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忠珍鱈

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路地を少し入ったところにある完全個室のその店は、以前英に連れてきてもらったところだった。
酒が旨いのはもちろんのこと料理もしっかりしたものが多く、藤河から誘いがあったとき、真っ先に浮かんだのがここだった。

気取りすぎないが洒落た雰囲気の店内に、藤河は店員が下がってすぐ「なんですかココ、素敵ですね」と興奮した様子できょろきょろと部屋を見回した。


乾杯、とグラスを合わせた後、藤河は開口一番、
「それで、樋野サンの方はどうなんですか?」
と身を乗り出した。
その勢いに駈が思わず苦笑すると、藤河は慌てたように「あ、別にスパイ行為をしようって訳じゃないですから!」とぶんぶんと手を振った。

「というか、お前……山潟から、聞いているんだろ?」
眉を上げ、下から覗き込むように藤河を見やる。
「あっ、いや、それは……っ」
藤河はグラスから慌てて口を離すと、そうあからさまにうろたえた。
だが、以前山潟が『お前の定期報告を求められて辛い』と愚痴っていたので、まず間違いはないはずだ。
「……」
なおも口ごもったままの藤河だったが……駈のその確信めいた物言いと視線に、もはやこれまでと悟ったらしい。
「でも……直接、聞きたいんすよ!」
と、赤い顔を隠そうともせず、やけっぱちにそう言った。


「あいつ、俺を勧誘したとき、いかにも小さい会社だって感じのこと言っていたんだよ」

暖房の効いた室内で飲む冷えたビールも最高だなと思いながら、駈はグラスの中身を全て喉へと流し込む。
藤河もそれに倣ってグラスを空けようとしたので、駈は「お前、俺より弱いんだからやめとけよ」と笑いながらたしなめた。

「でも、いざ働いてみるとそんなこともなくてさ。まぁ、確かに物理的にはそうなんだけど」
これあいつに言うなよ、と口止めすると、藤河は「もちろんです」と親指を立てた。

「入ってくる仕事も色々で、まだまだ覚えることも多いけど……周りもクセが強い割にみな気さくでさ。おかげさまで、毎日忙しくさせてもらっているよ」

口元に笑みを浮かべながら駈がそう言うと、藤河は「そうですか」とまるで自分のことのように目を細めた。

そんな嬉しそうな藤河の様子に、つられて緩む頬を隠そうとお通しに箸を付けながら、駈は「そういえば」と言葉を続けた。

「この前、嬉しいことがあってさ」
「え、なんですかなんですか」

一層身を乗り出しきらきらと目を輝かせる藤河に「いや、そんなに凄いことじゃないんだけども」と宥めつつ、スマホを取り出す。

「山潟が長い間メインで携わってきたゲームがあるんだけど、それがこの前、○○誌の注目ゲームアプリランキングに入ったんだよ。えっと……」

駈が動作の遅いスマホに四苦八苦している間に、藤河はポケットから自分のを取り出すと、ささっと指を動かして英の前に差し出す。
「これですよね!」
画面には既に、ドット絵が懐かしい感じのゲームが立ち上がっていた。
「なんだ、知ってたのか……って、あいつに聞いたんだろ」
「いやいや、向こうが自慢してきたんですよ」

藤河は慣れた手つきでそのオープニング画面を操作する。マイナー調のゆったりとしたメロディーが控えめに部屋に響いた。

「こんな風に、あえてレトロ感出してくるゲームなんてごまんとありますけど、そこはさすが山潟サンっすね。細部の細部まで作り込まれているんで、安心して世界観に浸れるっていうか……」
「確かにあいつって、そういうとこだけはめちゃくちゃ几帳面だよな」
「ほんと、あの人のガサツ極まる普段の姿からはまるで想像もつかないっすよね」
息を吐くような自然さでそう貶しながら、藤河は自身の『冒険の記録』を見せてきた。
「うわ、もうこんなにやり込んでるのかよ」
駈が感心していると、藤河はさらに驚くようなことを言ってきた。

「ところで、これのエクストラステージの三十階以上からって、樋野サンの作曲ですよね?」
「えっ、あ、そうだけど……ああ、それもあいつだな?」
すると藤河はゆったりと首を横に振る。
「いやいや、ファンを舐めてもらっちゃ困りますよ!」

「……」
にんまりと得意げな藤河を前に、駈は二杯目のグラスに口を付けながら複雑な表情を浮かべていた。
そういえば以前に英にも、お前の曲なら多分分かるみたいなことを言われた気がする。
(そんなに俺の曲調ってワンパターンなのか……?)

若干自信を喪失した駈の様子にはちっとも気付いていないらしく、藤河は草むらからボールを見つけ出した犬のごとく、期待に満ちた目でこちらを見つめていた。

駈はため息を一つ吐く。
「……ここまで来ると、むしろ怖いな」
わざとそう言ってやれば、藤河は「そこは褒めるところですって~」とよろよろと机に突っ伏した。
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