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忠珍鱈

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低い声が、鼓膜と身体を震わせる。

「……っ!」
咄嗟に耳を覆い、上がりそうになった悲鳴を何とか飲み込む。だが、動揺した身体はバランスを失いスツールから転げ落ちそうになり、そんな駈をタクヤはげらげらと腹を抱えて笑った。

「ちょっとマスター! やりすぎだって……っ!」
彼はカウンターに背中を凭れさせ、仰け反るようにしてヒーヒー言っている。
本気で咎める気などまるでないそれに、駈はスツールに腰掛け直しながら真っ赤な顔で彼を睨み付けた。
「ごめんね、カケルくん。許してくれるかい……っ?」
そう言うマスターまでもが必死で笑いを堪えている。

「……」

駈はむすっと眉を寄せながらも、さっきまでの鬱々とした気持ちがどこかに吹き飛んでしまっているのに気が付いた。

(これじゃ、怒るに怒れないじゃないか……!)

駈はわざとらしく大きくため息を吐いてやる。
そして、手を合わせて頭を下げる二人を無視し、「一生許しません」と酒を呷ったのだった。


「に、してもさ……成長したよね、カケルは」

唐突なその言葉に、駈はグラスから唇を離すと不審そうにタクヤを見た。
「え……何ですかいきなり」
するとタクヤは「そんな顔しないでよ~」と駈の頬をつつくと、ニヤリとその口角を上げた。
「だって……半年前ぐらいはさ、あんなに嫉妬がどうとか言ってたじゃん。それが今では、のためを想って、こんなに悩み苦しんで――」

「……ッ!」
思わずガン、とグラスを置いてタクヤに振り向く。

「なな、な……っ! なんで……!?」

あの時、一度として英の名前を出したことなんてなかったはずだ。
(どうしてその相手があいつだってバレたんだ……!?)

慌てふためく駈に、タクヤは愉快げに手の中の酒を揺らした。
「いやいや、駈の表情と、これだけのヒントがあれば……ねぇ?」
「……」
カーっと熱くなっていく顔を伏せ、わなわなと唇を震わせる駈にタクヤはさらに追い打ちを掛ける。

「でもまさか、あの当時は思いもしなかったよなぁ。その彼がで、しかも今では駈と死ぬほどイチャつきあっているなんてね!」
ニヤニヤと人の悪い顔をしながら、タクヤは上機嫌で酒を呷る。

「最悪だ……」
額を押さえがっくりと項垂れる駈の頭上から、いつものからからと笑う声がした。


だから、気付かなかった……というか、気に留める余裕が無かったのだ。
二人がそうやってはしゃぎ合っている最中、帽子を被った背の高い男がひそかに来店していたことに。
そして、駈の隣のスツールに腰掛けていたことにすらも――


「どうせ、俺は分かりやすい男ですよ……」

駈は唇を尖らせてそう呟くと、底に残っていたカクテルを飲み干してマスターへと手を挙げた。
「マスター、何かおすすめの強いヤツ、ください……」
その手を上から押さえて倒しながら、タクヤは「水でいいよ、マスター」と声を上げた。
「やめてください。今日は……もっと飲みたい」
駈はカウンターに突っ伏しながらもごもごとそんなことを言う。
「もっと、って……もうそんぐらいにしときなよ。カケルにしては結構飲んだでしょ?」
「え、そうですかね……」
いち、に……と指を折って数え始める駈の顔は大分赤らみ、目元もとろんとしてきている。

こうなってしまうと後は寝るだけ……になってしまうので、タクヤはそうならないようにと駈のふわりとした髪に指を通すと、わしゃわしゃとかき回しながら「でも、どうしてそんなに飲みたかったの?」と尋ねた。

すると、駈はむくりと腕の中からわずかに顔を起こす。
「……」
「……カケル?」
駈は少しだけ口ごもった後、火照った顔を半分隠したまま、ほどけきった目で彼を見つめた。

「久々に、とても……楽しかったから」
そう言ってすぐ、駈はまた腕の中に顔を戻してしまったが。
「……ッ!」
その珍しく素直な様子に、たまらずタクヤがその背中に抱き着こうとしたのだが。

突然、隣の男の腕が駈の腰へと伸びる。
そして、素早くそこに手を回すと、ぐっと男の方へと引き寄せた。

「んん?」
脇腹に食い込むその手の力強さに、沈みかかっていた意識が浮上する。
一瞬、タクヤかと思って彼を見たが、彼の手は駈の視界の中にどちらともある。
と、いうことは――と、タクヤとは反対側のその不届きな奴をじろりと見て……酔いが一瞬で消え失せた。

「お、お前……っ」

大声を出しそうになり、寸でのところでなんとか堪える。
完全に頭は覚醒し、だからこそ駈は信じられない気持ちでその男と対峙していた。

「どうして、ここに……!??」

「どうしたの、カケル?」
タクヤがひょい、と肩越しにその男を見やる。
「カケルくん、何かあったかい……」
マスターもまた、洗い物をしていた手を止めてその男を見たのだが――

「あ、あなた、もしかして……っ」

口元を押さえるマスターの手がブルブルと震えている。

「はじめまして……って、ここに来るのは二度目でしたね」

帽子のつばを軽く上げると、その色素の薄い髪と目がペンダントライトの光を受けて輝く。

英は驚愕と歓喜に打ち震えるマスターへ、テレビ向きのあの胡散臭いほどに爽やかな顔で微笑んでみせたのだった。
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