6 / 98
6
しおりを挟む
「え、あの企画の曲、通したんですか?」
駈の鋭い声に、ブースに緊張感が走る。
「最終確認と決裁は必ず私がすることになっていましたよね?」
駈が詰め寄ると、佐谷は一瞬視線を彷徨わせるも、すぐにいつものへらりとした調子に戻る。
そして、「仕方なかったんですよ」と顎を突き出した。
「だって、樋野さん出張だったし、それに……いつも忙しそうだったじゃないですか。こちらの部署の仕事だけじゃなく、他部署からも頼りにされていますしね」
含みのある言い方に、駈もつい声が厳しくなる。
「他と連携するのは当然のことでしょう。それに、多少忙しくても、確認と決裁の時間は絶対に確保します。というか今までそうしてきましたよね? それを、何だって急に……」
「俺ですよ、それ通したの」
苛立ちと焦りを滲ませる駈の声を遮ったのは、副主任の羽根田政人だった。
以前、ドアの向こう側で陰口を叩いていた男だ。
「競合しそうだって言われていたB社のゲーム、あれのリリースが急遽早まるって分かったらしくて。どうしてもそれより前に出したいって上にせっつかれてね。樋野さんが戻るのを待っていられなかったんですよ」
「だからといって、」
「俺の決裁でも構わない、って言われて。通してくれればいいから、ってね。うちの部署なんて、いつもそんなもんですよ」
「そんなもん……?」
羽根田のその言葉に、駈は冷たくそう繰り返す。
だが、羽根田はそれに怯む様子もなく、逆に挑むように駈を見据えた。
「ええ、そんなもんです。それで今まで、何の問題もなくやってこれたんです。それを樋野さんはいちいちイチャモンを付けて、ああしろこうしろ、って……それでどれだけ仕事が増えたか、分かっていないんですか?」
羽根田の剣幕に、ブースがシンと静まり返る。
彼はおもむろに立ちあがると、駈のそばへと近寄っていく。
「ずっと俺たち、イライラしていたんですよ。気付いていましたよね」
羽根田は真正面から駈を見据えた。
「まぁ……樋野さんからしたら、さぞ出来の悪い部下だったでしょうね、俺たちは。でも、ここの事情を知ろうともしないで、全部俺たちの怠慢だって決めつける……そんな上司の下で働く人間の気持ちを考えたこと、アンタにありますか?」
強い口調でそう詰める羽根田に、他のブースの人間も何が起こったのかと騒めきだす。
「……」
声が出なかった。
「……すみません。ちょっと頭冷やしてきます」
羽根田はそう言うと、呆然と突っ立っている駈の横を通り過ぎていった。
駈の鋭い声に、ブースに緊張感が走る。
「最終確認と決裁は必ず私がすることになっていましたよね?」
駈が詰め寄ると、佐谷は一瞬視線を彷徨わせるも、すぐにいつものへらりとした調子に戻る。
そして、「仕方なかったんですよ」と顎を突き出した。
「だって、樋野さん出張だったし、それに……いつも忙しそうだったじゃないですか。こちらの部署の仕事だけじゃなく、他部署からも頼りにされていますしね」
含みのある言い方に、駈もつい声が厳しくなる。
「他と連携するのは当然のことでしょう。それに、多少忙しくても、確認と決裁の時間は絶対に確保します。というか今までそうしてきましたよね? それを、何だって急に……」
「俺ですよ、それ通したの」
苛立ちと焦りを滲ませる駈の声を遮ったのは、副主任の羽根田政人だった。
以前、ドアの向こう側で陰口を叩いていた男だ。
「競合しそうだって言われていたB社のゲーム、あれのリリースが急遽早まるって分かったらしくて。どうしてもそれより前に出したいって上にせっつかれてね。樋野さんが戻るのを待っていられなかったんですよ」
「だからといって、」
「俺の決裁でも構わない、って言われて。通してくれればいいから、ってね。うちの部署なんて、いつもそんなもんですよ」
「そんなもん……?」
羽根田のその言葉に、駈は冷たくそう繰り返す。
だが、羽根田はそれに怯む様子もなく、逆に挑むように駈を見据えた。
「ええ、そんなもんです。それで今まで、何の問題もなくやってこれたんです。それを樋野さんはいちいちイチャモンを付けて、ああしろこうしろ、って……それでどれだけ仕事が増えたか、分かっていないんですか?」
羽根田の剣幕に、ブースがシンと静まり返る。
彼はおもむろに立ちあがると、駈のそばへと近寄っていく。
「ずっと俺たち、イライラしていたんですよ。気付いていましたよね」
羽根田は真正面から駈を見据えた。
「まぁ……樋野さんからしたら、さぞ出来の悪い部下だったでしょうね、俺たちは。でも、ここの事情を知ろうともしないで、全部俺たちの怠慢だって決めつける……そんな上司の下で働く人間の気持ちを考えたこと、アンタにありますか?」
強い口調でそう詰める羽根田に、他のブースの人間も何が起こったのかと騒めきだす。
「……」
声が出なかった。
「……すみません。ちょっと頭冷やしてきます」
羽根田はそう言うと、呆然と突っ立っている駈の横を通り過ぎていった。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】
海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。
発情期はあるのに妊娠ができない。
番を作ることさえ叶わない。
そんなΩとして生まれた少年の生活は
荒んだものでした。
親には疎まれ味方なんて居ない。
「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」
少年達はそう言って玩具にしました。
誰も救えない
誰も救ってくれない
いっそ消えてしまった方が楽だ。
旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは
「噂の玩具君だろ?」
陽キャの三年生でした。
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
九年セフレ
三雲久遠
BL
在宅でウェブデザインの仕事をしているゲイの緒方は、大学のサークル仲間だった新堂と、もう九年セフレの関係を続けていた。
元々ノンケの新堂。男同士で、いつかは必ず終わりがくる。
分かっているから、別れの言葉は言わないでほしい。
また来ると、その一言を最後にしてくれたらいい。
そしてついに、新堂が結婚すると言い出す。
(ムーンライトノベルズにて完結済み。
こちらで再掲載に当たり改稿しております。
13話から途中の展開を変えています。)
EDEN ―孕ませ―
豆たん
BL
目覚めた所は、地獄(エデン)だった―――。
平凡な大学生だった主人公が、拉致監禁され、不特定多数の男にひたすら孕ませられるお話です。
【ご注意】
※この物語の世界には、「男子」と呼ばれる妊娠可能な少数の男性が存在しますが、オメガバースのような発情期・フェロモンなどはありません。女性の妊娠・出産とは全く異なるサイクル・仕組みになっており、作者の都合のいいように作られた独自の世界観による、倫理観ゼロのフィクションです。その点ご了承の上お読み下さい。
※近親・出産シーンあり。女性蔑視のような発言が出る箇所があります。気になる方はお読みにならないことをお勧め致します。
※前半はほとんどがエロシーンです。
おねしょ癖のせいで恋人のお泊まりを避け続けて不信感持たれて喧嘩しちゃう話
こじらせた処女
BL
網谷凛(あみやりん)には付き合って半年の恋人がいるにもかかわらず、一度もお泊まりをしたことがない。それは彼自身の悩み、おねしょをしてしまうことだった。
ある日の会社帰り、急な大雨で網谷の乗る電車が止まり、帰れなくなってしまう。どうしようかと悩んでいたところに、彼氏である市川由希(いちかわゆき)に鉢合わせる。泊まって行くことを強く勧められてしまい…?
【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集
夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。
現在公開中の作品(随時更新)
『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』
異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる