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忠珍鱈

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「さっきの言葉、訂正しないといけないな」
「え……?」
「君のこと、守ることができなかった……さっき私はそう言ったね。でも……君はもうとっくに、そんな子供ではなかったんだね」
「時田さん……」
「君の働きぶりを見ていれば分かりそうなものなのに、まったくね。私の中では君はどうにも、あの高校生の姿のままらしい」

困ったものだよ、とため息を吐く時田に、駈は心の中がふわっと温かくなるのを感じて……そして、はっと気が付く。

「高校生……?」

彼の言葉は明らかにおかしかった。
なぜなら、彼と出会ったのはあの会社に入ってからのはず――
ぐるぐると混乱している駈に、時田はくすりと笑い、ネタばらしをした。

「第○回……だっけかな? 高校生作曲コンクール入賞、樋野駈くん」
「……!!」
「あの時の審査員の一人が、私だったんだよ」

と、プルル、と時田のスマホが音を立てる。
時田は駈へと手で詫びると、通話ボタンを押した。
電話口の向こうからは元気な女性の声が響いてくる。
もう駐車場まで着いたからね、という声が耳を澄まさずとも聞こえてきて、駈は椅子から立ち上がった。

「もう行くのかい」
通話を終えた時田が残念そうな顔をする。
「諸々の手続きとかはもう済んでいるんだ。後は帰るだけだから、良かったら乗っていかないか?」
そう気を遣う時田に、駈は「お気持ちだけで」と頭を下げた。
「それよりも……もっと身体が良くなったら、一緒にご飯、行きませんか」
そう笑いかけると、彼もまた「ああ、是非とも」と笑い返した。

「それでは、お体大切にお過ごしくださいね」
「ありがとう。君も、仕事と……その、指輪の子を大切にね」
「……っ、あ、ありがとうございます! それでは、失礼します……っ」
「ふふっ」
真っ赤な顔でつかえながらそう返す駈を微笑ましく見つめていた時田だったが。
ふと、その表情をひきしめると、ドアへと向かっていた駈を呼び止めた。

「最後に、お節介を承知で言ってもいいかな」
「……?」
振り向いた駈に、時田は「説教くさいって思わないでね」と眉を下げた。

「仕事と同じくらい、いや、仕事以上に……夫婦ってのは難しいもんでね。こういう予想できないことだって起こったりするわけだしさ」
時田はそう言って首をすくめる。
「でもこういうことって、程度の差こそあれ、どこの夫婦にだってありうることみたいでね。今、幸せの絶頂にいるだろう君に、こんな水を差すようなこと言いたくはないんだけど……少なくとも私の周りでは、事実のようだから」
時田は困ったように笑った後、じっと駈を見つめた。

「だからこそ……どんなときも、二人で乗り越えていくんだよ」

「……」
駈は言葉が出なかった。
彼の口から発せられるその台詞はとても重みがあって、それは間違いなく、駈へのエールだった。
だが……駈にはそれが、どこか「覚悟」を試されているようにも感じられた。

駈は手すりに掛けていた指を外すと、もう一度、時田の方へと身体を向ける。
そして、彼の目をまっすぐに見つめ返した。

「時田さんの言う通り……俺たちはきっと、順風満帆とは程遠い生活を送ることになると思います。今までもそうだったように、これからだって」

駈はゆっくり息を吐くと、右手でそっと、銀色の指輪を撫でた。

「でも……あいつとだったら、そんな日々の繰り返しだって、楽しんでいけそうな気がするんです。そうして、あいつと一緒に、少しずつ前に進んでいければな、って……そう、思ってます」

力強くそう言い切った駈に、時田は一つ、うん、と大きく頷く。
そして、ひときわ柔らかく微笑んだ。

「樋野くんらしい言葉だね」
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