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目を開けると、そこは青白い空間だった。
「あ、目、覚めたんだね」
声の方へと顔を向ける。
十数年ぶりに会ったその男は、テレビの中で散々見ていたというのに、ひどく懐かしい笑顔で駈を見つめていた。
「お医者さん呼んでくるから、待ってて」
そして、パタパタとこの部屋を出ていった。
「英……」
どうして彼がここに? というか、俺は一体なぜここに? 駈の頭の中を疑問符が飛び回る。
一人で混乱しているうちに、病室の扉が開く音がした。
「良かったね、すぐに退院できて」
真夜中の市街地は、平日ということもあり明かりも車通りも少ない。
英の運転するSUVは、音もなく滑らかに二人を乗せて走る。
「でも、胃潰瘍寸前だったわけだし、全然眠れてなかったんでしょ? 薬ちゃんと飲んで、しっかり寝て治すしかないね」
「……」
いまだに頭がふわふわとしている気がする。
助手席から、ついと彼の横顔を盗み見る。
テレビではいつもざっくりと二つに分けていることの多い前髪は、今日は無造作に下ろされている。
その前髪に少し隠れるようにして、ややたれ目気味の、二重の優しい目。スッと通った鼻筋に、薄めの唇。
高校時代から整った顔だったが、成長したその顔立ちはさらにシャープさを増した。
こう近くで見ると、なおさら――
(って、まだそんなこと……)
ふいと顔を背けると、深夜にもかかわらず灯りの消えないビル群の夜景が遠くを流れていくのが見える。
座り心地のいいシートのはずなのに、身体も心も、まったく落ち着いてはくれなかった。
少しの沈黙にも耐え切れず、駈は口を開いた。
「どうして、お前がここにいるんだよ」
すると、窓の向こうから目を離さないでいる駈の耳に笑い声が聞こえてくる。
「そっか、覚えてないか。駈、気失っていたもんなあ。いやぁ、ビビったよ。電話口から『今すぐ来てくれ』って呼び出されて――」
「そういうことじゃない」
「……」
黙ってしまった英に、駈は自分で遮っておきながら頭を抱えたくなった。
彼は何も間違ったことは言っていない。しかも、すでにこんなに迷惑を掛けられている。
さすがに怒ったのだろうか。そんな不安が過るも、窓から視線を外すことができない。
でも、聞きたかったのは確かにそこじゃなかった。
「どうして、電話掛けてきたのか、ってこと?」
「……!」
英の方を振り向いてしまう。
知りたかったのはまさにそれだった。
(だって、あの日、あんな別れ方をしたじゃないか。それなのに……)
すると英は小さくふふ、と声を漏らす。
「なんだかさ、急に……駈の声が、聞きたくなって」
困ったように微笑む彼は、画面越しに見るよりずっと、知らない男の顔をしていた。
古びたマンションの前で、車は静かに止まった。
駈がシートベルトを外していると、「部屋まで送ろうか?」と心配そうに覗き込んでくる。
「いや、いい」
……さっきから英の顔を見返すことができない。
「今日は、その……色々と面倒をかけて、悪かった」
そうとだけ告げて、ドアを開ける。
足早に車高のある座席から降りようとして、その途中、視界がぐるりと回転する。
「……っ」
まずい、と思った瞬間にはもう、身体が傾いていた。
地面に叩きつけられるのを予期して強く目を瞑った駈は、思った衝撃が来ないことに、そっとその目を開けた。
その代わり、温かいものが額に当たっている。
「……?」
顔を上げると、焦った顔の英と目が合った。
「やっぱり送る。部屋、教えて」
「うわぁ、めちゃくちゃ片付いてる!」
英は部屋に入るなり感嘆の声を上げた。
今まで誰かを入れたことは無いので一般的にそうなのかは分からないが、確かに物は少ない方だと思う。
と、いうより。
「いいのか、こんな遅くに。明日仕事あるんじゃ……」
「大丈夫。明日……というか、もう今日か。1か月ぶりのオフなんだ」
「だったらなおさら、家でのんびりしたほうが……」
すると、英はぶんぶんと首を振った。
「せっかくの誘いだ、断るなんて」
そう、この状況を招いたのは全て駈の責任と言ってよかった。
駈を部屋の前まで送り届け踵を返そうとした英に、「良かったらお茶でも」なんて、セリフもそうだが、この深夜1時に相当どうかしていた。
リビングに英を残し、駈はキッチンで深く息を吐く。
「何やってんだよ、俺……」
コーヒーメーカーの立てる音に紛れるよう、駈はひっそりとそう呟いた。
「あ、目、覚めたんだね」
声の方へと顔を向ける。
十数年ぶりに会ったその男は、テレビの中で散々見ていたというのに、ひどく懐かしい笑顔で駈を見つめていた。
「お医者さん呼んでくるから、待ってて」
そして、パタパタとこの部屋を出ていった。
「英……」
どうして彼がここに? というか、俺は一体なぜここに? 駈の頭の中を疑問符が飛び回る。
一人で混乱しているうちに、病室の扉が開く音がした。
「良かったね、すぐに退院できて」
真夜中の市街地は、平日ということもあり明かりも車通りも少ない。
英の運転するSUVは、音もなく滑らかに二人を乗せて走る。
「でも、胃潰瘍寸前だったわけだし、全然眠れてなかったんでしょ? 薬ちゃんと飲んで、しっかり寝て治すしかないね」
「……」
いまだに頭がふわふわとしている気がする。
助手席から、ついと彼の横顔を盗み見る。
テレビではいつもざっくりと二つに分けていることの多い前髪は、今日は無造作に下ろされている。
その前髪に少し隠れるようにして、ややたれ目気味の、二重の優しい目。スッと通った鼻筋に、薄めの唇。
高校時代から整った顔だったが、成長したその顔立ちはさらにシャープさを増した。
こう近くで見ると、なおさら――
(って、まだそんなこと……)
ふいと顔を背けると、深夜にもかかわらず灯りの消えないビル群の夜景が遠くを流れていくのが見える。
座り心地のいいシートのはずなのに、身体も心も、まったく落ち着いてはくれなかった。
少しの沈黙にも耐え切れず、駈は口を開いた。
「どうして、お前がここにいるんだよ」
すると、窓の向こうから目を離さないでいる駈の耳に笑い声が聞こえてくる。
「そっか、覚えてないか。駈、気失っていたもんなあ。いやぁ、ビビったよ。電話口から『今すぐ来てくれ』って呼び出されて――」
「そういうことじゃない」
「……」
黙ってしまった英に、駈は自分で遮っておきながら頭を抱えたくなった。
彼は何も間違ったことは言っていない。しかも、すでにこんなに迷惑を掛けられている。
さすがに怒ったのだろうか。そんな不安が過るも、窓から視線を外すことができない。
でも、聞きたかったのは確かにそこじゃなかった。
「どうして、電話掛けてきたのか、ってこと?」
「……!」
英の方を振り向いてしまう。
知りたかったのはまさにそれだった。
(だって、あの日、あんな別れ方をしたじゃないか。それなのに……)
すると英は小さくふふ、と声を漏らす。
「なんだかさ、急に……駈の声が、聞きたくなって」
困ったように微笑む彼は、画面越しに見るよりずっと、知らない男の顔をしていた。
古びたマンションの前で、車は静かに止まった。
駈がシートベルトを外していると、「部屋まで送ろうか?」と心配そうに覗き込んでくる。
「いや、いい」
……さっきから英の顔を見返すことができない。
「今日は、その……色々と面倒をかけて、悪かった」
そうとだけ告げて、ドアを開ける。
足早に車高のある座席から降りようとして、その途中、視界がぐるりと回転する。
「……っ」
まずい、と思った瞬間にはもう、身体が傾いていた。
地面に叩きつけられるのを予期して強く目を瞑った駈は、思った衝撃が来ないことに、そっとその目を開けた。
その代わり、温かいものが額に当たっている。
「……?」
顔を上げると、焦った顔の英と目が合った。
「やっぱり送る。部屋、教えて」
「うわぁ、めちゃくちゃ片付いてる!」
英は部屋に入るなり感嘆の声を上げた。
今まで誰かを入れたことは無いので一般的にそうなのかは分からないが、確かに物は少ない方だと思う。
と、いうより。
「いいのか、こんな遅くに。明日仕事あるんじゃ……」
「大丈夫。明日……というか、もう今日か。1か月ぶりのオフなんだ」
「だったらなおさら、家でのんびりしたほうが……」
すると、英はぶんぶんと首を振った。
「せっかくの誘いだ、断るなんて」
そう、この状況を招いたのは全て駈の責任と言ってよかった。
駈を部屋の前まで送り届け踵を返そうとした英に、「良かったらお茶でも」なんて、セリフもそうだが、この深夜1時に相当どうかしていた。
リビングに英を残し、駈はキッチンで深く息を吐く。
「何やってんだよ、俺……」
コーヒーメーカーの立てる音に紛れるよう、駈はひっそりとそう呟いた。
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