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「今日は皆に残念なお知らせがある。英が、今月いっぱいで転校することとなった」
朝のホームルームの時間、担任の口からそう聞かされたとき。
「……」
嘘でしょ、信じられない。あともう少しで卒業だっていうのに――そう悲しむ生徒たちの中で、駈はただ茫然とするしかなかった。
(だって、あいつそんなこと、ひと言も)
英の席を見る。
今日彼は公欠していた。学生向けの作曲コンテストで、準優勝を勝ち取ったのだ。
それは、二人の高校最後の夏を懸けて作った曲だった。
真夏の視聴覚室は、窓を全開にしてもやはり地獄のような暑さだった。
他の三年は既に引退し、夏休みまで部活をやろうという勤勉な後輩もいない。
貸し切り状態かつ蒸し風呂状態の中、二人で額を突き合わせ、ときに喧嘩もしながらぎりぎりまで粘った。
そして締め切り当日、特別に下校時間後も空けてもらったそこで、月明かりの差し込む中、アップロード中の画面を二人で見つめる。
応募完了の文字を見た瞬間、英は椅子を跳ね飛ばし駈に抱き着いた。
その力の強さ、そして身体の熱さ――
「……っ」
主不在の机を見ながら、駈は拳を握りしめた。
「あー、疲れた!」
放課後、無人の視聴覚室で勉強していた駈の隣に、英がどさりと腰を下ろす。
基本、週二の活動日以外は開いているここを、駈と英は自習室代わりに使っていた。
「待ってる時間が長いったら長いったら。危うく寝そうになって、隣の奴に足蹴られたよ」
「……」
「駈?」
「あのさ」
ようやく顔を上げる。
英は「何?」とにこにことしている。きっとおめでとうの一言を待っていたのだろう。
だが、駈はその期待に応えられるほど、大人にはなれなかった。
「転校するんだってな、お前」
その言葉に、英の顔から笑顔が消えた。
「……ああ、そうだよ」
そして、何でもないことのようにそう答える。
「ホント、急な話でさ。まぁ、転校するときはいつもこんな感じなんだけど……さすがにもう無いって思っていたのにな」
残念だよ、そう言って笑う英。
その顔を見た瞬間、駈の中で何かが切れた。
「どうして……何も言ってくれなかったんだよ!」
英が目を見開いて固まっている。当然だ。
作曲中言い合いになった時でさえ、こんなに声を荒げたことなど無かった。
心臓がどくどくと激しく音を立てる。
言葉が勝手に口から溢れていく。
「だって、時間ならいくらでもあっただろ? こうやって部活が終わったって会っていたんだ、それなのに……」
色々な感情がない交ぜになる。唇が震えだす。
「何で……なんで、そんな顔していられるんだよ……!」
「あのさ」
さっきの駈と同じ冷たさで、英はそう言って沈黙を破った。
俯いていた駈が顔を起こすと、そこにいたのは、よくクラスで見る笑顔を貼り付けた英だった。
「確かに、転校のことは結構前から決まってたよ。だから、言うタイミングなんてたくさんあった。けどさぁ……俺、駈に報告しないといけない義務なんてあった?」
「……は?」
「いやぁだってさ、そういうコトでしょ、駈がキレてんのって」
顎を上げ、試すように英は駈を見ている。
「……違う」
そう呟くと、英は声を上げて笑った。
「違わないって! じゃあ何? 俺の態度が良くなかったってこと? 俺、めそめそと泣けば良かった?」
「……」
さっきまであんなに怒りに燃えていた身体が、急速に冷えていく。
英はハァ、と大きくため息を吐くと、いつもの机から腰を上げる。
「ったく、こんなことになるんなら会場から直帰すりゃよかったわ」
英は鞄と、盾などが入っているであろう紙袋を手にすると、ドアへと向かっていく。
「英……っ」
何か言わなければ。そう思うのに、その後の言葉が続かない。
「じゃあな」
叩きつけられるようにしてドアが閉められる。
足音が遠ざかっていく。
駈はただぼんやりと、弾みで開いてしまったドアの向こう側を見つめていた。
朝のホームルームの時間、担任の口からそう聞かされたとき。
「……」
嘘でしょ、信じられない。あともう少しで卒業だっていうのに――そう悲しむ生徒たちの中で、駈はただ茫然とするしかなかった。
(だって、あいつそんなこと、ひと言も)
英の席を見る。
今日彼は公欠していた。学生向けの作曲コンテストで、準優勝を勝ち取ったのだ。
それは、二人の高校最後の夏を懸けて作った曲だった。
真夏の視聴覚室は、窓を全開にしてもやはり地獄のような暑さだった。
他の三年は既に引退し、夏休みまで部活をやろうという勤勉な後輩もいない。
貸し切り状態かつ蒸し風呂状態の中、二人で額を突き合わせ、ときに喧嘩もしながらぎりぎりまで粘った。
そして締め切り当日、特別に下校時間後も空けてもらったそこで、月明かりの差し込む中、アップロード中の画面を二人で見つめる。
応募完了の文字を見た瞬間、英は椅子を跳ね飛ばし駈に抱き着いた。
その力の強さ、そして身体の熱さ――
「……っ」
主不在の机を見ながら、駈は拳を握りしめた。
「あー、疲れた!」
放課後、無人の視聴覚室で勉強していた駈の隣に、英がどさりと腰を下ろす。
基本、週二の活動日以外は開いているここを、駈と英は自習室代わりに使っていた。
「待ってる時間が長いったら長いったら。危うく寝そうになって、隣の奴に足蹴られたよ」
「……」
「駈?」
「あのさ」
ようやく顔を上げる。
英は「何?」とにこにことしている。きっとおめでとうの一言を待っていたのだろう。
だが、駈はその期待に応えられるほど、大人にはなれなかった。
「転校するんだってな、お前」
その言葉に、英の顔から笑顔が消えた。
「……ああ、そうだよ」
そして、何でもないことのようにそう答える。
「ホント、急な話でさ。まぁ、転校するときはいつもこんな感じなんだけど……さすがにもう無いって思っていたのにな」
残念だよ、そう言って笑う英。
その顔を見た瞬間、駈の中で何かが切れた。
「どうして……何も言ってくれなかったんだよ!」
英が目を見開いて固まっている。当然だ。
作曲中言い合いになった時でさえ、こんなに声を荒げたことなど無かった。
心臓がどくどくと激しく音を立てる。
言葉が勝手に口から溢れていく。
「だって、時間ならいくらでもあっただろ? こうやって部活が終わったって会っていたんだ、それなのに……」
色々な感情がない交ぜになる。唇が震えだす。
「何で……なんで、そんな顔していられるんだよ……!」
「あのさ」
さっきの駈と同じ冷たさで、英はそう言って沈黙を破った。
俯いていた駈が顔を起こすと、そこにいたのは、よくクラスで見る笑顔を貼り付けた英だった。
「確かに、転校のことは結構前から決まってたよ。だから、言うタイミングなんてたくさんあった。けどさぁ……俺、駈に報告しないといけない義務なんてあった?」
「……は?」
「いやぁだってさ、そういうコトでしょ、駈がキレてんのって」
顎を上げ、試すように英は駈を見ている。
「……違う」
そう呟くと、英は声を上げて笑った。
「違わないって! じゃあ何? 俺の態度が良くなかったってこと? 俺、めそめそと泣けば良かった?」
「……」
さっきまであんなに怒りに燃えていた身体が、急速に冷えていく。
英はハァ、と大きくため息を吐くと、いつもの机から腰を上げる。
「ったく、こんなことになるんなら会場から直帰すりゃよかったわ」
英は鞄と、盾などが入っているであろう紙袋を手にすると、ドアへと向かっていく。
「英……っ」
何か言わなければ。そう思うのに、その後の言葉が続かない。
「じゃあな」
叩きつけられるようにしてドアが閉められる。
足音が遠ざかっていく。
駈はただぼんやりと、弾みで開いてしまったドアの向こう側を見つめていた。
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