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忠珍鱈

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英がゲーム研究部に入部した、という噂――というか事実なのだが――は、
あっという間に広まった。

「なんでゲー研なんかに……この裏切り者~!」
勝利を確信していたらしいハンドボール部部長に泣きつかれたりしたが、そもそも初めから運動部には入る気はなかった。
それこそ中学の時に入っていたバスケ部では、三年の中総体直前で引っ越しとなり「裏切り者」と恨まれたりしたのだ。

そんなこともあってか、英は何かに必死になることをそれとなく避けてきたのかもしれなかった。


「なあ、この表示って……」
「ああ、またお前変なところいじっただろ!」

視聴覚室での二人のやり取りは、いつしかゲーム研究部の景色と化すほど当たり前のものになっていた。

一週間に二度の活動日以外も、二人はほぼ毎日、視聴覚室でパソコンに向かい合う。
そして、まるっきり初心者の英を駈は何だかんだ言いながらも手取り足取りで教え、英もそう時間もかからず、自力で作曲ソフトを使うことが出来るくらいまでに成長していった。


「じゃん」
いつもは口にしないような浮かれた効果音付きで駈が広げたのは、高校生向けの作曲コンテストで獲得した『入賞』の賞状だった。

十月も中旬に差し掛かるというのにまだ蒸し暑い視聴覚室は、今日も窓を全面開放しているため、真っ赤な夕日がこれでもかと二人きりの教室を染め上げている。

「おめでとう」
九割の祝福に一割の悔しさを乗せてそう伝えると、駈は「ありがとう」とはにかんだ後、
「来年はお前の番だな」
そう言い切って英の目を見つめた。
「おう、もちろん!」
とん、と自分の手で胸を叩く。
「頼もしいな」
そう笑って、いつもの席に着いた駈。
そのつむじを、隣の机の上に腰掛け見やる。

切りすぎて余計まとまらなくなった、と嘆いていた髪から覗く、小さい耳。
いつもかさついている、色素の薄い唇。
死守したという前髪によって隠された、切れ長の瞳――

「何だよ、さっきから人の顔、じろじろと……」
「えっ」
……気付かれていたらしい。

そのまま手を伸ばし、駈の前髪をかき上げる。
丸い額が露わになり、英はそこをじっと見つめた。
「おいっ、だから何だよ」
駈が英を睨んでくる。
「ん? いや……」
英はその手で駈の頭をぐちゃぐちゃにかき回した。

「やっぱ髪、切りすぎじゃね? ウケるなーって」
「うるせーよ!」
駈はその手を払いのけると、再び画面に顔を向ける。
その耳は、夕日でごまかせないほど赤く色づいていた。



宮嶌楓と付き合うようになったのはそれから間もなくのことだった。

この学校に転校してきて既に何人かに告白されたが、その度適当な理由で断ってきた。それが、どうして彼女と付き合おうと思ったのか――

「全日本学生音楽コンテスト、バイオリン部門高校生の部優勝、宮嶌楓」
「はい」
凛とした声が体育館に響く。
ダルい空気の広がる全校朝会に、小さなざわめきが巻き起こる。
「宮嶌さん凄くない?」
「バイオリン習っているのは知ってたけど……レベル違いすぎ」
「プロ目指すのかなぁ」
「そりゃそうでしょ」

壇上に登る彼女は、肩先で揃えた黒髪を揺らしながら賞状を受け取る。
「あ~あ、お前ホントずりーよ。あんな美人の天才と付き合えるんだからな」

……そう、彼女と付き合った理由はそこにあった。


あの日、夕焼けに照らされた教室で、駈を机から見下ろしたとき――唐突に、けれどもすとんと胸に落ちてきた感情があった。
……でも、それをそのまま納得してしまうわけにはいかなかった。
(あいつが可愛い、だなんて……あり得ないだろ)

きっと、自分は勘違いをしているのだ。
駈の才能に中てられて、憧れと恋とを取り違えてしまっている。
(もし、彼女を好きになれれば、あいつに感じた気持ちはただの気のせいだったって証明になる)
楓の告白を受けたとき、喉元まで出かかった「ごめん」を取り消したのは、そんなろくでもない考えだった。


彼女は噂に聞く通りの才女というやつで、音楽への造詣が深く、英の話も面白そうに聞いてくれた。
そして……そのお淑やかそうな見た目に反して、色々と積極的な子だった。

付き合って一か月そこそこでキスからセックスまでを済ませ、これから更にそういうことを楽しんでいこう、という頃だった。

「別れよっか、私たち」

二人で手をつないで帰る夕焼けの通学路、デートの約束を取り付けるような気軽さで彼女にそう言われ、英はポカンと口を開けた。

そんな英の様子に、楓はふふ、と笑う。
「意外、って顔してる」
「え、だって、俺たちそんな……」
「そう、そんな雰囲気じゃなかったよね、私たち。実際、英くんといるのは楽しかったし」
「じゃあ」
どうして、と続けようとした英に、楓はその黒目がちの大きな目を向けた。

「でも……英くんにはもっと夢中になれること、他にあるみたい」

彼女は立ち止まると、その黒髪を靡かせながら英を見つめた。
「あ、いや、それは……」
否定しようとした英に、楓は首を横に振った。
「音楽のことじゃないよ。それは、私だって同じだもん。でも、そうじゃない何かがあるって分かってたのに、私……ずっと見て見ぬふりしてた。英くんと一緒にいたかったから」
「楓……」
「でも、もう無理かなって」
彼女は寂しげに微笑むと、繋いでいた手を静かにほどいた。

「気付いちゃったんだ……英くんの一番には、なれないんだって」
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