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酸いも甘いも若者のすべて2
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「見つけてしまった‥‥」
ねっとりとした重たい空気の流れるその部屋は大山田謙人の自室だ。
薄暗い空間で好きなアニメを見ながら物思いに耽り、謙人はこの世の真理に迫ったかのような面持ちで、あることに気づいた
「3回の法則」そう呟いた謙人は頭の中を整理して、1つの結論を導き出す。
「3回の法則」
これは僕が独自に見つけた禁断の心理テクニックである。
もしかしたらどこかの心理学者が先に発見していて、すでに学会に論文が提出されていたりするのかもしれないが、
そんなことは今の自分には関係なく。紛れもなく僕が自分で見つけ出した。
万能かつ優秀な心理的で悪魔的な法則なのである。
この法則は様々な場面で応用可能だが、効果的な使用方法は主に男女間での色恋の場面がふさわしい
3回の法則、それは、3回ギャップのある印象を与えると相手は自分に好意を抱く、というものだ。
試しに女性をこの法則でモノにするための例を挙げてみよう。
まず最初は気品を感じさせるために、紳士的な言動を心掛ける。そうすると
「この人はクールでかっこいい人だな」という印象を抱く。
この時点で第一段階はクリアだ。
第二段階では洒落たジョークを交えて会話を楽しむ「話してみるとなんだか気さくな人なんだな」
と相手は感じ取るはずだ。これでオーケーだ。その時点で彼女は大分好印象を抱いているだろう。
「お仕事は何をされているんですか?」そう彼女が尋ねてくるのも時間の問題だ。
そこで関心を畳み掛けるように「医者です。」とはにかむように告げる。
その瞬間、おそらくその女性はあなたに恋に落ちるだろう。
試したことはないが、おそらくこのテクニックは相当実用的で、強力なもののように感じる。
さっき見ていたラブコメアニメのキャラクターが似たようなことをやっていて、僕の推しの恋心を掻っ攫っていった。
男の僕でさえ画面の中のそのキャラクターの所作には惹かれるものがあった。
そして、これは使える、という確信をもった。
世紀的な大発見に居ても立っても居られなくなった僕は
テレビを消して、愛用の折り畳み財布を手に取り家を飛び出した。
ギラギラと照りつける太陽の紫外線を全身に浴びる。
走っているという事もあり身体中から汗が吹き出す。
スミレさん‥‥
「ヂヂヂヂヂヂ」と油蝉が煩い炎天下の中
謙人は彼女のことを思う。
僕がスミレさんと出会ったのは今からちょうど一年くらい前の夏
青森の高校を卒業して、札幌の大学に通うためにこの土地にやってきた僕は、中学生の時に発症した人見知りという難病のせいで
多種多様な人間の集まる大学生活に馴染めずにいた。大学生になったらもっとポジティブでおしゃべりな明るいキャラになるぞ、と大学デビューを目論んでいたのだが、まあ予想通り、誰かに喋りかける勇気もなく
一人ぼっちで乗り込んできた余所者に居場所を与えてくれるような、慈愛に溢れた者もなく、孤独なキャンパスライフを送っていた。
札幌に来て4ヶ月が経ち、桜の木々は暑さに耐えられずに花を脱いだ。
多くの人が新たな環境にようやく適応してきた7月。いまだに僕は恋人はおろか友人の1人も作ることができなかった。
まずい、まずい、まずい。非常にまずい。
このままでは中学高校の6年間と同じ、アニメしか楽しみのない孤独な学生生活を送ることになってしまう!
なんとかしないと、何かサークルに入るか?
テニスサークルなら確か同じゼミの学生が誰か入っていたはず‥
いや、だめだ!そもそも僕には運動センスというものが生まれつき備えられていない
おそらく練習についていけず、入部してから30分で退部するという前代未聞の記録を叩き出してしまうだろう。
となると文化部か
吹奏楽部?いや、ダメだ運動センス同様に音楽のセンスも僕にはついていない
茶道部とかはどうだ?これもダメだ、1分以上の正座はできる気がしない‥
どうしよう‥‥
そんな葛藤を抱えながらも夏の熱気に茹だった体を冷やすために
謙人は近くにあった小さなカフェに飛び込んだ。
そこで謙人は雷に打たれたかのような衝撃を受ける。
いや、雷に打たれたというのは正確ではない
雷と火事と地震とオヤジ全てが一斉に押し寄せてきたような、あるいはそれ以上の衝撃だった。
肩ほどまである栗色の髪を一つに縛り、エプロン姿でコーヒーを淹れる彼女が神々しい光を放っていた。
それが僕とスミレさんの出会いだ。
「いらっしゃいませ」
凛とした声でこちらを見やる彼女は人によってはツンとした印象を受けてしまうかもしれないが
それでも嫌な感じはしなかった、いやむしろ僕は心地良さを覚えてしまう。
「ご来店は初めてですか?」
入り口の前で棒立ちしている僕に彼女は少し目尻を下げて聞いてきた。
「は、はい!初めてであります!」
声が裏返った、なんたる失態‥‥
恥ずかしさから、彼女の方を直視できずにいる僕を横目に
今はテーブル席が埋まってしまって、カウンター席のご案内になりますと簡潔な説明をして
僕をカウンターに通す。
「ご注文がお決まりの際にまたお呼びください」
そう言うと、彼女はカウンターの中に入っていった。
カウンターの隅っこの席に腰掛け、視界の右斜め前でグラスを磨いている彼女をずっと見ていた。
なんだあの愛らしい生命体は、まさか、天使なのか?
もしかして、ずっとアニメの中のヒロインにガチ恋してた痛い中学生時代だったり、影が薄すぎて僕の分のクラスTシャツを作るのを忘れらた切ない高校生活や
札幌にきてからの4ヶ月間で会話をしたのは大学生協のおばちゃんと、近所のコンビニの店長らしきおじさんだけという
惨い有様に、ようやく神様が「なんかあいつの人生だけ悲惨だな」と気づいて、使いの天使をよこしてくれたのだろうか
神様。ありがとう!生まれてきてよかった!
そんなことを考えていると
呼ばれる気配がなかったからか、彼女の方から
「ご注文、何かお決まりですか?」と声をかけてきた。
彼女に見惚れて、彼女のことばかりを考えていた僕はろくにメニューを見ていなかった。
まずい、こんなに長い時間経過して、飲み物の一つも決まっていないなんて言ったら優柔不断な男と思われてしう。
頭の中がほとんど彼女のことで埋め尽くされていて、正常に機能しない。チラッとメニュー表を見て目に止まった言葉を吐いた。
「タマゴサンドウィッチ」
俯くようにして告げると
「かしこまりました」
と言う彼女の口角が少し上がった。
あの日から毎日のようにカフェに通った。
もちろん目的もなくいけば気味が悪く思われるから
大学の課題をこなしたり、読んだ事もない外国文学を得意げに広げたりして、毎日彼女の働きっぷりを盗み見ていた。
そして、毎日のようにタマゴサンドを齧った。
今日もいつものように彼女の働くカフェに向かっているのだが、今日はいつもと違う目的がある。
3回の法則を駆使して、今日こそは彼女とお近づきになるのだ。
途中、公園によって作戦を考えた。
大丈夫だ、これならいける。シミュレーションバッチリだ。これでスミレさんと僕も‥‥
文字に起こすのも憚られる妄想がいっそう謙人を興奮状態にさせる。
よし!今の僕ならいける!
決戦は今日、スミレさんのいるカフェで
作戦名は恋人
謙人は彼女のいるカフェまで走った。
スミレさん、僕は気になっていることがあるんだ。
それは、あなたの名前、まだ一回も聞くことができていない。
スミレというのは
ネームプレートをしていない彼女の名前が分からず
自分の妄想の中で彼女を呼ぶのに困ったため、謙人が一方的に呼んでいるだけの呼称である。
この作戦がうまくいけば、あなたの本当の名前を教えてくださいね。
カフェに向かう道中、おしゃれな家の庭に綺麗に色をつけたスミレの花が風に揺れて
その家の住人であろう少年が、花に水をやりながらフジファブリックの曲を口ずさんでいた。
カフェについて、意気揚々と扉を開けると、店内は異様な空気に包まれていた。
日に焼けた小麦肌をした金髪のお兄さんが、カウンター越しにスミレさんにしつこく迫っていたのだ
「なあなあ、いいじゃん今日お店終わったらドライブ行こうよ」
軽い口調でスミレさんを口説いている。
店内には他にお客さんも店員もいなかったからか大胆に言い寄る。
「申し訳ありません。できません。お客様がいらしましたので、ご迷惑をかける行動は控えてください」
そして彼女は「いらっしゃいませ」と言い僕を席に通すためにカウンターから出てきた。
その時、金髪男がスミレさんの手をグッと引っ張った。
「いいじゃんもっと、お話しようよ」憎たらしい顔でそう言う。
スミレさんは手を引かれたことに、一瞬苦痛の表情を浮かべた。
そして「申し訳ありません。」と凛として言った。
目の前の光景に僕は怒りが爆発しそうになった。
彼女をを乱暴に扱う、その金髪男が許せなかった。
「おい!!」
気づいた時にはそう、叫んでいた。
思いがけない乱入者にスミレさんも金髪男も一瞬驚いた表情を浮かべていたが
すぐに、なんか文句でもあるのかヒョロヒョロした兄ちゃん、と金髪男がターゲットを僕に定めた。
僕には勝機があった。
相手は僕のことをヒョロヒョした弱いやつと認識している。これはいける。
金髪男に鋭く一瞥をくれて、半身になり両拳を顔の前にだしファイティンぐポーズを取る。
格闘アニメを熱心に見ていたおかげもあり、その姿は意外と様になっている。
金髪男はそれに一瞬たじろぐ
「一度しか言わない。彼女から離れろ。」
その言葉を聞くと金髪男の表情が変わり、こちらを獣の様な眼光で睨む。
「お前みたいな弱々しい奴が、俺に勝てると思ってんのか」
構えだけは一丁前だが、喧嘩なんてしたことがない謙人が戦えば負けることは明らかだった。
「僕は」
頭をフル回転させて、言葉を発する。
「僕はチャンピオンだ。格闘技の」
男は少し面食らった様だったが、すぐに「嘘つけ」と見破ってきた。
心臓がバクバク言っている。
しまった、最初に弱そうに思わせて、実は格闘技のチャンピオンで、さらに親がここら辺を取り仕切っているマフィアのボスっていう
3回の法則で構成された嘘が途中で見破られた。
万策尽きて、焦る謙人に金髪男は
「お前は一体なんなんだよ」と吐き捨てる。
僕は、一体なんなのだ?
僕は、僕は
「スミレさんの‥こ、こ、恋人だ!」
男は目を見開き、スミレさんの方を見やり「まじ?」という表情を浮かべる。
スミレさんは自分がスミレと呼ばれていることに気づかず最初は事態が飲み込めていない様だったが
男の目線を感じ、コクコクと頷く。
なんだよ。彼氏持ちかよ。
と言い金髪男は気だるそうに店を後にした。
僕は全身の力が抜けてその場に座り込む。
「あの。ありがとうございます」
彼女が僕の方に駆け寄ってきて、頭を下げた。
「い、いえ、こちらこそ、勝手に恋人だなんて、ほんとすみません!!」
僕は大きな声で謝る。
「いえ、そんな、本当に助かりました。しつこくて」
彼女はホッと息を吐くように言った。
「何かお礼をさせてください」
スミレさんのその言葉に、僕は言葉が過ぎる。
じゃあ、本当に、僕の恋人になってください。
そういえば彼女は断ることはできないような気がする。
フェアではないが、僕の人生の目的が達成される。
だが‥
「私にできることであれば、なんでもします」
彼女が真面目な声でそんなことを言うもんだから、僕は言ってしまった。
じゃあ。
「あなたの名前を教えてください。」
スミレさんは驚いて、目を見開いた。
そしてフフフと笑みをこぼした。
「葵、加藤葵(カトウアオイ)です。」
儚くも美しい彼女の笑顔を見て。
僕は心の中で呟く
作戦成功。と
ねっとりとした重たい空気の流れるその部屋は大山田謙人の自室だ。
薄暗い空間で好きなアニメを見ながら物思いに耽り、謙人はこの世の真理に迫ったかのような面持ちで、あることに気づいた
「3回の法則」そう呟いた謙人は頭の中を整理して、1つの結論を導き出す。
「3回の法則」
これは僕が独自に見つけた禁断の心理テクニックである。
もしかしたらどこかの心理学者が先に発見していて、すでに学会に論文が提出されていたりするのかもしれないが、
そんなことは今の自分には関係なく。紛れもなく僕が自分で見つけ出した。
万能かつ優秀な心理的で悪魔的な法則なのである。
この法則は様々な場面で応用可能だが、効果的な使用方法は主に男女間での色恋の場面がふさわしい
3回の法則、それは、3回ギャップのある印象を与えると相手は自分に好意を抱く、というものだ。
試しに女性をこの法則でモノにするための例を挙げてみよう。
まず最初は気品を感じさせるために、紳士的な言動を心掛ける。そうすると
「この人はクールでかっこいい人だな」という印象を抱く。
この時点で第一段階はクリアだ。
第二段階では洒落たジョークを交えて会話を楽しむ「話してみるとなんだか気さくな人なんだな」
と相手は感じ取るはずだ。これでオーケーだ。その時点で彼女は大分好印象を抱いているだろう。
「お仕事は何をされているんですか?」そう彼女が尋ねてくるのも時間の問題だ。
そこで関心を畳み掛けるように「医者です。」とはにかむように告げる。
その瞬間、おそらくその女性はあなたに恋に落ちるだろう。
試したことはないが、おそらくこのテクニックは相当実用的で、強力なもののように感じる。
さっき見ていたラブコメアニメのキャラクターが似たようなことをやっていて、僕の推しの恋心を掻っ攫っていった。
男の僕でさえ画面の中のそのキャラクターの所作には惹かれるものがあった。
そして、これは使える、という確信をもった。
世紀的な大発見に居ても立っても居られなくなった僕は
テレビを消して、愛用の折り畳み財布を手に取り家を飛び出した。
ギラギラと照りつける太陽の紫外線を全身に浴びる。
走っているという事もあり身体中から汗が吹き出す。
スミレさん‥‥
「ヂヂヂヂヂヂ」と油蝉が煩い炎天下の中
謙人は彼女のことを思う。
僕がスミレさんと出会ったのは今からちょうど一年くらい前の夏
青森の高校を卒業して、札幌の大学に通うためにこの土地にやってきた僕は、中学生の時に発症した人見知りという難病のせいで
多種多様な人間の集まる大学生活に馴染めずにいた。大学生になったらもっとポジティブでおしゃべりな明るいキャラになるぞ、と大学デビューを目論んでいたのだが、まあ予想通り、誰かに喋りかける勇気もなく
一人ぼっちで乗り込んできた余所者に居場所を与えてくれるような、慈愛に溢れた者もなく、孤独なキャンパスライフを送っていた。
札幌に来て4ヶ月が経ち、桜の木々は暑さに耐えられずに花を脱いだ。
多くの人が新たな環境にようやく適応してきた7月。いまだに僕は恋人はおろか友人の1人も作ることができなかった。
まずい、まずい、まずい。非常にまずい。
このままでは中学高校の6年間と同じ、アニメしか楽しみのない孤独な学生生活を送ることになってしまう!
なんとかしないと、何かサークルに入るか?
テニスサークルなら確か同じゼミの学生が誰か入っていたはず‥
いや、だめだ!そもそも僕には運動センスというものが生まれつき備えられていない
おそらく練習についていけず、入部してから30分で退部するという前代未聞の記録を叩き出してしまうだろう。
となると文化部か
吹奏楽部?いや、ダメだ運動センス同様に音楽のセンスも僕にはついていない
茶道部とかはどうだ?これもダメだ、1分以上の正座はできる気がしない‥
どうしよう‥‥
そんな葛藤を抱えながらも夏の熱気に茹だった体を冷やすために
謙人は近くにあった小さなカフェに飛び込んだ。
そこで謙人は雷に打たれたかのような衝撃を受ける。
いや、雷に打たれたというのは正確ではない
雷と火事と地震とオヤジ全てが一斉に押し寄せてきたような、あるいはそれ以上の衝撃だった。
肩ほどまである栗色の髪を一つに縛り、エプロン姿でコーヒーを淹れる彼女が神々しい光を放っていた。
それが僕とスミレさんの出会いだ。
「いらっしゃいませ」
凛とした声でこちらを見やる彼女は人によってはツンとした印象を受けてしまうかもしれないが
それでも嫌な感じはしなかった、いやむしろ僕は心地良さを覚えてしまう。
「ご来店は初めてですか?」
入り口の前で棒立ちしている僕に彼女は少し目尻を下げて聞いてきた。
「は、はい!初めてであります!」
声が裏返った、なんたる失態‥‥
恥ずかしさから、彼女の方を直視できずにいる僕を横目に
今はテーブル席が埋まってしまって、カウンター席のご案内になりますと簡潔な説明をして
僕をカウンターに通す。
「ご注文がお決まりの際にまたお呼びください」
そう言うと、彼女はカウンターの中に入っていった。
カウンターの隅っこの席に腰掛け、視界の右斜め前でグラスを磨いている彼女をずっと見ていた。
なんだあの愛らしい生命体は、まさか、天使なのか?
もしかして、ずっとアニメの中のヒロインにガチ恋してた痛い中学生時代だったり、影が薄すぎて僕の分のクラスTシャツを作るのを忘れらた切ない高校生活や
札幌にきてからの4ヶ月間で会話をしたのは大学生協のおばちゃんと、近所のコンビニの店長らしきおじさんだけという
惨い有様に、ようやく神様が「なんかあいつの人生だけ悲惨だな」と気づいて、使いの天使をよこしてくれたのだろうか
神様。ありがとう!生まれてきてよかった!
そんなことを考えていると
呼ばれる気配がなかったからか、彼女の方から
「ご注文、何かお決まりですか?」と声をかけてきた。
彼女に見惚れて、彼女のことばかりを考えていた僕はろくにメニューを見ていなかった。
まずい、こんなに長い時間経過して、飲み物の一つも決まっていないなんて言ったら優柔不断な男と思われてしう。
頭の中がほとんど彼女のことで埋め尽くされていて、正常に機能しない。チラッとメニュー表を見て目に止まった言葉を吐いた。
「タマゴサンドウィッチ」
俯くようにして告げると
「かしこまりました」
と言う彼女の口角が少し上がった。
あの日から毎日のようにカフェに通った。
もちろん目的もなくいけば気味が悪く思われるから
大学の課題をこなしたり、読んだ事もない外国文学を得意げに広げたりして、毎日彼女の働きっぷりを盗み見ていた。
そして、毎日のようにタマゴサンドを齧った。
今日もいつものように彼女の働くカフェに向かっているのだが、今日はいつもと違う目的がある。
3回の法則を駆使して、今日こそは彼女とお近づきになるのだ。
途中、公園によって作戦を考えた。
大丈夫だ、これならいける。シミュレーションバッチリだ。これでスミレさんと僕も‥‥
文字に起こすのも憚られる妄想がいっそう謙人を興奮状態にさせる。
よし!今の僕ならいける!
決戦は今日、スミレさんのいるカフェで
作戦名は恋人
謙人は彼女のいるカフェまで走った。
スミレさん、僕は気になっていることがあるんだ。
それは、あなたの名前、まだ一回も聞くことができていない。
スミレというのは
ネームプレートをしていない彼女の名前が分からず
自分の妄想の中で彼女を呼ぶのに困ったため、謙人が一方的に呼んでいるだけの呼称である。
この作戦がうまくいけば、あなたの本当の名前を教えてくださいね。
カフェに向かう道中、おしゃれな家の庭に綺麗に色をつけたスミレの花が風に揺れて
その家の住人であろう少年が、花に水をやりながらフジファブリックの曲を口ずさんでいた。
カフェについて、意気揚々と扉を開けると、店内は異様な空気に包まれていた。
日に焼けた小麦肌をした金髪のお兄さんが、カウンター越しにスミレさんにしつこく迫っていたのだ
「なあなあ、いいじゃん今日お店終わったらドライブ行こうよ」
軽い口調でスミレさんを口説いている。
店内には他にお客さんも店員もいなかったからか大胆に言い寄る。
「申し訳ありません。できません。お客様がいらしましたので、ご迷惑をかける行動は控えてください」
そして彼女は「いらっしゃいませ」と言い僕を席に通すためにカウンターから出てきた。
その時、金髪男がスミレさんの手をグッと引っ張った。
「いいじゃんもっと、お話しようよ」憎たらしい顔でそう言う。
スミレさんは手を引かれたことに、一瞬苦痛の表情を浮かべた。
そして「申し訳ありません。」と凛として言った。
目の前の光景に僕は怒りが爆発しそうになった。
彼女をを乱暴に扱う、その金髪男が許せなかった。
「おい!!」
気づいた時にはそう、叫んでいた。
思いがけない乱入者にスミレさんも金髪男も一瞬驚いた表情を浮かべていたが
すぐに、なんか文句でもあるのかヒョロヒョロした兄ちゃん、と金髪男がターゲットを僕に定めた。
僕には勝機があった。
相手は僕のことをヒョロヒョした弱いやつと認識している。これはいける。
金髪男に鋭く一瞥をくれて、半身になり両拳を顔の前にだしファイティンぐポーズを取る。
格闘アニメを熱心に見ていたおかげもあり、その姿は意外と様になっている。
金髪男はそれに一瞬たじろぐ
「一度しか言わない。彼女から離れろ。」
その言葉を聞くと金髪男の表情が変わり、こちらを獣の様な眼光で睨む。
「お前みたいな弱々しい奴が、俺に勝てると思ってんのか」
構えだけは一丁前だが、喧嘩なんてしたことがない謙人が戦えば負けることは明らかだった。
「僕は」
頭をフル回転させて、言葉を発する。
「僕はチャンピオンだ。格闘技の」
男は少し面食らった様だったが、すぐに「嘘つけ」と見破ってきた。
心臓がバクバク言っている。
しまった、最初に弱そうに思わせて、実は格闘技のチャンピオンで、さらに親がここら辺を取り仕切っているマフィアのボスっていう
3回の法則で構成された嘘が途中で見破られた。
万策尽きて、焦る謙人に金髪男は
「お前は一体なんなんだよ」と吐き捨てる。
僕は、一体なんなのだ?
僕は、僕は
「スミレさんの‥こ、こ、恋人だ!」
男は目を見開き、スミレさんの方を見やり「まじ?」という表情を浮かべる。
スミレさんは自分がスミレと呼ばれていることに気づかず最初は事態が飲み込めていない様だったが
男の目線を感じ、コクコクと頷く。
なんだよ。彼氏持ちかよ。
と言い金髪男は気だるそうに店を後にした。
僕は全身の力が抜けてその場に座り込む。
「あの。ありがとうございます」
彼女が僕の方に駆け寄ってきて、頭を下げた。
「い、いえ、こちらこそ、勝手に恋人だなんて、ほんとすみません!!」
僕は大きな声で謝る。
「いえ、そんな、本当に助かりました。しつこくて」
彼女はホッと息を吐くように言った。
「何かお礼をさせてください」
スミレさんのその言葉に、僕は言葉が過ぎる。
じゃあ、本当に、僕の恋人になってください。
そういえば彼女は断ることはできないような気がする。
フェアではないが、僕の人生の目的が達成される。
だが‥
「私にできることであれば、なんでもします」
彼女が真面目な声でそんなことを言うもんだから、僕は言ってしまった。
じゃあ。
「あなたの名前を教えてください。」
スミレさんは驚いて、目を見開いた。
そしてフフフと笑みをこぼした。
「葵、加藤葵(カトウアオイ)です。」
儚くも美しい彼女の笑顔を見て。
僕は心の中で呟く
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