Rain fairy〜雨の妖精〜

久恵立風魔

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アイレーン

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 雨風は日に日に強くなりつつあった。聡の自宅のテレビからは接近している台風への警戒情報が延々と流れ、風が窓を叩きカタカタと音を立て続けていた。学校は休校となり瑠璃子も美優も自宅待機となっていた。

 「今度の台風、かなり大きいわね。災害や被害が出なければいいけどね。」

 瑠璃子は率直に不安を口にしていた。美優はスマホをいじりながら、「そうだねぇー。」と台風には余り興味がなく、動画投稿サイトの閲覧に忙しそうであった。

 「お父さんも大変ね。台風の対応で徹夜になるかもしれないって。」

 英二を気遣う瑠璃子をよそに美優はスマホをいじるのに熱心であった。その対面のソファーに座って台風の情報を見ていた聡は自分の部屋に戻りベッドに腰掛けるとツユを見て、「怖い?」そう気遣うと、「うん。大丈夫。」そう言いツユは微笑んだ。そして、ツユは聡と出会ってから今までの思い出話を始めた。

 「だって、聡、私が泣くと変顔すれば笑顔になれると思ってる辺り、単純。でもそれで笑顔になれてたね。」

 「あはは。俺の変顔、最強だろ?」

 「うん。折角のイケメンが台無しだったよ。それに水族館も楽しかったな。あのイルカちゃんも可愛かったね。また会えるかな。」

 「あのイルカ、ツユに挨拶してたよね。多分ツユの事見えてたんだと思う。また連れて行ってあげるよ。」

 「嬉しい。私、聡と出会えて本当に良かったと思う。ありがとう。」

 一階にいる瑠璃子達に聞こえるのではないかと言うくらい、二人笑い、話をした。一頻り話して、聡はトイレに行くため席を立った。ツユは聡が部屋を出ていったのを確認すると、ポツリと一言、

 「聡、ごめんね。ありがとう。」

 そう呟き、空気に溶けるようにその場から姿を消した。
 トイレから戻った聡は部屋にツユが居ない事にハッとして、「ツユ?そこにいるの?」問いかけたがツユからの返事はなかった。

 「やはり・・・」

 聡はこうなることを心の何処かで予知していた。そして素早くレインコートを纏い、傘を持つと雨風吹き荒ぶ外へと躍り出た。強風が聡のレインコートを剥がしにかかってるかの如く吹き付け、雨水が容赦なく聡の体に打ち付ける。傘は開かず、コートのフードを目深に被るとそのフードに手を添えツユの行方を追った。まずはツユと出会った河岸へと向かった。普段ならなんて事ない距離なのだが、雨風で酷く遠くに感じた。川へ向かう途中、警ら中のパトカーが聡を見つけスピーカーで「そこの少年、止まりなさい。」と、呼び止められた。聡は警官と話す余裕などないと思ったが、無視して事を荒げるのも面倒だなと、呼び止めに応じた。

 「こらこら。こんな天候なのに何処へ行くのかね。」

 助手席から降りた警官は雨と風に顔を顰めながらそう訊ねると余計な事話して面倒臭い事になることを避けたかった聡は、

 「今から自宅に帰る所です。」そう言い、その場をすぐに立ち去ろうとしたら、「待ちなさい。パトカーで送るから乗りなさい。」警官の提案に「自宅すぐそこですから。」ニコリと笑い、「お気遣いありがとうございます。」と、そう言うと逃げるように走ってパトカーから離れた。

 「ツユ・・・。」

 聡は小さく呟いた。そしてツユと初めて出会った川岸へと辿り着いたのだが、ツユの姿はなかった。

 「ツユー!」

 大きな声で叫んでみたものの、雨音と強風でその声は掻き消されてしまう。ツユも姿を現さない。茶色く濁り水量が増した川と同じように聡の不安も増していた。聡は川を横目に今度はアジトへと急いで向かった。行く道の途中でもツユの姿を追ったが行き交う人も車も無く、聡はこの世界に一人取り残されたような感覚になっていた。息を切らし、聡はアジトへと走った。焦りからであろうか道の段差に躓き転びそうになったが、持ち前の運動神経で体勢を立て直しまた全力で走り出した。ツユの安否の不安が募る。「どうか無事でいてくれ。」そう願わずにはいられなかった。
 アジトに辿り着いた聡は周囲を見回し、ツユを探した。アジトの敷地の木々は風で大きく揺れ、焼け落ちたアジトは屋根のトタン板がパタパタと靡いて今にも飛びそうであった。
 アジトの戸を開け中にも入ったがツユはいない。ふと見るとアジトの片隅に子猫達が身を寄せあって雨風を凌いでいた。聡はしゃがんで子猫達を撫でると、「ツユ見なかった?」と、問いかけた。子猫達は「ニャー」と答え聡を見つめていた。「そうか。ここにはいないか。」そう読み取った聡はアジト内のベニヤ板をかき集め子猫達が雨に濡れぬよう、囲うように置くとアジトを出た。

 「ツユー!」

 叫ぶがツユの姿はない。「ここでもなかったか。」聡はそう呟くと次は高校へと向かった。途中、強風に煽られ身体がよろける事が何度かあったがその度に体勢を立て直して走り続けた。「ツユ、ツユ、ツユ。」心の中で何度もツユの名前を呼び、その無事を願った。
 閉まっている高校の校門を乗り越え、高校のグランドに着いた聡はゼェゼェと息を切らして周囲を見回したが、ツユらしい姿は見えない。息切れの音と雨と風の音だけが周囲に鳴り響く。

 「おーい!」

 遠くから呼ぶ声がする。聡が声の方へ振り向くと、優也がレインコートを着てこちらへ走って近づいてきた。

 「やはり聡か。お前のお母さんからお前が嵐の中、家を飛び出したって連絡があったからここじゃないかと来てみたらビンゴだったよ。今、綾夏も健太もここに向かっているはずだ。」

 優也はホッとした表情で微笑んだ。

 「ツユが、ツユが消えたんだ。多分、アイレーンに会いにいったのだろう。川沿いも、アジトにもいなかった。」

 聡は焦りを隠せなかった。優也の安心も束の間、「ツユちゃん・・・」大きな不安が過った。聡は天を仰ぎ見て「チッ!」と舌打ちをした。「どこなんだ、ツユ。」そう呟き、ふとドス黒い空の先にある丘から渦巻状の雲が巻き上がっているのが見えた。「竜巻?」それは城ヶ森の丘公園の辺りから巻き上がっていた。

 「ツユ!!」

 聡に直感が走った。すぐに城ヶ森の丘公園へと走った。

 「おい、聡、待てよ!俺も行く!」

 優也は健太と綾夏に電話で連絡しながら聡の後を追った。

 その数分前。城ヶ森の丘公園では嵐の中一人ツユが佇んでいた。瞳を閉じ、じっと何かを待っていた。そして、ツユがそっと瞳を開けるとそこにはグレーの長い髪に緑色の瞳、深緑色のワンピースを着た、アイレーンそのものが立っていた。

 「あなたから私を呼び出すなんて珍しいわね、ツユ。よほど私に会わせたくない人間がいるみたいね。」

 顎をクィッとあげ、冷たい微笑みをしてアイレーンはツユを見下した。

 「用事があるのは私なのでしょ?他の人達は関係ないわ。」

 ツユは上目使いでじっとアイレーンを見据えた。

 「他の人達?あははは。フレアからの話と少し状況が違ってきてるみたいね。どうやら人間のオトモダチが増えたらしいわ。」

 アイレーンは高らかに笑うと続けて話した。

 「晴翔は見つかったの?晴翔の捜索もそこそこに新しい人間タチとオトモダチごっことは、相変わらず滑稽ね。」

 皮肉交じりにアイレーンはツユを見下す事をやめなかった。

 「笑いたければ笑うといいわ。そのお陰で私は新たな感情を手に出来た。愛するものを守りたいという、愛情を。」

 ツユはアイレーンを正面に捉えたまま毅然と答えた。

 「あなたは一人、メソメソ泣いてるだけでいいのよ。感情を持つなんてあなたには贅沢だわ。」

 アイレーンは少し苛立ちそう言うと、

 「可哀想な人。あなたからは愛情という感情を感じない。そういう意味であなたは人間よりも劣るわね。愛情は自分の命を擲ってでも大切な人を守りたいという、とても尊い感情の一つよ。私はそれを持っている。だから今ここにいる。あなたは私よりも劣るの。さぁ、かかってきなさい。あなたにも愛情がどういうものか教えてあげる。」

 ツユは冷静にそして静かにアイレーンに語りかけた。

 「黙れ!ツユのくせに生意気言うんじゃないわよ。いいわ。お望み通り消し飛ばしてあげるわ!」

 そう言うと、アイレーンのグレーの髪が逆立ち、瞳は緑色に輝き、手を広げ、半身を捻るとその身体から緑白のオーラの様なものがアイレーンを包み、一言小さく「消し飛べ。」そう言うと、身体を目で追えないくらい勢いよく回転させた。その緑白色のオーラは渦を成し竜巻へと変わり、ツユに襲いかかった。
 ツユは抵抗する素振りをみせず、じっと立ったまま静かに瞳を閉じた。竜巻はツユの身体を巻き込み大きく空へと舞いあげ高く、高く、飛ばして、そして消えた。

 どれくらい走ったであろう。聡は嘔吐するくらい息切れして城ヶ森の丘公園へと辿り着いた。そこにはもう竜巻はなく、風の吹き荒ぶ音とレインコートを叩く雨音しかしない。周りを見回してもツユもアイレーンらしき姿もなかった。その後を優也も息切れしながら聡に追いついた。

 「ツ、ツユちゃんは?」

 そう問う優也に聡は首を左右に振った。

 そこへ綾夏と健太も合流した。

 「あの竜巻、何だったの?もしかして、アイレーン?」

 綾夏達も竜巻を目撃していたらしく、その異常さに気付いていた。

 「台風の時に竜巻が起こるなんて普通じゃ有り得ない。多分、アイレーンだったのかもしれない。そしてツユもここに居たのじゃないかな・・・。」

 健太はそう分析すると、聡を見詰めた。聡はその場に跪き、空を仰いだ。

 「ツユー!」

 その大きな叫び声はツユに届くことはなかった。
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