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才能・容姿・運――この三つが揃った人間は存在する。
彼らはいずれ表舞台に姿を現し、人々は彼らをもてはやす。ファンを作り出すこともあるし、トレンドを席巻することもある。時には誰かの目標となることも。
中にはその人気を妬む者もいるだろうが、アンチも人気のうち……と片付けられて終わる程度。
こんなふうに、たまらなく感情を掻き乱されるのはきっとほんの一握りの人間だけだ。
例えば、彼らと同じ土俵で戦う人間。
もしくは、彼らをずっと前から知っている誰か――
『今日は、現在超大ヒット中、Minakoの『となりにいたい』を作曲したサヤマスグルさんにお越しいただきました~!!』
仕事終わり、満席だったいつものラーメン屋を諦め近くの定食屋に入った樋野駈は、店の後方から聞こえてきた声に思わず舌打ちをしそうになった。イヤホンを付けてしまいたかったが、手に持った生姜焼き定食の番号はそうすぐには呼ばれそうもなく。
胸の内で悪態をつき、ポケットからスマホを取り出す。いつもはフルオートで回すゲームをあえて手動に切り替える。
『サヤマさん、最近あちこちでお見掛けするんですけど、いやぁ……天は二物を与えないってアレ、やっぱり嘘ですねこれ』
『いやいや……そんなことないですよ』
『だってもう今、引っ張りだこでしょ?』
『そうですね、ありがたい話です』
ゲームに集中したいのに、どうしても奴の声が耳に付く。ちらり、と店の後方を見やる。
テレビの中のあいつは、最近雑誌でよく見るスカした笑顔を貼り付けていた。
「……」
再びスマホに視線を戻す。とっくに敵のターンも終わり、キャラクターは攻撃指示を待っていた。
『じゃあさっそく、曲の解説をお願いできますか?』
『はい』
すると急にテレビからきゃあ、と悲鳴が上がる。
何だと思えば、あいつがただギターを抱えただけだった。
『いやぁ、やっぱりサマになりますねぇ』
いちいちオーバーな司会者の反応。
(何かにつけて褒めなきゃならないのか、こいつは)
スマホをタップする指に力がこもる。
いつもよりも格段に敵のゲージが減るのが早い。やっぱり手動でやるのが一番だな、そう思っていたとき。
『この本をそっと手にするだけで あの頃の私があふれてしまうの――」
昭和の香りのする歌詞を、あいつの作ったメロディーに乗せて歌っている。
その声は、今から十年以上も前のあの日々と変わらない。
少しかすれた、低くて甘い――
と、再び悲鳴に近い歓声と拍手が沸き起こる。
『はぁ……聴き惚れちゃいましたぁ』
アシスタントの女の子がうっとりと呟く。
『これ、サヤマさんバージョンでリリースしたら絶対売れますよ。僕からも掛け合ってみようかな』
『あはは、ありがとうございます』
テレビの中で、あいつはやっぱりあの取り繕ったような顔で笑っていた。
くそ、見るんじゃなかった。そんなくさくさした気持ちで画面を見て、ぎょっとする。
久しぶりに見る「LOSE」の文字。
「……」
ゲーム画面を閉じ、さらに目を瞑る。
テレビからはあいつが楽曲提供した別の歌手の歌声が流れ始めている。
「12番~、生姜焼き定食の方~」
駈は食券を握りしめると、のそりと席を立った。
彼らはいずれ表舞台に姿を現し、人々は彼らをもてはやす。ファンを作り出すこともあるし、トレンドを席巻することもある。時には誰かの目標となることも。
中にはその人気を妬む者もいるだろうが、アンチも人気のうち……と片付けられて終わる程度。
こんなふうに、たまらなく感情を掻き乱されるのはきっとほんの一握りの人間だけだ。
例えば、彼らと同じ土俵で戦う人間。
もしくは、彼らをずっと前から知っている誰か――
『今日は、現在超大ヒット中、Minakoの『となりにいたい』を作曲したサヤマスグルさんにお越しいただきました~!!』
仕事終わり、満席だったいつものラーメン屋を諦め近くの定食屋に入った樋野駈は、店の後方から聞こえてきた声に思わず舌打ちをしそうになった。イヤホンを付けてしまいたかったが、手に持った生姜焼き定食の番号はそうすぐには呼ばれそうもなく。
胸の内で悪態をつき、ポケットからスマホを取り出す。いつもはフルオートで回すゲームをあえて手動に切り替える。
『サヤマさん、最近あちこちでお見掛けするんですけど、いやぁ……天は二物を与えないってアレ、やっぱり嘘ですねこれ』
『いやいや……そんなことないですよ』
『だってもう今、引っ張りだこでしょ?』
『そうですね、ありがたい話です』
ゲームに集中したいのに、どうしても奴の声が耳に付く。ちらり、と店の後方を見やる。
テレビの中のあいつは、最近雑誌でよく見るスカした笑顔を貼り付けていた。
「……」
再びスマホに視線を戻す。とっくに敵のターンも終わり、キャラクターは攻撃指示を待っていた。
『じゃあさっそく、曲の解説をお願いできますか?』
『はい』
すると急にテレビからきゃあ、と悲鳴が上がる。
何だと思えば、あいつがただギターを抱えただけだった。
『いやぁ、やっぱりサマになりますねぇ』
いちいちオーバーな司会者の反応。
(何かにつけて褒めなきゃならないのか、こいつは)
スマホをタップする指に力がこもる。
いつもよりも格段に敵のゲージが減るのが早い。やっぱり手動でやるのが一番だな、そう思っていたとき。
『この本をそっと手にするだけで あの頃の私があふれてしまうの――」
昭和の香りのする歌詞を、あいつの作ったメロディーに乗せて歌っている。
その声は、今から十年以上も前のあの日々と変わらない。
少しかすれた、低くて甘い――
と、再び悲鳴に近い歓声と拍手が沸き起こる。
『はぁ……聴き惚れちゃいましたぁ』
アシスタントの女の子がうっとりと呟く。
『これ、サヤマさんバージョンでリリースしたら絶対売れますよ。僕からも掛け合ってみようかな』
『あはは、ありがとうございます』
テレビの中で、あいつはやっぱりあの取り繕ったような顔で笑っていた。
くそ、見るんじゃなかった。そんなくさくさした気持ちで画面を見て、ぎょっとする。
久しぶりに見る「LOSE」の文字。
「……」
ゲーム画面を閉じ、さらに目を瞑る。
テレビからはあいつが楽曲提供した別の歌手の歌声が流れ始めている。
「12番~、生姜焼き定食の方~」
駈は食券を握りしめると、のそりと席を立った。
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