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レティシアと『モンタント』
シスコンしてるよ、ニコラスくん!
しおりを挟むニコラスが義理の弟になってから一週間。
父には無理を言って引越しの日を延ばしてもらった。
父や母からはニコラスと遊んでやってとお願いされた。
どうやら二人も何か思うところがあったらしい。
初日から積極的に交流したり、話し相手になったり、執筆の合間に息抜きがてらボール遊びをしてやったりしているうちにニコラスはすっかり打ち解けて笑顔を見せるようになった。
年齢が近いだけあって、私を相手にする時はリラックスしているように見える。
「あねさま、あねさま、本、読んで!」
「あら、ニコラス。その本はもう読んだでしょ?」
「でも、もう一度読んで欲しいな!」
最近は甘えているのか我儘を言うようになってきた。
それも控えめで可愛らしいものばかりで、なんだかんだ言って甘やかしてしまう。
ニコラスのお気に入りは『塔の王女と無名の騎士』。
母の読書会で聞いてからは、読み聞かせて欲しいとねだってくるのだ。
製作者としても姉としても、何度も目を通したいほど気に入ってくれていることが嬉しくて堪らない。
この子はつくづく人の顔色をよく見ている。
ちなみに、官能小説を書いていることは家族や使用人には決して伝えていない。
徹底して名義を分けているので、バレていないはずだ。
勿論、情操教育に宜しくないのでニコラスにも見せていない。
二日目に贈った本を抱えたニコラスから受け取ってページを捲る。
自分の作品が本になっているのもなかなか変な感じだ。
「それじゃあ、読むわね。『昔々あるところに……』」
「~~~♪」
ニコラスは本を読み聞かせる時、好んで私の膝に頭を乗せる。
手持ち無沙汰になった片手で彼の頭を撫でながら本の文章を読み上げて、端まできたらページを捲って、また頭を撫でる。
彼の頭の撫で心地はクセになる良さがあった。
ページを四回ほど捲り、第一話が終わったところで部屋にノックの音が転がった。
控えめな叩き方から見てリディだろう。
本に栞を挟みながら応答する。
「入りなさい」
「失礼します、レティシア様にお客様です」
「来客の予定は……なるほど、アランね」
アランは予定もなくふらりと屋敷に来ることがあった。
都合がいいので原稿を渡したり、新作を相談したりすることがあったがニコラスが来てからは初めてだ。
アランはエッシェンバッハ侯爵の嫡男で、更に子爵という爵位を国王より賜るほどの手柄を経営で立てている。
ルーシェンロッド伯爵家にとってこれ以上ないほどの太パイプだ。
顔を覚えさせておくというのも姉の務めだろう。
「ニコラスも一緒にいく?」
「うん、いい子にするね」
ニコラスの服装は白シャツに黒のパンツとサスペンダー。
汚れのない新品な靴下だから、このまま客に合わせても問題ないだろう。
ニコラスならば致命的な粗相をしないだろうし、アランならある程度は許してくれるはずだ。
何かあればフォローすればいいと判断して、ニコラスを連れて応接室に向かう。
「やあ、レティシアさん。建国記念日以来だなっ!」
相変わらず椅子に座るアラン。
バッチリ紺のジャケットに白のスラックスという正装をしている。
「おひさしゅうございます、アラン様。ほら、ニコラス。ご挨拶なさい」
「ニコラス・フォン・ルーシェンロッドです。初めまして……」
ニコラスにとって、貴族としての初めての挨拶だったが、私の背中に隠れながらもしっかりと最後まで言い切った。
これからは人見知りを克服させなきゃいけないわね、なんてすっかり保護者視点で考えてしまう。
「これはお初にお目にかかります。アラン・フォン・エッシェンバッハと申します。レティシアさんの良きパートナーです。以後、お見知りおきを」
椅子から立ち上がり、年下相手に優雅に礼をして自己紹介をするアラン。
分け隔てなく礼儀正しい所は好感を持てるのだが、いかんせんマイペース過ぎて予測が出来ない。
「噂は聞いていたが、なるほどその魔力量なら養子に引き取られるのも分かるね。ニコラスくん、僕のことは是非、親しみを込めてアランお兄さんと呼んでくれ」
「姉共々お世話になります、アラン様」
早速、距離感を間違えたアラン。
初対面から馴れ馴れしかった私のお陰でニコラスは怯えることなく、私と同じ呼び方で返した。
思っていたよりも大人びた返しがニコラスの口から飛び出したことに驚いていると、アランの頬がピクリと動く。
「……おにいさんと呼んでくれ」
アランから少し魔力が漏れている。
重さを増す大気のなかで、ニコラスは煩わしそうにはっきりと告げた。
「おじさん」
その声は応接室に響いた。
まずい、この暴言は流石のアランも怒るかもしれない。
慌てて謝罪させようとして、アランに手で制された。
ふっと重さが消え、彼は笑みを深める。
「ははは、ニコラスくんは面白いなあ……ッ!」
「それほどでもありません」
そうして二人はどちらともなく手を差し出し、握手をした。
お互いの目をじっと見つめている姿は、何か私の知らないやり取りでもしているようだ。
そうして、外交官同士が交わす握手よりも遥かに長い時間を掛けて二人は固い握手を交わしていた。
「ははは……」
「…………。」
「どうだい、ニコラスくん。ここはチェスで勝負しようじゃないか」
「受けて立つ」
もしかして、私が知らないだけで男同士のコミュニケーションはまず勝負から、という慣習でもあるのだろうか。
今度父に聞いてみようと思いながら、私は紅茶の香りを楽しんでいた。
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