dominante_motion

忠珍鱈

文字の大きさ
上 下
13 / 98

13

しおりを挟む
「今日は皆に残念なお知らせがある。英が、今月いっぱいで転校することとなった」

朝のホームルームの時間、担任の口からそう聞かされたとき。

「……」
嘘でしょ、信じられない。あともう少しで卒業だっていうのに――そう悲しむ生徒たちの中で、駈はただ茫然とするしかなかった。

(だって、あいつそんなこと、ひと言も)

英の席を見る。
今日彼は公欠していた。学生向けの作曲コンテストで、準優勝を勝ち取ったのだ。


それは、二人の高校最後の夏を懸けて作った曲だった。


真夏の視聴覚室は、窓を全開にしてもやはり地獄のような暑さだった。

他の三年は既に引退し、夏休みまで部活をやろうという勤勉な後輩もいない。
貸し切り状態かつ蒸し風呂状態の中、二人で額を突き合わせ、ときに喧嘩もしながらぎりぎりまで粘った。

そして締め切り当日、特別に下校時間後も空けてもらったそこで、月明かりの差し込む中、アップロード中の画面を二人で見つめる。
応募完了の文字を見た瞬間、英は椅子を跳ね飛ばし駈に抱き着いた。

その力の強さ、そして身体の熱さ――

「……っ」
主不在の机を見ながら、駈は拳を握りしめた。


「あー、疲れた!」

放課後、無人の視聴覚室で勉強していた駈の隣に、英がどさりと腰を下ろす。
基本、週二の活動日以外は開いているここを、駈と英は自習室代わりに使っていた。

「待ってる時間が長いったら長いったら。危うく寝そうになって、隣の奴に足蹴られたよ」
「……」
「駈?」

「あのさ」
ようやく顔を上げる。
英は「何?」とにこにことしている。きっとおめでとうの一言を待っていたのだろう。

だが、駈はその期待に応えられるほど、大人にはなれなかった。

「転校するんだってな、お前」

その言葉に、英の顔から笑顔が消えた。

「……ああ、そうだよ」
そして、何でもないことのようにそう答える。
「ホント、急な話でさ。まぁ、転校するときはいつもこんな感じなんだけど……さすがにもう無いって思っていたのにな」
残念だよ、そう言って笑う英。


その顔を見た瞬間、駈の中で何かが切れた。

「どうして……何も言ってくれなかったんだよ!」

英が目を見開いて固まっている。当然だ。
作曲中言い合いになった時でさえ、こんなに声を荒げたことなど無かった。

心臓がどくどくと激しく音を立てる。
言葉が勝手に口から溢れていく。
「だって、時間ならいくらでもあっただろ? こうやって部活が終わったって会っていたんだ、それなのに……」
色々な感情がない交ぜになる。唇が震えだす。

「何で……なんで、そんな顔していられるんだよ……!」


「あのさ」
さっきの駈と同じ冷たさで、英はそう言って沈黙を破った。

俯いていた駈が顔を起こすと、そこにいたのは、よくクラスで見る笑顔を貼り付けた英だった。

「確かに、転校のことは結構前から決まってたよ。だから、言うタイミングなんてたくさんあった。けどさぁ……俺、駈に報告しないといけない義務なんてあった?」

「……は?」
「いやぁだってさ、そういうコトでしょ、駈がキレてんのって」
顎を上げ、試すように英は駈を見ている。

「……違う」
そう呟くと、英は声を上げて笑った。
「違わないって! じゃあ何? 俺の態度が良くなかったってこと? 俺、めそめそと泣けば良かった?」
「……」

さっきまであんなに怒りに燃えていた身体が、急速に冷えていく。

英はハァ、と大きくため息を吐くと、いつもの机から腰を上げる。
「ったく、こんなことになるんなら会場から直帰すりゃよかったわ」

英は鞄と、盾などが入っているであろう紙袋を手にすると、ドアへと向かっていく。

「英……っ」
何か言わなければ。そう思うのに、その後の言葉が続かない。

「じゃあな」
叩きつけられるようにしてドアが閉められる。
足音が遠ざかっていく。

駈はただぼんやりと、弾みで開いてしまったドアの向こう側を見つめていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

勃起できない俺に彼氏ができた⁉

千歳
BL
大学三年生の瀬戸結(セト ユイ)は明るい性格で大学入学当初からモテた。 しかし、彼女ができても長続きせずにすぐに別れてしまい、その度に同級生の羽月清那(ハヅキ セナ)に慰めてもらっていた。 ある日、結がフラれる現場に出くわしてしまった清那はフラれて落ち込む結を飲みへと誘う。 どうして付き合ってもすぐに別れてしまうのかと結に尋ねてみると、泥酔した彼はぽつりと言葉を零した。 「……勃起、できないから」 衝撃的なその告白と共に結は恋愛体質だから誰かと付き合っていたいんだとも語った。 酔っ払いながら泣き言を零す結を見ながら清那はある一つの案を結に提示する。 「誰かと付き合っていたいならさ、俺と付き合ってみる?」

with you

あんにん
BL
事故で番を失ったΩが1人のα青年と出会い再び恋をするお話です

愛人は嫌だったので別れることにしました。

伊吹咲夜
BL
会社の先輩である健二と達哉は、先輩・後輩の間柄であり、身体の関係も持っていた。そんな健二のことを達哉は自分を愛してくれている恋人だとずっと思っていた。 しかし健二との関係は身体だけで、それ以上のことはない。疑問に思っていた日、健二が結婚したと朝礼で報告が。健二は達哉のことを愛してはいなかったのか?

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

処理中です...