上 下
69 / 71
蛇足編

シェリンガム

しおりを挟む

 アルバートの『イベントやりましょう』の一言から始まったイベントは、正式名称では【ライトノベルマーケット】というらしい。
 交流会も兼ねたこのイベントでは、新人作家以外にも事前に届け出て認可が出たアマチュアの人も参加している。
 個々で売るよりも、こうした市場のように売る方がいいらしい。
 その光景はなんだか、前世の大手同人イベントを彷彿とする。
 アルバート曰く、露商を参考にしたとのことなので、私と同じような前世の記憶持ちではない。
 ないはず、なのだが……。

「それでは、これよりレティシア先生の交流会を開催します」
「「「わーっ!!!!」」」
「待ち時間一人三分厳守! それでは、待機していた順番から!」

 これは、なんということだろうか。
 さながらアイドルの握手会のような流れで繰り広げられる交流会。
 聞いてない、聞いてないぞ。
 もっとこう、座談会のような腰を据えた話し合いの場だと思っていたというのになんということだ。

 百人を超えたあたりで見覚えのある人がやってきた。
 紺色のジャケットをかっこよく着こなしているアランだ。
 他に服のレパートリーがないのだろうか。

「まったく、こんなイベントをやるなんて聞いてないぞレティシアさん! 待機列にいるやつなんて男ばかりじゃないか!」

 そう愚痴りながらも私の手を握るアラン。
 そして待機列に並ぶ人々を睨み付けていた。
 待機列からアランに向けられる視線も鋭い。
 一触即発な雰囲気を切り捨てたのは、私の後ろに控えていたアルバートだった。

「あ、時間です」

 アルバートが言い終えるよりも早く、私の傍に立っていた警備が
「あ、おい! この僕、アラン・フォン・エッシェンバッハに触れ、待て、押すなっ!」
「規則なのですみませんね」

 悲鳴をあげるアランを、手慣れた様子で外へ強引に誘導していくのはかつてのアルバートの直近の部下たちだ。
 職を失っていたところを、アルバートが『場内整理なら奴らの方が上手い』という理由で雇用した。
 実際、流れはスムーズだし、不審者の検挙に余念がない。
 『治安維持と勾留が得意です』とキラキラした瞳で語っていた彼らの圧に負けてアルバートに一任したことはアランには内緒だ。

「レティシアさん、また後で……っ!」

 そして、あっという間にアランの姿は人混みに消えて見えなくなってしまった。
 恐ろしく手際が良い。

「応援してます!」
「貴女の本のおかげで自分も本を書いてみました!」
「あの、これ、下手ですけど、絵を描いてみました……!」

 善良なファンからの励ましの言葉や贈り物にニマニマとしていると、シェリンガム元公爵もといシェリンガム神父がやってきた。
 白い法衣を纏った姿はなかなか堂に入っている。
 名前は確か『ヘンリー・ド・フォン・シェリンガム』だったか。
 爵位をなくした今では、ヘンリー・シェリンガムとして教会に勤めているらしいと風の噂で聞いている。

 もしや、シェリンガム神父は律儀に列に並んだのか……と思ったが、彼の背後にいた人の形相を見る限り違うようだ。
 月に一度のペースでなかなか香ばしい恨み言を綴った手紙が届くので記憶に残っている。
 嫌味の一つでも言われるかと覚悟していると、彼はきっとアルバートを睨みつけた。

「アルバート! 我が甥ながらになんと情けない! 見損なったぞ!」
「お、叔父上……!」

 どうやら、甥のアルバートが目当てだったらしい。

「子娘の下で尻尾を振って働くなど、恥さらしめ! こんな世迷言が書かれた本をありがたがって金を出すなど、狂っているとしか思えん!」
「あっ!?」

 そう言ってシェリンガム神父は私の前に置かれていたサイン本を手に持つと両手で持ってビリビリと引き裂いた。
 会場の誰かが息を飲む音が響く。
 喧騒はいつのまにか止んでいて、ピリピリとした雰囲気が会場を支配していた。

 シェリンガム神父は破るだけに飽き足らず、さらに細かく破いていく。
 やがて、満足したのか地面に落として思いっきり体重をかけて本を踏んだ。
 ぐり、ぐりと彼が足を動かすたびに本に皺が走り、ぐしゃぐしゃになっていく。

「叔父上……その本は、その本は……私が校正した本なんです……」

 背後から聞こえたアルバートの声は震えていた。

 ああ、そういえば。
 奥付にアルバートの名前を入れると言ったら彼は酷く驚いた顔をしていたっけ。
 完成本を見ては、また驚いていて不思議に思っていたことを思い出す。

「ハンッ、それがどうした!? そんなモノに価値はない!」
「この本が出来るまでどれほど大変だったか……それを、それをっ!」

 嫌な予感がしたので、咄嗟にサイン本を抱えて忍足でアルバートの背後に回る。
 私の予想は見事に的中して、ごうっ、と暴風が吹き荒れた。

「うぐっ!? アルバート、叔父である私に対してこんな振る舞いをして許されると思っているのか!?」

 吠えるシェリンガム神父の言葉にピタリと風が止んだ。
 ぐっと握り締めていた拳を、アルバートは深いため息とともに緩める。

「もう……もうアンタを叔父とは思わない。私は『変わる』と決めたんだ」
「なんだと!?」
「勘当されてもいい。私を罵るのも好きにすればいい。アンタに理解されなくても、私は生きていけるんだ。連れて行けっ!」
「「はっ!」」

 アルバートの鋭い声に、彼の部下二人が動いてシェリンガム神父を連れて行く。
 なにやら身分がどうの、お前まで誑かされたのかと下品な言葉を叫んでいたが警備に猿轡を噛まされたので最後まで聞くことは叶わなかった。
 暴れていたシェリンガム神父が外に連行された今でも、会場にはピリついた空気が流れている。

「アルバート……?」
「アルバートって、あの悪徳検事の?」

 鋭い視線が向かう先は、アルバート。
 視線が集中していることに気付いた彼は怒りの表情から一転、青ざめた顔をしていた。
 なんとも情けない顔をしていたので、その背中を思いっきりバシンと叩く。

「わっ!?」
「しゃきっとしなさいな、アルバート。交流会はまだまだ続いているのよ?」

 突然、背後から私に叩かれたアルバートは目を白黒とさせて私の顔を見る。

「まさか、仕事を途中で放り投げるような無責任な大人じゃないでしょう? それとも、私の信頼を踏みにじるつもりかしら?」

 わざと、周囲に聞こえるように大きな声で告げる。
 アルバートの名を囁いていた人たちは途端に口を閉ざして私の顔を見ていた。

「な、なんで……?」
「『変わる』と決めた時から、人は変わり始めるの」

 震えるアルバートの背中を叩く。
 片手に抱えていた本を元の位置に戻して、警備に指示を出して交流会を再開させる。
 背後で鼻を啜る音が聞こえたが、すぐに警備の誘導と喧騒に掻き消された。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ騎士団の光の聖女ですが、彼らの心の闇は照らせますか?〜メリバエンド確定の乙女ゲーに転生したので全力でスキル上げて生存目指します〜

たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
恋愛
攻略キャラが二人ともヤンデレな乙女ーゲームに転生してしまったルナ。 「……お前も俺を捨てるのか? 行かないでくれ……」 黒騎士ヴィクターは、孤児で修道院で育ち、その修道院も魔族に滅ぼされた過去を持つ闇ヤンデレ。 「ほんと君は危機感ないんだから。閉じ込めておかなきゃ駄目かな?」 大魔導師リロイは、魔法学園主席の天才だが、自分の作った毒薬が事件に使われてしまい、責任を問われ投獄された暗黒微笑ヤンデレである。 ゲームの結末は、黒騎士ヴィクターと魔導師リロイどちらと結ばれても、戦争に負け命を落とすか心中するか。 メリーバッドエンドでエモいと思っていたが、どっちと結ばれても死んでしまう自分の運命に焦るルナ。 唯一生き残る方法はただ一つ。 二人の好感度をMAXにした上で自分のステータスをMAXにする、『大戦争を勝ちに導く光の聖女』として君臨する、激ムズのトゥルーエンドのみ。 ヤンデレだらけのメリバ乙女ゲーで生存するために奔走する!? ヤンデレ溺愛三角関係ラブストーリー! ※短編です!好評でしたら長編も書きますので応援お願いします♫

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【1/23取り下げ予定】あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです

gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると…… 書籍化のため1/23に取り下げ予定です。

処理中です...