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『ペンは剣よりも強し』ならエロは世界を救えるはず
裏文芸サロンに衝撃走る──!
しおりを挟む“裏文芸サロン”。そこは大人だけが入れる秘密のサロンである。
日が沈んだ頃、招待状を受け取った人だけが入場できる会合であり、世の作家──とりわけ、男であれば一度は入りたいと願う伝説のサロンである。
なお、酒税の問題もあって会場内ではジュースしかオーダーできないが、酒が苦手なセシルもといアベニューにとっては好都合であった。
いつもなら、人付き合いが苦手な彼も勇気を振り絞って交友を広げるべく話しかけるのだが……。
「さすがに『モンタント』も裁判所には勝てませんでしたな」
「いやぁ、あの人の作品は良かったんですけどねえ。これからの作家に期待するしかないでしょう」
「レティシアも落ち目ですからなあ……。けれど、これまでの作品を超えるものがありますかなあ?」
普段は機嫌の良いアベニューでも、尊敬かつ好きな作家が落ちぶれているなどと噂されて心中穏やかではいられない。
漏れそうになる魔力を渾身の力で押さえつけ、貰ったばかりなのにすっかり温くなったジュースを呷る。
苛立つアベニューに近寄るものはいなかった、ある一人を除いて。
「おやおや、アベニューさん。ご友人の『モンタント』様が心配なのは分かりますが、そのように張り詰めていては疲れてしまいますよ」
「ネイソンさん……」
裏文芸サロンを取り仕切っているネイソンは、剣呑な雰囲気を纏うアベニューに気さくに話しかけ、隣の席に「よいしょ」と腰掛ける。
「ここだけの話ですが、まもなく『モンタント』様がお越しになるそうですよ」
「本当か!」
「なんでも、ファンに特別にプレゼントがあるとか」
プレゼントという言葉に、仮面の奥でアベニューは目を瞬く。
「おや、噂をすればお越しになったようです」
ネイソンの視線を追いかけ、振り返ったアベニューが見たものは『モンタント』──ではなく、何故か見ていてむかむかする従者のラワン。
続々と運び込まれる木箱を他所に、ラワンはぐるりと会場を見回す。
「これはこれは、紳士の皆様ご機嫌よう。本日は我が主人、モンタント様より皆様へ贈り物を届けに参りました」
大胆不敵に微笑むラワンの姿に、アベニューの心が沸き立つ。
やはり、彼はあの程度で心が折れるような人間ではなかったのだ!
「これまで応援いただいた皆様に、感謝の気持ちを込めまして……」
そう言って、ラワンは箱から一冊の本を取り出す。
見覚えのないタイトルに、アベニューは思わず椅子から立ち上がる。
誰もが拝めないと思っていた新作がそこにあった。
「特別に、二作各部五十冊だけ早期販売します。タイトルは『邪神の贄』『愛犬が美人新妻になって人生が楽しい』『俺と夫の秘密のアソビ♡』です」
ラワンが言い終わるよりもはやく、アベニューは歩き出していた。
懐から財布を取り出して札束を二枚、机に叩きつける。
「それぞれ一冊ずつ」
「は、はい……。あ、お釣り……」
「いらん、とっておけ」
目を丸くして驚いたラワンを他所に、本を受け取ってアベニューは衆目であることも忘れて内容を読み耽る。
『邪神の贄』
これはモンタントの作品によく見られる凌辱ものであった。
古くから村の裏山に住む邪神と村長は契約を交わし、豊穣の対価として村一番の村娘が生贄として献上されるのだ。
特筆するべきは、中盤に行われた契約によって生贄だった村娘が邪神の一部となり、村を滅ぼすというシーンがあることだろう。
邪神を前面に押し出した作品を書き上げるなんて、教会に喧嘩を売っているとしか思えない。
『愛犬が美人新妻になって人生が楽しい』
二作目は飼っていた愛犬がある日突然人間になるというものだった。
完全な人間というわけではなく、時間帯によって姿が変わるというギミックが施されており、バレないようにあれこれと策を巡らしつつも外見の描写に目新しさが追加されていた。
系統としては純愛路線、しかし獣姦要素も併せ持っている。
この作品もまた、教会に喧嘩を売っているとしか思えない作品だ。
『俺と夫の秘密のアソビ♡』
これは……なんということだろうか。
さも当然のように男同士が結婚し、ぼかされているが性交を経て妊娠・出産するという……アベニューにとってよく分からない作品だった。
まさか、“紅茶が冷めている”という表現で性描写を回避するとは思わなんだ。
サロンに参加していた他の参加者も、さっと本を開いてその異様な文章に気づいたようだった。
ざわめきと緊張が会場に走る。
読み終えたアベニューは、ふるふると震えながらラワンの肩を掴む。
「君の主は……、モンタントは一体全体何を考えているんだい!? この前、出版停止を食らったばかりだろう!?」
「おぉ、予想通りの反応」
「裁判所どころか、教会に喧嘩を売るなんて……神ですら恐れるに足りないというのか!?」
「多分そうだぜ」
返答を聞いたアベニューは、呆然として本に視線を戻す。
これまでの人生で、彼は何度も驚いてきた。
初めて“娯楽小説”というものを読んだ時のこと、“官能小説”を読んだ時のこと。
これ以上、もう驚くことはないと思っていた。
それを、悠々と覆したのだ。
まさしく青天の霹靂。
アベニューは心の底から、『普段、何食ったらこんなものを思いつくんだ!?』とぶったまげた。
アベニューの動揺と驚愕と未知への恐怖が他の参加者へと伝播して、一人また一人と本を捲っていく。
「獣の姿でもヤるのか……」
「触手の絡み合い、なんて冒涜的で……うう、背徳的かつ耽美なんだ……っ。昂ってしまう……! やめろ、俺は触手に興奮するような変態になりたくないんだ……!」
「男同士で……? え、なにこれは……?」
理解を超えた作品を、誰も投げ出すことはなくひたすら無言で、時々呟きを漏らしながら全員が読んでいた。
その光景を目にしながら、ラワンもといアランは笑い出しそうになるので頰の内側を噛んでただただひたすらに堪える。
脳裏を過るのは、原稿を渡された時のこと。
目を通したアランが驚愕していることにも構わず、彼女はこう言ったのだ。
『やっぱり、もう少し尖らせた方がいいかしら?』
なにが『やっぱり』なのか、何をどう『尖らせる』つもりなのか。
好奇心に駆られたアランは試しに尋ねようとして、その瞬間に聞かない方がいいと勘が囁いたのだ。
代わりに、前々から目星をつけていた貧乏画家志望に絵を描くように依頼したのだ。
目を限界まで見開いて本を読むセシルの姿は、その時の画家によく似ていた。
『え? 黒い触手同士がねっとり絡み合う絵を描け? 何言ってんだ、アンタ。いくら俺が貧乏だからって……』
『南方の新作絵具が手に入ったんだが、どうやら要らないようだな』
『あーっと! なんだか無性に触手が描きたくなったぜ! 任せてくれ!』
なんだかんだ言って、画家もノリノリで絵を描いていたので問題はない。
挿絵もつけたことで話題を再びかっさらえるな、とアランはほくそ笑んでいた。
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