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忠珍鱈

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薄いカーペットが引かれただけの固い床の上、駈は英に馬乗りになっていた。

品のない水音を立てながら、遠慮なく英の咥内をまさぐる。

「……んっ、ぁ、……っ」
時折声を上げながら、はじめから激しく舌を絡めていく。
この前英がぶつけてきたそれを上書きしてしまうように、駈は英の口の中を散々に荒らした。

視界を薄く開き、英の様子を伺う。
眉を寄せ、固く閉じられた目元には苦しさが滲んでいるようにも見えた。

だが、それならそれで構わなかった。

(どうせこれで終わるんだ)

以前、自分はこう思っていたはずだ。以前の関係に戻れるならそれでいい――と。
今考えれば、とんだ綺麗ごとだった。あり得なすぎて笑えてくる。

『友達』なんて冗談じゃない。むしろ、今度こそ二度と修復できないほどめちゃくちゃに壊れてしまえばいい。
そうすれば、二人のこれからを夢見てしまうような、そんな無駄な労力を使わなくて済むのだから。

「はぁ……っ」

一度唇を離す。二人を繋ぐ唾液の糸がふつりと途切れる。
英は辛そうに胸を上下させていた。

「何だよ、この間はあんなにがっついてきたくせに」

そう鼻で笑ってやりながら、英の首筋へと唇を沿わせていく。太くたくましいそこを啄んでいくと少しだけ汗の味がした。
そのまま、頬に添えていた左手も下へと降ろしていく。

高校の時から大人びていた英だったが、その胸板は年を重ねてより一層分厚くなっている。こんな仕事をしていてどうして筋肉が付くんだ……とこの状況にそぐわず思ったが、そういえば以前、薄い目の色について触れたとき「おじいちゃんが外国の人でさ」とか言っていた気がする。

男としては羨ましくもあるその身体。
薄いシャツの上からそこを弄びながら、今まで寝てきたそう多くもない男達と無意識に比べてしまっている自分に幻滅した。

そんな駈の胸の内など知るよしもない英は、耐えるように唇を噛み締めている。

「声、出せば? 前に言っただろ……防音だって」

わざとらしく耳元で囁いた後、シャツのボタンを上から一つ一つ外していく。
薄く汗の浮いたその張りのある身体に、駈は迷いなくキスマークを一つ残した。

そのまま、さらに下へと指を這わせる。

深く筋の入った腹筋をつつ、と撫でる。
すると、とうとう彼の口から熱い息が零れ落ちた。

「そう、それでいいんだよ」

気を良くした駈は、その下にあるベルトのバックルに手を掛ける。
カチャ、と金具が音を立てた。

そのときだった。


「ダメだ!」

鋭い声と共に、英が無理やりに身体を起こす。

「うわっ」
さっきまで遊んでいたその胸に押され、駈は床に尻もちをついた。

何ともまぬけな状態に一瞬きょとんとしてしまったが、駈もまたすぐに身体を起こすと、英に掴みかかろうとした。

「何すんだよ!」

そんな駈の両肩を、英はがしりと両手で押さえつける。
目の前の英は、何かに耐えるように眉根を寄せていた。

「このまま流されたら……ダメなんだ」

苦しげに吐き出されたそれに、駈は噛みつく。
「何がダメなんだよ。好きにしていいって言ったのはそっちだろ」
「……」
「おい、何とか言えよ」

それでも英はなかなか口を割らなかった。
居心地の悪い姿勢のまま、駈はただ英の言葉を待った。


どのくらいそうしていただろう。


「ここで流されるわけにはいかないんだ」
英はもう一度、さっきの台詞を繰り返した。

自らに言い聞かせるようにそう言う声には、しかし、さっきのような悲痛さはもう無かった。

駈を射抜いていた目がふわりと緩む。

「だって、もしここで流されてしまったら……駈は二度と俺のこと、信じてくれなくなるだろ?」

ついに肩を押さえつけていた手からも力が抜け、ただ優しく添えられるだけになってしまう。
その体温がじわじわと、駈の身体を侵食していく。


「あのさ、俺……」

胸騒ぎがする。

(やめろ)
そう言いたいのに、声が出ない。心臓が壊れそうなほど早鐘を打つ。
それなのに、指先は凍りそうなほど冷えていた。

「俺、」

(やめろ……)

英の目が、そっと細められる。

それを聞いてしまったら、もう――

「駈のことが好きなんだ」
「やめてくれ!」

英が目を見開いている。
駈もまた、自分の声に驚いていた。

「駈、……っ」
パシ、と乾いた音が響く。
頬へと伸ばされた手を、駈は反射的に振り払っていた。

英は呆然とその手を握りしめている。

……やってしまった。
そう思うのに、やはり肝心な時に言葉は出てこなかった。


のそりと英が立ち上がる。
見上げると、こちらを見下ろす目と目が合った。
その視線に射すくめられ、駈は呼吸すら忘れ、固まってしまう。

「俺は、自分が思ったことを言っただけだ。それを、どうしてお前にそこまで否定されなきゃならないんだよ……」

英はそのまま床に投げ捨てられていたバッグを手に取ると、リビングを出ていった。

(ああ、帰るのか)

今更のようにそう思う。
もちろん、引き留めることはしなかった。できるわけがなかった。
関係をめちゃくちゃにすること――それは駈自身が望んだことだったからだ。

英の一瞬の気まぐれに浮かれて、一度でも夢を見てしまったら……そこから醒めたとき、きっと自分は耐えられない。

(だから……これで良かったんだ)

だというのに。

英の姿が消えた途端、駈の頬を熱いものが流れ落ちる。
一度堰を切ってしまったそれは、もう自分ではどうにもできないほど溢れて止まらなかった。

そういえばあの秋の日も、こうして一人で泣いたなと駈はぼんやりと思った。

(こんなの、あの頃と何が違うっていうんだよ)
まるで成長していない自分がおかしくて、駈は笑いながらぼたぼたと涙を落した。
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