34 / 71
レティシアと『モンタント』
アンチに餌付けされる作家、レティシア!
しおりを挟む新居の執筆部屋で作業していたある日のこと。
この国では、夏はよく雨が降る。
この日もまた例外ではなく、じっとりとした湿気と雨の音にうんざりしながら、私は蓄光石を二つ手に持っていた。
魔力を込めれば光が灯るらしいが、私には魔力がないので蓄光石同士を軽くぶつけて灯している。
油を燃やすランプと違い、照度は低いけれど長時間かつ繰り返し使える蓄光石が一般的な明かりとして使われているそうだ。
「大気中の魔力を集めるって便利な性質ね」
それほど希少価値があるわけでもなく、近年では人工的に生み出すことも可能になったことで低価格で売られていることもあって広く普及している。
魔力を溜め込むという性質上、工房や精密器具などがある場所では使えないらしいが、魔力がない私には関係ない話だ。
蓄光石を紐で括り付け、天井の梁から吊り下げて部屋の明かりとする。
もう一つは執筆机の上に結えてデスク用ライトに。
実家ではリディが照度の高い高品質な蓄光石を持ってきてくれていたが、いつまでも実家に甘えるわけにはいかない。
最近は印税も入ってきて余裕があるけれど、いつ急な出費が必要になるか分からないから貯蓄しておきたい。
そんなわけで無理のない範囲で節約を心がけているのだ。
執筆を再開しようとペンに手を伸ばしたその時、屋敷の扉が叩かれる音がした。
リディやニコラス、両親なら家の合鍵を渡しているのでノックしてすぐに鍵が差し込まれる音が響くのだが、家の外にいる人は静かに返答を待っている。
来客の予定もなかったので、アランが遊びにきたのかと思って覗き窓を見てみると、扉の前で待っていたのは先日会ったセシルだった。
外の雨はまだ小雨だが、これから本降りになるだろう。
流石に屋根もない外で立たせるわけにもいかないので、扉を開けて中に招き入れる。
「突然の来訪、失礼する」
そう断りを入れてから、セシルは雨粒で濡れたスーツのジャケットを脱いですうと息を吸い込むと魔法を使って乾かした。
ズボンの裾はさっと手を近づけるだけでみるみる乾いていく。
どうやら彼は炎に関する魔法に長けているらしい。
かなり羨ましい能力の持ち主だ。
「えと、お茶でも飲みますか?」
「気遣いは無用だ。昼食はまだ食べていないよな?」
「ええ、これから準備するところですけど……」
時間帯は十一時になったばかり。
昼食にはまだ早い時間で、新作の構想を練ってから用意しようと思っていたのだ。
私の回答を聞いたセシルは足元に置いた籠を持ち上げると食材を机の上に並べていく。
野菜、ベーコン、牛乳、缶詰め、パンと麺。少なくとも三日分はどうにかなりそうな量だ。
「えっと、この食材はなんです?」
「このなかで嫌いなものはあるだろうか?」
「いえ、ありませんけど……」
セシルは「そうか」と呟いて、じっとテーブルに並べた食材を眺めた後、おもむろにほうれん草、ベーコン、玉ねぎ、牛乳パックを掴んでキッチンに向かう。
彼はシャツの袖を膝まで捲り、鍋に水を入れると火にかけた。
二回に一回しか火がつかない魔力のない私と違い、彼は一発でコンロに火をつけた。
水が沸騰するのを待つ間、彼は早くも次の行動に出ていた。
「あの、なにしてるんですか?」
「見て分からんか? 玉ねぎの皮を剥いている」
ぺりぺりと茶色の皮を剥いていくセシル。
さも当然のように真顔で言い放つものだから、私は呆気に取られて口を閉ざしてしまった。
「あの、なんで料理してるんですか?」
「昼食がまだなんだろう? 十分以内に出来るからいい子で待ってろ」
「え? え? え?」
セシルはまな板の上に置いた玉ねぎを素早く薄切りにしていく。
ほうれん草は二センチ幅に、ベーコンも同じ大きさに切った。
フライパンを取り出してまたもコンロに一発で火をつけると、家にあったオリーブオイルを引いて玉ねぎとほうれん草を炒め始める。
沸騰した鍋にはスパゲティの麺を投入。
「あの。セシル様、計量カップ……ああ、測らないで入れちゃった……」
「セシルでいい。こういうのは勘でどうにかなる」
「えぇ……?」
フライパンにベーコンを入れて、とろみをつけたら牛乳を追加し、煮立たせる。
丁度麺も火が通って柔らかくなった頃合いを見計らって、セシルはお湯を捨てると麺をフライパンに入れる。
塩胡椒で味を整えてさっとかき混ぜ、皿を二枚取り出して盛り付ける。
そして、彼は盛り付けたほうれん草のクリームスパゲティを前にして、満足げに息を吐いて「完成だ」と呟いた。
「……え? なんでスパゲティ?」
「好き嫌いはないと聞いたが、嫌いだったか?」
「嫌いとか好きとかそういう話じゃないんですよねえ……!」
手際が良かったので見守ってしまったが、そもそも私とセシルは手料理を振る舞うような間柄ではなかったはずだ。
「じゃあどういう話なんだ? あ、フォークはここか」
「…………気にするだけ無駄な気がしてきたなあ」
脳内を疑問符で一杯にする私を他所に、セシルはさっさとフォークを取り出して椅子に座る。
机の上で手を組み、神に祈りを捧げ始めた。
「主よ、本日も一日の糧を御恵みくださり感謝します。……どうしたレティシア、早く食べないと冷めるぞ」
「そうですね、いただきます」
そうしてテーブルに置かれた料理は温かな湯気を放っていて、あれこれ悩んでいるのも馬鹿らしいと空腹が叫ぶ。
どうにでもなれと自棄になりながら私も椅子に座って食べることにした。
円やかな牛乳の味とベーコンの塩味がいい塩梅で効いていて美味しい。
「美味しいですね。普段から料理してるんですか?」
「家族とは時間がずれることが多いからな。使用人を起こして料理させるのも面倒だから自分でやってたら、簡単なものなら作れるようになった」
「はえ~、男性の手料理なんて初めて食べました」
前世含め、中学時代に家庭科授業で作った定食以外で男性の手料理を食べたのは初めてだ。
「使用人やコックがいるだろう」
「まあ、そうなんですけど……。なんか、こう心情的なものです」
「そうか」
碌に計量していないのに美味しい。
そして、とても手際が良かった。
もしや、セシルは私よりも料理が上手い……?
その事実に気がついて、なんだか少し悔しく思いながらもスパゲティを頬張る。
空腹であることを差し引いてもやっぱり美味しかった。
0
お気に入りに追加
450
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
魔法使いと彼女を慕う3匹の黒竜~魔法は最強だけど溺愛してくる竜には勝てる気がしません~
村雨 妖
恋愛
森で1人のんびり自由気ままな生活をしながら、たまに王都の冒険者のギルドで依頼を受け、魔物討伐をして過ごしていた”最強の魔法使い”の女の子、リーシャ。
ある依頼の際に彼女は3匹の小さな黒竜と出会い、一緒に生活するようになった。黒竜の名前は、ノア、ルシア、エリアル。毎日可愛がっていたのに、ある日突然黒竜たちは姿を消してしまった。代わりに3人の人間の男が家に現れ、彼らは自分たちがその黒竜だと言い張り、リーシャに自分たちの”番”にするとか言ってきて。
半信半疑で彼らを受け入れたリーシャだが、一緒に過ごすうちにそれが本当の事だと思い始めた。彼らはリーシャの気持ちなど関係なく自分たちの好きにふるまってくる。リーシャは彼らの好意に鈍感ではあるけど、ちょっとした言動にドキッとしたり、モヤモヤしてみたりて……お互いに振り回し、振り回されの毎日に。のんびり自由気ままな生活をしていたはずなのに、急に慌ただしい生活になってしまって⁉ 3人との出会いを境にいろんな竜とも出会うことになり、関わりたくない竜と人間のいざこざにも巻き込まれていくことに!※”小説家になろう”でも公開しています。※表紙絵自作の作品です。
変態王子&モブ令嬢 番外編
咲桜りおな
恋愛
「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」と
「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」の
番外編集です。
本編で描ききれなかったお話を不定期に更新しています。
「小説家になろう」でも公開しています。
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します
みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが……
余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。
皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。
作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨
あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。
やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。
この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。
二度目の人生は異世界で溺愛されています
ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。
ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。
加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。
おまけに女性が少ない世界のため
夫をたくさん持つことになりー……
周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる