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忠珍鱈

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駈は灯りのない住宅街をふらふらと歩いていた。

あの後、もっともっとと杯を重ねたがる駈をなんとか宥めたマスターに駅まで送り出され、日付を跨ぐ前に帰路へと就かされてしまった。
それでも、飲み足りないというほど酔っていないということもなく、むしろこの通り足元も若干おぼつかなくなるほど、アルコールが体中を回っていた。


……だから、気付かなかった。

あの真っ黒で無駄に大きい車が、この間のようにマンション前に横づけされていたことに。

「駈」

降りてきた人影に、足を止める。ぼんやりと霞のかかったようだった頭が一気に醒める。

背の高い男はゆっくり駈の方へと近寄ってきた。

「またこんな夜中にごめん」
「……」
「話があるんだ」
「俺は無い」

そう言い切り、男を無視して歩き続ける。
全く取り合うつもりのない駈の態度に、だが英は怯むことなく、駈の行く手を塞ぐようにその目の前まで来て足を止めた。

「……」
しばらく無言の攻防が続いたが。

駈は殊更大きくため息を吐くと、目の前にそびえる男を見上げた。

「俺、お前からのメール、一つも返さなかったよな……その意味、分かってる?」

「……」
それが多少は響いたらしい。
英は俯き、動かなくなる。

「ということで、帰ってくれ。俺はもう休みたいんだよ」
そう言って、脇を通り過ぎようとする。

ところが。

「待って」

腕に走る痛みに、駈は顔を顰める。

「何だよ!」

痕が残りそうなほど強く掴まれ、駈は英を睨み付ける。
英はハッとそこから手を離すと、宙に浮いたままのそれを自分の胸元へと引き戻した。

それでも、英はその手を固く握りしめると、縋るような目を駈へと向けた。

「ごめん。でも……どうか、話を聞いてほしいんだ。今日だけでいいから……」

「……」
駈はしばらく、じっと自分の足元を見つめていた。


「分かったよ」

小さく落とされたその言葉に、英は一瞬、耳を疑う。
駈は「来いよ」と続けると、呆気にとられる英を置き去りにして、すたすたとマンションへと歩き出した。

さっきまでの抵抗は何だったのかと思えるほど、駈は突然、英の望みを受け入れた。

「あ、うん……ありがとう」

英はその様子にどこか違和感を覚えつつも、置いていかれないようその後を追いかける。


彼の足音が夜の住宅街にこだまする。
後ろから響くそれを聞きながら、駈はひっそりと笑みを浮かべたのだった。
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