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忠珍鱈

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「……え?」

「分からないだろうな。俺、お前ほど顔に出るタイプじゃないし?」
英はにやにやと挑発しながら、駈の方を見やる。

そもそも英が自分を「好き」だという事実ですら未だに信じられないというのに、その口ぶりは、まるで――
「だったらもう、高校んときしかないだろ……」
自分でそう答えて、駈はバッと英に振り向いた。

「嘘……だよな?」
英は首を横に振った。
「しかも、割と初期」
「……」
予想だにしないその答えに、駈は言葉を失う。
……が、すぐに(待てよ)と得意顔の英へと振り返った。

「嘘だ。だってお前、宮嶌さんと付き合ってたじゃないか」
「え!? えっと、あれは、その……」
突如しどろもどろになる英。
それに疑惑の眼差しを向けると、英は「軽蔑するなよ」と前置きしてから話し始めた。

「俺、最初、信じられなかったんだよ……お前のこと好きだって気持ちがさ」
英は気まずそうに目を逸らす。
「でも、楓と付き合ってみて、それでハッキリしたっていうか……」
「……」
氷のような視線を浴びせられ、英は「だから言ったじゃん……」と弱々しく口を尖らせた。
「ほんと、彼女には悪いことしたと思ってるし、駈にだって……」

もごもご言いながら項垂れていた英は、最後にはやけくそになって呟いた。
「どう、これで少しは信用する気、起きた?」

その言葉に、駈はほんの少しだけ笑って、頷いた。


「でもさ、駈」

どうやらもう気を取り直したらしい英は、再び駈の方を見やる。
しかし、そこまで言った後、しばらくの間あーだのうーだのと逡巡する。
「……?」
怪しむ視線に、英はやっと口を開いた。

「あのさ……駈が気にしていることって、本当にそれだけ?」

「……」
その言葉に、落ち着きはじめていた心臓がまたドクン、と音を立てる。

「あ、いや、別にさっきのことを軽く考えているとかじゃなくてさ。でも……まだ何か、引っかかっていることがあるんじゃないか、って」

押し黙る駈の表情を、英はちらりと伺う。

そして。
「そういう顔、しているからさ」
そう呟くと、へにゃりとその眉を下げた。


(……なにが『そういう顔している』、だ)

駈は胸の内で悪態をついた。

彼は何も分かっていない……駈が今から、どんなことをぶちまけようとしているか、なんて。
それを話すことは、自己満足であるばかりか、英を傷付けることになるかもしれない。

それでも。

『だから……話、しよう。納得いくまで』

彼の言葉がリフレインする。

(もう、決めたことだろ)

駈は手の中のマグカップをぎゅっと両手で握り締めた。


「なぁ……俺がもう作曲はしていないって言ったの、覚えているか?」

テーブル上の泡の消えた飲み物を見やりながら、駈はそう問いかけた。
「ああ。初めてここに来たとき、聞いたけど……」
英は駈の横顔を見つめながらそう返す。
「あのとき、お前は俺のこと、凄いって褒めたよな。出世したなとかなんとか」
「あ、……ああ、確かそんなこと、言った気がするな」
「……」

駈にじとりと睨まれて、英はすっと視線を逸らした。
別に適当に返事をしたとかそういうわけではもちろんない。
ただ……自分の想像をはるかに上回る展開の中で、大分浮かれていたのは事実だった。

駈はやれやれという風に息を吐いたが、またその顔を手元へと戻すと話を続けた。

「でも、その『出世した』っての……実は全然、違うんだ」
「……違う?」
駈は小さく頷いた。

「俺、楽曲制作の部署にいた頃、だいぶ行き詰っててさ。もうダメだなって、辞めるつもりでいたんだよ。でも、そんな俺を他の部署に推薦してくれた人がいてさ……で、そういう総務的なところで働いていた――ただ、それだけだったんだ」
「いやいや、それだけ、って……十分凄いよ。難しい仕事だろ?」
慌ててフォローを入れる英に、駈はふっと笑った。
「そうなのかな。でもまぁ……せっかくそうして場所を用意してもらったっていうのに、またそこもダメになったんだけどな」
「……」

意地悪な言い方だったかなと思いつつ、反応を見せない英を見やる。
出来るだけ暗くならないように話したつもりだったが、英はすっかりお通夜かというような表情になってしまっていた。
(……まぁ、それもそうか)
聞いていて気持ちの良い話ではないのは確かだった。

でも、本当の聞くに堪えない話はここからなのだ。
駈はもう一度きつく手の中のコップを両手で包み込むと、その口を開いた。

「この前、お前がここに来たとき」

突然変わった話に、神妙な面持ちのまま固まっていた英は意識をこちらに戻す。
「あ、ああ、新曲、聞いてもらったときだよな?」
駈は無言で頷いた。

「あの時、お前にアドバイスしながらさ……俺、嬉しかったんだ。ああ、勘違いするなよ。お前を多少励ませたってことに、じゃないんだ」

「……え?」

声色から伝わる、英の動揺。
背中を汗が一筋、流れ落ちる。
それでも、駈はそのまま言葉を続けることを選んだ。

「お前が……あのサヤマスグルが、悩んで苦しんでいる……そう分かったからさ」

コップの中身を凝視しながら、駈は一人、喋り続ける。

「お前こそ軽蔑しただろ? でも、それが本心なんだ。……それが今の俺なんだ」


重苦しい空気が立ち込める。英はずっと黙ったままだった。
それでも……顔を上げ、その表情を確かめるなんて、とてもじゃないができなかった。

「俺は変わったんだよ、英。もう……お前が好きだった頃の俺じゃないんだ」
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