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酸いも甘いも若者のすべて
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ボヤボヤとした陽炎が街を呑み込んでいる晩夏
ちょっと前に、若者のすべてを口ずさんでいた少年が私の前を通り過ぎた。
その曲を歌っていたのは、多分ピーク時よりはいくらか過ごしやすくなり
夏の寿命が近づいていることを感じたからなんだろう。
その割には目の前にいる美咲ちゃんの額からは汗が朝露のように滴る
「夏といえば」思い出したように美咲ちゃんが口を開いて話を始めた。
去年一緒に銭箱の海に行った時のことを覚えている?そうそう近くにホテルのある。
突然あなたが泣きながら電話を寄越すものだからびっくりしちゃって、
こんなこと初めてだったから随分と心配したのよ。でも、少しホッとしたの。
あなたも何かに傷ついて悲しんだり、気分が落ち込むこともあるんだ。って思った。
今から13年前
小学4年生の時に東京から転校してきた加藤葵(カトウアオイ)は、私たちとはどこかが違って見えた。
都会の匂いを纏ったあなたが1人だけ高貴な存在に思えたの。
時間が少し経つとあなたは段々と孤立していって、いつの間にか都会のオーラも無くなって
ずっと自分の席に座ってそこから動かなかったわね。誰かに話しかけられてもツンとして壁を作っていたし
私以外と話しているのを見たことがないわ。
中学校は別々だったけど、高校生になって3年ぶりにあなたを見た時は雷に打たれたような気分になったわ
周りが色恋や部活動に青春を捧げている中、あなたは教室のど真ん中の席でサリンジャーを開いていたの
居場所を探して狼狽することもなく、誰かの顔色を伺うこともなく
ただその場に太い根っこを張って、強い風が吹こうが、雷が落ちようが。
複雑で面倒くさいしがらみとは無縁に生きている感じがした。
そんなあなたがちょっと嫌いだった。いや、今もちょっと嫌いかも。
学生時代は運動も勉強も私の方が出来たし
男の子にだって私の方がずっと人気があったのよ。
あなたはというと、他人に関心がなくて、周りの人間に何を言われようが
なんと思われようがへっちゃらそうで、別の世界に住んでいるようだった。
みんなはあなたのことを、つまらない奴、空気の読めない女、と罵ったり
傷つけようと心ない言葉をぶつけたりもした。中には行き過ぎた意地悪をしてきた子もいたわ。
でも、結局は意地悪してた側が折れてしまうの、それくらいあなたは私たちの住む世界に関心がなかった。
私はそんなあなたの唯一の友達なんじゃないかな?
高校1年生の時に教室でなんとなく口ずさんでいた、ちょっと古い曲
私のちっちゃな歌を聴いて地蔵みたいに静かだったあなたが目の色を変えて
「美咲ちゃん、フジファブリック好きなの!?」なんて、あんな勢いと剣幕で言われたら
「はい、好きです」としかいえないわよ。バンドのことなんか全然わからないのに
あなたににわかだってことがバレないように、ネットでそのフジファブリックのこと相当調べたんだから
なけなしのお小遣いでCDも買ったし、しかも初回限定版のやつ。
そしたら、あなたすごく嬉しそうに私に話しかけてくるようになったじゃない。
高校を卒業してからはすっかり会うこともなくなったけれど
私の知らないところで、男の子のことで悩むようになっていたなんて
あなたも人間らしくなったもんね。
あなたのことなら誰よりも理解していると思っていたのに
まさか結婚するなんて、想定外すぎる。
詳しく問い詰めたかったんだけど
夜の銭箱は寒くてそれどころじゃなかったよ。全く
けれど、その時のあなたは見たことのない優しい顔をしていた。
幸せそうな涙を携えて、優しい顔を。
そりゃ、一緒にいたらぶつかる事くらいあるわよ
ほんとに‥‥
羨ましい限りだよ。
今の私なんて、
歳に似合わない甘い香水と加齢の香りの入り混じった男の人と
一緒にお酒を飲んで面白くもない話に笑ったり
よくわからない味のする料理に目を見開いて喜んだり
床の上では男の人を喜ばせることに一生懸命になったり、そんなことをして生きているの。
不安とか少し不満に思うこともあるけど、不自由はなく生きていられるのよ。
たまに昔のことを思い出すわ。
言動や身なり一つで順位の変わるカースト制のことや
みんなで話している時は楽しそうな演技をして、誰かが席を外すと一斉にその子への中傷が始まるの
私はその場の空気を壊さないように、汚い言葉を吐くんだけど
いつ自分の番になるんだろう、この発言は誰かの癪に障らないかしら
なんて考えながら私は学生時代を送っていた。
なんか、、
今も昔も変わってないわね、
ずっと何かに怯えて、誰かの機嫌をとってばかり
疲れちゃうよね。
静かな夜にはいつも決まって自己嫌悪が襲ってくるの
そして、あなたのことを思い出す。
私がビクビクしながらも一生語り継げるような青春時代を築こうとしてる横で
何事にも動じずに、バナナフィッシュを読んでいるあなたを。
本当に羨ましいよ。ずっと羨ましかったんだよ。
羨まし過ぎて、私はあなたが大嫌いだったもん。
でもね。本当はそんな自分が案外好きだったりするの。
確かに自己嫌悪に襲われて、誰か他の人の人生を歩みたい!って思うこともあるけど
もし他の人生を歩めたとしても、多分また同じことを思うのよね。
だったらもう諦めてこの自分の人生を謳歌するしかないじゃない、
他人の顔色を伺って、愛想を振りまくのも、立派な私の武器で私の生き方だから。
会って嬉しくもない人にだって、「お目にかかれて嬉しかった。」って
生きていたいならこういうことを言わないといけないもんね。
あなたの好きなサリンジャーが言ってたわ。
だからこれからも私はビクビクしながら、この世界で生き抜いていくわ。
ありがとう葵。
そう優しくつぶやくと、
美咲ちゃんは私のお墓に水を巻いて、私の好きなクチナシの花をお供えしてくれた
目から滴る透明な涙を拭って、美咲ちゃんは自分の世界に帰っていった。
ちょっと前に、若者のすべてを口ずさんでいた少年が私の前を通り過ぎた。
その曲を歌っていたのは、多分ピーク時よりはいくらか過ごしやすくなり
夏の寿命が近づいていることを感じたからなんだろう。
その割には目の前にいる美咲ちゃんの額からは汗が朝露のように滴る
「夏といえば」思い出したように美咲ちゃんが口を開いて話を始めた。
去年一緒に銭箱の海に行った時のことを覚えている?そうそう近くにホテルのある。
突然あなたが泣きながら電話を寄越すものだからびっくりしちゃって、
こんなこと初めてだったから随分と心配したのよ。でも、少しホッとしたの。
あなたも何かに傷ついて悲しんだり、気分が落ち込むこともあるんだ。って思った。
今から13年前
小学4年生の時に東京から転校してきた加藤葵(カトウアオイ)は、私たちとはどこかが違って見えた。
都会の匂いを纏ったあなたが1人だけ高貴な存在に思えたの。
時間が少し経つとあなたは段々と孤立していって、いつの間にか都会のオーラも無くなって
ずっと自分の席に座ってそこから動かなかったわね。誰かに話しかけられてもツンとして壁を作っていたし
私以外と話しているのを見たことがないわ。
中学校は別々だったけど、高校生になって3年ぶりにあなたを見た時は雷に打たれたような気分になったわ
周りが色恋や部活動に青春を捧げている中、あなたは教室のど真ん中の席でサリンジャーを開いていたの
居場所を探して狼狽することもなく、誰かの顔色を伺うこともなく
ただその場に太い根っこを張って、強い風が吹こうが、雷が落ちようが。
複雑で面倒くさいしがらみとは無縁に生きている感じがした。
そんなあなたがちょっと嫌いだった。いや、今もちょっと嫌いかも。
学生時代は運動も勉強も私の方が出来たし
男の子にだって私の方がずっと人気があったのよ。
あなたはというと、他人に関心がなくて、周りの人間に何を言われようが
なんと思われようがへっちゃらそうで、別の世界に住んでいるようだった。
みんなはあなたのことを、つまらない奴、空気の読めない女、と罵ったり
傷つけようと心ない言葉をぶつけたりもした。中には行き過ぎた意地悪をしてきた子もいたわ。
でも、結局は意地悪してた側が折れてしまうの、それくらいあなたは私たちの住む世界に関心がなかった。
私はそんなあなたの唯一の友達なんじゃないかな?
高校1年生の時に教室でなんとなく口ずさんでいた、ちょっと古い曲
私のちっちゃな歌を聴いて地蔵みたいに静かだったあなたが目の色を変えて
「美咲ちゃん、フジファブリック好きなの!?」なんて、あんな勢いと剣幕で言われたら
「はい、好きです」としかいえないわよ。バンドのことなんか全然わからないのに
あなたににわかだってことがバレないように、ネットでそのフジファブリックのこと相当調べたんだから
なけなしのお小遣いでCDも買ったし、しかも初回限定版のやつ。
そしたら、あなたすごく嬉しそうに私に話しかけてくるようになったじゃない。
高校を卒業してからはすっかり会うこともなくなったけれど
私の知らないところで、男の子のことで悩むようになっていたなんて
あなたも人間らしくなったもんね。
あなたのことなら誰よりも理解していると思っていたのに
まさか結婚するなんて、想定外すぎる。
詳しく問い詰めたかったんだけど
夜の銭箱は寒くてそれどころじゃなかったよ。全く
けれど、その時のあなたは見たことのない優しい顔をしていた。
幸せそうな涙を携えて、優しい顔を。
そりゃ、一緒にいたらぶつかる事くらいあるわよ
ほんとに‥‥
羨ましい限りだよ。
今の私なんて、
歳に似合わない甘い香水と加齢の香りの入り混じった男の人と
一緒にお酒を飲んで面白くもない話に笑ったり
よくわからない味のする料理に目を見開いて喜んだり
床の上では男の人を喜ばせることに一生懸命になったり、そんなことをして生きているの。
不安とか少し不満に思うこともあるけど、不自由はなく生きていられるのよ。
たまに昔のことを思い出すわ。
言動や身なり一つで順位の変わるカースト制のことや
みんなで話している時は楽しそうな演技をして、誰かが席を外すと一斉にその子への中傷が始まるの
私はその場の空気を壊さないように、汚い言葉を吐くんだけど
いつ自分の番になるんだろう、この発言は誰かの癪に障らないかしら
なんて考えながら私は学生時代を送っていた。
なんか、、
今も昔も変わってないわね、
ずっと何かに怯えて、誰かの機嫌をとってばかり
疲れちゃうよね。
静かな夜にはいつも決まって自己嫌悪が襲ってくるの
そして、あなたのことを思い出す。
私がビクビクしながらも一生語り継げるような青春時代を築こうとしてる横で
何事にも動じずに、バナナフィッシュを読んでいるあなたを。
本当に羨ましいよ。ずっと羨ましかったんだよ。
羨まし過ぎて、私はあなたが大嫌いだったもん。
でもね。本当はそんな自分が案外好きだったりするの。
確かに自己嫌悪に襲われて、誰か他の人の人生を歩みたい!って思うこともあるけど
もし他の人生を歩めたとしても、多分また同じことを思うのよね。
だったらもう諦めてこの自分の人生を謳歌するしかないじゃない、
他人の顔色を伺って、愛想を振りまくのも、立派な私の武器で私の生き方だから。
会って嬉しくもない人にだって、「お目にかかれて嬉しかった。」って
生きていたいならこういうことを言わないといけないもんね。
あなたの好きなサリンジャーが言ってたわ。
だからこれからも私はビクビクしながら、この世界で生き抜いていくわ。
ありがとう葵。
そう優しくつぶやくと、
美咲ちゃんは私のお墓に水を巻いて、私の好きなクチナシの花をお供えしてくれた
目から滴る透明な涙を拭って、美咲ちゃんは自分の世界に帰っていった。
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