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上洛~姉川の戦い
六角家のお屋敷へ
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「いやしかし、茶会に参加するというのも久しぶりなので楽しみです」
三人で横並びに歩きながら、六助が笑顔でそう言った。対照的に秀吉はわずかばかりに眉根を寄せている。
「私は最近始めたばかりなので、粗相をしないか心配です」
「大丈夫ですよ。今日は正式な茶事ではなく茶会ですから、礼儀作法などは人としてのそれがしっかりとさえしていれば問題ありません」
「なるほど。でしたら拙者たちには何の心配もないですな」
「ですな。はっはっは」
「はっはっは」
「……(……)」
こいつら……どの口が言うんだ、どの口が。
「ところで、六助殿はどの程度茶をたしなんでおられるので?」
「たまに友人たちと楽しむくらいですよ」
「友人がいたんですか!?」
本気で驚いている様子の秀吉。
「ええ、まあ五人くらいは」
「誰ですか!? まさか柴田殿!?」
「えっと、すいません嘘です」
「キュキュン(嘘なのかよ)」
しかもばらすの早えなおい。
六助は目を伏せ、陰りのある表情で続ける。
「少しばかり見栄を張ってしまいました、申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ無遠慮な質問でした」
場にはただ、何とも言えない気まずい空気だけが流れている。誰も悪くはないけど、強いて言えば友達のいない六助が悪いと思う。
この雰囲気を打破するべく、恐る恐るといった感じで秀吉が切り出す。
「あの~六助殿」
「はい、何でしょう」
「私でよければ友達になって差し上げたいのですが」
「いいのですか!?」
六助の表情が露骨に明るくなり、怯んでしまう秀吉。
「え、ええ」
「是非お願いします!」
無駄に邪気のない笑顔と共に六助が片手を差し出すと、秀吉がそれを手に取り、友情の誓いを果たす握手が交わされる。
ええ話やな……と思いつつ遠くに見える観音寺城を目を細めて眺めながら、その後の道を歩いて行った。
獣道のような、森の中を走る坂道をひたすらに進む。梢の隙間から入り込む陽射しは神秘的で、眼前に広がる風景はさながら一枚の絵画みたいだ。
空気がとても澄んでいて、元いた世界では何とも思わなかった虫の鳴き声も、どこか心地よく穏やかに鼓膜を揺らしてくれる。
いつもは騒がしい家臣二人も同じように感じているのか、口を開くことも忘れて静かにこの空間を楽しんでいるように見えた。
やがて開けた場所に出ると、視界に飛び込んで来たのは高い石垣だった。隣では秀吉が感心したような声をあげる。
「ほお、これは立派な石垣ですなあ」
「あそこにあるのが六角氏の屋敷ですね」
六助が指さす先には石垣の上にぽつんと乗っている屋敷があって、今回の茶会はここの離れで行われるらしい。観音寺城はいわゆる山城ってやつらしく、城でやるなら相当上まで登らないといけないから助かった。
石垣の手前にある斜面を登って屋敷の前に並び立つ。「たのもー!」とか言うのかと思いきや、六助と秀吉は顔を見合わせて互いに何かを窺っている。
「秀吉殿、先にどうぞ」
「いやいや、ここは六助殿が」
「正直自分から『すいません』とか言うのって億劫なんですよね」
「わかりますわかります」
「キュウンキュ(いいから早よせえや)」
うんうんとうなずき合う二人。少しの間があった後、六助がいいことを思いついたと言わんばかりの表情で手のひらに握り拳をぽんと置いた。
「では、ここは二人同時にいきますか?」
「それいいですね。『せーの』で一緒に『たのもー!』にしましょう」
「『せーの』、の『の』を言った後ですよね、わかりました」
「引っ掛けとかはなしですよ?」
「またまた、秀吉殿ではないのですからそんな」
「何を言いますか、六助殿だってこの前」
「アオオオオオオォォォォォォン!!!!!!!!」
「「ひゃっ!!!!」」
いつまでも突入しない二人に業を煮やした俺の咆哮が辺り一帯に響き渡る。一瞬だけ驚き縮こまって、すぐに我に返った六助が口を開いた。
「プニ長様、どうなされたのですか!?」
「キュキュンキュン(お前らの代わりに屋敷の中に呼び掛けてやったんだよ)」
「いと尊し!」
言葉が通じないのでまた適当なことを言いだす秀吉。
そういえばソフィアがついて来てないな。この茶会には同伴して欲しかったんだけど、もう女神としての仕事に戻ったんだろうか。
とその時、屋敷の中から足音が聞こえて来たかと思えば、それはこちらへと、木製の床が軋む音と共にゆっくりと近づいて来た。
「てっ、敵だ! どうしますか!?」
「ここは私に任せて、秀吉殿はプニ長様と共に退却を」
「何だかそれかっこいいですな」
うろたえる二人がよくわからないやり取りをしていたら、玄関の引き戸ががらっと音を立てて開かれた。その先には、少し痩せてはいるものの、こちらをしっかりと見据えてくる眼を持ったナイスミドルがいた。
「もしや織田家の方々ですかな?」
「は、はいっ! 私、織田家家臣の司寿六助と申します!」
「木下藤吉郎秀吉に!」
慌ててぴんっと背筋を伸ばした二人の自己紹介を受けて、ナイスミドルは穏やかに微笑みながら返答した。
「お待ちしておりました、私は六角家家臣の蒲生賢秀と申します。本日はよろしくお願い致します」
丁寧な一礼にその場の誰もが息を呑んだ。
蒲生さんはすぐに俺たちを屋敷の中に招き入れてくれた。手狭な古びた廊下で俺たちを先導しながら、気さくに話しかけて来る。
「しかし、織田信長公に代わって、伝説のお犬様が降臨なされたとは聞いておりましたが、まさかこのような尊き御仁とは」
「プニ長様の尊さがわかるなど、蒲生殿はかなり戦える方だとお見受け致す」
六助のコメントはもはや何から目線なのかすらわからない。
「いえいえ私なんて……それに、これほど尊い御仁ならばどのような人が見てもわかりますよ」
「うんうん、そうでしょうそうでしょう」
誇らしげに何度もうなずく秀吉。
「今回、六角氏はもちろんのこと、六角家の他の家臣の方々にもプニ長様の尊さを知っていただきたいと思っております」
「キュウンキュウン(目的変わってる変わってる)」
すでに何をしに来たのかよくわからなくなっている六助にツッコミを入れている内に、目的の部屋にたどり着いたらしい。蒲生さんが開けてくださった襖の先には二人の人物がいた。
片や禿頭で、鼻と顎の下に髭をたくわえた若者。片や禿頭で、鼻と顎の下にも一切毛のないトゥルントゥルンのおっさん。つまり二人ともハゲだ。この世界の武士の髪型はちょんまげが主流なのかと思ってたけど、こんなやつらもいるんだな。
本当に一切毛がないことに感心して固まっていると、蒲生さんがダブルハゲを手で示しながら紹介してくれた。
「こちらが我らが主、六角義賢様と義治様父子にございます」
なるほど、毛のないおっさんが義賢で、髭だけがある若いのが義治ね。この二人は親子なのか……どうりで髪型が似てると思った。
紹介を受けて、義賢は人のよさそうな笑みを浮かべる。
「ようこそおいでくださいました。本日は茶を通じて互いのことを少しでも理解することが出来ればと思っております。よろしくお願い致します」
とてもじゃないけど「通せたら通すわ」とか返信して来たやつとは思えねえな、っていうのが素直な第一印象だった。
茶を淹れ、飲むためだけに用意された必要最低限な広さ。そんな静謐な空間に、畳から立ち込めるい草と新鮮な木の香りが漂っている。
唯一の出入り口である引き戸と、申し訳程度につけられた採光窓には障子が張られ、そこから漏れ入る光がわずかに俺たちの手元を照らし出していた。
六角親子と引き合わされた俺たちはそのまま離れへと案内された。
縦長の部屋の中央に設置されている炉とかいうやつを挟んで、六角家と織田家の面々が座って対峙している。秀吉と六助はそこそこに緊張した面持ちをしているけど六角家の方はそうでもない。
義治が、こちらを見つめながら口を開いた。
「それにしても、真にいと尊しな御仁ですな。プニプニモフモフ……と言いましたか、一度私も賜ってみたいものです」
「両家の友好の証とあらば、プニ長様も喜んで下賜なさることでしょう」
「キュキュン(勝手に決めんな)」
でも、プニプニモフモフさせるだけで安全に通れるってんなら、六助の言う通りこちらからむしろお願いしますってな感じだ。帰蝶の為なら男に頬ずりされる不快感くらい我慢してみせる。
談笑が一段落した頃に蒲生さんが切り出した。
「それでは、そろそろ始めましょうか」
「キュキュ~ン(よろしゃ~す)」
三人で横並びに歩きながら、六助が笑顔でそう言った。対照的に秀吉はわずかばかりに眉根を寄せている。
「私は最近始めたばかりなので、粗相をしないか心配です」
「大丈夫ですよ。今日は正式な茶事ではなく茶会ですから、礼儀作法などは人としてのそれがしっかりとさえしていれば問題ありません」
「なるほど。でしたら拙者たちには何の心配もないですな」
「ですな。はっはっは」
「はっはっは」
「……(……)」
こいつら……どの口が言うんだ、どの口が。
「ところで、六助殿はどの程度茶をたしなんでおられるので?」
「たまに友人たちと楽しむくらいですよ」
「友人がいたんですか!?」
本気で驚いている様子の秀吉。
「ええ、まあ五人くらいは」
「誰ですか!? まさか柴田殿!?」
「えっと、すいません嘘です」
「キュキュン(嘘なのかよ)」
しかもばらすの早えなおい。
六助は目を伏せ、陰りのある表情で続ける。
「少しばかり見栄を張ってしまいました、申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ無遠慮な質問でした」
場にはただ、何とも言えない気まずい空気だけが流れている。誰も悪くはないけど、強いて言えば友達のいない六助が悪いと思う。
この雰囲気を打破するべく、恐る恐るといった感じで秀吉が切り出す。
「あの~六助殿」
「はい、何でしょう」
「私でよければ友達になって差し上げたいのですが」
「いいのですか!?」
六助の表情が露骨に明るくなり、怯んでしまう秀吉。
「え、ええ」
「是非お願いします!」
無駄に邪気のない笑顔と共に六助が片手を差し出すと、秀吉がそれを手に取り、友情の誓いを果たす握手が交わされる。
ええ話やな……と思いつつ遠くに見える観音寺城を目を細めて眺めながら、その後の道を歩いて行った。
獣道のような、森の中を走る坂道をひたすらに進む。梢の隙間から入り込む陽射しは神秘的で、眼前に広がる風景はさながら一枚の絵画みたいだ。
空気がとても澄んでいて、元いた世界では何とも思わなかった虫の鳴き声も、どこか心地よく穏やかに鼓膜を揺らしてくれる。
いつもは騒がしい家臣二人も同じように感じているのか、口を開くことも忘れて静かにこの空間を楽しんでいるように見えた。
やがて開けた場所に出ると、視界に飛び込んで来たのは高い石垣だった。隣では秀吉が感心したような声をあげる。
「ほお、これは立派な石垣ですなあ」
「あそこにあるのが六角氏の屋敷ですね」
六助が指さす先には石垣の上にぽつんと乗っている屋敷があって、今回の茶会はここの離れで行われるらしい。観音寺城はいわゆる山城ってやつらしく、城でやるなら相当上まで登らないといけないから助かった。
石垣の手前にある斜面を登って屋敷の前に並び立つ。「たのもー!」とか言うのかと思いきや、六助と秀吉は顔を見合わせて互いに何かを窺っている。
「秀吉殿、先にどうぞ」
「いやいや、ここは六助殿が」
「正直自分から『すいません』とか言うのって億劫なんですよね」
「わかりますわかります」
「キュウンキュ(いいから早よせえや)」
うんうんとうなずき合う二人。少しの間があった後、六助がいいことを思いついたと言わんばかりの表情で手のひらに握り拳をぽんと置いた。
「では、ここは二人同時にいきますか?」
「それいいですね。『せーの』で一緒に『たのもー!』にしましょう」
「『せーの』、の『の』を言った後ですよね、わかりました」
「引っ掛けとかはなしですよ?」
「またまた、秀吉殿ではないのですからそんな」
「何を言いますか、六助殿だってこの前」
「アオオオオオオォォォォォォン!!!!!!!!」
「「ひゃっ!!!!」」
いつまでも突入しない二人に業を煮やした俺の咆哮が辺り一帯に響き渡る。一瞬だけ驚き縮こまって、すぐに我に返った六助が口を開いた。
「プニ長様、どうなされたのですか!?」
「キュキュンキュン(お前らの代わりに屋敷の中に呼び掛けてやったんだよ)」
「いと尊し!」
言葉が通じないのでまた適当なことを言いだす秀吉。
そういえばソフィアがついて来てないな。この茶会には同伴して欲しかったんだけど、もう女神としての仕事に戻ったんだろうか。
とその時、屋敷の中から足音が聞こえて来たかと思えば、それはこちらへと、木製の床が軋む音と共にゆっくりと近づいて来た。
「てっ、敵だ! どうしますか!?」
「ここは私に任せて、秀吉殿はプニ長様と共に退却を」
「何だかそれかっこいいですな」
うろたえる二人がよくわからないやり取りをしていたら、玄関の引き戸ががらっと音を立てて開かれた。その先には、少し痩せてはいるものの、こちらをしっかりと見据えてくる眼を持ったナイスミドルがいた。
「もしや織田家の方々ですかな?」
「は、はいっ! 私、織田家家臣の司寿六助と申します!」
「木下藤吉郎秀吉に!」
慌ててぴんっと背筋を伸ばした二人の自己紹介を受けて、ナイスミドルは穏やかに微笑みながら返答した。
「お待ちしておりました、私は六角家家臣の蒲生賢秀と申します。本日はよろしくお願い致します」
丁寧な一礼にその場の誰もが息を呑んだ。
蒲生さんはすぐに俺たちを屋敷の中に招き入れてくれた。手狭な古びた廊下で俺たちを先導しながら、気さくに話しかけて来る。
「しかし、織田信長公に代わって、伝説のお犬様が降臨なされたとは聞いておりましたが、まさかこのような尊き御仁とは」
「プニ長様の尊さがわかるなど、蒲生殿はかなり戦える方だとお見受け致す」
六助のコメントはもはや何から目線なのかすらわからない。
「いえいえ私なんて……それに、これほど尊い御仁ならばどのような人が見てもわかりますよ」
「うんうん、そうでしょうそうでしょう」
誇らしげに何度もうなずく秀吉。
「今回、六角氏はもちろんのこと、六角家の他の家臣の方々にもプニ長様の尊さを知っていただきたいと思っております」
「キュウンキュウン(目的変わってる変わってる)」
すでに何をしに来たのかよくわからなくなっている六助にツッコミを入れている内に、目的の部屋にたどり着いたらしい。蒲生さんが開けてくださった襖の先には二人の人物がいた。
片や禿頭で、鼻と顎の下に髭をたくわえた若者。片や禿頭で、鼻と顎の下にも一切毛のないトゥルントゥルンのおっさん。つまり二人ともハゲだ。この世界の武士の髪型はちょんまげが主流なのかと思ってたけど、こんなやつらもいるんだな。
本当に一切毛がないことに感心して固まっていると、蒲生さんがダブルハゲを手で示しながら紹介してくれた。
「こちらが我らが主、六角義賢様と義治様父子にございます」
なるほど、毛のないおっさんが義賢で、髭だけがある若いのが義治ね。この二人は親子なのか……どうりで髪型が似てると思った。
紹介を受けて、義賢は人のよさそうな笑みを浮かべる。
「ようこそおいでくださいました。本日は茶を通じて互いのことを少しでも理解することが出来ればと思っております。よろしくお願い致します」
とてもじゃないけど「通せたら通すわ」とか返信して来たやつとは思えねえな、っていうのが素直な第一印象だった。
茶を淹れ、飲むためだけに用意された必要最低限な広さ。そんな静謐な空間に、畳から立ち込めるい草と新鮮な木の香りが漂っている。
唯一の出入り口である引き戸と、申し訳程度につけられた採光窓には障子が張られ、そこから漏れ入る光がわずかに俺たちの手元を照らし出していた。
六角親子と引き合わされた俺たちはそのまま離れへと案内された。
縦長の部屋の中央に設置されている炉とかいうやつを挟んで、六角家と織田家の面々が座って対峙している。秀吉と六助はそこそこに緊張した面持ちをしているけど六角家の方はそうでもない。
義治が、こちらを見つめながら口を開いた。
「それにしても、真にいと尊しな御仁ですな。プニプニモフモフ……と言いましたか、一度私も賜ってみたいものです」
「両家の友好の証とあらば、プニ長様も喜んで下賜なさることでしょう」
「キュキュン(勝手に決めんな)」
でも、プニプニモフモフさせるだけで安全に通れるってんなら、六助の言う通りこちらからむしろお願いしますってな感じだ。帰蝶の為なら男に頬ずりされる不快感くらい我慢してみせる。
談笑が一段落した頃に蒲生さんが切り出した。
「それでは、そろそろ始めましょうか」
「キュキュ~ン(よろしゃ~す)」
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