上 下
63 / 71
『ペンは剣よりも強し』ならエロは世界を救えるはず

尋問と拷問は自白のために

しおりを挟む

 いきなり逮捕され、両手両足を縛られたうえに、猿轡と目隠しもされた私は地面に転がりながら一日を過ごした。
 ようやく猿轡と目隠しが外されたのは、私が逮捕されてから次の日の昼過ぎ。
 一晩過ごした牢から移動され、今度は椅子に縛り付けられた。

「おー、おー。あの有名なレティシアも無様な姿になったなあ!」

 目の前の椅子に座っているのはアルバート。
 騎士たちに連れてこられたのがこの尋問室。
 隣のテーブルに置かれているのは鋏、ペンチやナイフ。
 つまり、質問に答えてもらうための道具なのだろう。
 否が応でも視界にソレが目に入って身体が強張る。

 アルバートはニヤニヤと笑みを浮かべて私を見ていた。
 片手に持っているのは何かの資料だと思われる。

「いやはや。まさかお前が、かの『モンタント』だったとはなあ!」
「はあ……」

 アルバートが床に放り投げたのは、私の家にあったはずの数々の原稿。
 そのなかでも、既にモンタントとして発表したものだ。
 どうやら、アルバートは私の家を捜査したらしい。
 家にある原稿は既に出版されたので、最悪目の前で破り捨てられてもなんとかなる。

「これでお前を処刑する為の手がかりが掴めた、というわけだ。どうだ、認めたらすぐにでも処刑してやるぞ? なんなら、反省の色があったとして二親等処刑が回避できるように『契約』してもいい」

 そう言って私の原稿を踏むアルバート。
 もしここで彼の言葉を信じて嘘の自白をしたなら、裁判は省略されてすぐに処刑台送りだ。
 この国では、自白以上に強い証拠はない。
 それに、私が死んだあと彼が律儀に約束を守り続けるとは限らない。

「拒否するわ」

 キッパリと告げれば、アルバートの笑みがビシリと固まる。
 自白すると確信していたのか、彼の表情は唖然と口を開いていたがすぐに閉じた。

「はっ、そうか。それなら、自分から罪を認めるように『手伝って』やろう」

 そう言ってアルバートは、私の横に置かれた器具に手を伸ばす。
 恐怖を煽る目的で彼は器具の上で手を泳がせる。

「さて、爪か皮膚か髪か。好きな方を選ぶといい」
「そうね。痛覚がないから髪、と言っても爪を選ぶんでしょう?」
「まさか! 爪はもう少し先さ。まずは皮膚からいこうか」

 アルバートは少し刃こぼれしたナイフを取り出し、わざと私が見えるようにかざした。
 刃こぼれだけでなく、錆まで付いているようなナイフだった。

「その反抗的な態度がいつまで持つか見ものだな」

 そして、ナイフを片手にアルバートが近づいてきた。
 数回、皮膚の上をナイフの刃先が撫でる。
 ぶつ、ぶつと切れ味の悪いナイフが肌を切りつけて痛みが走る。
 それでも自白せずにいると、彼は苦々しく舌打ちをした。
 ぽたぽた、と私の右の二の腕から流れる血をアルバートは丁寧にタオルで拭う。

「娘にしてはなかなか気骨のあるやつだな」

 タオルが傷口に触れるたびに痛みが走る。
 出血死しないように傷口は浅くされているが、それでもやはり痛いものは痛い。

「だが、明日もあるからなあ。明日も元気に否認できるといいなあ」

 そう言ってアルバートは私の傷口に消毒液をぶっかけられてその日は終わった。




 次の日、私は牢の中で食事を取っていた。
 ここで提供される食事はパンと水だけ。
 少食の私でもまだ空腹を感じるほどの量だ。

「古典的な拷問だったわね。過去の文豪が根を上げるのも理解できるわ」

 右の二の腕には包帯が巻かれているが、微かに血が滲んでいた。
 アルバートの予告が正しければ、今日は爪か髪。
 爪は生えてくるまでが長いので、それを考えると憂鬱になる。
 この桃色の髪も手入れしてきたので愛着がある。

 そんな私の気持ちを悟ったのか、食事を持ってきたアルバートは格子の向こうでしゃがみながら私を見下ろしていた。

「食事を終えたな? それなら尋問の時間だ。今日は爪、と言いたいところだがまだ皮膚だ」
「勤勉で結構なことですね。そんなに私を処刑したいようで……」

 格子扉を開けて私の右腕を掴むアルバート。
 まだ塞がっていない傷口が開いて痛みが走る。

「意地を張ってもゆくゆくは処刑されるだけだ。早く自白して楽になった方がいい」

 そうして連れて行かれた尋問室には、昨日と違って椅子ではなくテーブルだけが置かれていた。

 アルバートは私の手足をテーブルに結びつけると、壁にかけられていた鞭を取り外す。
 それは猫鞭と呼ばれる短い鞭で、まるで猫に引っ掻かれたようなミミズ腫れになることからそう名付けられたらしい。
 本来は酢酸などにつけて、さらに痛みを与えるための拷問器具だ。
 ひゅん、と風を切って鞭がテーブルを叩く。
 表面が少し削れ、木片が宙を舞って地面を転がった。

「まだ自白する気にはならないか?」
「なりませんね」
「そうか。自首したくなったらいつでも言うといい」

 鞭打ちは主に背中や太腿を中心に行われた。
 SMプレイで鞭打ちを取り扱ったことがあったが、実際に鞭で打たれたのは初めてだ。
 服越しでも衝撃や痛みが軽減されることはなく、痛みに歯を食いしばる。
 痛みに汗が吹き出し、その汗が傷に染みてさらに痛くなるという悪循環になっていた。

「はあ、はあ……どうだ、自白する気になったか?」

 風が吹き込まない室内で鞭を払っていたアルバートもまたシャツの色が変わるまで汗を流していた。
 頰を伝う汗を手の甲で拭いながら彼が問いかけてくる。

「まさか。またとない体験ができて嬉しいぐらいよ」
「はっ、殊勝な言葉だな。また明日も同じ言葉が言えるのか楽しみだ」

 またも背中の傷に消毒液を掛けられた。

 その日の晩、寝ようとしても背中の痛みで目が覚めるので、深夜になるまで寝付けなかった。
 横になること自体も痛いので、ぼんやりと牢の床に座る。

「いてて……鞭打ちって良くないわね」

 ベッドもない牢なので、座っているだけでも足が痛くなる。
 体勢を変えた瞬間に痛みが走って、生暖かいものが腕を伝った。
 どうやら、寝返りをうったことで二の腕の傷が開いたらしい。

「はあ、紙とペンさえあればなあ」

 掠れた声でぼやく。
 痛みを堪えるために呻いてしまうのだが、力が過剰に入って喉を痛めてしまったのだ。

 前世でも今世でも、眠れない夜はよく創作していたのだが、この牢には紙とペンはない。
 頼んでみたのだが『ペンを用いて自殺されては困る』『自白すれば遺書を書く分は用意してやる』と回答されたので諦めるしかなかった。
 そんなことを考えていると腕を伝う血の感触が不快で、思わず手で拭う。
 手についた紅を見て、私はとある作品のエピソードを思い出していた。

「血で手紙をしたためる……極限状態だからこそできる所業ね。傷口を抉ったりなんてしたら、化膿してしまうわ。それにペンも紙もないことに変わりは……」

 痛みを誤魔化すためにぼんやりと考えていた頭が、突然冴えたような衝撃が走る。

 そうだ、なにも紙とペンじゃなくてもいいじゃないか。
 腕から滴る血を指に伝い落ちるように角度を調整して、牢の床に書いていく。

「主人公は無実の罪で捕らえられた農村に住む青年にして……隣の牢には物乞いの老人……捕らえられた理由は、杜撰な捜査による冤罪がいいわね」

 こんな状況でも心が踊ってしまうのは、きっとこれまでの人生が込められているからだ。
 主人公の絶望、心が折れないために支えとする思い出、もし同じ境遇の人間がいればどう声を掛けるか。
 それが手に取るように分かる。

「脱走を企てて……バレて追い詰められるけど老人に助けられて……ここで過去の事件を語らせる……衛士長への報復を誓って……うふ、うふふふふふふふ……」

 いつもより頭を回転させながら物語を創る。
 インクは限られていて、書き直しはできない。
 まさしく、一度限りの創作いき

 長らく、こんな緊迫した環境で創作したことはなかった。
 アランやセシル、リディやファンからの援助でなんだかんだ苦労もなく執筆できた。
 恵まれていた、と今なら思う。
 それでも、今が不幸だとは思わない。

 心が満たされなかったあの頃に比べれば、今の私は間違いなく幸福だ!
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

乙女ゲームの悪役令嬢は断罪回避したらイケメン半魔騎士に執着されました

白猫ケイ
恋愛
【本編完結】魔法学園を舞台に異世界から召喚された聖女がヒロイン王太子含む7人のイケメンルートを選べる人気のゲーム、ドキ☆ストの悪役令嬢の幼少期に転生したルイーズは、断罪回避のため5歳にして名前を変え家を出る決意をする。小さな孤児院で平和に暮らすある日、行き倒れの子供を拾い懐かれるが、断罪回避のためメインストーリー終了まで他国逃亡を決意。 「会いたかったーー……!」 一瞬何が起きたか理解が遅れる。新聞に載るような噂の騎士に抱きすくめられる様をみた、周囲の人がざわめく。 【イラストは自分で描いたイメージです。サクッと読める短めのお話です!ページ下部のいいね等お気軽にお願いします!執筆の励みになります!】

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

変態王子&モブ令嬢 番外編

咲桜りおな
恋愛
「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」と 「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」の 番外編集です。  本編で描ききれなかったお話を不定期に更新しています。 「小説家になろう」でも公開しています。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

処理中です...