬を大名扱いしてるの? やめなよ」
「そんな風に言っちゃだめよ? 確かに犬かもしれないけど、プニ長様が織田家の窮地を救ってくださったのは事実なんだから。長政様だってそうでしょ?」
「それはそうだけど……」

 帰蝶に優しく諭されたお市は、何か言いたげに唇を引き結んだまま黙り込んでしまう。それに気を悪くした風もなく、帰蝶は踵を返して一歩城の方へと歩き、振り返った。

「ほら、行こ?」
「うん」

 城の中に入って、最上階にある俺の部屋に移動した。
 しばらくぶりの我が家はとても落ち着く。木とい草の香り、そしてそれに負けじとほのかながら強く主張してくる帰蝶の何かいい匂い。
 俺は帰蝶の膝の上でごろごろしながら。長政はお市に抱っこされたままで二人の会話を聞いている。ていうかガチの犬なのに大人しいなこいつ。

「お市ちゃんと長政様はしばらくこっちにいられるの?」
「一応一騎打ちの戦利品みたいな扱いだから、しばらくっていうかずっとここにいるんじゃない?」
「そっか。楽しくなるね」
「まあ、それなりには」

 帰蝶の心温まる笑顔にとっさに俯いたお市だけど、耳が赤くなっていて照れているのが丸わかりだ。
 くっくっく、我が妹よ。お主でも帰蝶の魅力には抗えぬようだな……。
 それからしばらく世間話なんかで時間を潰していると、突然帰蝶が「プニ長様、失礼します」と言って俺を膝から降ろして立ち上がった。

「そろそろお昼ごはんにしよっか」
「え、もしかして義姉上が作る気? ていうか料理できたっけ」

 不思議そうな表情のお市に、帰蝶は笑顔で応える。

「今練習してるところなの。プニ長様に喜んでもらいたいから」
「そんなの料理番にさせればいいじゃん」
「自分で振る舞うから意味があるんでしょ?」
「…………」
「じゃあ、ご飯用意してくるから待っててね」

 どこか納得のいっているようないっていないような、そんな表情をするお市をおいて、帰蝶は礼儀正しく襖を閉めてから去っていった。
 部屋には俺と長政、そしてお市だけ。城の中には最低限の人しかいないし、町の喧騒もここまでは届かない。静謐な空気が一人と二匹の間を漂っている。
 何となくお市を見上げてみると、彼女もこちらを睨み返して来たかと思えば、長政を床に降ろしてこちらに近寄って来る。

 妹が出来たとはいっても、さすがにまだ慣れていなくて距離間は他人に近い。
 帰蝶の目がない間に何か悪戯でもされてしまうんだろうかと少しだけ緊張していると、俺の前に座ったお市も緊張、というよりはそわそわとした感じできょろきょろとし始めた。
 そして意を決した表情でこう言った。

「皆には内緒だから」

 何が、と思った時には、俺の右前足はお市の手に取られていた。

「ふふっ」

 嬉しそうに肉球を堪能する妹。多分だけど、理由もなくプニプニするところを見られるのは恥ずかしいのかもしれない。

「わぁ」

 そこから流れるようなモフモフ。
 初めて見る妹の無邪気な笑顔はとても可憐で、普段とのギャップも相まって、男子なら誰もが胸をときめかせてしまいそうな魅力を放っていた。ちなみに俺は犬だし兄だし帰蝶一筋なので大丈夫だ。
 そんな初めて出来た妹を眺めながら、仕方ねえ、お兄ちゃんとして秘密は厳守してやるか……と思った。
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