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レティシアと『モンタント』
裏文芸サロンにセシルが参加するわけがないんだよなあ……!
しおりを挟む「……それでは、このぐらいで主催の言葉は終わりにしよう。今日という日が、諸君の良い出会いとなることを願って乾杯!」
多くの人で賑わう“裏文芸サロン”。
その主催は声を偽装しているが、杖をついた老人のフィッツであることはすぐに分かった。
どうやら作家同士の交流に尽力しているらしい。
横のつながりを強化する目的を兼ねているのだろう。
「さて、ボクたちも交流をするか」
「でしたら、あちらの男性はいかがでしょうか?」
ノリノリで従者の口調でアランが指し示したのは、手持ち無沙汰にグラスを持って一人でポツンと立っている一人の人物。
ミルクティー色の髪を後ろに撫でつけ、銀の仮面から覗く口元はキツく横一文字で結んでいる長身の青年だった。
初対面のはずだが、妙に既視感のある人物に私の頰がヒクつく。
私の視線に気付いたようで、彼もまた私の方を見た。
交差する視線に気まずさを覚える。
やはり、どう見てもセシル・サンガスターだ。
距離が近くなったことで、彼が愛用している香木の嗅ぎ慣れた香りに私の緊張感は更に高まる。
彼が参加する可能性を考えていなかった。
これはどうするべきだ?
こんなにも凝視しているならバレている可能性もある。
一歩踏み出した彼に冷や汗を流しながら私は頭を働かせる。
どうにかして彼に事情を話して協力してもらうしかないか、と考えたところで彼が話しかけてきた。
「おれ……私になにかご用でも?」
声を聞いて私はやはりセシルに間違いないと確信した。
背後で控えていたアランも今更気付いたようで、視界の端で身動ぎしたのが見えた。
「えっと、一人でいたから話しかけても良いものか悩んでいまして……」
「そうか。このような催しに呼ばれたのは初めてで、知り合いの伝もなくて困っていたんだ。きみ……貴方も招待を受けて来たのですか?」
「あ、あぁ。そんなところだ」
あれ、これもしかしてバレてない?
髪色も確かに変えてるけど、ワインレッド色が限界だったから見る人が見ればバレるかも? って思っていただけに、礼儀正しいセシルに凄く違和感を覚える。
「えっと、『モンタント』という名前で活躍しております。以後、お見知り置きを……」
「おお、貴方があの『モンタント』でしたか。私は『アベニュー』という名で本を出しております。貴方の追っかけのようなものですが……」
も、持ってるー!!
美少女を手籠めにして猫可愛がりする純愛系エロ小説『美少女の堕とし方』を書いてたのセシルだったんだー!!
驚愕する私を他所に、セシルもとい『アベニュー』は饒舌に語る。
「貴方の作品の『熟れた石榴』も良いですが、個人的には『淫欲の果てに堕ちゆくカラダ』が気に入ってまして……」
こ、殺してくれッ!
あの気難しいセシルの口からあられもない単語を吐き出させた私を誰か、頼むから殺してくれ!!
これは一体なんの拷問なんだっ!?
あの天才作家にこんなことを言わせるなんて、私はなんて罪深いことをしたんだッ……!!
そんな風に自己嫌悪に浸っていると、更に追加でセシルは無自覚に私の心を刺していく。
「もちろん、新作の『俺の幼馴染が可愛すぎて夜も眠れない件について』や『マグロと言われて捨てられた人妻が俺の手で雌の喜びに目覚めたんだが?』も楽しく読ませていただきました」
「あ、あぁ……それは、よかった……君の『美少女の堕とし方』はとても良く表現されていて良かったよ。特にヒロインのレティを社会的に手籠にしていく光景は身震いがするほどだった」
「お褒めに預かり光栄です。あの、もし良ければサインを……」
「お安い御用だ……」
半ば放心状態になりながらセシルが差し出した本に『モンタントより親愛なるファンへ感謝を込めて』と一文を書き込む。
それを彼は嬉しそうに鞄にしまう。
おかしい、嬉しいはずの光景に複雑な感情しか湧かない。
私の背中に隠れて爆笑しているアランは後でお仕置きする必要がありそうだ。
「ああ、憧れの作家からサインが貰えるなんて夢のようだ!」
「ヨカッタネ」
「あっ、私ばかり盛り上がってすみません!」
「いえいえ、喜んでいただけて何よりです。ラワン、客人に飲み物を用意して差し上げろ」
「ふ、ふふっ……いてっ!? はい、ただいま!」
へらへら笑って仕事を放棄していたアランの脛を蹴る。
彼は悲鳴をあげながら飲み物を取りに行った。
訝しげにアランの背中をみるセシルはまだ私たちのことに気づいていない。
「いえ、そこまでしていただくわけには……!」
「お構いなく。彼は私の従者なので」
なんだか騙しているようで申し訳ない気持ちになってきた。
せめて、今日見たことは口外しないようにしよう。
「お持ちしました、お冷やでございます」
「ありがとう」
いつもなら絶対に見られない光景に頰の内側を噛んで笑いそうになるのを寸前で堪える。
レティシアやアランに対してとは全く違った振る舞い方をしているのだ。
心なしか、キラキラとした瞳をしているようにも見えなくはない。
その目を前にして、いよいよ私は『モンタント』であるという嘘をつき続けることに決めた。
レティシアとモンタントが同一人物であることは、墓場まで持っていこう。
いつになく嬉しそうにしているセシルの顔を見ながら、私は今にも吹き出しそうなアランを再度こっそりと蹴るのだった。
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