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レティシアと『モンタント』

煽られまくるよ、レティシアちゃん!

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 新しく家族になったニコラスもだいぶ屋敷に溶け込めるようになってきた。
 人見知りも少しずつ克服し、ゆくゆくは立派なルーシェンロッド伯爵家の後継ぎになるだろう。
 これ以上屋敷に留まっても別れが辛くなるだけだと覚悟を決め、私は今日で引っ越すことにした。

 引っ越すとはいっても屋敷の敷地から出て、少しばかり歩いた一軒家に住むようになるだけだ。
 昔、母が気に入っていたという庭師がかつて住んでいたというそこは、庭の手入れと掃除さえすればすぐにでも住める。
 両親には既に話は通してあるし、荷物は運び終えたから私が移動すれば引っ越しは完了。

 今日から一人暮らしだ!
 とは言っても、当分は親のスネを齧りつつリディにお世話される生活だ。
 引っ越すと聞いてニコラスは渋い顔をしたが、『必ず使用人と一緒に』『暇な時間』なら遊びに来てもいいと条件を出したら納得してくれたのでよしとしよう。
 何故か合鍵を渡す羽目になったが、弟の笑顔のためなら仕方ない。

 そんなこんなでバタバタした一日を終え、夕日が沈んだ頃。
 私は寝室で一冊の本を手にニマニマしていた。
 コストを抑えるために紙の束を紐でまとめただけの簡素な作りだが、本であることに変わりはない。

「さて、と。お茶会から解放されたから纏まった時間を取れたわ……ふふ、見せてもらおうじゃないの。この世界の人間が書いた娯楽小説とやらを」

 私は寝る前に本を読むのが好きだ。
 腰を据えて本を読める時間帯でもあるし、誰にも邪魔されないから。
 その本の読後感を噛み締めながら寝たら、本の内容を夢に見られる気がして幸せになる。

 手に取ったのは『宵闇の宴』という想像を掻き立てられるタイトル。
 娯楽用の小説はまだジャンル分けが進んでいないので、どんな内容なのか微塵も見当がつかない。
 ミステリー系だろうか? それとも少しダークな恋愛?

 胸を高鳴らせながら、前世の本とは違った紙質の表紙を捲っていく。
 まず目に入ったのは前書き。
 欧米ではタイトルや著者名の他に、関係者や恩人に感謝の句を入れるなんていう小洒落た文化があるらしい。
 そこにはこう書かれていた。

『レティシアとかいう小娘が訳の分からない“小説”とやらを出版したらしい。試しに読んでみたが、これなら俺の方が面白いと思って書いてみた。この思いつきを支援してくれた関係者各位に感謝の意をここに示す』

「…………すぅ~~~~…………はぁ~~~~…………」

 いけないわ、レティシア。
 低俗な煽りを間に受けて怒るなんて三流よ。
 昔、ウェブに小説を載せたときの煽りに比べればなんてことはないわ。

「そう、小説は中身よ。どれどれ、お手並み拝見といこうじゃない」

 そうして読み進めた小説はなんというか……。

「普通に面白いじゃないっ!」

 想像していたよりも面白かった。
 ジャンルとしてはミステリーに区分されるもので、魔法を前提とした社会ならではの発想としか言いようがないストーリー展開だった。

 孤島の屋敷に閉じ込められた一族。
 次々と怪死していくなか、主人公の青年が事件の謎に迫っていくなかで歴史の闇に葬られたとある禁呪が関わっていることを突き止めるのだ。
 目的が分からない犯人との攻防、関係者との駆け引き、そして最後はラブロマンスも兼ねた一騎討ち。
 拙いところや描写不足はあれど、見事としか言いようがなかった作品だった。

 キャラクターのブレもなく、ストーリーに大きな破綻はない。
 生まれて初めて娯楽小説を書いて、この完成度だというのなら『天才』以外の適切な言葉が見つからない。

「ふ、ふふふっ……そうよ、こうでなくっちゃ! 一強わたしだけなんてつまらないわ。創作は多様性に溢れてなくっちゃ意味がない!」

 心の中で、無意識にこの世界の『娯楽小説』というものを見下していた己を叱る。
 驕った者は足を掬われる。
 常にランキングのトップであり続ける作品なんてないように、必ず思いもがけないところから逆転が生まれるのだ。
 かつての私がそうだったように、この作品も私が知らない場所から生み出されたもの。
 ああ、これだから創作はやめられない。

「著者は……

 筆舌に尽くし難い感動と驚きに胸が詰まる。
 微かな酩酊と陶酔に、じわりと涙が浮かぶ。

 私の作品を『後世に残す価値はない』と言った彼に筆を握らせたこと、その天才の作品を引き摺り出したこと、それらは紛れもなく私が引き起こした出来事で。

「そんな才能を隠し持っていたなんてね。あー、愉快、愉快!」

 そりゃ天才からしてみれば、私の作品に捻りがないと思うだろう。
 けれど、けれども。
 私のちっぽけな自尊心なんかよりも、遥かにこの作品は面白い!
 私には逆立ちしたって生み出せない物語だ。

 この溢れ出る気持ちを伝える手段はたった一つ。

「ファンレター送ろっと」

 私が持っている便箋のなかで一番高価なものを取り出し、私はガラスペンの先をインク壺に浸して早速想いを綴り始めた。
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