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『ペンは剣より強し』
逆転敗訴
しおりを挟む「レティシアさん、こちらをご覧ください」
アルバートの乱心から次の日、ネクサスの事務所にて、私は裁判所から送られてきた書状を手にしながら震えていた。
つらつらと罪状が述べられているなかで、一際目を引くのは『有罪』という文字。
隣に座っていたアランが感心したように「ほお?」と呟いていた。
裁判を担当していたブルーノは療養することになり、代わりの裁判官が充てがわれた。
その裁判官はブルーノと真逆の論理、すなわち検事の主張を全て肯定したのだ。
さらに、世論の反発を恐れて法廷での判決を回避するために通告という手段まで使っている。
「ブルーノ裁判官は辛うじて一命を取り止めました。表向きは持病が悪化したとのことですが……」
ネクサスの歯切れの悪い言葉が全てを物語っていた。
不自然なタイミングでの療養を誰が信じるというのか。
さらに最悪なことに、検事の主張というものがすり替わっていた。
詐欺罪から内乱罪へ。
主に私の作品で市場が混乱したことを追求しているものだ。
内乱罪とは、国家の治安を乱した人間に適応される刑罰で、その刑罰は二親等処刑。
親、兄弟姉妹、実子に至るまで絞首刑行きだ。
書状にはご丁寧に、ルーシェンロッド伯爵家のルードとエリザベータは連座で処刑すると書かれている。
大方、纏めて一族根絶やしにすれば政敵が一掃できると踏んでいるのだろう。
ちなみに、共犯のアランには詐欺罪での刑よりも重い禁固刑。
モンタント宛の書状にも似たようなものが書かれていたが、レティシアに向けたものよりも罪は軽い。
罰金が追加された程度で、それも執行猶予がついている。
つまりは、私怨。
「アルバート……おおよそ司法の場にいてはいけない人間ね」
人を傷つけ、後の世に悪影響を及ぼすような実力行使。
法律を悪意のもとにねじ曲げた根性。
そして後先考えず、感情のままに行動したこと。
国王という監視装置が期待できない今、こんな人間に力を持たせたまま放置したりなんてすれば何が起きるか。
虐殺か、弾圧か、いずれにせよ明るいとは程遠い政治になるだろう。
「どうしますか、レティシアさん?」
「勿論、控訴します。こんな判決、受け入れられるわけがない」
私の答えにネクサスが目を伏せる。
視線を彷徨わせ、やがて言葉を選びながら口を開いた。
「今回の件は、はっきりと申しましてレティシアさんのご要望は無謀でしかないと思います。控訴すれば、別の裁判官が無罪を言い渡す可能性がありますが……『反省の色が見えない』と心証が悪くなる可能性の方が高いです」
反抗すればするほど、立場が悪くなる。
なるほど、反吐が出るほど実に良く出来たシステムだ。
「レティシアさん、どうするつもりだい? 認めても処刑、認めなくてもいずれ処刑。計画当時より状況は悪化しているね」
アランの指摘するように、私も精々刑務所の牢に放り込まれるか金を毟り取られる程度だと思っていた。
だから、そうなっても問題ないように立ち回ってきたつもりだったが、今回の裁判で事情が大きく変わった。
「諦めた方がいいんじゃないか? 今ならまだ国外逃亡もできるよ?」
アランの誘惑はどこまでも甘い。
きっと、追い詰められた人間にとってこれ以上ないほど、救いの手になりえただろう。
たしかに死ぬことは怖い。
まだ未完成の小説だってあるし、思いついたばかりのアイディアだって沢山ある。
こんな馬鹿げた理由で死にたくないと心の底から思う。
──ああ、けれども。
「『諦める』ですって? たかがこの程度の困難で、私が築き上げたものを否定されて、『はいそうですか』とすごすご引き下がるワケがないでしょ」
私が本を出版したことで、この国では少しずつではあるが作家が増えている。
もし私が『負け』を認めれば、私よりも無力な作家が創作できなくなる。
それだけは、絶対に許さない。許してなるものか。
「断固、控訴するわ。力でどうにでもなると思っているアルバートを足がかりに引き摺り下ろしてやる」
計画のゴールを大幅に変更する必要がある。
目標は国王。
国の頂点に立って、その権力で脅しをかけたことを後悔させる。
「それで、控訴するにしてもどうするんですか? 弁護士として活動歴が長い私ですが、正直に言ってこういったことには疎いものでして。法律上の相談ならば乗れるのですが……」
「簡単な話です。『私』という犠牲を使って、国王の名声を失墜させます」
「…………は?」
当初の計画では、モンタントとしてのブランドを切り捨てて、レティシアという作家の作品を守るつもりだった。
それが無駄になった今、逆に考える。
モンタントさえ守れればそれでいい。
「はっきり言って、私という個人で出来ることは限られています。ですから、国民全体に漠然とした不満を植え付けます。まずは記者ですね。政府が嫌がるような言葉選びなら得意なんです」
「記者ですか。大手の所となると検閲が……」
私の計画を渋るネクサスに、私はそっと微笑みかける。
拡散力なら、たしかに大手の新聞社を頼るべきだろう。
しかし、これから私が創る記事は金に飢えた輩と下世話が好むもの。
昔は友人と共に論文資料としてゴシップ雑誌を集めたものだ。
人の精神を抉る言葉から、社会的品位を貶める言葉まで研究を重ねた成果を見せてやろうじゃないか。
私の表情を見たアランとネクサスは苦笑いを浮かべて互いの顔を見る。
「は、ははっ……時々、君が僕と同じ人間どころか、歳下だということを忘れてしまうことがあるよ」
まるで悪魔でも見ているかのような口振りだ。
それにしても、これまでアランは私のことを全肯定でもしかねない態度だったのに、さすがの彼でもドン引きさせてしまったらしい。
「とにかく、ネクサス先生には控訴の手続きをお願いします。こういうのは得意でしょう?」
そう言って、事務所の棚に納められた資料に視線を向けるとネクサスはまたも苦笑いを浮かべた。
事件名と日付でファイリングされたそれらは、通常の裁判よりも長い期間行われていたことを示している。
そもそも、アランが連れてきた弁護士が“マトモ”なはずがない。
「ははは、レティシアさんにはなんでもお見通しのようですね。ええ、裁判の引き延ばしなら得意なんです」
かつて大富豪の資金洗浄で荒稼ぎしたという悪徳弁護士ネクサスはそう言って笑った。
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