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「あいつ……以前から、悩んでいることがあって」
テーブルに置いたままのグラスを見つめながら、駈はそう口を開いた。
「それって、どういうタイプの悩み?」
あえてそんな曖昧な聞き方をしてくれるタクヤに、駈は「うーん、何というか、彼の独自性に関すること……みたいな感じですかね」と言葉を選んだ――つもりだった。
「独自性……つまり、『彼らしさ』、ってコト?」
「…………」
そのものずばりを言い当てられ、駈は黙り込んでしまう。
「ああ、ゴメンゴメン! 独自性ね、独自性!」
タクヤは慌ててそう言い直して駈へと笑いかけると、バシバシとその肩を叩いた。
「その、以前から、ってのは……駈と付き合う前から、って感じ?」
「……」
駈は目を伏せたままグラスを手にすると、その中身を少し口に含む。
度数の高いアルコールが喉をちりちりと焼いていく。
「おそらく……それよりずっと前からです」
駈はまたそれをテーブルへと戻すと、眉を顰め、苦しそうにそう呟いた。
「以前、あいつの作る曲について、どう思うかって聞かれたことがあって」
駈はもうはぐらかしても仕方ないと、直接的にそう言った。
「ふうん……で、カケルはそれにどう返したの?」
「その時は、まぁ、自分なりに感じたこととかをそのまま伝えたつもりでした。それであいつも、その後、色々と考えたみたいで……」
詳細はぼかしつつも、駈は当時のことをひとつひとつ辿るように言葉を紡いでいく。タクヤもまた、そんな彼へと真剣な表情を向けていた。
「でも、結局……それによって解決するどころか、余計に事態を悪化させただけで……」
駈は肩を落とすと、目の前のグラスへとため息を吐きかけた。
今から半年ほど前、英が死にそうな顔で駈の部屋を訪れた夜、駈は間違ったことを言ったつもりはなかった。
しかし、その結果――彼は傷つけられ、さらに悩みを深めることになってしまった。
「『サヤマさんの、いつもの感じでお願いします』……ってさ」――
そう言って、寂しそうに笑った英の横顔がフラッシュバックする。
そして――その「経過報告」をしてくれたあの夜を最後に、英がそれについて話すことは無くなってしまったのだった。
一方、彼の仕事自体はといえば、彼に聞くまでもないほど順調そのものだった。
一時期の、あの異様なまでの盛り上がりに比べれば多少は落ち着いてはいたものの、相変わらずあちこちで彼の曲は流れ続けていたし、それよりもめざましく増えたのは――彼が『歌手として』メディアに露出する機会だった。
「マネージャーがさ、これからは作曲だけでやっていくよりも歌手兼作曲家でやっていくべきだって……。俺、そんなに歌には自信、無いんだけどな」
セットされた髪に指を入れガシガシとそれを解きながら、英はうんざりとそう言っていたが……彼の意思に反して、『歌手』サヤマスグルはかなり好評だった。
この前なんて、とある音楽番組に出演した後、彼の名前が話題に上っていたのでついタップしたのだが――
『サヤマスグルって、イケメンだし、声もいいし、しかも作曲もできるってすごくない!?』
そんな感想に行き当たり、流石に開いた口が塞がらなくなってしまった。
ということで、新しい仕事に慣れようと必死な駈と、ますます多忙を極める英とではスケジュールが合うことなどそうそう無く、しかも、会えたとしても夜の短い間だけ……となれば、恋人の二人がすることは自ずと決まってきてしまう。
それでも、駈は何とか今日こそは話をしようと粘るのだが……そんな駈に対して英は「大丈夫だから」と笑ってはぐらかすばかりで、そのままあの手この手を駆使して駈をぐずぐずに融かしていってしまうのだ。
英の広いベッドの上、駈は毎度、全身を覆い尽くす何ともいえない怠さと「また聞けなかった」という後悔とともに目を覚ましていたのだが――駈はそろそろ、そんな自分に嫌気が差していた。
だから……今日、実は英から「会いたい」という誘いがあったというのに、駈はそれを断ってしまったのだった。
「今日は山潟と打ち合わせがあるから無理なんだ」
早口でそんな出まかせを言ったときの、「……分かった」という彼の声。
いかにも寂しそうなその声に、「……っていうのは嘘なんだ」という言葉が喉元までせり上がってきたが、スマホをぐっと握りしめて何とかそれを飲み下す。
(だって、ここで彼を受け入れてしまったら……また同じことの繰り返しだろ)
そう自分を叱咤し、断腸の思いで通話終了の文字を押したのだった。
「俺、全然、あいつの力になれてなくて」
駈はグラスを両手で握り締める。
「あいつ、きっとまだ辛いはずなんです。それなのに、あいつ、全然愚痴とか泣き言とかも言ってこないし……って、別にそういうことを言ってほしいとか、そういうアレじゃないんですけど……」
駈はしどろもどろになりながらも、何とか自分の気持ちを言葉にしようとする。
「でも、こうして見ていることしか出来ないってのが、なんというか……もどかしいというか、情けない、っていうか……あの、タクヤさん?」
「……」
こめかみを押さえたまま黙りこくるタクヤに、駈が首を傾げる。
すると、タクヤは「ハァ……」とまたもや特大のため息を漏らした。
「俺、なんか変なこと言いました……?」
するとタクヤはぶんぶんと手を振ってそれを打ち消す。
「ああ、気にしないで……」
「いや、でも」
違うんだ、とタクヤは俯いたまま、スッと駈の前に片手を押し出してそれを止める。
そして、グラスに残っていたウイスキーを一気に喉へと流し込んだ。
「ここまでカケルに想われてるそいつに、ちょっぴりムカついちゃっただけだから……」
そうしてしばしの間伏せていた顔をようやく起こしたタクヤは、注文しておいたハイボールを受け取ると、その甘い笑顔を駈へと向けた。
「ほんと、カケルはいいコだね」
「いや、そんな……」
駈はぱっと自分のグラスへと顔を戻すと、その台詞を否定する。
いつものように耳を赤くする駈をタクヤは優しく見つめると、「……でもね」と話を続けた。
「こればかりは……どうにもならないんじゃないかな」
突き放すようなその言葉に、駈の表情が途端に固くなる。
タクヤはすぐに首を振ると、その緊張を解こうとフッと笑いかけた。
「そんな顔しないで。別に、見捨てろっていうわけじゃない。たださ……カケルがどうにもできないのなら、それはもう、彼の問題なんだよ」
テーブルに置いたままのグラスを見つめながら、駈はそう口を開いた。
「それって、どういうタイプの悩み?」
あえてそんな曖昧な聞き方をしてくれるタクヤに、駈は「うーん、何というか、彼の独自性に関すること……みたいな感じですかね」と言葉を選んだ――つもりだった。
「独自性……つまり、『彼らしさ』、ってコト?」
「…………」
そのものずばりを言い当てられ、駈は黙り込んでしまう。
「ああ、ゴメンゴメン! 独自性ね、独自性!」
タクヤは慌ててそう言い直して駈へと笑いかけると、バシバシとその肩を叩いた。
「その、以前から、ってのは……駈と付き合う前から、って感じ?」
「……」
駈は目を伏せたままグラスを手にすると、その中身を少し口に含む。
度数の高いアルコールが喉をちりちりと焼いていく。
「おそらく……それよりずっと前からです」
駈はまたそれをテーブルへと戻すと、眉を顰め、苦しそうにそう呟いた。
「以前、あいつの作る曲について、どう思うかって聞かれたことがあって」
駈はもうはぐらかしても仕方ないと、直接的にそう言った。
「ふうん……で、カケルはそれにどう返したの?」
「その時は、まぁ、自分なりに感じたこととかをそのまま伝えたつもりでした。それであいつも、その後、色々と考えたみたいで……」
詳細はぼかしつつも、駈は当時のことをひとつひとつ辿るように言葉を紡いでいく。タクヤもまた、そんな彼へと真剣な表情を向けていた。
「でも、結局……それによって解決するどころか、余計に事態を悪化させただけで……」
駈は肩を落とすと、目の前のグラスへとため息を吐きかけた。
今から半年ほど前、英が死にそうな顔で駈の部屋を訪れた夜、駈は間違ったことを言ったつもりはなかった。
しかし、その結果――彼は傷つけられ、さらに悩みを深めることになってしまった。
「『サヤマさんの、いつもの感じでお願いします』……ってさ」――
そう言って、寂しそうに笑った英の横顔がフラッシュバックする。
そして――その「経過報告」をしてくれたあの夜を最後に、英がそれについて話すことは無くなってしまったのだった。
一方、彼の仕事自体はといえば、彼に聞くまでもないほど順調そのものだった。
一時期の、あの異様なまでの盛り上がりに比べれば多少は落ち着いてはいたものの、相変わらずあちこちで彼の曲は流れ続けていたし、それよりもめざましく増えたのは――彼が『歌手として』メディアに露出する機会だった。
「マネージャーがさ、これからは作曲だけでやっていくよりも歌手兼作曲家でやっていくべきだって……。俺、そんなに歌には自信、無いんだけどな」
セットされた髪に指を入れガシガシとそれを解きながら、英はうんざりとそう言っていたが……彼の意思に反して、『歌手』サヤマスグルはかなり好評だった。
この前なんて、とある音楽番組に出演した後、彼の名前が話題に上っていたのでついタップしたのだが――
『サヤマスグルって、イケメンだし、声もいいし、しかも作曲もできるってすごくない!?』
そんな感想に行き当たり、流石に開いた口が塞がらなくなってしまった。
ということで、新しい仕事に慣れようと必死な駈と、ますます多忙を極める英とではスケジュールが合うことなどそうそう無く、しかも、会えたとしても夜の短い間だけ……となれば、恋人の二人がすることは自ずと決まってきてしまう。
それでも、駈は何とか今日こそは話をしようと粘るのだが……そんな駈に対して英は「大丈夫だから」と笑ってはぐらかすばかりで、そのままあの手この手を駆使して駈をぐずぐずに融かしていってしまうのだ。
英の広いベッドの上、駈は毎度、全身を覆い尽くす何ともいえない怠さと「また聞けなかった」という後悔とともに目を覚ましていたのだが――駈はそろそろ、そんな自分に嫌気が差していた。
だから……今日、実は英から「会いたい」という誘いがあったというのに、駈はそれを断ってしまったのだった。
「今日は山潟と打ち合わせがあるから無理なんだ」
早口でそんな出まかせを言ったときの、「……分かった」という彼の声。
いかにも寂しそうなその声に、「……っていうのは嘘なんだ」という言葉が喉元までせり上がってきたが、スマホをぐっと握りしめて何とかそれを飲み下す。
(だって、ここで彼を受け入れてしまったら……また同じことの繰り返しだろ)
そう自分を叱咤し、断腸の思いで通話終了の文字を押したのだった。
「俺、全然、あいつの力になれてなくて」
駈はグラスを両手で握り締める。
「あいつ、きっとまだ辛いはずなんです。それなのに、あいつ、全然愚痴とか泣き言とかも言ってこないし……って、別にそういうことを言ってほしいとか、そういうアレじゃないんですけど……」
駈はしどろもどろになりながらも、何とか自分の気持ちを言葉にしようとする。
「でも、こうして見ていることしか出来ないってのが、なんというか……もどかしいというか、情けない、っていうか……あの、タクヤさん?」
「……」
こめかみを押さえたまま黙りこくるタクヤに、駈が首を傾げる。
すると、タクヤは「ハァ……」とまたもや特大のため息を漏らした。
「俺、なんか変なこと言いました……?」
するとタクヤはぶんぶんと手を振ってそれを打ち消す。
「ああ、気にしないで……」
「いや、でも」
違うんだ、とタクヤは俯いたまま、スッと駈の前に片手を押し出してそれを止める。
そして、グラスに残っていたウイスキーを一気に喉へと流し込んだ。
「ここまでカケルに想われてるそいつに、ちょっぴりムカついちゃっただけだから……」
そうしてしばしの間伏せていた顔をようやく起こしたタクヤは、注文しておいたハイボールを受け取ると、その甘い笑顔を駈へと向けた。
「ほんと、カケルはいいコだね」
「いや、そんな……」
駈はぱっと自分のグラスへと顔を戻すと、その台詞を否定する。
いつものように耳を赤くする駈をタクヤは優しく見つめると、「……でもね」と話を続けた。
「こればかりは……どうにもならないんじゃないかな」
突き放すようなその言葉に、駈の表情が途端に固くなる。
タクヤはすぐに首を振ると、その緊張を解こうとフッと笑いかけた。
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