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忠珍鱈

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英は頬を手で包んだままもじもじとしている。
そんな男に、駈は今日何回目かの「何言ってんだ、こいつ……」という視線を投げた。

今まで散々やりたい放題され、駈の下半身は見る影もない。
それよりも……上半身はTシャツ、そして腰から下は素っ裸というとんちんかんな格好のままでベッドに転がっているのに対し、英はといえば、まだ上下ともこの部屋に来た時のままなのだ。
あの程度で恥ずかしいというなら、駈はもうとっくに爆発でもして死んでしまっているだろう。

駈はだんだんとむかむかしてきた。

「おい、英」
目の前で身体を小さくしている英へと呼びかける。
「……はい?」
ちらりとこちらへと振り向いた英は、まだほわりと頬を染め、生娘のように恥じらっている。

駈はその胸倉をいきなり掴むと、ひと言、「脱げ」と命令した。

「……へ?」
「だから、へ? じゃないんだよ! おかしいだろ、どうしてこんな格好の俺より、お前の方が恥ずかしがっているんだよ!」
やっぱり不公平だ……と駈は嘆いた。


「……」
襟首を掴み上げられながら、英は思う。
駈がずるいのは、普段の姿からは一切、匂いをさせないところだと。

癖が出るからこの髪型しか出来ない、と言っていた、耳にやや掛かるぐらいのショートヘア。切れ長の目元は涼やかで、全体的に柔らかみのあるその顔立ちを引き締めている。身長はそう高くはないが、いつもピンと伸びた背筋が印象的で、彼をより一層真面目そうに、そしてどこか潔癖そうに見せていた。

それなのに、今の駈といえば……と、英は彼の身体に上から下へと視線を滑らせていった。

汗をかいたせいか、いつもはもう少しふわっとしている髪はしっとりとして、所々その額や頬に張り付いている。
何度か泣かせてしまったその目元は火照った頬よりなお赤く、いつもはきりりとしているそこを、ぞくぞくするほど色っぽく見せていた。
数えきれないほどの激しい口づけのせいで唇はふっくらと腫れてしまっているし、この季節でも真っ白なままの首筋もまたすっかりと上気していて、ちょうど汗が一筋流れていくところだった。
まだ何とか布に守られた上半身もきっと同様のはずで、そうでなくとも、さっき弄りまくった胸の頂はつんと立ち上がり、薄い布地ではもう隠すことも出来なくなっている。
そして、さらにその下は――

「……!!」
そのいやらしい視線に気づいたのか、駈はバッと英から手を離す。
そして、Tシャツの裾をぐっと引っ張って何とか下を隠しながら、「見るな!」と声を張り上げた。

「お前、マジでいい加減にしろよ……っ!」

眉を吊り上げ、涙目でこちらをキっと睨み付ける駈。
まるで毛を逆立てている猫みたいなその顔は、昔から駈が英に向ける表情の代表格だったな……などと思っているうち、英の脳裏にもかつての記憶がよぎり始めていた。


英は割と小さな頃にはもう、とある処世術を身につけていた。それは、『相手の求める自分』という仮面を被ることだった。

母が亡くなり、父と共に各地を転々とする生活をしなければなかった……という事情がそうさせた部分は大きかったが、そんな自分を可哀そうだとは思わなかったし、むしろそれを自由に使いこなせていることを誇りにすら思っていた。

だが……高校二年生の春、駈に出会って――英は初めて、その仮面が本当は息苦しいものなんだ、ということに気が付いたのだった。

だから、などと言い訳するつもりはないが……駈の前ではどうしてもそれを被っていたくなくて、そのせいで、ずいぶんと彼を振り回してきてしまったように思う。
しかも、大変困ったことに……こうして駈と肌を合わせているときは、そういう傾向が一層強まってしまうようなのだ。

自分で言うのもなんだが、殊こういうことにおいて、自分は紳士な質だと思っていた。
実際、リップサービスはあるにせよ、相手の欲しがるものを見定めながらする行為は褒められることはあっても、貶されたり不満そうな顔をされたりしたことは無かったはずだ。

それが駈を前にすると、そんな余裕などすぐなくなってしまう。挙句、彼を戸惑わせてみたり、泣かせてみたり――まったくもって酷い恋人だった。

英はむき出しのそこを無理やり隠したまま俯いている彼へと向き直ると、ようやくその口を開いた。

「そうだよな、ごめん」

その声に、駈の視線が戻ってくる。
英は例の場所を見ないよう気を付けながら、すまなそうに呟いた。

「駈の言うとおりだよ。俺よりよっぽど、駈の方が恥ずかしいよな」
「…………」

駈は微妙な顔で黙りこくる。そうはっきり口にされると逆にこちらが恥ずかしい。駈は英を恨めしそうに見やった。
しかし英はまた反省モードに入ったのか、立てた膝の間に顔を埋め、沈んだ表情を浮かべている。

駈は彼へと少しだけ近づいた。

よく考えたら、この程度のことであんなにキレ散らかすこともなかったかもしれない。自分も多少は言い過ぎた――そう謝ろうと口を開きかけた。
……の、だが。

「やっぱりこういうことは、じゃないと……ね?」
「……!」

向けられたそのにやけ面に、駈はやられた……! と唇を噛む。
「お前、さっきから……っ」
頭から湯気を出す勢いの駈に、英はまた「ごめんごめん」と可笑しそうに笑った。


わざと駈自身の言葉を持ち出しては揶揄う英を、彼は真っ赤な顔でギリギリと睨み付けている。
結局、またそうやって意地悪をして彼の可愛い顔を見ようとする自分は、どこまでいったって紳士にはなれそうもない。

いよいよ本気で拗ねてしまいそうな駈に、今度こそ真面目に詫びを入れながら、英は自分のシャツのボタンへと手を掛けたのだった。
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