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二回目 ヒロインに謝ろう!
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「如何なさいましたか、ジュリア様?」
意識を取り戻したと同時に侍女のソフィアの落ち着いた声が鼓膜を揺らした。鏡に映る私の体、どこにも傷はない。先ほど斬り付けられたというのに血液一滴も見当たらなかった。
真っ青になって冷や汗をかいている他に目立った変化はない。状況を把握しかねていると、鏡越しに私の顔を伺うソフィアと目が合う。
「いえ、なんでもないわ……」
「顔色が優れません、紅茶をお持ちします」
不審そうな顔をしながらもソフィアが部屋を出て行く。その後ろ姿を見送り、私は手に持ったイヤリングを弄りながら物思いにふける。
先ほどの出来事は夢だったのだろうか。それにしてはとても現実的である。間違いなくアランに切りつけられたし、暗くなる意識の中で彼が高笑いしていたのも覚えている。当然、私の記憶も前世の記憶も両方問題なく思い出せる。
そして更衣室の中にある時計は断罪イベントが始まる三十分前を知らせた。
「時が戻ってる?けどジュリアにそんな設定はない……。いや、あった。スチュワード伝説!」
私は顔をあげてハンドバッグに仕舞われたハンカチを取り出す。上質な絹に時計を象った金色の刺繍を眺める。
この国にはとある伝説がある。スチュワード家が公爵として登り詰める前、国が国として動く前の御伽噺だ。
ある村に旅人が現れた。村の長は心良くその村人を歓迎し、丁重にもてなした。その旅人は礼として村を襲う病を告げたという。
最初は半信半疑だった長も、旅人の予言のとおり病が流行ると彼にすがった。旅人は薬を作り、病人に飲ませるとたちまちのうちに治った。
長はえらく旅人を気に入り、家族として迎え入れた。そのあとなんやかんやで予言の一族になって貴族になって結果、公爵家にまで成長したのだ。伝説に則り、スチュワード家の家紋は時計が使われている。
「スチュワード一族に伝わる未来予知、私がその使い手に……?」
「ジュリア様、紅茶をお持ちしました」
戻ってきたソフィアから紅茶を受け取り、動揺で乾いていた喉を潤す。おかわりを注ごうとする手を断り、私は部屋を飛び出した。
「ジュリア様ッ!?一体どこへ?」
ソフィアの引き止める声を振り払い、パーティーの準備を進める使用人を避けながら走り出す。
「予知した未来を回避しなきゃッ……!断罪前に謝るしかないッ!」
長いドレスの裾を手で脛まで持ち上げ、高いハイヒールに転びそうになりながら目当ての部屋へ向かった。
◇◆◇◆
「リリアさんはいらっしゃいますか!?」
勢いよくノックもナシに扉を開け、後ろ手で閉める。突然の訪問に驚いたリリアが仰天して椅子ごと床に倒れた。
「な、なんですか貴方は!?……ひえっ、ジュリアッ!!」
抗議の声も私の顔を見た途端に尻すぼみなものになる。顔面蒼白になりながら立ち上がり、逃げ腰になりつつも窓に視線を向ける。逃げ出されては困るのでとにかく落ち着かせようと声をかけた。
「ご安心くださいませ、私は貴方をいじめにきたわけではありません。ちょっとお話を……」
「いつもそういって私をいじめているではありませんかッ!」
記憶を手繰ると確かにそんな言葉を使ってリリアに話しかけていた。言葉選びを間違えた自分の迂闊さを呪う。
「今日は違う、本当に違うから!ほら、取り巻きいないでしょ?」
「なんの御用ですかッ?卒業パーティーの前に締めのイジメですかッ!?」
「それも違うよ。落ち着いて、ね?」
宥め賺してようやくリリアを椅子に座らせることに成功した。カタカタと震えながら紅茶を飲む辺り、この子も中々肝が据わっているかもしれない。
落ち着いた頃を見計らって私はリリアに頭を下げた。
「今までいじめてごめんなさい。私の身分が貴方より上だという事を利用して本当に酷いことをしたわ。謝って許される事だとは思わないけどとにかく謝りたかったの」
「……ジュリアさん。貴方の謝罪を受け入れます」
顔を上げるとリリアが微笑んでいた。さすがヒロイン、心が広い。いじめても謝れば許してくれるなんて優しさ全振りかな?
「自分を顧み、謝るという気持ちはとても大事です。きっと今日、ここに来るまでとても悩んだと思います。もしかしたらこのまま有耶無耶にすることだって可能でしょう。それでも謝ってくださったんです」
こんな優しい人を四年間に渡っていじめる奴がいるなんてッ、私はソイツを許せねぇ!
リリアが笑いながら紅茶を飲み、クッキーを頬張る。うーん、さすがヒロイン。実にスチルになりそうな光景である。
「それにしても意外でした。ジュリアさんは貴族の中でも最も位の高いお方でしたのでまさか人の心をお持ちになっていらっしゃったとは思いませんでした」
「いや本当にその節は誠に申し訳ないです」
「いえ、私の父が真性のドクズでして……」
リリアがコップに視線を落とす。顔が翳り、瞳からハイライトが消えた。
「ご存知の通り私は庶子、貴族の教養があるわけではありません」
そう、リリアは平民の母と伯爵の間に生まれた子である。母と父に関する情報は少ない。ヒロインは母親と瓜二つの外見をしていると回想で判明するぐらいだ。
一方父はリリアの存在を認知していた、という考察があるものの明確な根拠があるわけではない。
「卒業までにこの学園内で婚約者を見つけなければ妾として囲うと脅されていたんです」
「正気か伯爵」
実の娘を愛人にするとは業が深い。親子関係で夫婦になってはいけないという法律があるものの、実際は形骸化している。
しかし父親に脅されていたとは初耳だ。ゲームでは『卒業までに婚約者を見つけるゾ★』(原文ママ)としか表記されていなかった。
ただでさえこんな辛い思いをしているヒロインをいじめるなんてひどい奴もいたものだ。
「それが嫌で私は婚約者がいると、ジュリアさんがいると知っていながらヘンリー王子に近付いたんです」
「気にしなくていいのよ、私たちの関係なんて親が決めたものだもの」
泣き出したリリアにハンカチを渡す。
「ありがとうございます、ジュリアさん……ズビッ」
鼻水を啜り、涙を拭くリリア。この子には幸せになってもらいたいものである。
「こんなにも優しい人を殺さないといけないなんて……」
ボソリと呟いたリリアの声が鼓膜に届いた。内容が理解できず、私はとりあえずコップを机に戻す。
殺さないといけないって誰のことなんですかね?
「この学園で私、色んな貴族とお話しする機会に恵まれたんです」
「そ、そうなんだ。へぇ」
「領地が危機に瀕しているというのに趣味に興じる貴族、自分を棚に上げ平民を嘲る奴ら、そして跡を継いだ後に初夜税を巻き上げることしか脳にない無能ども……」
リリアが持っていたコップが弾けた。飛び散るかけらが私の顔を浅くかすめる。頬を伝う血の温度を感じた。
「私の母は昔、針子だったんです。父の屋敷で働いていたんです。初夜税が払えない妹の為に毎日汗水を流して……」
「そうなの……」
もはや私の相槌がリリアの耳に届いているのか分からない。リリアの視線は私ではなく遠い景色を見ているようだった。
「初夜税を払ったにも関わらず妹を屋敷に呼び出そうとする父を止める為、母は身代わりを申し出たそうです。ふふっ、笑えますよね?」
クスリと笑うリリア。まったくもって笑えない話である。
「その話を聞いた時、私誓ったんです。この国の頂点に立ってやるって。貴族も王族も全てぶち殺してやるんです」
だからさっき殺さないといけないっていっていたのかッ!!やばい、コイツはマジでやばいヤツだ!!
「り、リリアちゃん!今の話、私聞かなかったことにするから!うん、そろそろ部屋に戻ろうかなッ!」
「ジュリアさん、聞かなかったことにしなくていいんですよ」
逃げ出そうと走り出す前に腕を掴まれた。その華奢な外見から想像もつかないほどの握力から脱出する術はない。
床に押し倒され、リリアが手に持つコップの破片が視界に入る。
「だって、貴方はここで死ぬんですもの」
チクリ、とコップの破片が頸動脈の位置に押し当てられる。鏡越しのリリアの感情のない瞳と視線が交差した。
シュッ、という鋭い音共に部屋が紅に染まる。
「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
意識を取り戻したと同時に侍女のソフィアの落ち着いた声が鼓膜を揺らした。鏡に映る私の体、どこにも傷はない。先ほど斬り付けられたというのに血液一滴も見当たらなかった。
真っ青になって冷や汗をかいている他に目立った変化はない。状況を把握しかねていると、鏡越しに私の顔を伺うソフィアと目が合う。
「いえ、なんでもないわ……」
「顔色が優れません、紅茶をお持ちします」
不審そうな顔をしながらもソフィアが部屋を出て行く。その後ろ姿を見送り、私は手に持ったイヤリングを弄りながら物思いにふける。
先ほどの出来事は夢だったのだろうか。それにしてはとても現実的である。間違いなくアランに切りつけられたし、暗くなる意識の中で彼が高笑いしていたのも覚えている。当然、私の記憶も前世の記憶も両方問題なく思い出せる。
そして更衣室の中にある時計は断罪イベントが始まる三十分前を知らせた。
「時が戻ってる?けどジュリアにそんな設定はない……。いや、あった。スチュワード伝説!」
私は顔をあげてハンドバッグに仕舞われたハンカチを取り出す。上質な絹に時計を象った金色の刺繍を眺める。
この国にはとある伝説がある。スチュワード家が公爵として登り詰める前、国が国として動く前の御伽噺だ。
ある村に旅人が現れた。村の長は心良くその村人を歓迎し、丁重にもてなした。その旅人は礼として村を襲う病を告げたという。
最初は半信半疑だった長も、旅人の予言のとおり病が流行ると彼にすがった。旅人は薬を作り、病人に飲ませるとたちまちのうちに治った。
長はえらく旅人を気に入り、家族として迎え入れた。そのあとなんやかんやで予言の一族になって貴族になって結果、公爵家にまで成長したのだ。伝説に則り、スチュワード家の家紋は時計が使われている。
「スチュワード一族に伝わる未来予知、私がその使い手に……?」
「ジュリア様、紅茶をお持ちしました」
戻ってきたソフィアから紅茶を受け取り、動揺で乾いていた喉を潤す。おかわりを注ごうとする手を断り、私は部屋を飛び出した。
「ジュリア様ッ!?一体どこへ?」
ソフィアの引き止める声を振り払い、パーティーの準備を進める使用人を避けながら走り出す。
「予知した未来を回避しなきゃッ……!断罪前に謝るしかないッ!」
長いドレスの裾を手で脛まで持ち上げ、高いハイヒールに転びそうになりながら目当ての部屋へ向かった。
◇◆◇◆
「リリアさんはいらっしゃいますか!?」
勢いよくノックもナシに扉を開け、後ろ手で閉める。突然の訪問に驚いたリリアが仰天して椅子ごと床に倒れた。
「な、なんですか貴方は!?……ひえっ、ジュリアッ!!」
抗議の声も私の顔を見た途端に尻すぼみなものになる。顔面蒼白になりながら立ち上がり、逃げ腰になりつつも窓に視線を向ける。逃げ出されては困るのでとにかく落ち着かせようと声をかけた。
「ご安心くださいませ、私は貴方をいじめにきたわけではありません。ちょっとお話を……」
「いつもそういって私をいじめているではありませんかッ!」
記憶を手繰ると確かにそんな言葉を使ってリリアに話しかけていた。言葉選びを間違えた自分の迂闊さを呪う。
「今日は違う、本当に違うから!ほら、取り巻きいないでしょ?」
「なんの御用ですかッ?卒業パーティーの前に締めのイジメですかッ!?」
「それも違うよ。落ち着いて、ね?」
宥め賺してようやくリリアを椅子に座らせることに成功した。カタカタと震えながら紅茶を飲む辺り、この子も中々肝が据わっているかもしれない。
落ち着いた頃を見計らって私はリリアに頭を下げた。
「今までいじめてごめんなさい。私の身分が貴方より上だという事を利用して本当に酷いことをしたわ。謝って許される事だとは思わないけどとにかく謝りたかったの」
「……ジュリアさん。貴方の謝罪を受け入れます」
顔を上げるとリリアが微笑んでいた。さすがヒロイン、心が広い。いじめても謝れば許してくれるなんて優しさ全振りかな?
「自分を顧み、謝るという気持ちはとても大事です。きっと今日、ここに来るまでとても悩んだと思います。もしかしたらこのまま有耶無耶にすることだって可能でしょう。それでも謝ってくださったんです」
こんな優しい人を四年間に渡っていじめる奴がいるなんてッ、私はソイツを許せねぇ!
リリアが笑いながら紅茶を飲み、クッキーを頬張る。うーん、さすがヒロイン。実にスチルになりそうな光景である。
「それにしても意外でした。ジュリアさんは貴族の中でも最も位の高いお方でしたのでまさか人の心をお持ちになっていらっしゃったとは思いませんでした」
「いや本当にその節は誠に申し訳ないです」
「いえ、私の父が真性のドクズでして……」
リリアがコップに視線を落とす。顔が翳り、瞳からハイライトが消えた。
「ご存知の通り私は庶子、貴族の教養があるわけではありません」
そう、リリアは平民の母と伯爵の間に生まれた子である。母と父に関する情報は少ない。ヒロインは母親と瓜二つの外見をしていると回想で判明するぐらいだ。
一方父はリリアの存在を認知していた、という考察があるものの明確な根拠があるわけではない。
「卒業までにこの学園内で婚約者を見つけなければ妾として囲うと脅されていたんです」
「正気か伯爵」
実の娘を愛人にするとは業が深い。親子関係で夫婦になってはいけないという法律があるものの、実際は形骸化している。
しかし父親に脅されていたとは初耳だ。ゲームでは『卒業までに婚約者を見つけるゾ★』(原文ママ)としか表記されていなかった。
ただでさえこんな辛い思いをしているヒロインをいじめるなんてひどい奴もいたものだ。
「それが嫌で私は婚約者がいると、ジュリアさんがいると知っていながらヘンリー王子に近付いたんです」
「気にしなくていいのよ、私たちの関係なんて親が決めたものだもの」
泣き出したリリアにハンカチを渡す。
「ありがとうございます、ジュリアさん……ズビッ」
鼻水を啜り、涙を拭くリリア。この子には幸せになってもらいたいものである。
「こんなにも優しい人を殺さないといけないなんて……」
ボソリと呟いたリリアの声が鼓膜に届いた。内容が理解できず、私はとりあえずコップを机に戻す。
殺さないといけないって誰のことなんですかね?
「この学園で私、色んな貴族とお話しする機会に恵まれたんです」
「そ、そうなんだ。へぇ」
「領地が危機に瀕しているというのに趣味に興じる貴族、自分を棚に上げ平民を嘲る奴ら、そして跡を継いだ後に初夜税を巻き上げることしか脳にない無能ども……」
リリアが持っていたコップが弾けた。飛び散るかけらが私の顔を浅くかすめる。頬を伝う血の温度を感じた。
「私の母は昔、針子だったんです。父の屋敷で働いていたんです。初夜税が払えない妹の為に毎日汗水を流して……」
「そうなの……」
もはや私の相槌がリリアの耳に届いているのか分からない。リリアの視線は私ではなく遠い景色を見ているようだった。
「初夜税を払ったにも関わらず妹を屋敷に呼び出そうとする父を止める為、母は身代わりを申し出たそうです。ふふっ、笑えますよね?」
クスリと笑うリリア。まったくもって笑えない話である。
「その話を聞いた時、私誓ったんです。この国の頂点に立ってやるって。貴族も王族も全てぶち殺してやるんです」
だからさっき殺さないといけないっていっていたのかッ!!やばい、コイツはマジでやばいヤツだ!!
「り、リリアちゃん!今の話、私聞かなかったことにするから!うん、そろそろ部屋に戻ろうかなッ!」
「ジュリアさん、聞かなかったことにしなくていいんですよ」
逃げ出そうと走り出す前に腕を掴まれた。その華奢な外見から想像もつかないほどの握力から脱出する術はない。
床に押し倒され、リリアが手に持つコップの破片が視界に入る。
「だって、貴方はここで死ぬんですもの」
チクリ、とコップの破片が頸動脈の位置に押し当てられる。鏡越しのリリアの感情のない瞳と視線が交差した。
シュッ、という鋭い音共に部屋が紅に染まる。
「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
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