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上洛~姉川の戦い

プニ長と愉快な仲間たち

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 この世界に来てから数日が経った。
 自分が住んでいる城やその近辺の地理を少しずつ把握して、犬の生態もようやくわかってきた、ような気がする。と、そこに来てようやく元の世界にある日本に思いを馳せる余裕が出来た。
 母さんや父さんは俺が死んで悲しんでいるだろうか。友達とかもそんなにいないし元の世界にそこまで未練はないけど、その一点だけが心配だ。弟も生意気でわがままだったけど、何だかんだで血の繋がった兄弟だし、元気にやってるといいな。

 最上階の縁側で陽射しを浴びながら物思いにふけっていると、背後からどたどたと騒がしい音が聞こえて来た。

「お犬様ぁー! お犬様ぁー!」

 振り向くとそこには案の定、六助の姿が。

「キュウン(なんじゃい)」
「ほおおお……改めて挨拶をしたいということで、家臣たちが下の階に集まって来ております。そちらまで抱っこにてご案内いたします」
「キュキュン(勝手にしてくれ)」
「有難き幸せ。それでは失礼して……ほおおお」

 俺を抱っこした六助は、恍惚といった感じの表情で下の階へと向かった。

 六助が襖を開けると、そこには縦長に広い部屋の左右に一列ずつ並んだ偉そうなちょんまげのおっさんたちがいた。恐らくは織田家家臣の武将たちだ。
 俺と六助が部屋に入った瞬間、おっさんたちからは一斉に「いと尊し」コールが巻き起こる。これには若干慣れて来た。

 そのまま部屋の一番奥にある少し高くなったステージのようなとこに連れていかれて下ろされると、手の空いた六助が俺の前に座り、場を仕切り始める。

「それではこれよりお犬様への挨拶を行う!」
「いと尊し!」「いと尊し!」
「まず、お犬様の御尊名は信長様の後を引き継ぎ、織田上総介プニ長様でよろしいかぁ!」
「異議なし!」「異議なし!」

 俺の名前が勝手に決まった。もうどうにでもしてくれ。
 次に俺から見て右側の列の一番手前に座ってるおっさんが一歩中央側に、座ったままずりずりと前進して口を開いた。

「私、木下藤吉郎お犬様大好き抱きしめ左衛門秀吉にございます」

 木下藤吉……なんて?

「この度は召喚に応じてくださり、恐悦至極。私のことは自分の手足と思ってお使いください……いっひっひ」

 他の大多数のおっさんたちと同じちょんまげながらも、少しばかり頬がやせこけていて、猿っぽい顔立ちをしていた。
 それだけ言って下卑た笑いを浮かべると、秀吉を名乗った男は後ろを振りむき、「おい」と自分の背後にある襖の向こうにいるらしい人物を呼んだ。
 一人の女性が丁寧な所作で大広間に入って来て、俺の前までゆっくりと歩いて来てから、何か肉らしきものを差し出してくれた。それを確認しながら、秀吉がその場から説明をする。

「些末なもので申し訳ないのですが、ご挨拶代わりの献上品として虎の肉をご用意させていただきました。お納めください」

 おお、よくわからんけど美味そうだな。犬の身体だから調度品とか送られても宝の持ち腐れだし、地味に嬉しいぞ。
 気持ちが尻尾に現れてしまったらしく、周囲からは「さすがは秀吉殿」「お喜びになられておる」「見よ、あの尻尾を」「いとフリフリ」とか聞こえてきた。

 すると、秀吉の向かい側に座っていた別のちょんまげが、露骨に不機嫌な様子で口を開いた。

「ふん、相変わらず癪に障る物言いをしおるわ」

  一言で表現するなら、子供が見たらおしっこちびりそうだ。俺でも夜に出て来たら悲鳴をあげてしまう自信がある。
 ごつごつとした顔に細い目。目線が合うだけで子供を泣かせてしまいそうな程に威圧感があって、睨みを利かせるだけで天下を統一できそうだ。あと、顔が無駄にでかい。
 けど、秀吉は物怖じする様子もなくしれっと返答した。

「柴田殿、何か仰いましたか?」
「生前、信長様がごひいきになさっていたから何も言わんかったが、これからは以前のようにはいかんぞ、ハゲネズミよ」

 どうでもいいけどハゲネズミってすげえあだ名だな。俺が同級生からそう呼ばれたら学校行くのやめるわ。
 ハゲネズミさんに一言物申したところで、柴田はこちらを向き、座ったまま一礼をしてから自己紹介をした。

「柴田権六肉球プニプニしたい願望ありあり勝家に」
「柴田殿、そのふざけた名前は何事かあ!」

 うおっ、びっくりした。
 家臣の一人がいきなり立ち上がって、腰に帯びた刀に手を掛けている。柴田なんとかさんは、座ったまま立ち上がったオッサンを睨んで反論した。

「いとプニプニをしっかり取り入れた誠実な名前にござるが?」
「それではプニ長様の身体目当てではないか! それならせめてプニ長様も肉球もモフモフプニプニしたい願望ありあり、とかにせんかあ!」
「キュンキュン(プニプニうるせえよ)」
「それでは長すぎるでござろう」
「やかましい! ええい、者ども、出会え出会えぇ!」
「ワンワン! ワオーン! (待て待て! 待てって!)」

 争いを止めようと俺が吠えると、家臣たちは時が止まったかのように固まる。そしてそれぞれ近くのやつと肩を寄せ合って相談を始めた。

「何だ……?」「よくわからんがとりあえず尊いな」
「尊いことしかわからん」「お付きの妖精様がいらっしゃらないと全然な……」
「というか今更だが、出会え出会え、とはどういう意味なんだ?」
「本当に今更だし今この場では関係がないだろう」「人生は短いから屋敷の中で女を作れるだけ作れ、ということではないのか?」
「そっちの出会えなのか?」「なら拙者も出会いたいのだが」
「とにかく尊い。それだけでいい」「了解でござる」

 ソフィアって「お付きの妖精様」って認識されてんだな。戦国時代風なのに妖精って言葉が存在するのも、異世界ならではってとこか。
 おっさんどものひそひそ話が終わって整列しなおすと、六助が場をまとめるように大声をあげる。

「それではお犬様は尊いということでよろしいかぁ!」
「異議なし!」「異議なし!」
「それでは解散!」

 えっ、木下と柴田からしか自己紹介受けてないんだけど……このおっさんたち何しに来たの?
 それから武将たちは本当に解散し、部屋から退出していった。

 抱っこで部屋に戻された俺には退屈しか待っていなかった。人間の姿ならまだ違ったのかもしれないけど、犬じゃあなあ……。勝手にうろちょろしてると部屋に戻されちまうし。
 せめてソフィアでもいれば色々違うんだろうけど、あまりこっちに来てくれないんだよな。どうやらそこそこに忙しいやつらしい。
 何度目かの惰眠をむさぼっていると、突然に襖が開いた。

「プニ長様、お休みのところ失礼致します」
「キュン(はいよ)」

 その先にいたのはやはりというべきか、六助だった。

「帰蝶殿が挨拶にいらしております」
「キュ、キュン(誰、それ)」
「お通ししてもよろしいですか?」
「キュ、キュキュン(いや、だから誰だよ)」
「というか絶対お会いになった方がいいのでお通ししますね。むふふ」
「キュウンキュキュ(問答無用かい)」

 どこかいやらしい笑みを浮かべた六助が部屋から去っていった。

 それからしばらく。特にすることもないので縁側で寝ていると、襖が静かにゆっくりと開いた。
 どうせまた六助だろうと思って振り向けば、そこにはちょこんと正座をしている一人の女の子の姿があった。
 年頃は転生前の俺と変わらないくらいに見える。戦国時代風の世界のはずなのに黒のボブカットで、くりくりとした二重の目が印象的だ。着物も浴衣みたいにシンプルなものを纏っていて、「戦国時代の女性」よりは「浴衣を来た女子高生」という表現の方が似合う。
 どこか緊張した面持ちの女の子は、両手をついて土下座みたいな礼をしてから口を開いた。

「ごごっ、ご挨拶が遅れました、私きっ、帰蝶きちょうと申します。よ、よろしくお願い申し上げまするっ!」

 もう一度がばっと礼をする帰蝶さん。よくわからないけど、こっちが心配になるくらい緊張してるな。
 俺は座ったまま右前足をくいくいっとやる。

「キュキュンキュウン(そんなに緊張しなくていいよ)」
「わぁ……!」

 両手で口を隠すようにして上品に驚いた帰蝶さんは、きょろきょろと周囲を確認した後に襖を閉め、俺の近くに一歩寄って来た。
 心なしか頬が紅潮しているように見える。

「あ、あのっ、モフモフを! モフモフを賜ってもよろしいでしょうかっ」
「キュウン(むしろお願いします)」
「ありがたき幸せっ」

 帰蝶さんは俺を抱っこすると頬ずりをし始めた。
 うおお……! 犬の身体なのが悔やまれるぜ! でも人間の身体でこんなことされたら色んなところが尊くなって困っちゃうな~なんちゃって!

「もういっそこのまま、俺の火縄銃でこの子をぶち抜きたいぜえ~!」
「キャンキャン! ……キュウン?(そこまで言ってねえよ! ……ってあれ?)」

 声のした方にはいつの間にか妖精姿のソフィアがいた。右拳をぐぐぐっと握り、感情をあるがままに表現している。

「きゃっ!」

 想定外の来客に驚いた帰蝶さんは、頬ずりを急遽中断して両腕で俺をその胸元に抱きしめてしまう。

「やべえ。このままじゃ俺、また昇天しちゃうかも」
「キュウン(それは思ってる)」
「あっ、こっ、これは大変ご無礼を! 申し訳ござりませぬ!」

 我に帰り、慌てて俺を床へと下ろしてしまう帰蝶さん。
 ソフィアのせいで幸福な時間は急遽終わりを告げてしまった。
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