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忠珍鱈

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「待たせてごめん」

なんとかさっきまでの顔に戻し、リビングへと顔を出す。
英はぼんやりとテレビをザッピングしているところだった。

すると、音楽のランキング番組、『今週の一位』として英が作曲を手掛けたとある女優兼歌手の新曲が流れてくる。

「すごいよな、お前」
「ん?」
「出す曲出す曲、ヒットしまくってんじゃん」
「……たまたまだよ」
「謙遜すんなよ」
駈が笑うと、英もまた曖昧な笑みを浮かべた。

「でも……大変だろ、色々と。さっきも一か月ぶりのオフだって」
「まぁね。でも、求められているうちが花だから」
「……」
何と言ったらいいか分からず、とりあえずマグカップへと口を付ける。
「熱っ」
慌ててマグカップを置く。
あからさまに緊張している駈に対して、英はいたって普通だ。
駈は一人であたふたしている自分が恥ずかしくなった。

「ところで駈の方はどうなの」
「えっ」
「駈、ゲーム音楽に関わりたいって言ってけど……夢、叶えられた?」

柔らかな視線を送られ、言葉に詰まる。

「……ああ、まあ、一応は」
その返事に英は「一応、ってなんだよ」と突っ込みを入れるも、
「まぁ、でも……良かったな」
そう嬉しそうに呟き、目を細めた。

「……」
そんな英の表情に、駈は再び顔を逸らした。

「でも……こんなことになるくらいだもんな。今、だいぶ煮詰まってる感じ?」
コーヒーを口にしながら、英は何気なくそう尋ねてくる。

「いや、別にそういうんじゃないんだ……というか俺、もう制作からは離れているからさ」
「え、じゃあ今何やってんの」
「うーん、何というか……サウンド系全般のマネジメントというか、管理職的な感じっていうか……」
「へぇ、凄いじゃん。出世したんだね」

……それはもちろん称賛のつもりなのだろう。
何も言えないでいる駈に、英はさらに言葉を続けた。

「でも、もったいないなぁ。俺、駈の作る曲、好きだったから」
英の伏せた目元にまつげの影が落ちる。
嘘のないその響きに、胸の奥が強く痛んだ。

「……ありがとう」
そう答えるのがやっとだった。


そうして何となく言葉を探しているうちに、例のテレビ番組は「また来週~!」と元気な声とともに終了してしまった。

「あっ、何か他の番組――」
そう声を掛けかけて、それより先に英が立ち上がった。

「あれ、あの本って……」

その足は真っ直ぐ、後方の机へと向かっていく。
英が手に取ったのは、とある黄色い本――二人の青春の証とも言える、作曲についての指南書だった。

「ああ、やっぱり! 懐かしいなあ」
英は嬉しそうにそれを見つめている。
その姿に、高校時代の彼がダブって見えた。

「これ、死ぬほど読んだんだよなぁ。駈にどうにか追いつきたくてさ」
ページをめくる音が、やけに大きく部屋に響く。
「はやく、駈みたいになりたかった。駈みたいに、自分の考えていることをそのまま曲に落とし込めるようにさ」

初めて聞く当時の彼の思い。
英がこちらに向けて微笑む。
だが、駈はそれに応えることができなかった。

「にしても、高校生からしたら結構いい値段の本なわけだよな? それをボロボロになるまで読み散らかして……ほんと、悪いことしたよな」
感傷に浸っている英は、そこで「ん?」と声を上げた。

「あれ、この本って……」

「!!」
駈は弾かれたように立ち上がる。
(まずい!)

そうだ、あの頃に思いを馳せている場合じゃなかった。
(あの本は駄目だ)
そんな駈の焦りに気付くはずもなく、英はその本を上下左右ひっくり返しながらも、のんびりと眺めている。

だがとうとう。
「もしかして、これ……買い直した?」
「……っ!」

急ぎ英へと駆け寄る。
もうこれ以上、このことについて触れられたくはなかった。

駈は英の持つ本へと手を掛ける。
そして、そのまま乱暴にそれを引っ手繰った。

「あっ……」
英が呆気にとられた顔をしている。そりゃそうだろう。ただ見ていただけの本をいきなり奪われたのだ。
だが、何か言い訳をしなくてはと思うのに、頭がまともに働かない。

そうしているうち、英の方が口を開いた。
「ごめん。俺、勝手に触っちゃって」
「あ、いや、その……」

手の中の本がすでに汗でぬるつく。
やはり言葉は出てこなかった。


明らかにおかしな空気が漂う中、先に動いたのは英だった。

「俺、帰るよ」
「えっ」
「体調悪いっていうのに、長居してごめん」

英はリビングへと戻ると、ボディバッグを肩に掛ける。
「あ、いや、長居だなんて。それに、これは俺が……」

訂正しようとする駈を、英は笑顔で断ち切った。
「また、元気になったら飲もうよ」

彼が背を向ける。
足早に立ち去るその後姿を、駈はただじっと見送ることしかできなかった。

玄関が、耳障りな音を立てながらバタン、と閉まる。

その後もしばらく、駈はその扉をぼんやりと見つめていた。
その手元には、今日まで一度も開かれることのなかった黄色い本が、よそよそしく収まっているだけだった。
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