dominante_motion

忠珍鱈

文字の大きさ
上 下
82 / 98

82

しおりを挟む
「いやぁ、ごちそうさまでした!」

二人で店を出るころには、天気予報が言っていた通り雪がちらちらと舞い始めていた。

途中すっかりグダグダになっていた藤河だったが、若さのせいなのか駈が水をしこたま飲ませたせいなのかは知らないが、とりあえず「元気な酔っ払い」ぐらいまでには回復していた。

「いや、こちらこそ。久々に藤河と飲めて楽しかったよ」
酒のせいか、するりとそんな台詞が飛び出す。
「またそのうち、付き合ってくれるか? ただし、次はお互いもう少し抑えような」
そう言って笑いかけると、藤河は「樋野サン……!」と感極まった声を上げた。
「ぜひぜひ、もうすぐにでも……! というか、年末はいつから休みですか!?」
すぐにポケットからスマホを取り出した藤河は、スケジュールを開いた途端、「あっ!」と声を上げた。

「大切なこと、伝えるの忘れてました……」

藤河は口元を覆うと、真面目な顔で駈へと向き直った。

「樋野サンがよく言っていた、あの部長さん……ええと、」
「ああ、時田さんか?」
「そう、そうです」
羽根田以上に予想外なその名前に、駈は驚きと共に、顔を強張らせる。
「時田さんが、どうかしたのか……?」
震えそうになる声を抑えて何とかそう返す。
「あの、その人って入院されていたんですよね?」
「そう、だけど……」
「えっと、それがですね……」

そう言ったきり、藤河は必死にスマホを弄っている。
その目は、曇ってしまった眼鏡のせいでよく見えなかった。

「……」
不安がじわじわと身体を蝕んでいく。
自分がつばを飲み込む音がやけにはっきりと耳奥に響く。
彼の次の言葉を待つ間が、まるで永遠のようにも長く感じられた。

と、伏せられていた顔が上がる。
藤河は視界を遮る眼鏡を外すと、その目を柔らかく細めた。

「ついこの間……決まったそうですよ、退院日」
「え……っ」
「すみません、その日にち、メモしてたはずなんだけどなぁ……って、樋野サン?」
眼鏡を拭く手を止め「大丈夫ですか?」と覗き込む藤河に、駈は声も出せず、目をぎゅっと瞑ったまま、こくこくと首を振った。

そんな駈の反応に、藤河は掛け直したそれの下に困った表情を浮かべた。
「このことを教えたら、きっと樋野サンは喜ぶからって……そう言っていたんだけどなぁ……社長が」
「えっ、社長?」
思わず顔を上げた駈に、藤河は何でもないことのように「はい、そうですけど……?」と首を傾げた。

「社長、僕と樋野サンが仲良いって知っていたみたいで。もし、話す機会があれば教えてやってくれ、って頼まれてたんですよ。だから……って、えっ、うそ、樋野サン!?」

熱い雫が、とうとう頬を伝っていく。

「ちょ、ど、どうしたんですか!?」
「ぅっ……」
そうして一度決壊してしまえば、もう抑えることなどできなかった。
次から次へと溢れ続けるそれが、外気に冷えた頬を濡らしていく。

藤河は慌ててバッグの中を漁ると、しわくちゃのポケットティッシュを無理やり駈の目元に押し当てた。
「ああもう、泣かないでくださいよ……っ」

突然のことにオロオロと戸惑いまくっている藤河。
……そして、そんな彼の姿を見ているうちに、逆に駈の方が落ち着いてきてしまった。

駈は涙を拭ってどうにか笑顔を作ると、「大丈夫だから」とその手をそっと押し戻す。
そして、駈以上に泣きそうになっている藤河をまっすぐに見つめた。

「なぁ、その、時田さんのことだけど――」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

開発されに通院中

浅上秀
BL
医者×サラリーマン 体の不調を訴えて病院を訪れたサラリーマンの近藤猛。 そこで医者の真壁健太に患部を触られ感じてしまう。 さらなる快楽を求めて通院する近藤は日に日に真壁に調教されていく…。 開発し開発される二人の変化する関係の行く末はいかに? 本編完結 番外編あり … 連載 BL なお作者には専門知識等はございません。全てフィクションです。 ※入院編に関して。 大腸検査は消化器科ですがフィクション上のご都合主義ということで大目に見ながらご覧ください。 …………

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

【完結】もっと、孕ませて

ナツキ
BL
3Pのえちえち話です。

おねしょ癖のせいで恋人のお泊まりを避け続けて不信感持たれて喧嘩しちゃう話

こじらせた処女
BL
 網谷凛(あみやりん)には付き合って半年の恋人がいるにもかかわらず、一度もお泊まりをしたことがない。それは彼自身の悩み、おねしょをしてしまうことだった。  ある日の会社帰り、急な大雨で網谷の乗る電車が止まり、帰れなくなってしまう。どうしようかと悩んでいたところに、彼氏である市川由希(いちかわゆき)に鉢合わせる。泊まって行くことを強く勧められてしまい…?

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

年上が敷かれるタイプの短編集

あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。 予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です! 全話独立したお話です! 【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】 ------------------ 新しい短編集を出しました。 詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。

処理中です...