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「いやぁ、ごちそうさまでした!」
二人で店を出るころには、天気予報が言っていた通り雪がちらちらと舞い始めていた。
途中すっかりグダグダになっていた藤河だったが、若さのせいなのか駈が水をしこたま飲ませたせいなのかは知らないが、とりあえず「元気な酔っ払い」ぐらいまでには回復していた。
「いや、こちらこそ。久々に藤河と飲めて楽しかったよ」
酒のせいか、するりとそんな台詞が飛び出す。
「またそのうち、付き合ってくれるか? ただし、次はお互いもう少し抑えような」
そう言って笑いかけると、藤河は「樋野サン……!」と感極まった声を上げた。
「ぜひぜひ、もうすぐにでも……! というか、年末はいつから休みですか!?」
すぐにポケットからスマホを取り出した藤河は、スケジュールを開いた途端、「あっ!」と声を上げた。
「大切なこと、伝えるの忘れてました……」
藤河は口元を覆うと、真面目な顔で駈へと向き直った。
「樋野サンがよく言っていた、あの部長さん……ええと、」
「ああ、時田さんか?」
「そう、そうです」
羽根田以上に予想外なその名前に、駈は驚きと共に、顔を強張らせる。
「時田さんが、どうかしたのか……?」
震えそうになる声を抑えて何とかそう返す。
「あの、その人って入院されていたんですよね?」
「そう、だけど……」
「えっと、それがですね……」
そう言ったきり、藤河は必死にスマホを弄っている。
その目は、曇ってしまった眼鏡のせいでよく見えなかった。
「……」
不安がじわじわと身体を蝕んでいく。
自分がつばを飲み込む音がやけにはっきりと耳奥に響く。
彼の次の言葉を待つ間が、まるで永遠のようにも長く感じられた。
と、伏せられていた顔が上がる。
藤河は視界を遮る眼鏡を外すと、その目を柔らかく細めた。
「ついこの間……決まったそうですよ、退院日」
「え……っ」
「すみません、その日にち、メモしてたはずなんだけどなぁ……って、樋野サン?」
眼鏡を拭く手を止め「大丈夫ですか?」と覗き込む藤河に、駈は声も出せず、目をぎゅっと瞑ったまま、こくこくと首を振った。
そんな駈の反応に、藤河は掛け直したそれの下に困った表情を浮かべた。
「このことを教えたら、きっと樋野サンは喜ぶからって……そう言っていたんだけどなぁ……社長が」
「えっ、社長?」
思わず顔を上げた駈に、藤河は何でもないことのように「はい、そうですけど……?」と首を傾げた。
「社長、僕と樋野サンが仲良いって知っていたみたいで。もし、話す機会があれば教えてやってくれ、って頼まれてたんですよ。だから……って、えっ、うそ、樋野サン!?」
熱い雫が、とうとう頬を伝っていく。
「ちょ、ど、どうしたんですか!?」
「ぅっ……」
そうして一度決壊してしまえば、もう抑えることなどできなかった。
次から次へと溢れ続けるそれが、外気に冷えた頬を濡らしていく。
藤河は慌ててバッグの中を漁ると、しわくちゃのポケットティッシュを無理やり駈の目元に押し当てた。
「ああもう、泣かないでくださいよ……っ」
突然のことにオロオロと戸惑いまくっている藤河。
……そして、そんな彼の姿を見ているうちに、逆に駈の方が落ち着いてきてしまった。
駈は涙を拭ってどうにか笑顔を作ると、「大丈夫だから」とその手をそっと押し戻す。
そして、駈以上に泣きそうになっている藤河をまっすぐに見つめた。
「なぁ、その、時田さんのことだけど――」
二人で店を出るころには、天気予報が言っていた通り雪がちらちらと舞い始めていた。
途中すっかりグダグダになっていた藤河だったが、若さのせいなのか駈が水をしこたま飲ませたせいなのかは知らないが、とりあえず「元気な酔っ払い」ぐらいまでには回復していた。
「いや、こちらこそ。久々に藤河と飲めて楽しかったよ」
酒のせいか、するりとそんな台詞が飛び出す。
「またそのうち、付き合ってくれるか? ただし、次はお互いもう少し抑えような」
そう言って笑いかけると、藤河は「樋野サン……!」と感極まった声を上げた。
「ぜひぜひ、もうすぐにでも……! というか、年末はいつから休みですか!?」
すぐにポケットからスマホを取り出した藤河は、スケジュールを開いた途端、「あっ!」と声を上げた。
「大切なこと、伝えるの忘れてました……」
藤河は口元を覆うと、真面目な顔で駈へと向き直った。
「樋野サンがよく言っていた、あの部長さん……ええと、」
「ああ、時田さんか?」
「そう、そうです」
羽根田以上に予想外なその名前に、駈は驚きと共に、顔を強張らせる。
「時田さんが、どうかしたのか……?」
震えそうになる声を抑えて何とかそう返す。
「あの、その人って入院されていたんですよね?」
「そう、だけど……」
「えっと、それがですね……」
そう言ったきり、藤河は必死にスマホを弄っている。
その目は、曇ってしまった眼鏡のせいでよく見えなかった。
「……」
不安がじわじわと身体を蝕んでいく。
自分がつばを飲み込む音がやけにはっきりと耳奥に響く。
彼の次の言葉を待つ間が、まるで永遠のようにも長く感じられた。
と、伏せられていた顔が上がる。
藤河は視界を遮る眼鏡を外すと、その目を柔らかく細めた。
「ついこの間……決まったそうですよ、退院日」
「え……っ」
「すみません、その日にち、メモしてたはずなんだけどなぁ……って、樋野サン?」
眼鏡を拭く手を止め「大丈夫ですか?」と覗き込む藤河に、駈は声も出せず、目をぎゅっと瞑ったまま、こくこくと首を振った。
そんな駈の反応に、藤河は掛け直したそれの下に困った表情を浮かべた。
「このことを教えたら、きっと樋野サンは喜ぶからって……そう言っていたんだけどなぁ……社長が」
「えっ、社長?」
思わず顔を上げた駈に、藤河は何でもないことのように「はい、そうですけど……?」と首を傾げた。
「社長、僕と樋野サンが仲良いって知っていたみたいで。もし、話す機会があれば教えてやってくれ、って頼まれてたんですよ。だから……って、えっ、うそ、樋野サン!?」
熱い雫が、とうとう頬を伝っていく。
「ちょ、ど、どうしたんですか!?」
「ぅっ……」
そうして一度決壊してしまえば、もう抑えることなどできなかった。
次から次へと溢れ続けるそれが、外気に冷えた頬を濡らしていく。
藤河は慌ててバッグの中を漁ると、しわくちゃのポケットティッシュを無理やり駈の目元に押し当てた。
「ああもう、泣かないでくださいよ……っ」
突然のことにオロオロと戸惑いまくっている藤河。
……そして、そんな彼の姿を見ているうちに、逆に駈の方が落ち着いてきてしまった。
駈は涙を拭ってどうにか笑顔を作ると、「大丈夫だから」とその手をそっと押し戻す。
そして、駈以上に泣きそうになっている藤河をまっすぐに見つめた。
「なぁ、その、時田さんのことだけど――」
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